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間違えられた番様は、消えました。  作者: 夕立悠理
一章 私が消えるまで

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12話

「ありがとう、ロイゼ」

 エルマが私の言葉にふんわりと微笑む。

 そして、もう一度私を抱きしめた。


「あぁ、やっぱり私の親友はあなたしかいないわ」


 エルマの香水が、強く香る。

 まとわりつく様なその香りに包まれながら、目を閉じる。


「……エルマ隊長、おめでとう!」

「竜王陛下とお幸せに!」

「運命の番がいるだなんて羨ましいです!!」


 口々に上がったエルマを祝福する声と拍手はなかなか鳴り止まず、ずっとホールにこだましていた。



◇◇◇


「――」


 執務室で書類仕事をしながら窓に目をやる。



 ――今朝から急に降り出した雨は、まだ、やんでいない。


「雨……やまないな」


 雷まで鳴り出したから、しばらくはやみそうにない。


 ふっ、と目を閉じると、先ほどの拍手と歓声が鮮やかに蘇る。

 

 みんな心から祝福していた。

 ――私一人を除いて。



「……アレックス」


 前世で愛した人の名は、静かに空気に溶けていく。


 インクが滲んだ。

 慌てて薄い紙で抑えようとしたけれど、文字の滲みは止まらない。


 それどころか滲みはどんどん酷くなる。


「……っ」


 ぼたぼたと雫が溢れてくるせいだ。

 慌てて頬を拭いながら、書類を横に置く。


「……もう、私のこと、どうでもよくなった?」


 違う。

 アレックスは、竜王陛下は、「運命の番」を選んだ。


 私の持っている記憶は、きっと勘違いや何かの間違いで。


 エルマこそが本当の「運命の番」なのだ。


 だって、アレックスと誓ったのだ。

 どんなことがあっても、探し出して、一緒にいようと。


 アレックスが誓いを違えるはずがない。

 アレックスはいつだって、約束を守ってくれた。


 ……だから。



 だから、私のこれは想像で妄想で偽物なのだ。



「……っく」


 嗚咽が漏れる。

 こういうときに、団長は個室が与えられていてよかった、と思う。


 こんな情けない姿、誰にも見せられない。


 私は――たとえ意義を見失っても、魔術師団の団長なのだ。


 せめて、誰かに引き継ぐまでは、しっかりと立っていないと。


 誰だっていつかは夢から醒める。

 私もきっと、前世という長い夢から覚めたのだろう。

 ……そう、思うのに。


「……アレク」


 再び漏れたのは、その名だった。


「……たすけて」


 手を握って、いつもの様に「大丈夫だよ」と笑って。


「たすけてよ……」


 ――困っていたら飛んでいくし、困ってなくても飛んでいく。ほら、だって、私は竜の血を引くからね。


「……ばか。だったら、早く――」


 ――届かない願いは、更に激しさを増した雨音に掻き消されていった。

 

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