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戦う高校生シリーズ

高校生VS祭好き 〜嵐の中の盆踊り〜

作者: 一木 川臣

 は〜、気がつけば夏休みも半分過ぎてしまったなぁ〜 


 ゲームの合間、おやつとしてシリアル食品を食べながら俺はふとそんなことを思ってしまった。現在は8月の中旬で世の高校生はセコセコと宿題の追い込みをかけているんじゃねえか? 俺は全くやる気ねえからそんなの関係ないのだけど……


 空を見ればかなり曇っており、大粒の雨が降り出している。なんでも今日の夜は大型の台風がこのあたり直撃するらしい。さっきネットニュースでそんなことが書かれていた。


 大型の台風か……


 今日はクラスメイトである高山たかやま ゆうと一緒に盆踊りに行く予定であったが、まぁ〜こんな天気じゃ無理でしょ。


 この地域は数時間後に暴風域になるらしく、既に暴風警報が出ている。ネットでも『このあたりに住む奴は絶対家出るな。死ぬぞ』と警告されていても分かる通り、相当強い台風が来るようだ。家が吹き飛ばされなければいいが……


 こんな天気だから既に『今日は見送り』のメッセージが来ているかと思いちらりと携帯を見てみたが未だ悠から連絡が来ていない。忘れているのだろうか、それとも天気を見て察せよと言うことなのだろうか? それだったら何とも不親切な事だが悠に限ってそれはねえな。


 だって、あいつ、自分の地元の盆踊りを誘ってきたクセに集合場所を俺の家にしてきたんだぜ!? なんでわざわざ足運んで俺ん家来てそっから悠の家の近くの盆踊りに行くんだって話だろ。普通現地かそれに近い悠の家に集合するのが普通だろ?


 だから聞いたんだよ『現地集合でいいだろ、俺ん家来る必要あるんか?』ってな。

 そしたらあいつから『集合場所売木の家じゃないと来ない可能性あるじゃん』って言われたぞ。俺はドタキャンする程失礼な奴じゃねえぞ、全く…… どれだけ俺を盆踊りに誘いたいんだ、あいつは……


 とはいえ…… ゲームに夢中になっていたからアレだったけど本来だったらこの時間が待ち合わせの時間だったなぁ。忘れているだろうし、俺から連絡しておくか……『今日は天気悪いから盆踊りはなしな』と……



 ピンポーン!!



 は? この時間にインターホン……? まさか……


 俺は玄関まで走っていきドアを開けた。


「やっほー、売木うるぎ! 今日は楽しみだね!!」


 浴衣姿の悠が現れた。背が低く、女の子みたいな顔つきをしているがこいつは男だ。一見すればかなり可愛い女の子なんだけど…… 男であることが悔やまれたり悔やまれなかったりする。


 そんな悠が元気よく両手を上げながら挨拶をしてきた。


 なんで浴衣着ているんだよ、似合っているけどさぁ……


 は? 浴衣……??


「ちょ、待て悠! なんで浴衣着ているんだよ!? まさか……」


 俺から『今日は見送り』の連絡が来なかった。集合時間は今現在と同刻6時半、集合場所は俺の家…… つまり……


「何言っているんだよ売木! 盆踊り行く約束していたじゃん、忘れちゃったの?」


 持ち前の高めの声を軸に前かがみになりながら悠がそんなことを言ってきた。


 盆踊りの約束は忘れてなんかいない。今日行くという予定なのは間違いない。間違いないが……

 まさかのまさかだ。悠はこの機に及んでも盆踊りへ行くつもりなのだ。


「忘れて…… いねえけど…… まさか今日行くつもりだったのか!?」


「あー、やっぱり。売木の家を集合場所にして正解だった、僕が来なきゃ盆踊りずらかる気だったでしょ?」


「ずらかる気なんてねえぞ! だけど、悠…… ガチで今日盆踊り行く気なのか……??」


 疑いの目をかける悠に対して俺はとりあえず反論する。俺の言葉を聞けば悠はさも当然のように答えた。


「当たり前じゃん。今日は盆踊りの日だよ」


「いやいやいや、無理でしょ!! お前ちゃんと天気予報見たのか? 今日ドでけえ台風がこの辺り接近して来るんだぞ!」


 いやぁ〜 今後どう足掻いても晴れにはならないだろこの天気…… 予報でも『この地区は絶対台風が来る! 逸れるなんてバカな期待はやめて家で引きこもっておけ』とまで書かれていた程だし、この先台風が来ない確率は0に等しいのだ。


 もしかして悠は楽しみにしすぎて台風が逸れることを祈って俺の家に来たのかも知れないが、残念ながら今日の見送りは不可避だぞ。


 だが、悠の反応は俺の予想を遥かに上回るものであった。



「うん、知ってるよ」



 う〜〜ん、知ってるのかぁ〜 そりゃそうだよなあ。昨日からずっとひっきりなしにテレビ、ラジオ、インターネット、町内放送等ありとあらゆるメディアで警告が出ていたもんなァ〜 今日の台風。


「んだったらなんで盆踊り行こうとしているんだよ! 今夜台風が直撃するんだぞ!!」


「あれ? 売木に前言わなかったっけ? 雨天決行って言ったじゃん。忘れたの? もお〜」


 悠が腰に手を当てながら口を尖らせる。


 ……なんだか俺が悪いみたいな展開になっているけど たしかに、誘われた時そんなこと言われたような気がする。あんまり真面目に聞いていなくて若干忘れかけていたけどさあ。


 いや、あの時小雨程度なら行くって意味で捉えていただけだぞ。それくらいだったら寒いけど付き合うし時間によっては晴れるかも知れないけど…… こんな大雨が迫っている中で雨天決行だって言われてもヒクに決まってるだろ!


 今回は大雨どころじゃない、過去最高レベルの台風がこちら来るんだ。そんなのまで視野に入れて雨天決行を承諾しているわけねーだろ俺が。ごく一般的な雨しか想定してねえよ!


「忘れてねえし、嘘つくつもりもねえけど今日は絶対無理だろ! 空見ろよ! すげえ色の雲が広がってるじゃねえか、もうすぐやべえ台風が来るんだぞ! 雨天決行の許容圏内じゃねえよ、台風は! 風も唸ってるし、こんな中盆踊りなんて行ってもやってねえだろ!!」


「そんなことないよー! ウチの地元の盆踊りは例えどんな天気でも絶対やると決まっているんだ。だからそこは大丈夫だよ」


 意味がわからねえぞ。台風でも決行する盆踊りなんて聞いたことねえよ。一体何が大丈夫だって言うんだよ。

 俺は悠の地元の盆踊りへ行くのは初めてだけどこれだけは言える。この天気じゃやらねえ。


 俺の表情を見て色々察したのか悠が「ほら、盆踊りのホームページにも書いてあるよ」とスマホの画面を見せてきた。




『東町盆踊り大会 何があろうと絶対やる』



 力強い太文字だけどこれだけしか書いてねえ。盆踊りのホームページを自称するなら時間と場所書いておけや。


「でしょ〜、ウチの地元の盆踊りは雨でも絶対決行されるのが強みなんだ。過去色んな出来事があったけど絶対に開催しているの。すごいでしょ」


 自分の地元のイベントなのでさも自分のことのように誇らしげに語り出す高山悠氏。


 ……なんなんだ、これ…… 絶対開催されるのが強みな盆踊りが世の中に…… もとい俺の町の近くでやってたのか。


 たまんねえぞ、絶対やるなんて書かれたらよお!! じゃあ俺はどうやって悠を説得すればいいんだよ! 大人しく中止にしておけや!


 冗談じゃねえっ、こんな中盆踊り行ってしまったらマジで死ぬ。吹き飛ばされて終わりだ!


「それでも無理だって! 今日の台風には勝てねえって、すげえ雨風だぞ! せっかくのおべべがびちゃぬれになっちまうぞ!」


「雨だから濡れるのは仕方ないよ。でもそれも盆踊りの醍醐味じゃない?」


 悠はその地元の盆踊りを見て育っているからそう言えるかも知れねえが、それを常識と思われたら大間違いだ。普通は雨でもやらない。醍醐味にもしない。


「風邪ひいちまうぞ!! それにこんな暴風の中で盆踊りやったって誰も来ねえだろ!? 屋台もやってねえだろうし……」


「大丈夫だよ。毎年大勢の町内の皆が集まっているんだ。例えどんなことがあろうとね! もちろん屋台もしっかり営業しているよ。今回も絶対やるからそこは安心してよ!」


 悠の町内会の寄り合いに出席したことねえから知らねえが、東町の野郎共は相当タフみてえだな。明らかに俺の住む地域と民度が異なるのは理解した。


 しかしこんな台風の中屋台なんて営業すんなや。焼きそばとか焼きイカが吹き飛ぶだろーがよ! 物事には限度というものがあるぞ。火器も扱うだろうし危険営業だろ。


 って話はそんな悠長じゃねえ、屋台なんてどうでもいいんだよ。


「安心できねえよ!! だって強い風が来るんだぜ、やぐらとかぶっ壊れるだろ! 櫓の上で太鼓叩く野郎が怪我しても知らねえぞ」


「そこも大丈夫だよ売木。だって今一生懸命町内のみんなが櫓や屋台の補強作業に入っているって聞いたからさ。そんじょそこらの強い風では倒れないよ、東町の櫓は」


 マジかよ。今補強作業してるのかよ!? 東町の町民共オカシイだろ……



 そこまでして盆踊りやりてえのかよそいつらは。 世の宗教行事を運営する連中の中でも群を抜いてイベントに対する執着を持つ連中だな。意識高すぎるだろ、何が彼らをかり立てているんだ……?



「いやいやいやいや……」


 毎度言うけど今回の風は悠の言う『そんじょそこらの強い風』程度じゃない。過去最大級の暴風がこの地区を襲うんだぞ。以前まではなんとかなったかも知れねえが、マジで今回の台風はやばいって。流石に台風舐めすぎだ!


「過去何が起きたか知らねえけどその伝統も今日で終わりだ! 盆踊りどころじゃねーぞ、今日の台風は」



 俺が腕を組みながら断ると悠が「むぅ……」と不満そうな声をあげて頬を膨らませた。


「絶対やるもん! 行こうよ売木! 絶対楽しいって、売木も気に入ってくれるよ!!」


「んだから無理だろこんな天気じゃ! 東町の町民がいくら盆踊りに対する意識が高くたって天候だけはどうにもならねえだろっ! 今日ばかりは猛烈な暴風の前に敗北するに決まってらあ」


「負けない! 東町の盆踊りは絶対に負けないよ!! 東町の櫓は台風程度じゃ倒れないって、毎年通い続けていた僕が一番知っているんだからっ!!」


 ムキになって反論してくる。なんでそんなにムキになってるんだよ!

 そんなに地元の盆通りに対して誇りを持っているのか、悠の奴は…… 何があろうと絶対やる盆踊りだからそれなりに町民族意識が高いのかもしれない。実態はどうだか知らねえが……


 しかし困っちゃうぞ、こうも盆踊りに対して意地を燃やされちゃさあ…… こんな日に盆踊りとか開催しても地獄と化するのは火を見るより明らかだというのに……


「櫓は壊れなくても踊ってる奴が耐えられねえだろ!! 猛烈な雨風に逆らって踊り続けられるわけねえよ!! 過去幾度とない試練を乗り越えたかも知れねえけど今日の台風だけはあまりにも難敵すぎるぞ!」


「絶対に負けない!! 東町の踊り子は不屈だよ!! 今日この日の為、去年の夏から一生懸命毎日練習しているんだよ! だから今日の台風にも屈しないよ!!」


 なんで盆踊りの練習を去年の夏からぶっ続けでやってるんだよ……。そんなの今年の夏からでいいじゃねえか、盆踊りの練習で1年も費やすところなんてあるのかよ。


 その尋常じゃない練習量にも舌を巻くのもあるけど、台風に対する強靭を高められるワケじゃねえだろその練習は。

 いかに上手に踊れるかしか訓練されてねえんだから今回の台風に対しては無力だろ、そんな練習されたってよ。


 いや、それ以前よりこの風の中踊る奴はバカだろ!! 盆踊り意識高いとかそういう問題じゃねえぞ!!


 全くもって俺の意見に耳を傾けてくれない悠に、ついため息が出てしまった。


 そのため息を聞いたのか、悠が若干涙目になりつつ俺にさらに訴えかけてくる。


「僕だって、今日の盆踊りをすごく楽しみにしていたんだから。今年は売木と一緒に盆踊りに行けるって」


 んなこと言われてもよお〜 


 たしかに、彼のおべべを見る限り相当楽しみにしていたことだけは伺える。わざわざ俺の家を集合場所として指定して来たあたりからも感じ取れるのは確かだ。


 だけど…… いやだけどじゃなくてもキツイだろ。


「もう一回考え直せ!! 今日はすんげえ、もんのすんげえ台風が来るんだぞ!! 過去何が起ころうと決行できたのかも知れねえ、幾多の困難を乗り越えたのかも知れねえ、かつてない苦境に苛まれても諦めなかったのかも知れねえ…… けれど、今回ばかりはもう無理だぞ! 長く続いた伝統が今日この日をもって終焉を告げるのはこと寂しいことだろうが、世の中そんなもんだぞ。何事にも終わりが訪れる……『東町盆踊り』にとって運悪く今日がその日だったということだ」


「絶対に終わらない! 東町の盆踊りの伝統は終わりがないんだよ、円周率だってそうじゃないか! 終わらないものがある、永遠に続く伝統がある、それが東町の盆踊りなんだよ!」


 やめてくれ、俺数学苦手なんだよ。こんな無茶苦茶な数理論で諭されたって何も心に響かねえよ。東町の盆踊りは世界滅亡の日までやり続けているというのか。


 もう勝手にやってくれって感じだぞ、俺の中での円周率は途中で終わりがあるの、計算が面倒臭いから!! 


「んだから絶対無理だって!! 例え盆踊りが決行されたとしても俺は行かねえぞ! 開始5秒で吹き飛ばされるのが目に見えているからな!!」


 この回絶対という言葉使い過ぎて徐々に価値下がっているのは実感しているけど何度でも言ってやる。タダじゃ済まねえだろ、こんな天気で外いったらよお。


「それだったら重い靴を履けば大丈夫だよ! 鉄ゲタとか安全靴とか水を含んだ長靴とか履けば吹き飛ばされる恐れはないよ。ねえ、売木い〜、東町の盆踊りの楽しみ方は僕が熟知しているんだから行こうよぉ〜」


 マジで…… 俺、どうすればいいんだよ…… 全然悠が諦めてくれんのだけど……


 こんな理論何度も翳されたらたまったもんじゃねえよ。そんなの付け焼き刃にしかならねえぞ……


「安全対策バッチリだし、万が一の事態にも対応できる程、東町の盆踊りの運営はしっかりしているんだよ。だから安心して盆踊り行こうよ」


 その『万が一の日』が明らかに今日じゃねえかっ!  この事態の対応は『開催しない』一択に尽きるぞ……


「が、ガチで言ってるの…… 俺、今日盆踊り行くの……?」


 断るネタが徐々に尽き、思わず戦慄してしまった。悠と一緒に盆踊りに行くことが問題じゃない、今日この日、凶悪天候の日に盆踊りに行くと言うことが問題なのだ。


 俺の呟き…… 小声であったが、俺の言葉は彼の耳にはしっかりと届いていた。そして、悠はなんの屈託もない笑顔で俺に向かい微笑みながら口を開く。



「うん! 一緒に行こうよ」



「は?」









 数日後……



「ういっす、どうも。ふぅ、ここは冷房がきいていて涼しいぜ。中々暑さが落ち着かねえよなあ……


 あ、飲み物? いつものオレンジジュースでたのんます。は? オレンジジュースはうめえだろ、俺の注文に文句言うなや。


 ……にしても、お前も相変わらずもの好きだよな。俺の話を聞きたいだなんて、それでもって俺にジュースとシリアル奢ってくれるだなんて……そんな奴、俺お前以外に会ったことねえよ。お前は俺のファンか何かか?


 ……まぁ、いいけどさ、俺はこうやって涼しい喫茶店の中ジュース飲めるって言うんだから別に悪い気分じゃねえけど。


 あ〜 はいはいはい、分かってる分かってる、この前の盆踊りについての話が聞きたいんだろ? 


 えーっと、どっから話せばいいんかな……? まぁ、夏休み前に俺が『宿題に関する事項を除けば、今年の夏休みは概ねヒマだなぁ……』って呟いたのが事の発端だったんだ。それをどこからか知らねえけど聞いた悠が『それなら一緒に僕の地元の盆踊りに行こうよ!』ってな感じで誘われたんだよ。


 は? 雨天決行って言われたけど、その時から台風を想定しているワケねえだろ! 


 ……まぁ、そんな甘い考えをしていた俺がバカだったんだけどな。俺は別に何も思う事なく彼の提案を承諾したんだ。


 だって、一緒に盆踊り行くだけだぞ。なんら懸念事項なんてねえのが通常だろうが!! 

 ……まぁ、野郎二人というムサいメンツだったことだけは腑に落ちなかったけどな。それだけだったぞ、承諾した時に心に引っかかったのはな。


 んで、悠の地元の盆踊りなのにも関わらずなぜが集合場所が『俺の家』だったんよ。


 未だに意味が分からねえけどな。ただ、もうこの時点でなんか『怪しいな』って感づくべきだったのかも知れねえ。明らかにやる気が違えじゃん……


 それでなんやかんやあって俺達は東町の盆踊り会場に向かうことになったんだ。すげえ風が吹き荒ぶ中な。


 あったり前だろ! めっちゃくちゃ抵抗したぞ! その日すごい強さの台風が来るって知っていたから猛烈に拒絶したのにも関わらず悠がどうしてもって言うからやむなしに一緒に行ったんだぞ。


 そんなんじゃねえよ、もっと抵抗…… もとい拒絶したぞ! こんな台風の中行くなんて馬と鹿の区別がわからない浪人ですらやんねーぞ! にも関わらず悠の奴、断固として俺の意見を譲ろうとしなかったんだ。


 そうだぞ、何一つ…… 何一つ俺の意見を聞いてくれなかったぞアイツ。『どうしても俺と一緒に盆踊り行きたければ家の中で盆踊りしようや』って提案したけど速攻で否決だ。『僕は売木と一緒に東町の盆踊りに行きたいの!』だってよ。悠の奴、妙なところで頑固になるんだよな、ああ見えて……


 そうだよ、誰もいねえよ、凄え風の中なんだから俺と悠しか外出ていなかったぞ。当然だよな、暴風がもうすぐ来るんだもん、普通・・の奴は家で大人しくしているわな。


 はぁ? 俺は普通だわ、悠と一緒にすんな。



 服装……? 悠の奴は青色の浴衣だったな…… そんな立派な浴衣も行く道でびっしゃ濡れになってたけどな……


 知らねえよ、悠にとってあれが醍醐味だとよ。浴衣が濡れれば濡れる程テンション上がってたぞ……


 俺? 甚平なんて着ねえよ! 着る余裕なんてねえよ! 直様逃げられるように、上下ジャージだ!


 あと冗談抜きで身の危険を感じたから盆踊り会場へ向かう途中ホームセンターでヘルメット買った。そりゃそうだろ、俺の頭はお前みたいな頑固な石頭じゃないの、常に新たな考えを生み出すマシュマロみたいな柔らかくデリケートな頭だからな。ちゃんと守っておかねえと頭に瓦礫が直撃した時バカになっちまうだろーが。


 レインコート? まぁ、一応、無駄だとは思ってたけど俺は着ていたけど。


 あたりめーだろ、レインコート如きであの雨風を凌げるワケねえだろ。でも傘じゃ危ねえからやむなしにレインコートを着たんだよ。やむなしにな……


 んで、隣町だからなんだかんだで歩いて30分ぐらいしたかなあ、それぐらい歩いて……


 もう、マジかと思ったぞ、会場に着いたらびっくり、普通に人いるの。


 どれくらい……? いや、結構だぞ、500人くらい……?? 会場もかなり広くてそこも驚いたけど、何より誰一人として今日の天気を気にしていないことに驚愕したぞ……


 いや、そんなことねえよ…… もうその時から凄え雨風だったぞ。時間的に暴風域に突入していたはずだ。俺だけだぞ、違和感抱いていたのは、悠も含めてそれ以外の奴らは皆盆踊りを始めようと意気込んでいたんだぞ……


 屋台も普通にやってたな…… 途中で焼きとうもろこしが風に乗って飛んできて儲けた時もあったけど、それを込みでもあの環境下で屋台を運営するのはおかしい。あの雨の中で火を扱って焼きとうもろこしを作るのはある種の芸術とは感じたけどな……


 あぁ…… 悠の奴も風に乗ったかき氷を捕まえて食ってたな。あんな気温低い中でよく食うぜ…… ほんとに。


 んで、盆踊り開始の時間になると、肉体が鍛え込まれた男女が円陣組むの。『台風に負けねえぞ!!』ってな。アホかと思ったぞ、気合いで天候をどうにかできるワケねえだろ。『お前ら素直に負けて家帰れよ』ってつい声が出ちまった程に呆れたぞ。


 それで、盆踊りが普通に開始されるんだ。まあ、圧倒的だったね、何せ『生演奏』だったもんな…… 歌い手が櫓で歌いながらその下で円を作って皆踊るわけよ、暴風の中な……


 そうだぞ、俺の舌もぐるんぐるんになる程巻いたわ。そりゃ、踊り子は去年の夏からぶっ通しで練習しているからすんげえ踊りにキレがあるけど、歌ってる奴も、演奏している奴も漏れなく滅茶苦茶上手えんだコレが。


 お前も知ってるだろ、あの歌……『月が〜 でたで〜た♪』ってやつ。出てねえよ、月なんか。あの曲がくるたびに俺は周りに訴えかけてたぞ。『月なんて出てねえっ!!』って。台風の日だから月なんて出るわけねえだろ。曲変えろ!!


 まぁ、選曲に対する不満は置いておいて、何よりあんな天気の中良く歌えるなって思ったぞ。90歳越えのバアさんが歌っていたけどぜってえあのババアサイボーグだろ。


 は? 冗談に決まってるだろ、サイボーグなワケねえよ。お前どんなタイミングでツッコんでるんだよ。


 悠から聞いたらただのカラオケが趣味の年寄りだとよ。よくやるぜ、生粋の東町っ子はソウルが違うと感じた瞬間だったな。俺は見習いたくねえけどな。


 まあ〜 きつかったぞ。時間が経つにつれ、雨風が激しくなるんだよ。でもそれに合わせて会場のボルテージも高まっていくんだ、凄えだろ東町。やべえよ東町。


 んだよぉ、あの風の中! お前だって家の中で怯えていただろ、あの凄え風の中俺は盆踊りのいたんだぞ。想像つかねえだろ、あれは行かねえと絶対分かんねえ雰囲気だぞ。


 俺? もう木にしがみついて飛ばされないようにするのに精一杯。途中で5千円の鉄ゲタをセールスから売り込まれていたけど、マジで勘弁してくれって思ったぞ。ありえねーだろ、あんな中で悪徳セールスだなんてよお!!


 は? 吹き飛ばされたくねえから買ったわ! その話はしたくねえから先に進めるぞ!


 風が強くなるにつれ歌うババアのテンションもマックスになっていくんだ。踊り子もそれにつれて掛け声も大きくなって会場は最高潮を迎えるんだよ。


 悠も同じく、踊り子に溶け込んで楽しそうだったな。俺なんてこの時全身水浸しで『てるてる坊主』作りながら祈っていたぞ、『頼むから晴れてくれ……』って。


 あれだけ真心込めて『てるてる坊主』作ったの初めてだぞ、人間救いが無くなると神頼みするんだなって身を呈して実感した時だった。


 それほど俺は追い込まれていたんだよ! 10個ぐらい作ったぞ、雨に晒されてかじかんだ、震えた手で一つ一つなんとかな! 雑な仕事にならないように全部表情が違うようちゃんと丁寧に作ったぞ。


 え? 届くワケねえだろ、俺の祈りなんか。


 『てるてる坊主』達の活躍も虚しく時を追うごとに風は容赦なくなっていくんだ。それなのに東町の連中は風に逆らい踊り続ける。ここまでくるともう天晴れだぞ、何も言えねえよ、祭りに対する気迫が俺にも伝わってきたわ。どうやって町民意識をあそこまで結集させることができるのかガチで気になるぞ。


 悠の奴? 凄えはしゃぎながら大喜び。ここまでバイブスあがった盆踊りは今までにないんだとよ。


『売木も踊ろうよ!』って誘いに来てたけど、あんな渦の中に入ったら何かに飲まれると思って踊りには参加しなかったぞ。


 台風だけにの中……? んな悠長にシャレ込む程俺の体力は残ってねえよ。どんなタイミングで笑ってるんだお前…… 話進めるぞ。



 それで絶え間ない嵐を凌ぎながら、夜12時頃に祭りは終わるんだよ。遅すぎるだろ、8時ぐらいにお開きにしておけよ。街中の広場で深夜まで爆音鳴らしやがって、近所迷惑だろーが。


 あぁ…… お前の言う通りそうだわな。東町の奴ら全員参加しているから近所迷惑とか関係ねえな。迷惑被る奴が居ねえもんな……


 ってんなことはどうでもいい。マジで地獄だった、ほんとキツかったぞ。


 でも凄えよな、あんな猛烈の嵐でも櫓どころか舞台とか屋台が一つも壊れなかったんだとよ。当たり前のように怪我人もなし。終わりのアナウンスで『今日も事故、トラブル、そして怪我なく無事に終わりました、また来年!』ってめてたけど奇跡だろ。


 ん〜 でも悠が『過去一度も怪我人を出したことがない』と自慢していたからそうなんじゃねえか? 怪我なんかしたら楽しい祭りも楽しくねえもんな、運営もそこには相当配慮して安全対策はしているらしい。台風の中でやること自体が間違いだと俺は思うがな…… 



 まぁ、こんなもんかな。


 はぁ〜 思い出すだけでしんどいな。もう二度と台風の中で盆踊りに行きたくねえわ。


 ……しかしこんな話のどこが面白いんだ? ただ俺と悠が盆踊りに行った話だぞ。ほんと、変わってるよな、お前……



 そういえば丁度今日の学校で悠と話していたけど、どうやら東町は盆踊りだけでなく『年越し会』も絶対やるらしいぞ。


 いくわけねーだろ!! そもそも俺は寒いの大の苦手で一度も『初詣』したことねえんだから、天候関係無くぜっったい行かねえ。暖かいこたつの中でホットミルクをかけた『コーンフロマイティ』を食べながら年を越すのが俺の恒例なの。行かねえぞ、絶対行かねえ。


 ……まぁ、既に悠から誘われたけどな……


 大丈夫大丈夫、まだ3ヶ月以上も先なんだからその頃には悠も忘れてるはずだぜ」



 










 


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