1−4 出会い
その夜、少女はまた夢を見た。
相変わらず透明な水面の湖は変わらず、霧も立ち込めている。
「目が冷めたら、僕は死ぬのか…。」
ぼんやりと話すと、ポタリと雫がおちた。
それは少女の涙だった。
ポタポタと落ちるたび、それが涙だと気づくと、少女は身体を縮こませた。
「なんで死ななきゃいけないんだ…。」
「ねえなんでだよ!!」
「なんでここだと声が出るんだ…。なんで…。」
なんで足と声が出ないだけでこんな仕打ちをするんだろう。理解も納得もしてるはずだが、感情までは落ち着かせることは出来なかった。
なんで?沢山問いたいことがある。夢の中だけじゃない。なんで一族とは違う容姿なのか。
なんで声も出ないし足も動かせないのか。
なんでろくに飯も水も口にしていないのに生きているのか。
本当に自分は星族なのか。
そもそも、「星族」とは何なのか。
なんで、なんで。
「なんで…知ってはいけないんだ。」
だれもいない夢の中で、少女は叫んだ。
「うっ…ゔ…誰か…誰か教えてよ!!」
鳴きながら叫んでも、だれも答えを教えてくれなかった。
絶望虚空の世界でザァァと木々がざわめく音が耳に入った。また風が吹き荒れてきた。
もうすぐ夢が終わる。叫んでぼんやりとする中、そういえば前に友達がほしいと願ったっけと思い出した。だが一度だって夢にもう一人の誰かは来なかった。願いは叶わない。夢の中でさえ友達さえも出来ない。
僕は忌み子。呪われた子なんだ。
ぼんやりと、そう思ったとき。
びゅぅうう。
ーーぃーーデ…
(?)
風とともに、何かが、聞こえてきた。
ーーィ……ィデ…!ー
何かが風の音と混じって聞こえてくる。
これは。
ハッと目が覚めた。
小さな窓から少しだけ光が出ていた。
朝日が登ってきたらしい。
そうするうちに、衛兵がぞろぞろとやってきた。
ドクン、ドクンと心臓が高鳴りした。
槍を首に出された時、 ドクン、ドクンと心臓が高鳴りした。
首を押され項を顕にされる。
そうして一人の者が眼の前に歩いてくるのがわかった。月族のものだろう。
少女は死の恐怖に怯えた。
「顔をみせてくださいませんか?」
少女は耳を疑った。
顔が見たい等とこの状態において言われるなんて予想してなかった。
少女は驚きそのまま固まる。
「おい顔なんてどうでもいい。早く殺せ。」
眼の前の衛兵が急かすと、少年は衛兵に向き、
「どうかお許しを。私はお顔が見たいんです。」
と丁重に断った。
チット衛生が舌打ちすると、顔を勢いよく掴まれ顔を前に出された。
掴まれ方がとても強く、とても頭が痛い。あまりの頭の痛さに少女は目を閉じた。
「…ッ゙!」
そうしてるうちにすぐまた下を向かされ首を顕にされる。
「おら、みせただろさっさと殺しな。」
だが、パキン、パキンと2つのわれる音がした後、上に縛られた両手がぺたんと床についた。
見ると両手に縛られていた鎖が砕け解かれていた。
「てめぇ!!何てことしやがんだっ!」
衛兵がそういい一斉に槍が青年の首元に目を向く。青年が鎖を外してくれたらしい。
頭を掴んでいた衛兵が片手から離し、少年の首元を掴む。
衛兵が殴りかかろうとしたとき、青年は軽く衛兵を片手で床へ落とした。一斉にどよめきの声が上がる。
青年は少女の前に座り込み、ゆっくり両手を前に出した。
ゆっくり、その手が少女の前髪に触れた。
その手が眼の前に来た時、首を絞められて殺されるんだと思い、少女はぎゅっと目を瞑った。
これで、私の人生は終わりを告げるのだ。そう思った時、少女はポロポロと涙を流した。
殺さないでほしいと、声には出せなくとも必死に懇願した。
だが。その後は何もなかった。暫くしても何もなかったので、少女はゆっくりと目を開けると、
1人の赤い髪をした青年がいた。目も紅く、茶色いマントをし、じっとこちらを見つめている。だが少年の顔は驚いていて、少し悲しげな顔をしていた。
青年は手で涙を拭った。
拭って、また拭ってくれた。
訳が分からない。どうやって殺される?そうやって嘘をついて殺させる?
そう思うたびに少女の涙は止まらない。
す、と青年はこまったように笑った。
「…大丈夫です。涙を止めてください。綺麗な可愛い顔が台無しですよ。」
青年は自分にそう語りかけると、綺麗な、可愛い。
その言葉にビクリと少女は身体を震わせた。
生まれて初めて言われた言葉だった。
「おまえ!処刑の任は任せたはずだ!その任をどうするつもりだ!!」
「私が頼まれたのは「角の生えた恐ろしい怪物」の処刑です。ですが、眼の前にいる方は怪物ではありません。」
「貴様はただ命令どうりに動けばいいだけだ!」
「ただ「力」が制御できなかっただけなのでしょう?」
「!」
「俺の見る限り、このお方は自分の力を知らないだけです。」
「…。!!」
少女は耳を疑った。
「「誰か」がそれを教えればいいだけです。」
ドクン、夢の中のような、待ちわびたような動悸の声となり方と不思議と似ていた。
とても不思議だった。
「…今日初めてお会いしましたがわかります。ファラーシャ様は人間です。」
ドキン。
心臓が高くなった。
ファラーシャ。それは少女の名前だった。
だが、二度と口にしてはいけないと教わった禁忌の名前。数十年ぶりに、ファラーシャは誰かに名前で呼ばれた。
「貴様っ!星族の忌み子の名をこうも安々とっ!」
「もういい。貴様は使えん用済みだ。」
衛兵の指揮官がそういい指示を出すと、一斉に部下の衛兵達が青年めがけて殺そうと襲いかかった。だが、少年は最初に襲ってきた衛兵のやりを掴むと、勢いよくそれを自分に引き槍を掴んだ。衛兵の男はあまりの引きの強さに槍を取られてしまう。
そのうち青年はやりの反対の棒先ではらや首をゴン!と音を鳴らし、「オッ゙…。」「くはッ゙…」と苦しい声を上げながら倒れていった。
最後に残ったのは将軍だった。
将軍と青年は刀と槍を交える。
「月族にしては中々の力のようだ。」
「長に面会を。お話したいことがあります。」
「…!。私の剣が!!」
ただの槍のはずなのに、将軍の剣がミシミシと罅が入ってきた。
それをみた将軍が
「わかった。わかった。」
とその場を終わりにしようとした。
「…暫しまて。」
その言葉に青年はうなずき、そのばから衛兵達は去っていった。
何が起きたのか、頭が混乱していた。
今日自分は殺されるはずだった。
それが殺されなかった。
顔が見たいと、初めて言われた。
可愛いと、初めて自分の顔を褒められた。
生まれて初めて「ファラーシャ」と自分の名前を呼んでくれた。
ファラーシャの胸は急な出来事にいっぱいいっぱいだった。沢山の謎が渦巻く中、不思議と心地よい気持ちで、久しぶりに外へといったような新しい空気を吸ったような気分になった。
誰もいなくなったこの部屋に佇む1人の赤い髪の青年は、ファラーシャが見つめるとまたふわりと優しく微笑んだ。
何故か少し空気が明るくなった気がした。