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星彩(4)

 一限目の授業は現代文だ。本を読むことが好きな私は、この授業だけが楽しみな科目だったりする。


 今日の天気が雨だからという理由なのかは分からないが、授業が始まった瞬間に担当教師が『雨傘』というタイトルの小説をプリントアウトしたものを配布した。そして、それを朗読しては熱く語るという、珍しい日になった。


「——初心な感情。お互い気に掛けているのに、触れ合うことすら出来ない純情。少年の雨傘を少女が思わず手に取ったとき、二人の心は一気に近付いた。遠慮という垣根を無意識に越えていた。でもそれは今まで実行に移せなかったけど、お互いが望んでいたことだった。……どうだ、初々しいだろう?」


 教師その問いに反応を見せる人は、誰も居なかった。だというのに、教師は話を続ける。小説についていつも熱く語ってくれる、その教師の話を聞くのが好きな私は、つまらなそうにしている生徒から見たらさぞ奇特な人間に見えることだろう。


 少年少女の純情を描く言葉の数々に、私の目は文字に釘付けだ。


 その時、トン、と左の人に肩をつつかれた。


「……日比谷さん」


 私にだけに聞こえるように囁かれているその声はとても小さい。それはそうだ。今は授業中なのだから。


「(どうしたの?)」


 そう口を動かして、私は小首を傾げた。すると、来栖くんはゴメンのポーズを取って、今日一日シャーペンを貸してほしいと言った。


 なあんだ、シャーペンか。そう口遊んで、ペンケースから予備のシャーペンを取り出し、彼に差し出した。彼が筆記用具を忘れるなんて珍しいなあと思いながら、再び私は教師の話に耳を傾ける。


 だから、気づかなかったんだ。



 五限目の授業が終わっても、雨は降り止んでいなかった。それどころか、さらに強さを増している。あの中を走って帰ったら、ローファーだけでなく靴下やスカートまで悲惨なことになりそうだ。


「まーなり。今日部活オフになったから帰ろ」


 隣を歩く由香が、スマホを片手に嬉しそうに言った。恐らく、雨だから部活がお休みになったという連絡でもあったのだろう。


「(もちろん!)」


 そう答えれば、由香は笑顔で頷いた。雨じゃなかったら美味しいスイーツを食べたり、隣駅にあるショッピングモールに寄れたのになぁ、と残念そうな声を上げている。それに対して、私は苦笑を浮かべながら、晴れていたら部活じゃないか、と文字で打ち込んで由香に見せた。


 確かにな、と不満そうに返事をした由香に笑い返した時、私は曲がり角から現れた人とぶつかってしまった。その拍子に、手に持っていた教材が下に落ちた。


「(ご、ごめんなさいっ……!)」


 そう謝罪の言葉を口にしても、相手に聞こえないことは分かっているから、同時に頭も下げたのに。ぶつかってしまったしまった人は既に下を向いていて、私が落とした教材を拾うべく屈んでいた。


 ああ、どこの優しい人だろう。そう思いながら、その人に倣って私もしゃがみ、落とした教材を拾い始めた。


 そうして、落としたものを全て拾い終えた時。相手の顔を見るために顔を上げた私は、その人を見て声を失った。


 向こうも同じなのか、私を見るなり驚いたように目を大きくさせ、口を開けたまま固まっている。


「……まなり」

「(ゆき、くん)」


 互いに互いの名前を呟いたのは、同時だった、と思う。


 ——ぶつかった相手は、二年前に喧嘩別れをした幼馴染である、葦原(あしはら)倖希(ゆき)くんだった。


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