ノクト 1-2話
その日は、どうやって寮に帰ってきたのか記憶がない。
ただ気づけば、僕は男子寮の自室に立っていた。
「……ロイゼ」
呆然とその名を、つぶやく。
僕の、大切で、この世で一番大好きな女の子。
その子を――。
「僕が、殺した」
なぜあのとき、あんな言葉をかけた?
ロイゼが嘘をつくはずないと知っていながら。
ただ、僕を見て欲しくて――。
それで、その結果どうなった?
「ロイゼが――ロイゼ、……が」
消えた。
この世界から。
塵一つ残さず。
「ああああああああ!!!!!」
叫ぶ。
そうしないと正気を保っていられる気がしなかった。
いや、もうとっくに正気じゃなかったのかもしれない。
「っ、どうしたんだ、ディバリー!」
隣室の同僚が――、扉を蹴破って入ってくる。
「僕が、……僕が、殺した」
ぼろぼろと涙が溢れる。
でも、ロイゼはもっと悲しかったはずだ。
苦しかったはずだ。
誰にも信じてもらえず、嘘だと決めつけられて。
それでも、踏ん張っていたのに。
「僕が、僕のせいで……」
「……っ、ディバリー、もう、休め!」
同僚が魔法を展開するのが見えた。
急速に意識が遠ざかる。
最後に見えたのは――肖像画のレプリカだった。
◇◇◇
「ノクト殿、聞いていますか?」
「え、あぁ。すみません。どうしましたか、ロイゼ団長」
僕は――、僕は?
いったい何をしていたんだ?
「しっかりしてください、副団長! ……ふふ、なんだか照れますね」
君が、楽しそうに笑う。
そうか。今日は僕たちの就任記念に、絵を描いてもらうことになっていた。
団長、副団長が変わるたびに描かれるその肖像画は、団長の執務室に飾られるのが通例だった。
「そう、それで――、ノクト殿はどう思いますか?」
君が、バッジを見せた。
そのバッジは魔術師団長、副団長の証で、ずっと受け継がれてきたものだ。
「何色に変わるか、ですか?」
「ええそうです!」
君が満足そうに頷く。
不思議なことにそのバッジはつける人によって、色が変わる。
「僕は、桃色だと思います」
「桃色?」
意外そうに君が眉を上げる。
「でも、桃色は――」
「僕は、ロイゼ団長こそ似合う色だと思いますよ」
君はずっと桃色は、エルマ嬢こそ似合う色だと言って避けていたけれど。
僕は君に似合うと思う。
「わかりました、桃色ですね。じゃあ今度は私がノクト殿のバッジの色を予想しますね」
うーん、と一度唸ってから、君が笑った。
「そうですね……金だと思います!」
「目の色だから?」
「いいえ。だって、金色は――」
ーー何よりも輝く色だから。
「才能にあぐらをかかず、努力を惜しまないノクト殿にぴったりだと思います」
「……っ!!!」
その自負はあった。
でも。
君がそう僕を評価してくれたことが、これ以上なく嬉しい。
「あら、珍しいですね」
顔が赤くなっているだろう僕を見て、少し揶揄うように君が笑う。
そして、僕の胸元にバッジをつけてくれた。
バッジが、輝く。
その色は――金だった。
「ほら、やっぱり!」
得意げに笑う君が眩しい。
その眩しさに目を細めながら、僕も君の胸元にバッジをつけた。
バッジが輝き――、桃色に変わる。
「ほら、言ったでしょう!」
今度は僕が得意げな顔をする番だった。
「今代の団長副団長は、仲が大変よろしいですなぁ」
画家がそんな僕たちを見て、微笑ましそうに言った。
「だって、私たちは、元師弟で友でライバルですから!」
そう言って君が笑った。
「では、描いていきますよー」
画家の言葉に頷き、君の隣に並んで、僕も笑う。
――これ以上ないほど眩しく、そして、温かな時間だった。
◇◇◇
「――ろ!」
誰かが体をゆすっている。
「――バリー、おきろ!!」
まだ、眠っていたい。
「ディバリー、起きろ!!!!!」
「!!!!!!」
は、と目を覚ます。
ここは、僕は――、ロイゼは。
「起きたな、ディバリー。いや、ディバリー副団長。――竜王陛下が倒れた」
次話からハロルド(竜王)の視点になります。
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