2話
どんなことがあっても朝はやってくる。
「……ロイゼ団長、いらっしゃいますか」
執務室でぼんやりと外を眺めていると、控えめなノックと共に副団長のノクト・ディバリーがやってきた。
公爵子息であり、優秀な頭脳と、緻密な魔法の腕を持っている彼は稀有な人材だ。
「どうしました、ノクト殿」
ノクト殿は、私の机の前にある処理済みの書類の山を見て、顔を顰めた。
「休んでください、と言ったのですが」
「休んでいますよ。一時間毎に5分休憩。書類仕事の鉄則です」
現に今も休憩していた。
「いったい、どうされたのです」
つかつかと私の机に歩み寄り、ノクト殿は私の顔を覗き込んだ。
「……別に、どうもしてません。仕事にも支障はありませんし」
ノクト殿の全てを見透かすような金の瞳から目を逸らす。
「新団長たるあなたの覇気がなければ、団員の士気に関わります」
……たしかに、彼の言う通りだ。
「……少し、風にあたってきます」
「そうされた方がよろしいかと」
ベンチに座り、ため息をつく。
私が前世を思い出したのは、5歳のときだった。
夢、という形で数度に渡って、前世はゆっくりと5歳の私に流れ込んできた。
夢の中で出てくる私――ミルフィアはいつも幸せそうに、一人の男性と共にいた。
その彼の名を、アレックスという。アレックスは、竜王家の次男――つまり、第二王子だった。
第二王子のアレックスと公爵家の長女だった私たちの婚姻は政略の元、結ばれたものだった。
けれど、そんなものを差し置いて、私たちは愛し合っていた。
死ぬ間際に「運命の番」の誓いを立てるほどに。
前世と今世の記憶が入り混じりながら、私は……ロイゼとしての個を確立していった。
ロイゼもミルフィアも根本は変わっていない。
もともと同じ魂だからだ。
ただ、肉体という器や生まれが異なることで多少の違いはある。
たとえばミルフィアは、右利きだったけれど、ロイゼは左利きだ。
ミルフィアは魔法が使えないが、ロイゼは魔法を使える。
ミルフィアは公爵家の令嬢だが、私は平民だ。
……など、様々な違いは、ある。
――でも。
「アレクは……陛下は、もう、私のことを」
忘れてしまったのだろうか。
それとも私が、私だけが憶えているのか。あの眩くて、温かな日々を。
初めて、アレク――今のハロルド陛下を見たのは、十歳のころ。
来世を誓い合ったアレックスを探しながら、私は平民でも通える魔術学校に入学したときのことだった。
魔術学校に通う者たちが将来目指すのは、魔術師団だ。
魔術師団は、竜王陛下の直接管理組織だ。魔法が使えるのは絶対条件、そして、学校での優秀な成績を収めたものだけが魔術師団に入団できる。
魔術師団の仕事は、国の防衛、魔力や魔法を使えない者でも使える魔道具の開発など多岐に渡る。
では、魔術師団に入れなかった者たちの進路はというと、大抵が貴族との縁組か家庭教師だ。
魔術学校を卒業できることは、魔力の質、魔法への造詣が深いことを裏付ける証拠となる。
そのため、その優秀な血を望む貴族との縁組もしくは、子供の英才教育を任せられる家庭教師が進路となるのだ。
私は、平民の生まれだ。
でも、魔術学校を卒業できれば、もし愛しいアレクが貴族に生まれていたとしても、手が届く。
――アレックス、愛しいアレク。
あなたを必ず見つけ出すわ。
魔法が使えるのをいいことに、そんな思いだけで入学した。
そして迎えた入学式。
魔術学校は、魔術師団の育成組織であり、魔術師団は竜王陛下の管轄。
そのため入学式では、次期竜王となる王太子殿下が、挨拶をするのが通例となっている。
「――第百五代入学の諸君」
アレクのものより高い、でも同じ温かみを含んだ声だった。
王太子殿下の話よりも、アレックスがいないかときょろきょろとあたりを見回していた顔を、とめる。
「私は、ハロルド・ソフーム」
息を吞みながら、壇上から遠い場所で深青の瞳を見つめる。
……ああ。
アレク、アレックス、愛しいあなた――そこにいたのね。
「将来、この国の王になる。君たちには、将来、私と共に国を支える存在になることを期待している」
――壇上はあまりに遠い。
それは、私の入学試験時の成績を表していた。
このままでは、決して届かない距離に、唇を噛む。
この距離を埋めるには、何をすべきなのか。
アレクの、ハロルド殿下の声に耳を傾けながら、私はずっとそればかり考えていた。
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