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Elena-天国の在る場所-  作者: @FUMI@
前日譚
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ストーキングDAY 前編

 澄み切った青が空を彩り、清涼な風が大地に息吹く。

 昨日、この地で起きた惨たらしい灼熱の殺戮が嘘のように見える平和な情景だった。

 快晴の下、人知を超えた戦いの生き証人である聖人少女アメリは、自身のように奇跡的に生き残った者がいないか消し炭と化した村中を必死に捜索したが、それは叶わなかった。

 成果は、奇跡的に自身の置き忘れたバックが燃えずに残っていたのを回収したのみだった。


(やっぱりダメだ。生き残ってる人は一人もいなかった)

 

 暗い面持ちで壊滅した村を後にした彼女は、ここへ来るきっかけとなった女性を思いだしながら、出会いの森の中を一人でとぼとぼと歩く。


(クソ、呑気に寝てないでずっと起きてれば一人でも助けられたのかもしれないのにッ)

 

 後悔の念が押し寄せ、項垂れるように顔を伏せる。

 そして立ち止まり、自身を結果的に救い村へ巻かれた炎を全て消して見せた不老の女傭兵を思い浮かべる。


(エレナ、か。彼女は一体何者なんだろう)

 

 昨日の戦いの最中も、同じ人間にしか見えない彼女がまるでユウ達とは違う存在だという口ぶりで話していた。


(あの人がいないとあたしは死んでた。ダムドとは同じ聖人相手なのに、まるで相手にならなかったし)

 

 深いため息をついたユウ。

 昨日の対聖人との初戦闘を思い返すと、今でも身震いするまでに恐かった。

 普通の人間相手には無敵の強さを誇っても、同じ聖人のダムドには聖遺物の効力の違いというより、戦士としての力量と経験、覚悟で天と地程の差があったのだ。

 そして命を取られてもおかしくなかったが、そんな実力者を子供扱いするまでに強いエレナと、世には上には上がいるものだと改めて実感していた。

 自身の無力さを歯噛みし、悲惨な出来事を思い出して精神的肉体的にも疲弊するユウだが、少しづつ気を取り直し今後の行動指針を立てようと前を向いた。


(とにかくこの国にはもういられない、早く故郷に帰って色々報告しなくちゃ……でも)

 

 一部隊がたった一人の手によりほぼ全滅したという恐るべき出来事。遅かれ早かれこの事実が国の中枢部に知られれば、王国騎士団本隊は大々的に動く。

 巻き込まれる前にこの地を去るのが先決とわかってはいるユウだが、頭の中にどうしてもあの美しい黒髪の女性の影がちらついた。


(エレナはあれからどこに行ったんだ……分かれた時は北東の方角へ向かったような)

 

 関りを拒否されたのだ。これ以上どうしようもないが、彼女の行先が気になってしょうがなかった。


「でも、地図通りだと北東へ真っすぐ向かえば王都方向のはずで、あたしの故郷とは真逆だ」

 

 言いながらその場で座り込み、バックからお手製の地図と羅針盤を取り出して見やりながらう~んと唸るユウ。

 静寂の中、野鳥のさえずりを聞きながら目を閉じて考える――程なくして彼女は、


「何をやってるんだあたし! 何でエレナのことばっかり考えてんだ!」

 

 ハッと目が覚めたように意識を覚醒させ、昼間でも人気のない森で叫んだ。

 そした驚いた野鳥たちが一斉に木々から飛び立つ。


「助けてもらったけど、もうあの人と会うことはないんだ。この森を抜けたらすぐに故郷へ引き返さなきゃ。どこかで王国の関係者に見つかっても厄介だし!」

 

 頬は何故か赤らんでいる。

 自身に言い聞かせるように呟いたユウは、その存在をかき消すように首をぶんぶんと振り、立ち上がった。意識を切り替えた彼女は前方を向いた瞬間、目を見開いて仰天してしまう。


「あれッ!? 嘘ッ! え、エレナ!?」

 

 ユウは思わず指をさして叫びそうになったが、ハッと口に手を当てた。

 かなり距離はあるが今朝方別れたエレナその人が、エレナの先を歩いていたのだ。


(なんて偶然――けど見つけたぞ。よし、こっそりと後をつけてみよう」

 

 彼女を見た瞬間、ユウの行動指針が変更された。

 優先順位はエレナが一番となったのだ。

 そうと決まれば赤髪少女は草木に隠れながら、徐々にエレナと距離を詰めていく。ユウには彼女が目的地を定めて歩いているようには見えなかった。エレナは気がつけば整備された道を抜けてふらふらとあてもなく、ただただ歩いていく。

 ユウは無言のまま後をこっそりと着いていった。

 そうして随分と横道を歩いたところでエレナがやっと立ち止まった。

 何かを訝しげに眺めているようだ。

 木陰に隠れたユウも彼女の視線の先を見やり、息がつまるほど驚いた。


(あれは……神々の墓だ。こんなところにあるなんて!)

 

 エレナの目の前に鎮座しているのは、小さな神殿のような黄土色の建物だった。

 深い森の奥で急に現れたそれは、至るところに聖遺物に刻まれているのと同じ幾何学模様が描かれいる。


(久しぶりに見た。相変わらず、見れば見る程不思議な建物だ)

 

 ユウが使う聖遺物――スピカを初めて身に宿したのは、彼女の祖父だ。

 まるで神様を祭るために作ったかのような摩訶不思議な建物を、人々は神々と墓と呼んでいたことを彼も幼い頃から知っていた。ずっと昔からそこにあったのに、入り口の扉は閉じられたまま誰も開くことは出来なかった――しかし彼が何気なく出向いたその日、何故か扉は開いていた。

 彼はエレナとユウの目の先にあるものと全く同じ大きさと構造をした小規模な墓地遺跡の奥で、聖遺物とソレを手に取る面妖な衣服を身に着けた骸を見つけた。

 そして同じ経験をした者は彼だけなく、ルアーズ大陸中に大勢いたのだ。

 ユウは久しく見ていなかったので、興奮を抑えきれず胸が高鳴った。


(神々の墓といい、昔の人は聖遺物みたいなワケのわからない兵器をどうやって作ったんだろう)

 

 聖人であるユウは墓に刻まれている文字を理解できる。

 内容はルアーズ大陸全土で信仰されている神話であると彼女は認識しているがそれ以上説明がつかなく、半ば思考を放棄していた。

 何故このような遺跡が大陸中にあるのか。ずっと封印されていたのに、何故一時期を境にして一斉に開いたのか。そして何故、人知を超えた武器を手に取った者が埋葬されているのか。

 その者は何者なのか。ソレを手に取った者は、何故に描かれた幾何学模様の意味を自然と理解できるようになるのか――

 

(う~ん――あ! エレナが入っていったぞ)

 

 聖人となった赤髪少女が考察していた最中だった。

 黒衣の美女は臆することなく、ずかずかと神々の墓へと侵入していった。


(新しい聖遺物が欲しいのかな。でも、荒らされてない神々の墓なんてもうないはずだけど)

 

 ルアーズ大陸の人々を新時代へと誘った宝物庫は、ほぼ全てが捜索されたとの認識を現代に生きる人々は持っている。

 この森の神々の墓も例外ではなく――


「あ、やっぱりもう出てきた」

 

 程なくしてエレナが出てきたため、ユウは屈んだ。

 彼女がどんな目的で入ったかは不明だが、滞在時間の短さからして神々の墓の聖遺物と遺体は盗まれた後だったようだ。


(神々の墓もエレナも謎だ……てゆーか、今度はどこに向かうんだろう)

 

 休みもせず今度は何もなさそうな藪に入っていく様子を見て、ユウは肩をすくめた。


(あたしこそ何やってんだか。このままあの人についていってどうするんだ……まぁ自分で決めたことだけどさ)

 

 自身も正気ではないなと苦笑しつつ、歩き出した。

 もはや故郷の方向やガルナン王国の動向など気にしたものではなく、エレナという存在に引き寄せられるように自身も行動しているが、その興味の強さにも説明がつかなかった。

 歩いた。敵国要人の行動を探るかの如くエレナと距離を取りながら、人気のない森の中をひたすらに歩いた。

 程なくしてエレナがある場所で立ち止まる。

 そこは――


(崖に出ちゃったし。で、エレナはこんな場所でどうするんだ。こっちはもうヘトヘトだよ)

 

 弱弱しく言いながら肩で息をするユウ。

 足腰には自信があった彼女だが、休憩も食事もなしに歩き続けたため、そろそろ体力的に限界が近づいていた。

 草むらでしゃがみ込み、汗をぬぐいながら斜め向かいで立ったままのエレナを観察する。


(あれ? 何だか様子がおかしいような……!?)

 

 彼女の横顔を遠目でチラチラと見ながら変化に気づく。

 不老の女傭兵はそよ風を受けながら、崖の向こう側の雄大な山々を物憂げな表情で眺めている。

 悲壮感溢れる雰囲気の彼女は、そのまま崖の下を見たようだった。


(ちょちょッエレナ、何をしようとして……まさかッ)

 

 最悪の可能性がよぎり、気づかれることなど考えれずに思わず立ち上がったユウ。


「まさか飛び降りる気かッ!? 早まるっちゃダメだッ」

 

 血相を変えた赤髪少女の身体が瞬間的に動いた。

 疲労感は吹き飛び、エレナの元へ走り出す。


「エレナァァッ!」

 

 叫びながら、これ以上ないくらいの速度で激走する。もはや一刻でさえ惜しい。


「――は!?」

 

 声の方向へ振り返るエレナ。

 必死の形相をした赤髪少女が迫っており、その右手が自身の体に伸ばされていた。


「キャアッ!?」

 

 突然の襲撃としか思えず頓狂な声をあげて驚愕し、反射的にのけ反るエレナ。

 結果としてユウの右手は空を掴んだ。

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