ハロルド 1-6話
――どれほど、羽ばたき続けただろうか。
「……ついた」
吐いた息が白い。
そこは、天に御座す神々と私たちの世界の境界の空間だった。
――この先を行けば、戻れなくなるかもしれない。
本能的な恐怖が、羽ばたきを止めようとする。
「知ったことか」
それを抑えつけて、無理やり翼を動かす。
境界の空間には、引く力は存在しない。
だから、羽ばたきをやめても落ちることはないが、それでは進めないのだ。
その空間には、小さなものばかりが浮いていた。
石、先程の水差し、アクセサリー……。
「こっちだな」
ロイゼの灯火を感じる。
そちらの方へと進む。
徐々に空気が薄くなる。
胸が苦しくてたまらない。
こんな場所にロイゼは――。
――早く、早く。
急く心とは反対に、翼の動きが鈍くなる。
――早く、早く。
それでも、少しでも早く動こうと、手足をバタバタと動かした。
その時間が永遠とも呼べるほど長く、続いた。
「……ロイゼ」
――淡い光が何かを包み込んでいる。
その中に――とらえた。
「ロイゼ!!」
彼女の名を呼び、抱きしめる。
いつのまにか、手足は人のものに戻っていた。
固く瞼を閉じたその体は、凍えきっている。
心音も弱い。
「――急がねば」
――ただ、夢中だった。
ロイゼを抱き抱えながら、飛び続ける。
――私に魔法が使えたら。
――私が間違えなければ。
――私が信じていれば。
後悔が幾度も私を襲った。
それでも、翼だけは止めなかった。
――私を呼ぶ声が聞こえた。
「陛下!!!」
……副団長だ。
ああ、もうすぐ、私の部屋だ。
――ロイゼの心音はまだ、聞こえている。
副団長が、窓から飛び出してきた。
そうか、彼は魔法が使えるのだったな。
「ロイゼを、頼む」
ロイゼを彼に抱かせる。
「できるだけ温めて、それに医者も――」
「かしこまりました!!」
彼は泣きそうな顔でロイゼを抱くと、頷いた。
「陛下も休まれてください」
「そうさせてもらう」
自室についたのと、意識が遠のいたのは同時だった。
◇◇◇
「……ロイゼ、は」
はっ、と目を覚ます。
「ロイゼ、ロイゼは――」
「隣室で眠っておいでです」
側近の言葉に、ベッドから飛び降り、隣室へ向かう。
隣室では、副団長がロイゼのそばについていた。
「――陛下。医師によると、あとは本人の生命力次第だと」
一睡もしていないことがわかる、顔だった。
「ありがとう。私が代わろう。君も、休め」
私の言葉に頷いた彼の代わりに、ロイゼの手を、握る。
ベッドで眠るロイゼの心音は、先ほどまでよりも、ずっと強くなっていた。
手を握りながら、祈る。
――何を犠牲にしても構わない。
君が、もう一度、目覚めてくれるなら。
――何と引き換えにしても構わないから。だから、どうか……。
ずっと、ただそれだけを祈り続けた。
「!」
――朝日が昇る頃。
ぴくり、と手が動いたのを感じる。
思わず祈るために閉じていた目を開け、ロイゼを見る。
ロイゼが長いまつ毛を震わせた。
「ロイゼ、ロイゼ……」
名前を呼ぶ。
取り戻すように、呼び戻すように。
「!!」
ロイゼが、瞼を開いた。
焦点がまだあっていないようで、ゆっくりと、瞬きをする。
そして――、私をとらえた。
紫水晶の瞳に、私が映る。
偽物ではない多幸感が、あふれる、
涙が、零れる。
でもーー。
「……あの? だれ、ですか?」
――世界が崩れ落ちる、音を、聞いた。
これにて二章終了です!ここまでお付き合いくださり、ありがとうございまさ。
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