回顧
〈登場人物〉
私(花内 湖々/はなうち ここ)
この物語の主人公。26歳、既婚。中小企業メーカーで派遣社員として働いている。大学時代から交際していた彼氏と昨年結婚。夫はヨーロッパの帰国子女で、大手メーカー勤務。
両親の影響で幼少期からミュージカルファンで、演劇部が有名な県内の公立高校を受験するが不合格となり、すべり止め受験していた英和高校に入学。英和高校も一番上の〈特別進学コース〉で受験していたが、回し合格になり1年生の間は〈総合進学コース〉に在籍していた。同じく公立高校の受験に失敗し、同じ境遇のあゆみと仲良くなる。
二宮あゆみ(にのみや あゆみ)
湖々の親友。26歳、独身。彼氏ナシ。仕事は大手メーカーの事務職員。
湖々とはクラスは違ったが、あゆみが湖々に声をかけたことをきっかけに仲良くなる。箱入り娘で世間知らずな一面があり、アヤカたちには「時々変なこと言うよね」と面白がられている。「周りと同じ」であることに安心し「ちがう」ことを恐れるところがある。恋愛に関しては非常に奥手で自分から積極的に行動できない。またどこか夢見がちなところがあり「出会いの場にわざわざ行って出会うんじゃなくて、自然な出会いがいい」とよくぼやいている。
越村アヤカ(こしむら あやか)
湖々の親友。26歳、既婚。看護師として働いており、就職するタイミングで関西から熊本に引っ越した。
中学から英和学園に通っている内部進学生で、元々は湖々のグループではなく内部進学生のギャルグループにいたが、補習をきっかけにあゆみと仲良くなったことから湖々たちのグループに途中から入ることになった。
裏表のない性格でコミュニケーション能力に非常に長けており、恋愛経験豊富であるため、しばしば恋愛マスターとして湖々たちの相談役となっている。
永田愛
湖々の親友。26歳、独身。彼氏ナシ。新卒で入社した会社で3年間経理の仕事をしていたが、ブラック企業だったため最近転職した。
元々、湖々たちのグループにはいなかったが、卒業旅行をきっかけに湖々たちのグループに入る。基本的に真面目で頭が良くしっかり者だが、自分自身のことについては抜けているところがあり、湖々からは「愛ちゃんはたまにアホ」とよく言われている。人に優しく自分に厳しい。仕事もよくできるキャリアウーマン。恋愛については消極的ではないものの、いつもいいところまでは進むのになかなか交際に発展しないことが悩み。
斎藤優子
湖々の親友。26歳。独身ではあるが最近プロポーズされ、今は結婚に向けて準備中。学部は違うが湖々とは同じ大学に通っていた。大学卒業後、保育士になったが職場環境の劣悪さに耐えかね転職し、今は公務員として働く。彼氏は英和高校で隣のクラスにいた同級生。大学時代も英和高校の同級生と付き合っていたことから湖々たちからは「英和キラー」と呼ばれている。また大人しそうな見た目に反して、性に貪欲な一面があり、実はグループ1の変態。
花岡里帆
湖々の親友。26歳、独身。彼氏ナシ。
湖々とは、雪江とともに茶道部で知り合ったため1年生のころからの付き合い。
大和撫子系の美人な見た目に反して、高校生のころから行動派で、やりたいことにはとことん挑戦するパッション系。新卒で人材系の企業に入社するが、父親の影響を受け「海外で働きたい」と一念発起しタイの日本法人に転職した。
美人で恋愛にも積極的ではあるが、付き合ってもなぜか長続きしない。また、タイに長期在留する予定の日本人となかなか出会えないことが悩み。
石渡雪江
湖々の親友。湖々とは茶道部を通して知り合い、1年生からの仲。また中学からずっと茶道を続けており、湖々が所属していた茶道部では一番上手だった。
またアニメやゲームに目がなく、新作ゲームと推しを追いかける毎日。趣味が充実しているためか恋愛にはあまり興味がないようで、いつもアヤカたちが恋愛の話をしているのを一歩引いたところで聞いている。
アヤカたちがバカ騒ぎしていても一人マイペースに過ごしていることが多く、本人曰く「アヤカは普通にしてれば絶対に交わらなかった人」と評している。気を許しているからなのか、湖々に対してだけドSぶりを発揮する。
篠山まりえ(しのやま まりえ)
湖々の親友。26歳、独身。彼氏ナシ。あゆみと同じ弓道部で、湖々が総合進学コースにいる時にあゆみを通して知り合った。生粋のアイドルファンでオタク気質。高校時代にまりえが推していたアイドルグループの話をきっかけに湖々と意気投合し、急速に仲を深めた。
恋愛に興味がないわけではないが「付き合うまでの流れが面倒くさい」と感じており、あまり積極的ではない。短大卒業後、介護士として長く働くうちに「死ぬ時はだれかに看取ってほしい」と考えるようになり、婚活を始めた。
田中弥生
湖々の親友。26歳、独身。茶道部のメンバーで、熱心なミュージカルファン。湖々とは趣味の話で仲良くなり、一緒に観劇したりカラオケに行くことが多い。
恋愛には興味はないが、母親がすでに他界しており、父親も高齢であるため「一緒に父親の面倒を見てくれる人が必要だ」と感じており結婚も視野に入れている。
たぶん、5月か6月ごろだったと思う。
駅のホームで電車を待っていたら、内気で気弱そうな女の子から「服装移行期間って今日からでしたっけ?」と、突然話しかけられた。
その子は私と同じ高校の秋冬物の制服を、学校パンフレットの制服紹介のページに載っている着用写真みたいにきっちりと着ていた。
私の記憶が間違っていなければ、
これが二宮あゆみと初めて言葉を交わした瞬間だった。
私は、自分が夏用の制服に学校指定のカーディガンを羽織っていたことを思い出し、「そうですよ。たしか月間予定表にそう書いてました。」と返した。
私たちの通う英和高校は、夏服は白いオーバーブラウスにチェック柄のリボンと濃いグレーのスカートと一般的なデザインなのに、秋冬物は少し変わったデザインで、紺色のブレザーに紺かピンクのギンガムチェックシャツ、紺地のプリーツスカートのプリーツの谷間部分にチェック柄が入ったものだった。
生徒たちからは「変なデザイン」と不評で、私も例に漏れず、服装移行期間になったら絶対に夏服にカーディガンを羽織ろうと心に決めていたのだった。
学年をたずねると、あゆみは私と同学年の1年生らしかった。新入生ということもあり「1人だけ目立ちたくなかったから秋冬物の制服を着てきた」と彼女は言った。昔から人目があまり気にならない私は「何も悪いことをしていないんだから、そんなにビビらなくてもいいのに」とぼんやり思った。
電車の中で話していると、2人とも最寄駅が同じこと、同じくらいの偏差値の公立高校を受験して落ちたこと、本当は英和高校で一番偏差値が高いクラスを受験したけど、回し合格になって一番下のクラスに入学したことなど共通点がいくつもあった。
「受験で悔しい思いもしたけど、一緒に上のクラスに上がれるようにこれから頑張ろうね」と励まし合い、クラスも違ったのに私たちは仲良くなった。
学内外の模試を何個か受け、
私たちは無事、学内で偏差値が一番高いクラスに上がれた。
文系で1クラス、理系で1クラスしかなかったので、
どちらも文系だった私たちは必然的に同じクラスになった。
高校2年生の春、人見知りの私と彼女は新しい、そして賢そうに見えるクラスメイトに恐縮しながら、席の近い子か、ふたりでくっついて過ごした。
新しいクラスにも少しずつ慣れ始めた頃、
私は1年生の頃から茶道部が同じだった石渡雪江と花岡里帆、この2人と仲が良かった斎藤優子とあゆみとの5人でお昼ご飯を食べるのがお決まりになっていた。
高校生にとってお昼ご飯を一緒に食べる相手や
そのグループは、自分がどこに所属しているかを意味する。
私たちは派手でもおしゃれでもなければ、クラス上位の成績を誇るでもない、そのちょうど中間くらいに位置するような「ふつう」のグループだった。私にはそれがちょうど良かったし、特別共感できるわけではないにしろ、気を張らなくてもいい相手と過ごせるのはとても心地よかった。
ある時、あゆみがクラスのギャルと突然仲良くなり始めた。
ギャルの名前は越村アヤカ。英和高校付属中学からの内部進学生だ。私たちのクラスは内部生もわりと多く、アヤカはすでに人間関係の出来上がっている内部生の派手なグループに所属していた。
「なんであゆみが越村アヤカと一緒にいるの?」
ずっと一緒にやってきた友達を奪われたような気がしたわけでも、クラスの中心にいる越村アヤカと仲良くしているあゆみに対する嫉妬心でもなく、ただ純粋に不思議だった。
今でも経緯はよく知らないが、アヤカが元いたグループのメンバーと話が合わなくなったらしい。放課後の補習授業でたまたま席が近かったあゆみにアヤカが話しかけたのがきっかけらしい。
今思い返しても本当に奇妙な組み合わせだが、決して派手でも勉強が特別できるわけでもない「ふつう」の私たちのグループにギャルのアヤカが加わった。正直なところ、私はギャルが苦手だった。話す時の言葉づかいといい、あの派手で馴れ馴れしい雰囲気といい、何だか抵抗があったのだ。
しかし、アヤカは違った。
アヤカは誰にでも同じように接して、ギャル特有のノリと勢いで全く仲良かった私たちともどんどん距離を縮めていった。それでもやっぱりギャルのノリは苦手ではあったけど、彼女の波に飲み込まれるのも案外悪くないなと思うようになった。
それから私たちはアヤカを含めた6人で行動するようになり、修学旅行でグアムに行った時も6人一緒に回った。
その当時、私が前髪をぱっつんと切ったことから「こけし」というあだ名が付いた。それをみんな面白がっていて、グアムの海で「KOKESI」と人文字を作って写真を撮ってもらったりした。
アヤカが加わってからは、女子高生らしい無邪気なバカ騒ぎをして過ごすことが多くなっていったし、アヤカのおかげで、今まで5人でいる時には気付かなかったようなそれぞれの個性が引き出されはじめた。茶道歴が長く、どちらかと言うと地味で質素な印象だったが、実はドSなゲーマーだったし、優子は地味でおとなしそうな見た目に反して、ド変態だった。里帆はあまりギャップはなかったけれど、時々毒づく一言が絶妙で面白かったし、あゆみは箱入り娘で世間知らずなところがあり、時々垣間見えるそういう一面も私たちは面白がっていた。
卒業旅行はみんなでディズニーランドに行った。
「大人数で行くとホテル代が安くなるから」と、アヤカはたまたま卒業旅行の計画中、近くの席にいた米沢さつきと永田愛を誘い、8人で東京に行くことになった。
何も考えずに目の前の事だけを楽しんでいられたあの頃、10年後に、あゆみと私が絶縁することになるなんて誰も思っていなかったにちがいない。
あの頃はみんな同じような境遇にいたのだ。
親の庇護の下、毎日学校に通って、大学受験に向けて勉強さえしていればあとは何も考える必要はなかった。未来は明るいと信じていたし、何も知らないまま恋愛や結婚する日が来ることを夢見たし、みんな似たようなタイミングでそうなれると信じて疑わなかった。
でも実際に10年経ってみると、
私たちはそれぞれ全然ちがう道を歩んでいた。
大学を卒業し、就職して4年が経った。
さつきを除く6人とは今でも連絡を取り合い、定期的に会う仲だ。
あゆみ以外は新卒で入社した会社を退職し、転職。里帆にいたっては「海外で働きたい」とタイにある日本法人に転職した。アヤカは就職するタイミングで親戚がいる熊本に引っ越し、熊本で結婚した。私も、2度転職し、昨年、学生時代から付き合っていた彼と結婚した。優子も最近プロポーズを受けたらしい。
27歳になり、みんな少しずつ転機を迎えて変わっていった。だけど根本のところは変わらないから、会えば高校時代のようにバカ騒ぎできるし、居心地良い距離感でいられる。この先それぞれのライフステージが変わっていっても、お互いを尊重し合うことさえできれば、何歳になっても友情は続けられる。
でも、逆を言えば、昔は「同じ」だったものが失われると、相手を気遣う心や礼儀がなければ、どれだけ親密だった相手でも友情は簡単に壊れてしまう。
私とあゆみは、「境遇のちがい」をきっかけに友情が壊れてしまったのだった。