表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
硝子の箱舟  作者: 花内 湖々
7/8

表裏

とはいえ、私も常に楽天的なわけではなかった。


というのも私はADHDという発達障害抱えている。

幼少期から寄り道や遅刻、忘れ物を頻繁にし、親や学校の先生に何度叱られたことだろう。

母は、私が小学生の頃からADHDだと気付いていたようだが、その当時の私は自分が障害者であること、いわば「普通ではない」と言われることを恐れて、就職活動が始まるまで診断は受けずに過ごしてきた。


人と少しちがうだけで「普通」に擬態して生きることは、私の自尊心を守るために必要だった。


しかし、ADHDの私が「普通」に擬態するのは簡単なことではない。それは翼を持たない人間に対して「鳥と同じように空を飛べ」と言うようなものだ。パラシュートを着けて飛んでいる風に見せることはできても、実際は落下しているだけなのだ。それでも風への乗り方さえ覚えてしまえば、それっぽくは飛べる。もちろん、そこに行き着くまでには何度も失敗して怒られて、怪我もたくさんするのだけれど。


ただ、数多ある挫折やそれを乗り越えてきた経験はすべて糧になり、多少のことでは動じない精神力は持ち合わせているつもりだし、これまで努力で身につけてきたことに関しては多少なりとも矜恃もある。


だから私は努力もせずに「あなたはいいよね」と簡単に言われてしまうことも、努力して身につけた能力に敬意を払えない人は嫌いだった。


恋愛においてもそうだ。私なりに努力してきた。


今の夫とは大学生の頃、就活で知り合った。夫は名門私学大学出身で、帰国子女のため日本語を含め4ヶ国後が話せる。大学卒業後はベンチャー企業に就職したものの転職し、今は名の知れた大手メーカーで働いているし、年収は現時点でざっと400万くらいだが、辞めない限りは年功序列で給料も上がっていくだろう。帰国子女の経歴を活かし、今後は海外転勤の可能性だって大いにある。


夫の経歴を並べればそこそこの有望株だ。私の悪いところも良いところも理解した上で私を愛してくれるし、お互い一緒にいて苦ではない相手だ。


夫について友人に話した時、「運がよかったんだよ」と言われたことがある。

確かに、ごまんといる男性の中から自分と気の合うパートナーを見つけられたことはすごく幸運だったと思う。

だけど、それだけじゃない。結婚に至るまでに私たちにもいろいろあったのだ。


夫は、仕事や金儲けに対してあまり興味がなく頓着しない。どちらかといえばプライベートのために仕方なく働いている。

そんな夫は、学生時代の就活にもさほど熱心ではなかったが、父親の余命がわずかとなった時「自立した姿を見せねば」と重い腰を上げた。結局、親友が内定を取っていたベンチャー企業を紹介され、一旦そこに就職して東京で一人暮らしを始めた。


まだまだ若い企業であったため、福利厚生や人事面があまり整っていなかったし、仕事に対する野心などもない彼は、気付いたら部署を左遷されていた。精神的に病み、有給を使い切った上にさらに仕事を休むものだから手取りも減り、一ヶ月1万円で生活することが続く時期もあった。それでも最愛の夫を失った傷心の母に心配をかけまいと、彼は決して家族には頼らなかった。代わりに私が食品を仕送りしたり、彼のメンタルケアをしていた。


もちろんデートのお金だってほとんど私持ちだ。

デートと言っても、遊びに回せるお金がないから基本はずっと家で映画を見てセックスするだけだった。

たまにどこかに出かけるにしても支払いの多くは私が払っていた。


精神的にも金銭的にもつらくなり、別れた方がお互い幸せになれるのではないかと考えたことも何度かある。

それでもお互いにとってお互いが必要だと感じたし、愛し合っているから一緒にいて結婚したのだ。


でも、こういう混み入った話は家族か、ごく少数の信頼できる友人にしか言わない。少なくともあゆみたちの前ではあまり話してこなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ