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DisÜtopia  作者: ODN(オーディン)
ラプラスの海にて
12/28

□□□ 断章:「零」/前編 □□□

〝旅人〟は変わった匂いがする。別に〝外国人〟でも該当するかもしれないけれど、自分の知らない世界から来た人物というのは妙に鼻を引く匂いをもっている。

他国の香辛料、花の花粉、靴底に挟まった小石‥‥そうした世界の塵芥が積み重なって匂いはつくられていく。

〝塵も積もれば山〟というけれど積もったものを山と見るか/山とするかは見る者次第。積もる話という奴も内容が空っぽだったら意味がない。


…だから「ボク」の判断で、積もった話をしていこうと思う。



これはラプラスの海を渡る間に見た記憶の残滓。とある■■のお話である。



                0



眩しくて、暖かくて、妙に包容力のある色合いをした世界。

まるでお日様を水で溶いたような——その輝かしい世界を「私」は〈羊水世界〉と名付けた。


それは生まれる前の小世界であり、

そこで見て、聞いて、嗅いで、泳いで、触れあって(・・・・・)…それから人は生まれるのだと、誰しもがあの世界を通って来たのだと私は疑いもしなかった。


 そのズレに気づいたのは5歳の頃。母に連れられて訪れたライブ会場でのことだ。

母が贔屓ひいきにしているアイドルのライブが行われ、私は一つの「音楽」というものを体験することになる。初めての「音楽」を味わった私は、そのときの興奮も相まって母に羊水世界の話をすることになるのだが、‥それを節目に私は暫くのあいだ羊水世界のことを話さなくなった。


‥‥別に母が悪いというわけではない。

「———さんは生まれる前の記憶があるのですね」と母は気楽に聞き入れてくれたし、そもそも人並以上の愛を与えてくれた母に私が不満を抱くはずがない。


…ただ、きっと。

誰とも共有できない事の寂しさに私が耐えられなかったのだろう。

共有という仲間意識や同族証明を求める私も、やはり人間の子どもであったのだ…。



かくして、

次に〈羊水世界〉について話すことになったのは15年も後のこと。

2541年。私が20歳を迎えた頃のことである。



                 1



母曰く。私はよく休み・よく食べて・よく学ぶ子であったという。

体質的な問題からよく動き・よく遊ぶことは出来なかったが、私は他の子と同じように幸せな子ども(・・・)時代を過ごしていた。ただ前述したように私には体質的な問題があり、世間でいう「普通」とは少しかけ離れた生活を営んでいたことだろう。


…普通も、人それぞれではあるが、私にとっての普通は憧れを含むものであったと思う。


生まれる以前——恐らく羊水世界いた頃——から、私の身体は他とは少し違う成長を遂げていた。《遅延成長体》と呼ばれるそれは遺伝子の異変進化とも呼ばれ、身体の成長が常人よりも著しく遅くなるのだという。成長が遅いということは、子供がよく作るすり傷も簡単には治らないし、風邪をひいてしまえば暫くまともな生活が送れなくなってしまう。…だけども、そんな私よりも大変だったのは胎児の期間が長かった私を身籠っていた母であっただろう。



私の身体が刻む一秒は遅く、私の精神のみが正常な(・・・)時を刻む。



‥‥過去の映画に「成長するたびに若返る男」の数奇な人生を描いたものがあった。あれは正と逆の人生を描くことで変わりゆく世界に在り続ける「永遠」を視聴者に投げかけた映画で、無限の軌跡を描いて飛ぶハチドリを巧みに扱った演出が非常に素晴らしい作品なのだが、きっと私と同じ時を過ごせる人間など誰もいやしないだろう。



—————————『こんにちは』———————————。


 夢ではない、と最初に気づき、

 帰って来たのだと、私は悟る。



二つの世界が私にはある。

現世と〈羊水世界〉———のちに〈ラプラスの海〉と呼ぶことになる黄金世界で私は幼い頃から様々な記憶の海を渡り、冒険をしてきた。


…重ねて言うが、私はよく休み、よく食べて、よく学ぶ子であったという。


起きているときは現世で。寝ているときは〈ラプラスの海〉に。



〈ラプラスの海〉と現世。

その二つの世界で生きることが私の日常であった。



                2



父の知り合い曰く。私はえらそうな子どもであったという。


私が4歳の頃、父が仕事仲間を家に招いてパーティを開いた。


招かれたのは男性三人と女性が一人。

その内の二人は父の秘書を担当しており、髪を後ろにすり上げたデコ出しヒゲ男と金色の髪をしたキレイな女の人だ。デコ出しヒゲ男は「小せぇな」と乱暴に頭を撫でるのに対し、女性の方は私と目が合うと誰にも気づかれないように小さく手を振ってくれていた。


残りの二人の男性は初めて見かける人物らであったため、私は少し距離を置いて二人を観察することにした。


一人は先程の女性と同じくらいに若く、眼鏡と白衣が印象的な青年。

しかし、どれだけ視線を投げかけても一向にこちらを見ようともしないので、ムキになった私は白衣の裾を引っ張ることに没頭していた。


そして、もう一人はヒゲ男と親しげに話をする優しそうな男。

時折私と目が合うと悲しそうな顔をするので私はよく彼の頭を撫でるために彼を跪かせていたのだという。この事については私も曖昧にしか覚えていないが、そのとき父が浮かべていた悔しそうな顔だけは不思議とよく覚えている。


「アタリ、シーラ、アスボ、アキト」


当時の私は彼らを呼び捨てにしていたのだというから、確かに偉そうな娘であったのだろう。



 実年齢4歳に対し、肉体年齢は1歳という奇妙な娘。

そんな私を彼らは普通の子どもと同じように愛をもって接してくれた。

だから、きっと心の底から嬉しくて、心の底から私も彼らを愛してしまったのだろう。



・・・そうして、私は彼らと過ごす時間を現世での生きがいとした。


父と母。そして、彼らがいれば他には何も要らない———と。

そう自分の重きを置いてしまう程に私は、あの時間に救われていたのだろう。



父が倒れたのは、それから二年後のこと。

2527年。私が六歳を迎えた頃だった。



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