4話
平民、と公爵子息という身分差がたとえなかったとしても突飛な――そして無礼なお願いだったと思う。
それでも、どうしても私は主席でこの学校を卒業しなければならなかった。
「……」
ノクト様は、黙り込んだ。
……当然だわ。
こんな願い、叶えてもらえるはずがない。
「突然、変なことを言ってごめ――」
「いいよ」
金の瞳は、真っ直ぐにこちらを見返した。
「え? でも……」
「君、本気なんでしょ」
質問ではなく、確信だった。
「魔法の練習のときに一番大事なのは度胸だって、僕は習った。君はそれをもってる。だから……君の名前は?」
「ロイゼです。ロイゼ・イーデン。ディバリー様」
「……そう、ロイゼ嬢。僕のことは、ノクトと呼んで」
ノクト様はそう言って手を差し出した。
「僕は今日から君に教えるよ」
差し出された手を握り、握手する。
「ありがとうございます、ノクト様」
「ううん。……お代はきっちりいただくから、構わないよ」
……お代。
もちろん、無償で手を貸してもらえるほど甘いことは思っていなかった。
でも、ノクト様に――入学試験主席の彼の時間と知識に見合う対価を私は払えるのかしら?
「というわけで、これ」
ノクト様がぱちりと指を鳴らすと、空中から本が数冊降ってきた。
慌ててその本を受け止める。
「これは、僕が3歳くらいの頃に読んでいた魔術の教本」
「……3歳」
3歳といえば、私もまだ前世を思い出していない頃だ。
蝶々を追いかけて遊んでいたくらいの記憶しかない。
そう思いながら、表紙を見てのけ反った。
「!?!?!? これ――」
その本は、3歳児が読む物とは到底程遠い、魔術理論の専門書だった。
専門書とは言っても、比較的優しめではありそうだけれど。
――これが、天才。
公爵家の高い教育、そして本人のやる気と努力があってのことだろうけれど。
それでも、3歳でこの内容を理解できるのは、天才というより他はなかった。
「明日までに読めるね」
読める? の疑問系ではなく、断定だった。
3歳でこれを読んだノクト様。
対して入学式時点の私は10歳だ。
7歳も差がある。
しかし、その差を持ってしても容易ではないとわかる分厚さだった。
……でも。
「はい!」
力強く頷く。
王太子殿下に会うために今後越えなければならない壁であるノクト様。
能力で既に劣っている分、気持ちで負けたくなかった。
私は、絶対に。
――ミルフィア。
絶対に絶対に。
――愛している。君を、君だけをずっと。
あなたに、逢いに行く。
ただ、それだけを強く願いながら、教本を抱きしめた。
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