3. 夜のバーと夏のカクテルと恋事情と
◇柏木篝
■イケテン
□リッキー
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうぞ、お好きな席へ」
連れられて来たバーは落ち着いたまさにザ・大人の空間。
このちょっとお高い感じにもヒトミ先輩はまったく気後れもしてない。
慣れた感じで右から2番目の席に座っちゃった。
私はその左隣の席にちょこんと座る。
先輩って、いつもこんな店に来てるのかな?
「珍しいですね。立木さんが人をお連れになられるとは」
へぇ、やっぱり先輩ってここの常連なんだ。
「んっ、後輩なの。近くでばったりあってね」
「柏木篝でぇす」
私がおどけて敬礼ポーズの軽い感じで挨拶すると、通称イケテンさんと紹介された彼がふっと薄く笑う。
ちょっとホントにカッコいいんですけどぉ!?
「随分と可愛らしい後輩さんですね」
浴衣姿もお似合いで素敵ですよと褒められちゃった。
うわ! 舞い上がっちゃいそうな褒め言葉をサラッと!
何このイケメン!?
「天磨君! あんまり勘違いさせるような発言はしないの!!」
すかさず先輩に窘められてシュンとなるイケテンさん。
先輩ったらぁ。
いくら私でもお店の人のリップサービスで勘違いしたりしませんって。
だけどこのイケテンさんってホントにカッコいい!!
このイケテンってあだ名は小池天磨の池と天から付けられたらしいんだけど、イケメンバーテンダーの略でもあるらしいの。
ナットクのイケメンさんね。
それにしてもヒトミ先輩ってば……
あら?
あらあらあらぁ?
まさか嫉妬ですかぁ?
もしかしてヒトミ先輩ってイケテンさんのことを?
にひひひひ。
これはもうニヤニヤが止まりませんなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
■ ■ ■ ■ ■ ■
違うんだ!
別に俺は軟派なことをしたいわけじゃない!!!
俺が本当に可愛いと言いたいのはリッキーさんだけなのに!
リッキーさんだけなのにぃ!!!(大事なことだから2度言います)
このままではマズイ!
仕事だ仕事。
早く汚名を挽回しなければ!
「汚名は返上するものだよイケテンくん」
くっ、塩爺!
またしても俺の心の声を!!
「普通に口からダダ洩れだよ……出来るイケメンもリッキーちゃんの前だとホント形無しだねぇ」
うるさい!
「お飲み物は何に致しましょう」
「私、こういうとこ初めてでぇ」
篝というリッキーさんの後輩がオドオドして答える。
「じゃあお任せにしましょう。夏らしいカクテルがいいわ」
リッキーさんからのリクエスト!
夏か……
ふむ、ここは最高のカクテルを提供し先程の失態を巻き返さないと。
「夏のカクテルならミント系(※1)、フローズン(※2)が定番ですが……」
「涼しそうでいいわね」
「私もミント好きですよぉ」
ふっふっふっ、まずまずの好感度じゃないかな。
「他には夏のフレッシュ(※3)などいかがでしょう?」
いいフルーツを仕入れていて正解だったぜ。
「今なら桃、杏子、スイカ、ベリー系とどれも素晴らしいできですよ」
「果物もいいですねぇ」
「後はモスコミュールなどもよいかと。暑い夏には冷えた銅マグとジンジャーエールの炭酸が爽やかでいいですよ」
「もすこみゅーる? どうまぐ?」
単語が分からず篝が首を捻った。
そんな彼女にリッキーさんがカクテルと銅マグについて説明している。
なんて優しい人なんだ‼
リッキーさん……いい……
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「フローズンダイキリ(※4)とモヒート(※5)です」
私はフローズンダイキリ。
カガリはモヒート。
フローズンダイキリはかの文豪ヘミングウェイが愛したカクテルよ。氷を材料とミキサーにかけたスムージーみたいなカクテルね。
ラム酒の甘みがありながらライムの酸味と細かく砕かれた氷と合わさってさっぱりもしている。ヘミングウェイが水筒に詰めて持って帰ったのも頷ける美味しさね。
それに、フローズンカクテルグラスに盛られた白い砕氷が涼やかよね。その涼やかな白にミントの緑がとても映えているわ。
モヒートはミント系カクテルの代表格。これも文豪ヘミングウェイが愛したカクテルの一つなの。
ダイキリと同じラムカクテルで、ふんだんにハーブミントを使った贅沢な一品。透明な氷と爽やかなミントの緑が涼やかよね。
バカルディラムではなくハバナクラブ3年を使用したのはカガリに合わせて少し甘めにしてくれたのね。やるわねイケテン君。
私とカガリはさっそくカクテルに口を付けた。
うん! 美味しい。
さすがイケテン君、いい腕だわ。
この暑い中歩いてきたから涼やかなカクテルは最高よ!
さて、美味しいお酒が入って落ち着いたところでカガリから喧嘩の顛末を聞かないと――って思って聞いてみたのだけど……
く、くだらない!
喧嘩の理由があまりにくだらない。
浴衣姿を褒めてくれなかったとか、お揃いで買ったストラップに気が付いてくれなかったとか……
まあ、そんな細かい事で言い合ってギスギスしていた所に雄也の幼馴染の女が現れたらしい。
どうにもその幼馴染は雄也に秋波を送っているようで気に入らないカガリはまた雄也と言い争い。
その場で喧嘩して2人を残して別れてきたみたい。
ダメでしょカガリ。
そこで彼氏を置いてきちゃ。
「それって痴話喧嘩でしょ……まだ失恋じゃないじゃない」
「だけどぉ、今ごろ2人で花火観てますよきっと」
う〜っと涙目で睨まれた。
いや、うん……可愛いんだけど。
「そんなわけないでしょ」
「でもでもぉそれじゃユーヤは何で追ってこないんですかぁ?」
それに関しては雄也を擁護できないわ。
あのヘタレ!
何故にすぐに追わない。
まあ、裕也は言い訳はみっともないとか思ったんでしょどーせ。
「さっさと謝って仲直りしなさい」
「えー私が謝るんですかぁ!!」
「雄也にも謝らせます。お互い悪い!!」
ぶつぶつ何やら小声で管を巻くカガリを一睨み。
「わかりました、わかりましたよぉ。明日ちゃんとユーヤと話し合いますよぉ」
「明日って……こういうのは直ぐの方がいいわよ」
私が連絡を取るように促したが、カガリは「だってぇ」と反応が鈍い。
私の追求にのらりくらりと対応していたカガリは、ふとイケテンくんを見るとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「先輩はいいなぁ。彼氏がこんな優しそうで素敵なんだもん」
「「!!!」」
カガリの爆弾発言に私もイケテン君も息を飲む。
「な、何を言っているの!」
「お、俺はリッキーさんの恋人では……」
慌てたイケテン君も否定してるじゃない!
ちらりと彼を盗み見たら挙動不審にオロオロしていた。
迷惑よね。
私みたいな可愛くない年上と勘違いされちゃ。
そう……よね……
「私と天磨君は別に……」
「えぇ~そうなんですかぁ? こんなにお似合いなのにぃ」
お、お似合いって……
この子は本当になんて事を言うの!!
私とイケテン君が?
やだ、頬が熱くなっちゃった。
もう! もう! もう!
どうしよう?
イケテン君、困ってない?
私どんな顔をすればいいの?
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※1 ミント系カクテル
ハーブミントを直接使用したモヒート、ミントジュレップやミントリキュールを使用したグラスホッパ―、アレキサンダー、スティンガーなどの総称。本当は食用のミントの旬は5~6月ですが、ミントのメントールが夏場には涼やかで好まれます。
※2 フローズンカクテル
カクテルの材料と氷をミキサーで混ぜるカクテルの総称。果物を使うバーが多い。夏にはいいよね。因みにカップルで飲むためにストローが2本ついているわけではありません。ステアや氷が詰まるの防止用です。
※3 フレッシュカクテル
果物を使用したカクテルのこと。最近の日本はスタンダードカクテルも果物使うことが多い。
※4 フローズンダイキリ
ダイキリとは若干レシピが違います。ホワイトラム、ライム、キュラソー(オレンジ果皮リキュール)、シロップを氷と一緒にミキサーへ。これも夏にはぴったりのカクテルです。
※5 モヒート
ミント系カクテルの定番。タンブラーにミント、ライムを入れてすりこぎ棒などで軽く潰してホワイトラム、シロップを入れて混ぜる。この時ライムを潰しすぎると皮から苦味の成分が出てくるので注意です。
バカルディラムとハバナクラブ3年はどちらもホワイトラムの銘柄。
バカルディラムは蝙蝠のエチケットで有名。バーでよく見かけます。
ハバナクラブ3年は黄色地に、赤い太陽のようなマークが目印です。