6. カクテル言葉と恋模様と……そして『いつか』
古芭白微糖ブレンド(●´ω`●)
微糖って意外と糖分高いんですよね。
☆第三者
■イケテン
□リッキー
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
篝と雄也の間に再び沈黙が訪れる。
しかし、先ほどまでの重いものとは少し違うようだった。
お互い意識してちらちらと視線を交差させる。
「ごめんねユーヤ」
「いやオレの方こそ悪かった」
2人はぼそぼそと少しずつ謝罪を口にし始めた。
「当たり散らすみたいな真似しちゃった」
「オレの方こそ無神経だった。ごめん、許してもらえるか?」
「うん、もちろん! ユーヤも私を許してくれる?」
「許すも何も悪いのはオレだよ」
「ユーヤァ~」
潤んだ瞳の篝と少しはにかんだ雄也が見つめ合う。
次第に店内を甘い空気が漂い始める。
「言うのが遅くなったけど……その浴衣姿すげぇ似合ってる。うん、すごく可愛い」
「あ、ありがとう」
2人は手を取り合い顔を赤くする。
「さっきのあいつはホントに幼馴染なんだ。ホント何でもないんだ。信じてくれ」
「う、うん……信じる」
「オレは篝が一番可愛いって思ってる。誰よりも……」
「私もユーヤが一番だよ」
取り合っていた両手の指を絡ませて見つめ合う2人。
店の空間がグラブジャムン並みの糖度を発生させ始めた。
リッキーとイケテンは世界一の甘さに口から砂糖を噴き出しそうだ。
昭和生まれの塩爺は「若いねぇ」とニヤニヤ笑うだけだったが……
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
■ ■ ■ ■ ■ ■
今なら最後の花火に間に合うと、篝と雄也は仲良く店を出て行った。
2人肩を並べて仲良く……
ちっ!
恋人繋ぎでイチャコラ、イチャコラと‼
人前でイチャイチャ、ラブラブしてんじゃねぇぞ!
リア充爆発しろ!!!
いかんいかん……
あんなバカップルにかまけている場合ではない!
今は急いでカクテルを作らないと!!
リッキーさんへ捧げる最高の一杯を!!!
俺は下処理していた杏子を取り出した。
こいつで作るはあのカクテル‼
唸れ、俺の右手!
燃えろ、俺の左手!!
うおぉぉぉぉぉお!!!
今の俺なら東方不敗も越えられる!
リッキーさんために最高のカクテルを!!
これで俺もリッキーさんとイチャコラ、ラブラブするんだ!!!
■ ■ ■ ■ ■ ■
□ □ □ □ □ □
「はぁ」
思わず溜息が出る。
ダメね私。
自己嫌悪。
「強要しても解決にならないのに。天磨君の言う通りね。私は駄目ね」
「リッキーさん?」
何か作業をしていたイケテン君が手を止めて不思議そうに私を見つめた。
「私っていつもそう。ちゃんと2人の気持ちを考えないと……」
黙って私を見つめる天磨君。
綺麗な瞳、整った顔立ち、本当に格好いい子。
私よりも年下なのに、大人で落ち着いてて素敵な男性。
「私なんかよりも天磨君は大人ね。素直に尊敬するわ」
「そんなことは……」
イケテン君は困ったような顔をする。
「今日はありがとう。天磨君のお陰で助かったわ」
私が帰るわねと伝えると、イケテン君がなぜか少し慌てた。
「え!? ちょっ、待って……これを……」
「騒がしてごめんね天磨君。この埋め合わせはきっとするから」
□ □ □ □ □ □
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あーあ帰っちゃった。埋め合わせにデートでも誘えば良かったのに」
「誘おうと思いましたよ!」
「悠長にカクテルなんか作ってるのに?」
「だからこのカクテルをリッキーさんに……それで……」
タンブラーをカウンターに添えたイケテンは気落ちして項垂れる。
そのカクテルはアプリコットフィズ(※1)。
アプリコットブランデーを主体に炭酸で割ったロングカクテル。
イケテンはこれを季節の杏子を使ったアレンジでお洒落に美味しくリッキーの為にせっせと作っていた。
「またカクテル言葉かい?ちゃんと口で伝えないと」
「ぐっ!いつか伝えますよ……絶対にいつか……」
ふぅっと塩爺は溜息を吐いた。
「アプリコットフィズ……いいカクテルだね」
薄いオレンジ色のカクテルは透明感もあって、綺麗な琥珀色にも見えるイケテン会心の作。彼のリッキーへの想いが窺える。
「だけどキミのカクテルに篭めた想いは言葉にしなきゃ届かないんだよ」
「だから……いつか……今度また来たら……」
「イケテンくん……人はいつも『また』とか『いつか』って言うんだよ」
静かに語る塩爺をイケテンは黙って見つめた。
「人はいつだって言い訳を探してしまう。だから一度でも言い訳って逃げ道を作ったら『いつか』なんて来ないんだよ」
塩爺はイケテンに優しい笑顔を向ける。
「なあイケテンくん……『いつか』なんて日はいつだい?」
はっとした顔でイケテンは塩爺を見た。
「塩谷さん!」
「行っといで。帰ってくるまで僕が店にいるからさ」
「あ、ありがとうございます!」
礼を述べながらイケテンはリッキーを追って店を飛び出した。
「若いねぇ」
その後ろ姿を見ながら塩爺の顔はドヤ顔だった。
イケテン達世代には分からない、彼の人生で言ってみたいセリフトップ10の1つを最高のタイミングで言えたからだ。
だが、そのドヤ顔でせっかくのカッコいい雰囲気も全てオジャン。しかし、バーの似合う男、塩谷治郎43歳。彼にはそんな機微は分からない。
1人店内に残された塩爺は、せっかくだからとイケテンが残したカクテルを頂くことにした。昭和の男は無駄をしないのだ。
タンブラーを口へ運ぶと懐かしい杏子の香りが塩爺の鼻腔を刺激する。含めば口いっぱいに広がる杏子の甘味。
「うん! うまい」
そして、その奥にある子供の頃に服用した咳止めの味。新しくもノスタルジックな不思議なカクテル。
「隠し味にアマレット(※2)を使ったのか……」
飲み慣れないカクテルだが、さすが愛する女性にカクテル言葉と共に捧げようとしたカクテルだと、塩爺は感心した。
「イケテンくんの口も、このカクテルくらい上手くなればねぇ」
塩爺はタンブラーを指でピンッと弾いた。
ガラスのタンブラーが『チンッ!』と音を立てる。
「さて、イケテン君は『この想い』を言葉にして、ちゃんとリッキーちゃんに伝えられたかな?」
塩爺は頬杖をつくと、その綺麗なカクテルを眺めた。
『アプリコットフィズ』
わざわざ旬のフレッシュの杏子まで使用した彼の渾身の作。
そのカクテル言葉は……
『振り向いてください』
きょうからお前も友達だ(∩´∀`)∩ミンナナカーマ
このネタ何人分かるかな?
※1 アプリコットフィズ
本来はアプリコットブランデー(ブランデーベースの杏子のリキュール)もしくはそれ以外のアプリコットリキュールを使用したカクテル。アプリコットブランデーにレモンとシロップを入れて炭酸で割ったもの。
※2 アマレット
杏子のリキュール。種を使用しており、生薬のキョウニンスイと同じ臭いがする。この杏仁と呼ばれるシロップ剤は咳止めとして使用されています。だからこれは薬だ!なんて主張はしませんよ(。-`ω-)