2. リッキーさんとイケテンくんと……塩爺さん?
『bar se calmer』は19時オープンです!
☆第三者
■小池天磨
□立木仁美
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『bar se calmer』
繁華街のビルが立ち並ぶ街並みの奥まったテナントビルの中にそのバーはある。
昭和の雰囲気を醸し出すビルはシックな造りで、おそらくバブルの時代からそこに屹立していたと思われる。
階段を下っていけば、古めかしい反射板に取り付けられた蛍光灯がチカチカと点滅していた。
地下へと下りた先にある重厚な扉には『bar se calmer』と書かれたプレートが照明に照らされている。
その扉を開けて入った店内は僅かな光源のみで薄暗く、それほど広くもない。設置されているのは一枚板のカウンターのみ。
7席あるカウンターの一番左に、いつもの定位置でいつものカクテル『ソルティドッグ・オールドスタイル(※1)』を飲む40過ぎと思しき男、塩谷治郎がいた。
彼が手にする『ソルティドッグ・オールドスタイル』と本名の塩谷治郎を捩って、彼は常連仲間やバーテンダー内で『塩爺』と呼ばれている。
店内にはカウンター越しに、もう一人この店のバーテンダー小池天磨がいるだけで他に客はいない。
彼は仕事ぶりと容姿があまりにイケメンなため、イケメンバーテンダーと小池天磨の名前から『イケテン』の名を冠する男である。
もっとも、本人はそう呼ばれることを嫌っているが。
さて今宵、このバーで何が起きるのか……
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
■ ■ ■ ■ ■ ■
「イケテンく~ん」
「塩谷さん、私は小池天磨です」
俺は拭いていたバカラのグラスを片付けると塩爺の呼称を訂正した。
まったくこの人は……何回言ってもこれだ。
「そんなことはどーでもいいんだよ」
いや良くないだろ!
「もっと大事なことがあるでしょ?」
「大事なこと?」
俺の呼び名よりも大事なことがあるのか?
「今日は花火大会だよ」
「そーですね」
なんだ花火大会か……べつに興味はない。
「そーですねって、キミねぇ……」
塩爺は何やら呆れ顔だが……なんだ?
「こういうイベントがある時ってバーは暇だよね?」
くっ、大きなお世話だ!!
「なんで店開けてんの?」
「なんでって……営業日ですから」
何でもくそもあるかい!!!
「はぁ〜」
やれやれと首を振りながら大仰に溜息を吐かれてしまった。
何だって言うんだ?
「キミねぇ、どうせ客なんて来ないんだからさぁ、店閉めちゃってリッキーちゃんをデートに誘えばいいじゃない」
「ぐはっ!!!」
なんて爆弾をぶっ込んでくるんだこの人‼
リッキーさんというのは、最近このバーの常連になった立木仁美さんのことだ。
好んでジンリッキーを頼むので、名前を捩って常連の内でリッキーと呼んでいる。
俺のおそらく2、3くらい年上で、誰もが認める美人だ。
初めて来店して来た時は女優だろうかと思ってドギマギしてしまった。
彼女は顔が良いだけではなく、格好もいい、スタイルもいい、性格もいい、センスもいい。笑顔も素敵だ。
断言しよう!
はっきり言って全てがいい!!
美しくて、見目が良くて、美人で、綺麗で、可愛いくて……
「いや、それ言ってること同じだから」
近寄ったら甘くいい香りが漂ってクラクラしそうだった。
えがったぁ……
めっちゃええ匂いすんねん。
思わずクンカクンカ、スーハ―スーハーしたくなったよ。
「いや、それは真性の変態だよ?」
「え!?」
人の心を読むとはエスパーか?
「口に出てるよイケテンくん」
「はっ、しまった!!」
「やっぱりリッキーちゃんのことが好きなんだよね?」
なに!?『きれいなおねえさんは、好きですか』って?
大好きに決まってんだろ!!
「だったら告ればいいのに」
「そ、そ、そんな!お、俺がリ、リッキーさんに告白なんて……」
想像しただけで心拍が爆上がりしちまうだろ。
「キミは仕事も出来るイケメンなのに、変なところでヘタレだよね」
「ほっといてください!!」
ううう……人が気にしていることを!
「リッキーさぁ〜ん!好きだぁ~!!!」
あ、やばい……
心の叫びが口から出た。
「キミって冷静沈着なイケメンなのに彼女が絡むとホント崩れるよねぇ」
そんな残念な子を見る様な目で見るな!
『チリィーン』
ドアベルが鳴った。お客が来たようだ。
バカなことやってないで営業、営業。
「いらっしゃいませ……」
「おっと‼ 噂をすればだね」
入って来たのは長い黒髪を後ろで軽く纏めたスーツ姿の美しい女性……
「リ、リ、リッキーしゃん!!!」
そして、もう1人の浴衣姿の可愛らしい女の子。
「へ〜おっしゃれ〜」
誰?
■ ■ ■ ■ ■ ■
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私は最近よく行くようになったバーにカガリを連れてやって来た。
カガリは私の職場の後輩よ。
はっきり言ってかなり可愛い。
クリクリっとした大きな目の彼女が、少し色素が薄く茶色っぽい髪をお団子にして、ピンクのリップを引いてた。
青系の浴衣はとても似合っていて、女の私からみても愛らしい。庇護欲の塊みたいな女の子。
んー……
ここに連れて来たのはやっぱり拙かったかしら?
このバーは私の落ち着けるテリトリーの一つ。
あんまり若い子たちに荒らされたくないから、普段なら私は職場の子をバーへは連れてはこないの。カガリならいいかと思って連れてきたんだけど……
このバーには彼がいるのよね。
『チリィーン』
扉を開けるとドアチャイムが可愛い音を響かせる。
あら、塩爺さんも来ていたのね。
「リ、リ、リッキーしゃん!」
出迎えてくれたイケテン君が慌てふためく。
いつものなら「いらっしゃいませ」と冷静沈着に対応するのに珍しいわね。
「へ〜おっしゃれ〜」
バーに慣れていないはずだけど物怖じしない娘ね。
「そしてバーテンさんすっごいイッケメ〜ン」
これよ。
だから若い、特に女の子は連れて来たくなかったのよ。
この店のバーテンダーは小池 天磨君。
通称イケテン君は通称の通りのイケメンバーテンダーよ。
年齢の割に落ち着いている彼は綺麗な顔立ちをしており、白いバースーツ姿は本当に様になっていて格好いい。
寡黙で真面目なイケテン君は女子なら誰もが頬を染めてしまう好青年……
彼を目当てに若い女の子が来店してくるのは面白くないわ。
え!?
べ、べ、別に嫉妬してるんじゃないわよ!
いきつけが荒らされたくないだけよ!!
う、うそじゃないわよ!!!
イケテンくんが若い女の子に靡く心配なんてしてないんだから……
……ほんとうよ?
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※1 ソルティドッグ
ソルティドッグは言わずと知れたウォッカの超有名カクテル。スノースタイル(果汁をつけたグラスのふちに塩、砂糖、ペッパーなどをまぶし付ける技法)にしたグラスにウォッカとグレープフルーツを入れてステアするだけの単純ながら美味しい。塩を調整したいならスノースタイルをハーフムーン(塩を半周だけつける)にしてもよい。
ソルティドッグ・オールドスタイル
ソルティドッグの原型となるカクテル。こちらはジンカクテルでシェーカーにジン、グレープフルーツジュース、塩を入れてシェイクする。筆者はこちらの方が好きです。