心が折れる音――友達の書籍化することになったんだという言葉がわたしにとって呪いとなった
もしかしたら皆さんの心のどっかにある漠然とした不安とかが表現できていれば嬉しいです。
この物語はフィクションです。
実際の人物、団体、固有名詞等は存在しません。
――――書籍化することになったんだ。
――――友達の言葉がわたしにとって呪いとなった。
わたしこと白瀬美花は漫画や小説を投稿出来るサイト『作家になろう!』でわたしは小説を描いている。
和風ファンタジーが多めで、それに恋愛が絡んだり、普通のファンタジーを書いたり
あんまり再生数やお気に入り登録者数は少ないけれど、自分の作品が好きだと言ってくれる人が居たりして、それなりに楽しくやっている。
少数でも自分の作品を見てもらえればそれで十分だった。
たまに感想とかもらえば十二分に嬉しかった。
そんなときに、同じサイトで小説を書いている友達がこんなことを言い出す。
「今度書籍化することになったんだ」
「ほんと!? すっごいじゃん!!」
土曜日の昼下がり。
ちょっと遅めの昼食を友人である黒沢亜美と取っていたときのこと。
わたしは紅茶を吹き出さんばかりの勢いで驚いた。
亜美はコーヒーをちょっと口に含むとはにかむ。
彼女もわたしとおんなじで、ずっと投稿を続けていたことを知っていたからすごく嬉しかった。ほんとうに自分のことのように喜んだのだ。
――だけど同時に胸の奥にチクりと痛む物がある。
そんな自分が厭だ――
「どんな話。やっぱりホラー系?」
「ううん。現実世界の恋愛の話。怖い顔をした女の子と、可愛い顔をした男の子の物語」
「ああ、あのお話ね! 最新話の男の子がちょっと勇気を出して手を繋いだシーンはエモかったよ」
「ありがとう」
実は彼女は恋愛ではなく、ホラー系を得意としている。作品の8割はホラー、妖怪とか怪奇の話ばかりで、ちょっとおどろおどろしくて怖くなってくる。本人はこんなに綺麗なのに、割とグロテスクな描写が得意だなんて……。それだのにたまにこのような素敵なお話を書いてくるのだから油断が出来ない。正直、ちょっと嫉妬もするけど、わたしも恋の描写力とかは負けていないつもりだ。
なんて、お互いの近況を語り合ったり、特に意味の無い近所の猫の話題を振ったり、ここのパスタがおいしかったり。
身近でこんな話が出てくると、変な希望がわいてくる物で。
それは根拠の無い自信であり、漠然とした期待だったり。
亜美が本を出すことが出来るのならば、わたしもって思ってしまったのだ。
――――ああ、それが最大の間違いだとも知らずに。
糸がある。
ピンと張り詰めた一本の糸だ。
これが切れたとき、何かが終わってしまう気がした。
わたしは机の前に座る。
いつものタブレットを起動してからちょっと意気込んでみたりする。
「よし、わたしもがんばろう……!」
文章を書くときは画面をタッチするよりキーボードの方が使いやすかったと、友達の言葉を真に受けて買ったキーボードをリズミカルに叩く。淡いライトグリーンのかわいいやつ。
最初はぜんぜん使えなくて放り投げそうになったけれども、今ではこっちのほうが効率が良いくらいだ。なんとなく寝そべったりしているより、机に向かっている方が気分というか、気合いが入る。こうしていると、書いている感がすごい。
ちょうどこのコンテストの応募があるのだ。
テーマはノンジャンル。
条件はのこサイトで書いていること。短編であること。
わたしは、今現在書いている短編を応募しようと思った。
内容はちょっとレトロな雰囲気のエセ和風恋愛だ。
悪い妖怪を収監する獄卒の少年と、妖怪の少女との逃避行。
物凄い力を持っているけど使いたくない少女と、その少女を牢に閉じ込めて利用しようとする者達から連れ出す少年。現代が舞台だけれども、ちょっと和風レトロな渾身の一作だ。
その結果は……。
一次選考にも残らなかった。
亜美の方は得意のホラージャンルで二次選考まで残ったらしい。
最終選考までは残らなかったって言っていたけれども、それだって十分な結果じゃん。
書籍化する作品も、別のコンテストで二次まで残って落選したものの声が掛かったという話だ。
「二次選考まで残ったんだって。最近すごいじゃん!」
「ありがとう」
「わたしはすぐ落ちちゃったけどさ」
「あれ結構良かったの」
「そう言ってくれる人がいるとうれしいよ」
「わたしも次は最終選考まで残れるように頑張るよ」
「――――うん」
一拍の間。
本の少しの心の澱。
――――――ああ、なんてうらやましいんだろう。
亜美は書籍するということもあって、再生数やお気に入り登録数とかも増えていった。
こないだまではわたしと同じくらいだったのに。
そしてあの言葉が頭の中に蘇る。
自分だってがんばれば追いつけるかもしれない。
今はダメだって、いつか、そのうち。
必死で書いた。
何度も何度も書いた。
コンテストの応募も積極的に参加してみた。
でも結果のほとんどは一次選考にすら上がれない。
何がダメなのか分からない。
何がダメなのか教えて欲しい。
そんなときに、ふと、気になるコンテストがあった。
テーマ別に分かれていて、そこから作品が選ばれるのだという。
わたしが好きな和風ファンタジーもその中に入っていた。
マイナー寄りのジャンルばかり書いているわたしとしてはぐっと惹きつけられる。
ここならば、と全力の作品を書き上げようと思ったのだ。
結果は…………。
選外。
一次選考も無く、数作品がノミネートされていた。
テーマ別の募集と言っても、全部のテーマから一作品ずつ選ばれるわけじゃなかった。全テーマの中から数作品が選ばれるのだ。
ほとんどが人気ジャンルのものばかりで、マイナー寄りなジャンルはまったく入っていない。
「結局わたしたちみたいな物語は最初からダメだったんじゃないか。テーマごとに作品を選べよ! 全ジャンルから数作品なら最初から言えよ!!」
心が折れる音が聞こえた。
ぱりんと、乾いた音が。
そこからだろう。物語が書けなくなっていったのは。
これではダメだと。
これでは面白くないと。
書いては消して、書き直して。
過去の作品まで全部手直しをして、それでも足りなくて、新しい物語を書こうと思っても手が止まってしまう。
いや、手が止まるんじゃ無い。
投稿する前からずっと書き直し続けて完成しないのだ。
書くことがこんなにも辛いだなんて思わなかった。
――――書籍化することになったんだ。
――――友達のあの言葉がわたしにとって呪いとなった。
わたしもと思ってしまったことがそもそもの間違いだった。
単純な話だ。
もっと早くに気づけば良かった。
わたしにはなくて、彼女にあるもの。
そうだ。
わたしには才能なんて無かったんだ。
そんな簡単な話。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁ………………」
あれから書けない日が続く。
いや、書けないんじゃない。今もなお書き直し続けている。
最初の出だしだけで最低10回も手直しした。
もう、話自体を見直すだろう。
だけど書くことを止められない。
それなのにちっとも描写を先へと進められない。
「最近投稿していないけどどうしたの」
「うん。そっちだって止まっているけど、書籍のほうが忙しいの?」
「…………二巻を出すのは難しいんだって」
順風満帆に見えた彼女にも彼女なりの苦悩を抱えているのだと初めて知った。
「ハナ~わたし、筆を折るかもぉ」
「ちょっと、わたしなんて選考にも漏れるくらいなんだよ。一緒に続けようよ!」
筆を折るかも知れないなんて、冗談でも言わない子だったのに。そこまで追い詰められているなんて。言っているわたしの言葉も寒々しい。
結局、亜美は書くことを止めてしまった。
今は読み専になって、あの作品が良かったよとかそういうことを教えてくれる。
彼女の張り詰めた糸は切れてしまったのだろう。
心が折れただけだったのならば、まだ不格好でもつなぎ合わせられるかもしれない。
でも、この糸が切れたらダメだ。
自分の心の中でをれが『終わった』ことになってしまう。
そして、そのことについてなにも考えたくなくなるんだ。
違う。
考えたくなくなるんじゃない。考えられなくなるんだ。だって、終わってしまったことを考える必要なんてないのだから。それ以上進むことも戻ること出来なくなる。
作家仲間が居なくなってしまってもわたしは続けていた。
どれだけ時間が掛かっても。
どれだけ書けなくなっても。
書くことだけは止めることは出来ない。
心は一度折れてしまったけれども、だからこそ、もう少し、楽しく書いてみようと思う。
登場人物のモデルは特にいません。
モデルは筆者じゃありません。なぜなら筆者の友人に創作活動をしている人はいません!!
評価、感想等いただけると嬉しいです。