8話
ノクト様の手が差し出される。
手を重ねると、一瞬体が浮いたような感覚があり、次の瞬間には別の場所に立っていた。
「空間酔い……は、なさそうだね」
「はい」
笑って離した手の先に見えたのは、大きな絵だった。
「ようこそ。ここが、君が働いていた場所だ」
その証拠。
ここが私の職場だったという証は、目の前にある。
大きな絵画。
今着ているローブとは違う。
もっと複雑な模様が入ったローブに、桃色のバッジ。
自信ありげに笑った私の横で、支えるように立っているのはノクト様だ。
ノクト様は瞳と同じ金色のバッジをつけている。
「……」
なぜだろう。
今の私には何一つ身に覚えがない。
遠い彼方の知らない過去のはずなのに。
その絵を見た時、胸の中に『何か』が湧き上がった。
嬉しい、とも、苦しい、とも違う何か。
この感情は、なんだろう?
「この絵はね、僕たちの就任記念に描かれたものなんだよ」
「……そうなんですね」
食い入るように絵を見つめる私の隣に立って、ノクト様は続けた。
「うん。……あ」
「どうしました?」
なぜ、急に顔を覗き込まれたんだろう?
「ううん。さっきも思ったけど、桃色のアクセサリーつけてるんだね」
髪を束ねるのに桃色のリボンを使ったのだ。
「……変でしたか?」
魔術師団は、軍の役割も果たすと知識が囁く。
華美なものではないとはいえ、魔術師団の隊員らしくなかったかな。
「ううん。やっぱり姿形が変わっても、君にこそ、似合う色だね」
そう言って微笑んだ、ノクト様の顔が一瞬、何かと重なる。
『ロイゼ団長こそ、似合う色だと思います』
そう言って、微笑んだのは。
あの時、隣にいたのは。
「……ノクト殿」
思わず口から滑り落ちた、その呼び名。
「え――」
ノクト様が目を見開く。
「……いえ、すみません。前にもそんなこと、言われた気がして」
でも、ノクト様の反応からして、違――。
「ううん、そうだよ、そうなんだ。この組織では、君は僕をそう呼んでた」
「!!」
じゃあ、さっき一瞬浮かんだのは――私の記憶の欠片?
「ノクト殿」
噛み締めるように、その名を呼ぶ。
やっと見つけた、『私』の手がかり。
「……うん」
頷いたノクト様の声は、少しだけ震えていた。
「もっと記憶を取り戻したいです。……ううん、私は、私を取り戻したい」
今の私の感情は、凪いでいることが多い。
でも、きっと、前の私はもっと喜怒哀楽があったはずだ。
だって、この絵を見た時に感じたのは、きっと追憶の切なさ。
過ぎ去った過去への憧憬。
「だから、もっと教えてください。前の私がどのようにしていたのか、どんな話をしたのか」
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