瀬戸際
それから8年後、また旅行の場で事件が起きた。
私とアヤカ、愛、あゆみの4人で福岡に旅行に行くことになった。アヤカと私は結婚し、愛とあゆみは恋人を探している最中だった。
25歳前後のオンナって、だいたいそんなものだ。
学生時代や新入社員の間に彼氏を見つけて、社会人3、4年目くらいにその彼氏と結婚するか、「この人とは結婚できない」と別れて婚活を始める。
学生時代にも社会人1、2年目にも彼氏ができなかった場合は、数少ない「フリーで、誠実で、自分だけを愛してくれる同世代のオトコ」を探してみんな奔走するのである。
恋愛には興味がなく、趣味や仕事に熱中している人でさえも結婚を意識し始める…それが25歳なのだ。
しかし、厄介なことに「仕事にも慣れ、だんだん楽しくなってきた。学生時代に比べて経済的に豊かになり、お金を自分の好きなように使える。今がすごく楽しい」ーーそう感じる年齢でもある。
社会人1年目から3年目までは、学生時代より豊かになったことに悦びを感じ、お金を好きなように使って女友達と遊び回る。もちろん彼氏もほしいけど、女友達と遊んでいる方がラクだし楽しい。
『いつかは結婚したいけど、まだ若いし、焦って探さなくても自然と見つかるでしょ。』
それで、気付いたら25歳。30歳になるまであと5年。プロポーズの報告や結婚式の招待状が徐々に届き始め、最初は「おめでとう」と素直に祝えていたのが、ある時から焦燥感に変わる。
仕事も恋愛も、人生このままでいいのか。自分1人だけみんなから置いていかれないか、不安でたまらなくなるのだ。
そんな微妙なお年頃、既婚者2人と独身2人で旅行に行った。
当然のように、ドライブ中の会話は「結婚相手探しについて」である。
今時はアプリを通して出会うらしく、愛は出会い系アプリを通して彼氏候補を探していた。愛にとってはそれが性分に合うらしく、いろんな人と会ってご飯に行って好みの男性を見つけようと頑張っているらしい。
一方、慎重派なあゆみは「アプリで出会うのは怖いから」と合コンに足しげく通い、いい人を探しているようだった。
「でね、今気になってる人がいたの」と、あゆみは言った。
どうやら、その彼は、『私たちが住む県内でも大阪にアクセスの良いタワーマンションの最上階に住んでおり、実家もお金持ちで、車はレクサスに乗っている』という。
「その人とは何回か会ってるの?」愛が聞いた。
「うん、3回くらいかな。ランチしてちょっとドライブして、夜ご飯食べに行った。でね、そのあと家にも行ったの。」
「え?」と私は思った。いや、もう26歳なのだから、私の心配のしすぎかもしれないが、たった1回しか会ったことのない異性の部屋に、どうしてそんな無防備に上がりこめるのだろう。ましてや、あのガードの堅いあゆみが。
「本当はね、チャラそうだったし、遊ばれるのもイヤだなと思ったから警戒してたの。」
「うん。そんな簡単に、付き合う前に異性の部屋行っちゃダメだよ。」と私は言った。
「最初ね、『私けっこう警戒心強いし、簡単に人を好きになるタイプじゃないんだよね』って宣言したの。そしたら向こうもグイグイ来ないかなって思ったから。それなのに、ドライブ中も断ってるのに手繋いでくるの。私も断り切れなくて…『まぁ、手繋ぐくらいならいいか』と思って許してたんだけど…」
あぁ、あゆみはわかっていないのだろうか。あゆみの『簡単に人を好きになるタイプじゃないんだよね』という発言は、おそらく『じゃあ俺が落としてやろう』と相手のオトコの心に火をつけたのだろう。また、「あゆみは押しに弱い」というのもデート中の「手を繋がれた時に断り切れない」という態度で見抜いていたのではないだろうか。
私は心の中で深い溜息をついた。
「でね、夜ご飯のお店は、本当はドライブしてた周辺で食べようって話してたんだけど定休日だったの。彼が『だったら俺の家の近くに美味しいご飯屋さんがあるからそこに行こう』って言い出して…最初はそれも断ったんだけど『めっちゃ美味しいから!』って。それで、彼の車でそのお店に向かったの。なのにね、そこも定休日でやってなかったの!」
『そんなの、確信犯に決まってるじゃん。お気に入りの店の定休日なら把握してるだろうし、家に連れ込むための口実でしかないじゃん。』と、もう少しで言いそうになったが、寸でのところで引っ込めた。
「『じゃあもうご飯は諦めて帰ろう?』って言ったんだけど『うちに美味しいお酒があるから』って…それも断ったんだけどやっぱり押し切られちゃって、スーパーで買い物して2人でご飯作って一緒に食べたの。」
『やっぱり…』と私は思った。あゆみは『押し切られた』と言うけれど、普段は自分の気に入らないことがあれば断固拒否するあゆみだ。きっと本人もまんざらではないのだろう。
「でもね!本当に一緒にご飯食べてそのあと食後にお茶飲んだだけで、何もなかったんだよ?」と、あゆみは私たち3人に対して言い訳でもするかのように言った。
「そういう問題じゃないと思うけど…」と、モヤモヤした表情で愛が言う。
「でもね、ちょっとときめいちゃった。今まで強引な男の人と出会ったことないから…でも大学の友達には『やめておいた方がいい』って言われるの」
私と愛が同時に頭を抱えた少し後に、アヤカが言った。
「あゆみさ、はっきりしなよ。遊びたいの?それとも真面目に付き合って結婚したいの?」
「遊ばれたくはないかな…でも結婚だって今すぐしたいわけじゃないし…」
「どっちかに決められないなら、その人とはもう続けなくていいんじゃない?でも、もう26歳だし、遊ぶなら今がラストチャンスなんだから期間限定で付き合ってみるのもありだと思うよ。」
何ともアヤカらしい意見だ。遊ぶか、真面目な付き合いを求めるか。極端な二択のようにも思えるが、ボーッと生きているとあっという間に年老いていくから老いれば老いるほど、冒険も失敗もしづらくなる。若さと大人らしさの瀬戸際にいる『26歳』だからこそ、どちらを選ぶこともできるのだ。
アヤカの言葉に、あゆみは苦々しそうな表情浮かべていた。