14話
「……ありがとうございます、少し落ち着きました」
まだ声が若干震えているものの、涙は止まった。
「……ロイゼ」
ノクト様が私の顔を覗き込んだ。
「無理しないで」
その金色の瞳には、どこまでも憂慮が映っていた。
「……僕は」
ノクト様は一度そこで言葉を止めた。
この先を言葉にするか迷っているようでもあった。
「――僕はね」
そこで一呼吸おいたノクト様の瞳を見つめ返す。ゆらゆらと揺れるその瞳は、どこかで見覚えがある気がした。
「君が望めば、いつでも来るよ」
そう続けてノクト様は、私の瞳の涙を拭った。
「僕を呼んでくれて――ありがとう」
そんな優しい言葉をかけてもらうだけの価値が私にあるのだろうか。
ううん、あった、のだろう。
かつての私に。
「……こちらこそ、ありがとうございます」
ほっとした。
ノクト様が言葉を違えなくて、心から安堵した。
その安堵はきっと、私の心のもっと深いところにある何か――記憶あるいは魂と呼ばれる場所によるものだ。
感情の波が、ゆっくりと凪いでいく。
徐々に平坦な自分に戻るのを感じて、ほっと息をついた。
「……ところで」
ノクト様は、呆然と座り込んだままのアリーを見て、首を傾げた。
「君たちに何かあったの? 傷つけられた様子はないけれど……、心を傷つけられた?」
ゆっくりと首を振る。
「いいえ。魔法を使いたくてお呼びしました」
「……なるほど」
私の言葉にぱちぱちと瞬きをして、ノクト様は微笑んだ。
「やっぱりね」
「?」
含みのある言い方だ。
「いや、初日に魔法を使いたいだなんて、さすがロイゼだなと思って」
ノクト様は私を見ながら、懐かしそうに目を細めた。
「……それで、どんな魔法を――」
ノクト様は、そこで辺りを見回して、首を傾げる。
「厨房?」
「……実は、可逆魔法を試したいなと思いまして」
頷いて、フライパンを指し示す。
フライパンにはすっかり冷えてしまった、黒焦げの魚があった。
「可逆魔法……」
ゆっくりと呟き、ノクト様がフライパンを見つめる。
「……ふふ、なるほどね」
それから、アリーに視線を移し、納得したように頷いた。
「ロイゼ、可逆魔法のやり方はわかるかな?」
「はい。対象を魔力で包み、元の姿と今の姿をイメージして、その後元の姿に戻るように強く念じます」
「――さすがだ」
ノクト様は頷くと、微笑んだ。
「君はね――魔術師団長なんだよ」
「? はい」
退職届がまだ受理されていないのだろうか。
「それだけ、君は努力を重ねてきた。その努力は、何があっても君を裏切らない」
前向きな、言葉だと思う。
けれど、金の瞳はどこまでも後悔が映っていた。
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