六畳一間
腹が減った。
八月のうるさい暑さにやられながら、僕は神保町から自宅の西葛西のアパートまで帰る。
今回もネームはボツだった。コレで一体何回目だろう……。
不鮮明でぼやけた人影が次々と僕のことを抜かしていく。今の僕ならカタツムリと競争しても勝てない自信がある。
人波に飲まれながら東西線の電車に乗り帰路を目指す。中身の無い会話で恥ずかしげも無く笑い合う学生を横目に観察しながら、先程担当編集に言われた事を思い出す。
「吉本君の漫画は古い」
編集からすればなんて事はない、自然に出た言葉だ。それだけにタチが悪い。
しかし僕にとってみれば面白いと思い丹精を込め紙に落とし込んだものである。それを古いと一蹴されるとこの人は何も分かってないと思ってしまう。
しかしデビューも出来ていないのも確かだ。
結果を残した事といえば、賞レースの最終選考に何度か選ばれたのみ。
はっきり言えば才能なんてものは皆無だろう。それでも今もこうして漫画に縋り付いてしまうのは、どうしても諦めきれないからだ。
山形の田舎から上京して早二年。
勤めていた工場を辞め心機一転、東京へ来たはいいがまるで芽が出ない。
東京へ来れば何か変わるかもしれないと思ってしまったのだ。
しかし現実はただ自分の首を絞めるだけだった。
西葛西に着いた。
すれ違うインド人を見ながら、今日はカレーを食べようかと思う。こんなに落ち込んでいても腹は減るものなんだなとなんだか恥ずかしくなる。
コンビニで底上げされているカレーを手に取り無愛想な店員のいるレジへ向かう。
無愛想な顔とは裏腹にテキパキとした手捌きでカレーとプラスチックのスプーンをビニール袋に詰める。
帰り道、次に描く話を考えながら歩く。
大した案は浮かばず帰路につく。
六畳一間のアパートへ帰ると壁に貼られているオードリーヘップバーンが僕を出迎える。
インクと畳の匂いがする部屋にカレーの匂いを組み合わせ、今日も今日とて将来の不安を募らせ一日が終わった。