1話
薄桃に色づいた花びらが風に吹かれてくるくると回っている。
その様子に目を細めた竜王陛下に向けて、私は口を開いた。
「お慕いしております」
たった、ひとこと。
その一言を、言うのにどれほど苦労しただろう。
でも、その苦労をしてでも、どうしても、伝えたかった。
だって、竜王陛下――あなたは私の運命なのだから。
竜王陛下の治める国、ソフーム。
この国で生まれて死んだ魂は、またこの国に生まれ変わる。
そんなソフームには、「運命の番」という存在があった。
運命の番――それは、前世で深く愛し合い、来世も共に在ろうと誓い合った恋人のことをさす。
特に、竜王陛下にとっての「運命の番」は特別で、竜王陛下と番が結ばれると、国に繁栄をもたらすといわれていた。
竜王陛下が私の告白に、驚いたように深青の瞳を見開く。
「私は――……」
「ハロルド陛下!!」
鈴を転がしたような声に、思わず振りむく。
今日は、魔術師団長たる私と竜王陛下との月に一度の面談――それも初めての――の日だ。
火急の用を除き、誰も踏み入ることの許されない時間のはずだ。
「……エルマ?」
息を切らして、走ってきたのは、私の親友の魔術師だった。
「何か――」
「エルマ、そんなに走っては危ないよ」
「!?」
何かあったの、そう尋ねようとした言葉は竜王陛下によって遮られた。
心臓が、嫌な音を立てる。
エルマ、そう呼ぶ竜王陛下の声音の優しさに。視線の甘さに。
「ごめんなさい、ハロルド陛下。面談を邪魔してしまって……」
そして、躊躇いもなく竜王陛下をファーストネームで呼ぶエルマ。
――まさか。
いや、違うはずだわ。
そんなこと、あるはずがない。
「いや、構わない」
首を振る竜王陛下は、相変わらず甘くエルマを見つめていた。
「ロイゼ――話の途中だったな」
そう言って竜王陛下は、私に向き直った。
眉をさげているその表情は、前世で何度も見たことがあった。
言いにくいことをいうときの表情だった。
「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから――君のことは選べない」
「っ!?」
どうして。どうして。
私は目の前にいるのに。
あなたの番は、私をおいて他にいないのに。
「ここにいるエルマ――彼女が私の運命の番なんだ」
「…………え?」
何を――言っているの。なんで、エルマが。
本当にあり得ないことが起こると、口がうまく回らないらしい。
言いたいことはたくさんあるのに、何一つ言葉にならない。
「ごめんね、ロイゼ」
そう言った彼女は、一見申し訳なさそうな表情をしているように見える。
でも、口角が少し上がっているのが隠しきれていない。
……え?
「ロイゼがずっとハロルド陛下に片思いしていたのは、知ってたけど――……。ごめんなさいね、私が陛下の運命の番だったの。だから、諦めて」
その日、私は自分の世界が崩れ落ちる音を聞いた。
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