1.「ボク」
「…頭が痛いな」
窓際の席から一言。それが茶番を観終わったボクの最初の言葉だった。
…たわい無い彼らに向けた感想ではない。
日常は刺激と好奇心と誰かの何となくで変わるけれど、同じく・等しくを繰り返せば常なる日々は退屈に満たされる。やがてそれがコンクリのように固まってしまえば世界も自然と麻痺してくれるものだ。…だから彼等の茶番でボクの心は動けないし、このように頭痛で頭を抱えるという異常な行動がとれているわけなのだが。
「教授に連絡。□□□——番号26040429、年齢17歳は体調不良のため本日の課業を全てキャンセルします」
『・・・了承。後日、課業記録を視聴したのちレポートを提出する様に―――』
耳に当てた手首の端末から教授に連絡すると、いつも通りの定型文が電子音によって読み上げられ、ボクはそれを黙って聞くことにした。
‥‥いつしか精緻な音声認識によって返される定型文が、そういう癖のある音色のミュージックなのだと錯覚し始めた頃になると、示し合わせたように音楽は止まり、ボクは静かに立ち上がった。
〈お前、キーチよりも小さいな〉
〈マジか。毎日牛乳でも飲もうかな〉
〈食事もだけど適度な睡眠もな。ほら…寝る子は育つ、ってやつだ〉
〈寝ても育たない子、っているよね〉
〈流石に育つだろ。…三倍くらい寝れば〉
〈それ食って、糞するぐらいしか他にやること無いじゃん〉
〈まるで家畜だな〉
〈誰も食べないよ。…カニバルじゃあるまいし〉
〈じゃあ社畜だ〉
〈それいつの時代の話?〉
笑えない話を背にしながらボクは講義室を後にした。
気が触れたせいなのか。「どこかで外食でも‥」と一時考えてしまったが、いちいち身分証を提示して奇異な目で見られながら取る食事のまずさが即座にボクをさましてくれたのだった。
結局、食事は自宅にいる人型AIに作らせてボクは早くも床に就くことにした。
…断じて育ちたいわけではない。
「残機1か。…ボクの命はまるでアキレウスの選択そのものだな」
枕下の赤帯を握りしめてボクは眠りの詩を読む。
残機∞の奴らには決して分からない。生命の危機感も無く、ただ凡庸に日々を消費し続けるだけの畜生共からすれば、過多な生よりも戦士としての誉れを選んだ駿足の英雄の思想など分かるはずもない…。
重くなり始めた瞼を閉じ、ボクの一日は終わりを迎えていく。
いつもの今日が終わり、いつもの明日が再び始まり、いつかの昨日を思い返す。
それでもやっぱり日常はボクの思い通りにはなってはくれまい。刺激と好奇心を頑なに拒んだところで誰かの何となくだけは誰にも止められはしないのだ。
【…頭が痛いな】
そして、眠り際に放ったこれが今宵の出来事における少年「ボク」の最初の台詞となる。「日常」の枠をはみ出し、ボクの【全て】を塗り変える事となるそれは、まさしく一世一代の大事件。
これは、その〝はじまり〟に過ぎなかった。