表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Elena-天国の在る場所-  作者: @FUMI@
前日譚
5/46

焦熱の出会い 後編

「お喋りは終いだ。柄から先がない剣、か? どんな聖遺物か知らんが――ッ!?」

 

 先手必勝。言い終える前にユウがダムドの懐に踏み込んだ。


「はぁぁッ!」

「うぉぉッ!?」

 

 横薙に一閃するが、掠るだけで捉えられない。

 ダムドは瞬時に危機を察知し、重厚な鎧を身に着けているとは思えない俊敏な動きで回避したのだ。

 追撃を止めないユウは飛び跳ね、頭部目掛けてスピカを振り下ろした。


「確かに当たったぞッ!? 見えない得物かッだが俺も――」

 

 狼狽えるものの、意識を切り替えて棘の紫拳でユウを迎え撃つ。

 聖遺物同士の激突衝撃に閃光が発生し、戦闘を眺める騎士達から驚嘆の声が漏れる。

 そして、


「うわぁぁぁッ!」

「クハハッ。他愛もないッ」

 

 ユウは力負けして石畳に弾き飛ばされる。

 ダムドは勝ち誇り高笑いをした。


「これこそが我が聖遺物アトモスよ。次は跡形もなく砕いてやる――いくぞッ」

 

 ダムドが鎧を纏った大柄な体躯とは思えぬ速度で駆けだした。

 ユウは叩きつけられた痛みを堪えて立ち上がる。


(これが聖人との戦い。いずれ機会がくるとは思ってたけど、キツいな)

 

 焦燥と熱気に汗を流す。

 実は彼女にとって同じ聖遺物を扱う者との戦闘は初めてだった。母国の騎士団にも聖遺物を使う者達はいるが、味方とは訓練でも戦ったことがない。

 怒りに囚われたまま戦闘開始したものの冷静さを取り戻した現在、種類形状は違うが同じ神々の聖遺物という人知を超えた力を相手取る脅威に、戦慄を覚えていた。


(あたしだって同じ聖人なのに、怖い……けど負けられない。絶対負けられないんだ)

 

 迫るダムドの振り上げられた拳を回避すべく横に飛んだ。

 拳は空を捉えたものの、勢いそのままに石畳を巻き込んだまま地面に直撃した結果、恐るべき衝撃でその周囲が吹き飛んだ。


(なんて威力だッ!?)

 

 粉々になった石畳の破片と土埃が舞い上がる。

 ユウはその破壊力に恐怖し、更に距離を取るべく後方に飛んだ。


「楽しいなぁ。力で全てをぶち壊すのは楽しい。クヒ、次は外さんぞ」

 

 毒々しい拳で大穴を作った張本人は振り返り、狂気の笑顔をユウに見せる。

 そして聖人少女を倒すべく走り出した。


(ハッタリじゃない。奴は決めに来るッ!)

 

 灼熱に囲まれながらも背筋が凍る感覚に苛まれ、足が震える。

 それでも、なんとかなけなしの勇気で己を奮い立たせた。


「だぁぁぁッ!」

 

 スピカを振るい勇猛果敢に攻め立てるも、


「透明な得物とはやっかいだが」

 

 寸で見極め避けられる。


「手の握りと動作を見ていれば剣筋の予測はつくッ」

 

 そして透明で視認できないはずのスピカそのものが、ダムドの紫色棘両拳で捉えられてしまった。


(捉えられた!? くッ、なんて力だッ!)

 

 びくともしない。

 大男と少女――聖遺物同士の優劣ではなく、単純な腕力勝負のみでは圧倒的にユウが負けていた。


「やはり実体そのものはある。刃はない、剣というより棒か……しかし興冷めだな。貴様ではこの聖遺物の使い手に相応しくないッ」

 

 興さめ。

 スピカを握るユウごと軽く持ち上げる。


(しまった――!?)

 

 ユウは血の気が引いた。

 今更手を離したところで間に合わない。彼女はこれから待ち受ける未来が想像できてしまった。


「このまま叩きつけてくれるッ」

 

 残酷な結末を告げる赤黒い鎧の聖人が、思いっきり両腕を振り上げようとした刹那――


「ぐぁぁッ!」

 

 どこかで断末魔の叫びが響いた。

 そしてダムドの足元へ、鎧ごと「高温過ぎる何か」に焼かれて絶命した騎士が飛ばされてきたのだ。


「何ッ……ついに来たのかッ!?」

 

 焼け焦げた死骸を見て興奮の声を出したダムドは、彼の部下が飛んできた方向へ狂気じみた視線を向ける。


「エレナだッエレナが来たぞぉぉッ――ぐぉッ!」

 

 悲鳴。

 自らが追い立てた村人のように逃げ惑う漆黒の騎士が、後方から飛んできた火球を受けて倒れた。

 炎に巻かれ転げまわる彼に追撃の火球が直撃し、またも焼かれた死体が出来た。

 ダムドだけではなく、捕らわれのユウ、残る騎士達――全員の視線が彼が逃げてきた方向へ注がれる。

 灰色の煙の中から、緑黄色に光る粒子群と共に、口元を抑えて咳き込む涙目の黒髪美人――エレナその人が出てきたのだった。


「ケホッゴホッ……ったく、どこのどいつなの、わたしの安眠を妨害する大バカ者は」

 

 切れ長の瞳を怒りに染めたエレナが周囲の者達を睨みつける。

 グラマラスなボディラインが出る黒いローブを纏った彼女は、右腕に青白い幾何学模様が刻まれた腕輪をつけており、その艶やかな黒髪に綺麗な蒼い薔薇の髪飾りを挿している。

 炎に囲まれた村の広間へ突として浮世離れした雰囲気を漂わせ現れた彼女に依然としてダムドに捕らわれたままのユウは、幼き日を思い出していた。


(この人がエレナ、昔父さんから聞いた通りの見た目だ! やっぱり温泉にいたあの人かッ)

 

 力尽きたフリをしながらまじまじと不老の女傭兵を眺める。

 もはや興味の対象が移り変わり、死の恐怖から平静さを取り戻したユウに注意を向かないダムドが、実在する畏敬の存在へ気を更に高ぶらせた。


「こいつがエレナか。ガキの頃に見た姿と何も変わりやしねぇ、こりゃ本物の化け物だぜッ」

「うわぁッ!?」

 

 聖人少女をいらなくなった物みたいに放り投げるダムド。

 ユウは一瞬狼狽えたものの、すぐに意識を切り替え空中で態勢を整えて着地する。


(危なかった。彼女が来なかったら死んでたな、あたし)

 

 そして安堵のあまり足の力が抜け、尻もちをついた。

 完全敗北し、ゴミのような扱いを受けたとてユウには関係ない、結果として自身は生きている、それが重要だった。


(悔しいけど、もうあたしにできることはない。エレナ……最強の聖人と言われ戦場で打ち立てた様々な逸話は本当か、離脱して確かめさせてもらうとしますか)

 

 対聖人との初戦闘で、死に等しい敗戦を喫して無力を実感。

 戦意喪失の聖人少女は、本物のエレナの戦闘を見守ることに決めた。よろよろと立ち上がり、焼かれた村内で奇跡的に火がまかれていない家々の陰へ移動する。


「さて、ここからが本番だ。クク、このダムドあろうものが震えておるわ!」

 

 ダムド。彼もまた自身が信じる主君のためと武功を立て続けた聖人であり、歴戦の猛者だ。

 そんな彼が、嘘か誠か百余年前から戦い続けていると言われるエレナといざ対峙してみれば、未知との遭遇に対する畏怖に無敵と謳われた存在と戦える戦士としての高揚が交わり、いよいよ震えが止まらなくなった。生き残っている彼の部下達はもはや呆然と戦いを眺めるだけである。

 震える指先をエレナに向けたダムドは、上擦る声で問う。


「一応確認するッ。貴様が右手の腕輪聖遺物で火を風を水を地を操る不老の女傭兵、エレナで違いないかッ!」

「大体合ってるんじゃない。見た目は貴方達に似てるけど、私達に老いという概念はないし」

 

 腕組しながら不機嫌そうに秀麗な眉をひそめるエレナが答えた。

 彼女の常識をその場にいた人間達は理解できず、誰もが困惑の表情を浮かべるしかない。

 そして、次は彼女の方からダムドへ問いかけた。


「これで満足? 用が済んだならお別れでいいかしら」

「ふざけやがって、本物の化け物が……ハルバーン王に代わりこのダムドが大陸の秩序を乱す貴様を今日ここで処刑してくれるッ!」

 

 会話終了。

 早口で捲し立てながら宣言したダムドが両拳を腰の上方に構え、駆け出した。

 エレナが額に手を当てため息をついた後、彼女の周囲に緑黄色の光球が複数現れ、慌ただしく舞いだした。

 鋭い眼光を迫るダムドへ向けた彼女は、右手を前方に突き出しながら今一度訊く。


「ふーん。で、誰がわたしを殺してくれるって?」

「俺がだよ! この帝国特攻部隊隊長、ダムドォォッ!?」

 

 名乗りながら拳を振りかぶった瞬間だった。

 ダムドが突然の出来事に目を見開く。

 いきなり地面が崩れ出し、そのまま大地が鳴動して地盤が沈下したのだ。大柄な自身をすっぽりと包む

巨大な落とし穴が出現して転落していく。


「ぐぉぉッ!? これは一体ッ!」

 

 ダムドとてあっけにとられるしかない。

 摩訶不思議なエレナの聖遺物の効力を身を持って知った時にはすでに遅かった。

 死の宣告が始まっている。

「あなたバカなの。地を操るって、わたしがどうやって戦うか把握してるくせに突っ込んできてそのままドボンって。やっぱりソレ、ただの人間が使うモノじゃないわね」

 

 ダムドを見下ろすエレナ。

 氷のような冷たい表情をしており、突き出された右手の先には、聖遺物特有の幾何学模様がそのまま飛び出したような青白い印が出現している。


「き、貴様ッ。やってくれたなッ!」

 

 兜の中で歯ぎしりをして悔しがるダムドに、エレナは冷酷かつ真実の言葉を続ける。


「もう結果はわかったハズよ、ただの人間がわたし達の武器を使おうが、感性が優れているかよっぽど修練を積まないと本当の力は引き出せない。そしてあなたの使い方は最悪よ」

「不意打ちで何がわかる! 殺す、殺してやる」

 

 敗北を認めたくないダムドが跳ねるように立ち上がり喚き散らす。

 不老の女傭兵はこれ以上のやりとりは無用と判決を下した。


「そう。じゃあもう容赦はしないわ、輪廻の渦の中で後悔なさい」

 

 青白い印から閃光が迸り、小さな岩程の大きさのをした火球が現れる。

 それは凄まじい速度でダムドの元に打ち出された。


「なッ!? うぁぁぁぁッ!?」

 

 絶叫と共に大穴の中が炎上。


「ちくしょぉぉぉあぁぁぁッ」

 

 エレナは一撃で攻撃の手を緩めることなく、部隊長が絶命するまで様々な形状の火球を打ち込んだ。


(なんて強いんだ。最強なんて言われるワケだ。この人が不老の女傭兵エレナか!)

 

 焼き崩れる村の熱気を受けながら、あんぐりと口を開けてたまま戦闘を見ていたユウ。

 殺されかけた聖人がエレナにとっては相手にならず、赤子の手をひねるかの如く簡単に戦いを終わらせたのだ。

 衝撃のあまりユウは未だ体が動かない。当の本人は炎の攻撃を止めて振り返った。

 その先には、ガタガタと膝をついて震えるダムドの部下らがいた。


「で、あなた達の親玉は朽ち果てたみたいだけど、まだやるの?」

 

 腰に手を当てながら、凄まじい威圧感を滲ませて言い放つ。

 漆黒の騎士達は武器を捨てると虐められた子供のように泣きながら、一目散に村から逃げ出していった。


「ふぅ、やっと終わったわね……さて、と」

 

 戦闘を終え一息ついた気だるそうな顔のエレナが、焼け落ちる村々を見回した後、今度は右手を空に向かって伸ばした。


(お次は何をする気だ?)

 

 脅威が消え去り自身でも気がつかない内に落ち着いたユウが立ち上がり、興味深くエレナの行動を見つめる。

 するとまた発現した幾何学模様の印から鉄砲水の如き水噴流が、天高く打ち出された。

 やがてそれがエレナの匙加減によって空に広がり、小さな村の隅々まで降り注いだのだ。

 エレナが次々と起こす事象にユウは愕然とする。


(凄い。聖遺物で水を意のまま操って雨まで降らすなんて。まるで神様じゃないか)

 

 雨に濡れながら争いの象徴の炎を諫め続けるエレナが、ユウには神々しく見えた。

 その姿は見惚れてしまうまでに美しかったのだ。

 そうして時は過ぎ――


「――はッ」

 

 昨夜からずっと張っていた極限の緊張も切れ、気が付いたら立ったまま瞳を閉じていまい、意識がところどころ消失してしまったようだった。

 どれくらいの間そうしていたのか、ユウは覚えていない。世は明けて、始まりの太陽が顔を覗かせていたのだ。村を覆っていた暴虐の炎もすでに鎮火しており、大きな虹がかかっていた。

 ユウが意識を取り戻した時には、エレナは場を後にしようと歩を進めていた。


「待って!」

 

 慌てて声を掛けるユウ。

 エレナは立ち止まったものの、顔を聖人少女へ向けようとしない。


「何?」

「あの、その……ありがとう」

 

 やっとの思いで吐き出した言葉は素直な礼だった。

 エレナが介入した結果としてユウは生きている。それは事実だった。


「別に、礼を言われる覚えはないわ。あなたを助けるつもりもなかったし」

 

 だがぶっきらぼうに返され、ユウはおろおろと戸惑う。

 そのまま歩みを再開したエレナを思わず追ってしまい、めげずに話しかけようとするが――


「エレナ、さん」

「ついてこないで。わたしについてくると、この村の人間のようになってしまうわよ」

 

 明確に拒絶された。

 もはや立ち尽くすしかないユウは、彼女が焼失した村を後にするまで、後姿を眺めることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ