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恋愛小説集【企画ものも含まれます】

悪魔は今日も囁く

作者: ありま氷炎

「あいつを殺したら、どんなに気持ちいいんだろうな」


 歩いてるとそんな声が聞こえてきて、カリンは足を止めた。


「憎いんだろう?あいつが。殺しちまえ。あんな奴、殺してしまおう」


 黒い影がカリンに纏わりつく。

 彼女は走り出した。


 影が彼女に纏わりつくようになったのは、いつからだったか。

 目の前で、彼女の元婚約者と微笑み合うルディア。

 カリンは二人を見ると、血がたぎり怒りで気が遠くなりそうになった。


「殺せ、殺しちまえ」


 あの影は彼女の側にいないのに、その声は脳裏で怨嗟を繰り返す。


 上空では太陽がすべてを焼き尽くすように輝いている。

 空は雲一つなく晴れやかだ。


「カリン!」


 公園で彼女の姿を見つけ嬉しそうに笑うのはルディア。

 小柄で小動物のような可愛らしさがある、少女。

 カリンの幼なじみで、友達だった。


 ルディアの隣に座っていた元婚約者の顔は引き攣っている。

 視線はカリンから逃げるように伏せられていた。


 当然だろう。

 三年前から親によって決められていた婚約。

 けれども一週間前、突然婚約解消を求められた。

 

「すまない。ルディアを愛してしまったんだ」

「ごめんなさい。カリン」


 屋敷を訪れた二人は揃って深々と頭を下げた。


「何を言っているんだ!君たちは!」


 激昂したのはカリンの父。


「殴るなら私を殴ってください。私の父も知っています」

「なんだと!」


 元婚約者はルディアを守るように父の前に立ち塞がった。


「カリン嬢の新しい婚約者は私の弟になる予定だ」

「そんな話、勝手にされても!」

「父が後からこちらにきます。私は先に謝罪をするためにきました」

「伯父様。本当にごめんなさい」


 ルディアはカリンの幼なじみであり、従姉妹でもあった。

 父同士が兄弟で、父はケサランダ家を継ぎ、弟であるルディアの父はサシュラン家の婿にはいった。

 父は伯爵、叔父は男爵。

 元婚約者は、伯爵令嬢のカリンではなく、男爵令嬢のルディアを選んだ。

 通常ならありえないことだ。

 けれども、この話は真実の愛の物語として、社交界に広まった。

 婚約者を奪ったはずのルディアを、カリンを捨てた婚約者を非難する声はごくわずかだった。


「おかしいかなあ。なんでだあ?なんでだよ。君は被害者だ。なのに、なんで君が笑われる」


 影は同情を交えた声でカリンに纏わりつく。


「ルディア。いくよ」

「え。どうして?まだカリンと話してないのに」

「いいから」


 元婚約者はルディアと異なり、人の心に機敏だった。

 彼はカリンの気持ちに気がついていたはずだ。なのに、彼女を捨てて、ルディアの手をとった。


「許せないだろう。殺せ。殺せ。二人とも殺せ。すっきりするぞ」


 影はカリンに囁く。

 もう昼間でも関係なく、影はカリンに囁いてくる。


(……つらい。つらい。私がなんでこんな目に。私は伯爵家を継ぐため一生懸命勉強してきた。あの人も、私が勉強してくれるから自分が楽になりそうと微笑んでくれた。誕生日には私の好きな宝石を贈ってくれたし、夜会ではいつもエスコートしてくれた。なのに)


 惨めでもなんでもいいと、カリンはその場に座りこんでしまった。

 興奮する自身に囁きかける声。


「思い出してみろよ。夜会で、最初は君をエスコートして踊った後、あいつは誰と一緒にいた?そして楽しそうに笑っていた?」

「言わないで!」

「お嬢様?!」


 座り込んだカリンを立ち上がらせようとした侍女は、突然叫んだ彼女に驚いて手を離した。


「なんでもないわ」


 カリンは侍女にそう言い、ひとりで立ち上がる。


 

(だめよ。だめ。忘れるの。もう過去のことなんだから。私には新しい婚約者がいる)


 

「初めまして」


 元婚約者の弟は、彼に全く似ていなかった。

 黒髪に黒い瞳。肌まで浅黒くて、まるで闇の住人のようだった。


「どうされました?」

「いえ」


(俺だよ。俺)


 頭の中に響く声はあの影の声。

 

「カリン嬢。私は君と婚約できてとても嬉しい」


(奴らを殺すなら一緒に殺してやる)


 カリンは気を失った。


 その後も、新しい婚約者は何度も屋敷を訪れた。

 彼の名前は、リチャード。

 微笑みはとても柔らかい。

 けれども彼はカリンに別の言葉で話しかける。


「やめて、お願い」

「どうされましたか?お嬢様」


 あの声が聞こえるのはカリンにだけ。控えている侍女には何のことかわからない。

 それを知っているリチャードは微笑みながら、囁く。


(一緒に堕ちよう。どこまでも。俺は君が気に入った。とても美しくて穢れがない)


「お願い。もう何も言わないで」


 カリンは元婚約者のことも、ルディアのことも本当は殺したいくらい憎んでいた。

 それでも必死に堪えて、前を向こうとした。

 けれどもリチャードの声は、カリンを深い闇に引き込もうとする。


「もう、だめ。大丈夫。私がいなくても血は繋がれる。そう。ルディアの子供でもいいの」


(本当か、本当にそう思っているのか)


「お願い。私は誰も憎みたくないの。こんな感情、大嫌いだから」


(なぜ否定する。人として当然持っている感情だろう。憎しみと愛は紙一重だ)


「私は、許せない。自分が許せない。こんな感情を持ってしまう私が」


 カリンは窓枠に手をかける。


「私は、私を殺す。そして終わらせる」

「馬鹿だ!」


 影だったものが一気に具現化して、人になる。そしてカリンを掴んだ。


「悪かったよ。俺が悪かった。もう言わないから。死なないでくれ。頼む。俺は君を失いたくない」


 カリンを引き寄せ、その胸に抱いたのはリチャードだった。

 黒髪に黒い瞳ではない、元婚約者と同じ金髪に青い瞳、白い肌。だけど顔立ちはそのまま。


「……どういう」

「俺は半分悪魔なんだ。君には俺の本当の姿が見える。そして俺の声も聞こえる。最初、驚いたよ。俺のことが見えていたみたいだから」


 そう言われ、カリンは思い出す。

 元婚約者、リチャードの兄を訪ね屋敷に入った時、影をみた。そしてそこに目と口があることに驚いた。けれども一瞬だったので、気のせいだと思っていた。


「兄、リオはあのクソ女にうつつを抜かした。そして君を傷つけた。君が殺したいと思ったら、俺が殺すつもりだった」

「殺す?お兄さんなのに」

「それがなんだ。カリンを傷つけたんだ。それ相応の報いをくれてやりたい」

「だめよ。必要ないわ」

「やっぱり君はそう言うんだな。そして自分が死を選ぼうとした。もう言わないよ。だから、死ぬなんて考えないでくれ」

「わかった。あなたがもう言わなけば大丈夫」

「契約だ」

「契約?」

「ああ、悪魔は契約は守る。だから、君にもうあんなこと言わないって契約する」

「必要ないわ」

「必要だ」


 そう言うと、リチャードはどこからか紙とペンを取り寄せ、書き上げた。

 その文字はカリンには読めないものだった。


「はい。ここに署名して」


 リチャードが署名した後、カリンがその横に署名した。


「これで終わり。俺は決して君にあんなことは言わない」

「契約なんて大袈裟だわ」


 カリンは不服そうにそう言うが、リチャードは微笑むとその紙を懐に仕舞い込んだ。


 その後、カリンとリチャードは正式に婚約を結び、一年後に結婚した。

 リチャードは時折、悪魔の姿になる。

 けれども、カリンに殺せなどと囁くことはなくなった。

 元婚約者とルディアは、男爵家で仲良く暮らしているようだ。さすがに訪ねてくることはなかったが、カリンは時折二人の様子を侍女に頼んでみてもらっていた。

 半分悪魔なリチャードは過激なところがある。

 不思議な力ももっているようだった。

 そんな彼は、カリンをとても大事にしてくれた。

 だから、彼女の心の傷はほとんど癒されていた。


「本当、君は綺麗すぎるよ」

「だって、今、私はとても幸せだもの」

「大丈夫。君が生きているうちは、殺さないから」

「私が死んでもよ」


 半分悪魔な彼の寿命はとても長い。けれどもカレンが亡くなっても、彼が退屈することはなかった。

 彼はカレンが何度生まれ変わっても見つけることができた。

 それは、彼女が彼と交わした契約に記されたこと。

 

 カレンの魂は、永遠にリチャードの魂と結ばれる。

 普通の人である彼女の寿命はリチャードに比べると短い。

 だけど、魂が結ばれていれば、リチャードは必ずカレンを見つけることができた。


「見つけた。見つけたよ。俺の愛しい人。俺のために生きてくれ。それだけでいい」


 囁きはとても甘く、カレンが初めて聞いた悪魔の声とは別人のようだった。






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