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斜陽(3)

 ただ、悲しいと思った。普通でないことに負い目を感じながら生きてきたけれど、それでも愛してくれる両親がいて、気にせず笑ってくれる由香がいたから、これまでやってこれたのに。


「平等な人間だよ。目が見えなくたって、耳が聞こえなくたって、歩けなくたって、他人のことが理解できなくたって、同じ人間だ」


「そんなの綺麗事だ。他人に迷惑をかけることしかできない存在なんだよ!」


「それは違う!」


 飛び交う声が、胸の奥に突き刺さる。迷うことなく「同じ人間だ」と言ってくれたことに、今度こそ泣きかけた。

 だけど、泣くわけにはいかなかった。


「お前、やっぱりおかしい」


「人を傷つけて笑ってるような人間だけには、言われたくないけど」


「てめぇっ……!」


 私のせいで、来栖くんも責められている。彼には何の関係もなかったのに、私を庇ったせいでこんな目に遭わせてしまっている。


 来栖くんなら、これくらい大丈夫だよって笑って許してくれるのだろうけれど、守られるだけで守り返すこともできず、声を出すことすらもできない私は、やっぱり他人に迷惑をかけることしかできない存在だ。


 彼らはそれを、不要な存在と称すのだろう。


「愛理っ!」


「日比谷さ、」


 気づけば私は、彼らに背を向けて逃げ出していた。これ以上自分のせいで、二人が悪く言われるのが嫌だったからだ。


 ——本当は、障がい者だからと、差別される声を聞き続けることに堪えられそうになかったからだけれど。



 外は雨がアスファルトで怒ったようにはじけていた。まるで憤っているような凄まじい降り方だ。


 私は全てを押し流すほど凄まじく降り注ぐそれを見上げながら、精一杯の声で叫んだ。


「     」


 わかっていたけれど、それは相も変わらず無音だった。奇跡が起きないかな、なんて思った自分が馬鹿だった。


 自分が普通でないことは、嫌というほど知っているのに。それを受け入れようと決めたのに、ああ差別をされては、その決意はいとも簡単に崩れ去ってしまう。


 私って、なんなのだろう。そう声なき声で吐いた時、自嘲的な笑みがこぼれた。


 たった一人にでも聞こえていることに幸せを感じていた。でもそれは本来ならばあり得ないことで、魔法のようなもので起きていることだということもわかっていた。


 わかっていたのに、一番肝心なことをわかっていなかったのは、やっぱり私が普通でないからだろうか。


(普通じゃないから、私は……)


 私の瞳からこぼれ落ちた涙が、惜しげもなく降ってくる雨とともに落ちた。一つ、二つと落ちると、まるで雨が降り始めた時のように止まらなくなる。


 拭っても、拭っても、止まらなかった。濃い雨につられるように、溢れ出ていった。


 私には、泣くことしか出来ないのかな。自分の存在を嘆くことしか出来ないのかな。いや、きっとそうだ。だから私のことを守ろうとしてくれた二人を、守ることができなかったんだ。そう納得した時、こちらに誰かが近づいてくる足音が聞こえた。


「まなり」


「(……っ!!)」


「走って、どこかに行く姿を見かけたから」


 突然名前を呼ばれて、弾けるように振り返った先。そこには、悲しい出来事が起きる前に会った人が立っていた。


「(な、なんで……)」


「気のせいだったらいいなって思ったけど、そうじゃなかったね」


 そう言うと、渡り廊下の屋根の下から、冷たい雨が降りしきる私の方へと歩み寄ってくる。


 障がい者だからと仲間外れにされて、ひとりで中庭に出ていた私を迎えに来てくれた、あの頃のように。


「(ゆき、くん……)」


 現れた人——倖希くんは私の目の前まで来ると、濡れて張り付いている私の髪をそっと横に払って、微笑を浮かべた。


「……泣いてる」


「(ないて、ない)」


「いや、泣いてる」


「(ないてない。ゆきくんの、ばか)」


 最後の口パクは、倖希くんに背を向けて言ったから、彼には伝わっていないと思っていたのだけれど。


「……今、何か言ったね?」


 十年以上の月日を過ごしてきた幼馴染には、何となく分かってしまうようだ。


 倖希くんは背を向けた私の正面に来ると、私の顔を覗き込んできた。そんな彼に見つめられると、私は黙っていられなくなって、いつも観念したように口を開いてしまうのだ。


「(言ってない。うそ、言った)」


「言ったんだ」


 そう言って、私の頰をそっと撫でてくれる倖希くんの手が優しくて、さらに涙が溢れ出す。


 どこまでも優しい彼のことを、私は傷つけてしまったのに。どうして彼は私に優しくしてくれるのだろう。


 私は今、雨が降っていることに初めて感謝をした。冷たい水は、私の悲しみを誤魔化してくれるから。

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