鬼女の宅急便 事件 ④
「ヤッちん丸1日行方不明になってたよ」
「私の感覚では2時間も経ってないですよ」
「嘘だよ。そんなわけないじゃん。GPSも持ってかないし、スマホも電波も届かないか電源入ってないって言うし。探し回ったんだよ」
「そう言われましてもーー」
やはり、外と中では時間の流れが違うようだ。
スマホを見るが、バッテリーはまだ余裕で有る。電波は圏外だ。時間はどうだろう? 時計は17:23分。家を出た確かな時間は覚えてはいないが、午後3時は過ぎていた。やはり、出てから2時間程度だろう。日付は4月12日、変わっていない。
「あのぉー?」と華子は申し訳無さそうに、話に入って来る。
「分かってるよ。この家壊せば良いんだろ? そうすりゃ、誘拐された子らも開放されんだな?」
凪さんが答える。
「はい」
「でも良いのかよ? この家、あんた無いと困るんじゃ無いの?」
「良いです。私は永遠にこの家に縛られたくはありません」
「わかった。じゃあ取り合えずお前らは家から出ててくれ」
凪さんはそう言って、1人残り私達を家の外に出した。そして、家を破壊しだす。
しばらくすると家が苦しむように、音を出し震えだす。家鳴りだ。
凪さんは構わずに破壊を続ける。
「やめろ!」何処からともなく声が聞こえる。
凪さんは破壊を止めて室内を見回す。
「誰だ! 何処に居る!?」
「此処だ。今お前が見ているじゃないか。私はこの屋敷だ」
どうやら、家その物が話をしているようだ。
「どうして、少女達を拐ったっ!」
「子供を産ませる為だ」
「何言ってんだ? お前、家だろう!美少女を孕ませるなんて死ね!!」
凪さんは破壊を再開した。
「どうなっても、知らんぞ? そんな事をすれば、結局はお前らの不幸に繋がるのだぞ?」
「うるせえ! この変態家め!!」
屋敷も反撃をしたが、皿や刃物を飛ばしても焼け石に水である。
太い柱数本を折ったところで、家の屋根が傾きギシギシと悲鳴を挙げだす、じきに屋根がズドン!と音を立て落ちた。
あっけないものだった。
落ちた屋根をぶち破り凪さんが姿を表す。
「げほっげほっ、すげえ埃だ。あれ、この子は?」
こちらにやって来た凪さんが言った。
屋敷が消滅した事で華子の姿は、凪さんにも子供に見えるようだ。
「この人は、最初に屋敷に住んでいた珠洲華子さんです。私にはずっと子供の姿に見えていたけど、どういう訳か凪さんには大人に見えていたようです。屋敷の力でしょう。たぶん、女の子達には警戒心を与えぬように、大人達には信用され易いように、そう見せていたのでしょう」
「なるほどね」
「あれ?」
私は気付く。
見ると華子の肩に小さな火が灯っている。蝋燭くらいの火だ。
「なんだそりゃ?」
凪さんが火を手で払おうとした瞬間、凪さんの手の下から勢い良く炎が噴き出す。
うわぁっ!? と凪さんが驚く。
炎は「きゃあ!」と叫ぶ華子を瞬く間に包み込み、一瞬で華子を焼き尽くして華子ごと空間に消えた。それはまるで、空中で燃え易いティッシュペーパーに火を点けたようだった。
華子の消えた場所には、まるでそこには最初から何も無かったように静寂な闇だけがあった。
「なんだこりゃ? あの子はどこに消えたんだ?」
凪さんはそう言って手品のトリックでも探るように、華子の消えた空中で両手を泳がす。
気付くと、今そこにあった屋敷の残骸も消えている。
その代わりに、女の子達がキョロキョロと辺りを見ながら、座り込んでいた。
たぶん、家に囚われていた子達だ。
華子がどうなったのか気になるが、まずは女の子達だ。
「皆さん大丈夫ですか?」
声を掛けるが、事の次第が飲み込めていないようで返事は無い。
ただキョロキョロと怯えたように慌てふためいている。
全員の顔を見ていくと、女の子達の中に新沢友美ちゃんも居た。
凪さんは高城さんに連絡して、友美ちゃんを保護した事を伝える。
「大丈夫ですよ。もう帰れますから」
私は少しでも安心させようと言った。
「……家に?」
女の子の1人が言った。
私は返答に困りながらも
「ええ」と今は答えるしかなかなかった。
だが、予想しない言葉が返ってくる。
「家には帰りたく無い……。」
どういう意味だろう。
「あなた名前は?」
「美沙緒」
「え? 美沙緒ちゃんて、狭川ーー。家に帰りたく無いって、」
と言い掛けて、パトカーが数台サイレンを鳴らしながらやって来た。
けたたましいサイレンの音は、そのとき私の感じた小さな疑問を掻き消してしまった。
やって来た高城さんは、その人数に驚いていた。
凪さんは説明を面倒がり、他に保護した子のいる事を伝えなかったからだ。
だが、高城さんは説明を訊くより先に女の子達の保護を優先した。
救急車がすぐ後からやって来た。事前に警察が手配したのだろう。
救急隊員によって、簡単な検査がされた。
みんな、健康に問題は無さそうだったが、精密検査を兼ねてそのまま警察に保護された。
全てを終えて、スマホを見ると気付かぬ間に4月13日と1日日付が進んでいた。
後日、高城さんが頭を抱えてやって来た。
当然だ。誘拐された子らは友美ちゃん以外は、遠い過去に生きていた子達なのだから。
また、主犯の屋敷も実行犯の華子も消えてしまったから、事件の落とし所も大変だろう。女の子達の証言のみをまとめて報告し、犯人自体は迷宮入りってのが凪さんの予想だ。
事件の真実よりも、私が気に掛かっていたのは、狭川祥子さんの事だ。もう娘さんに会えたろうか?
狭川祥子さんは、人生の最後に娘の無事を知れて、救われるだろう。だが、娘は母親が老婆になり、さらに共に過ごせるのは僅かな時間になるだろう。その僅かが幸せな時である事を願わずには居られない。
が、引っ掛かるのが、美沙緒ちゃんのあの言葉だ。家には帰りたくない……。という。
保護された子達の事は当然マスコミも知る事となり、警察も素性をいつまでも隠せるわけもなく、公表された。
たちまち世間は、この奇妙な誘拐事件のニュースで持ち切りになった。
今事務所で見ているワイドショーも、そのニュースをやっている。現代の神隠しとか、桐箱事件の事が掘り返されて、憶測が憶測を呼んで凄い事になっている。
私達の体験した不思議な話はこれで終わりを迎え、これからは私達の手を離れた所でさらに詳しい解明が進むでしょう。
と、思われたのですがーー。
さらにその数日後、高城さんが今度は血相を変えてやって来た。
「どうしました?」
私はコーヒーを出しながら訊く。
「どうした? 結婚詐欺にでもあったのか?」
凪さんは馬鹿にして訊く。
高城さんは熱いコーヒーを一気に飲み干す。
私が、熱いですよと言う前に
「熱いわねッ!」と高城さんと半ギレで言って「違うわよっ! 」と凪さんに突っ込んでから
「どうしよう……」と我に返ったように、頭を抱えた。
「何がだ? 忙しいやっちゃな」
「消えちゃったのよ」
「何が?」
「あの子達よ」
「あの子達って?」
「あんたが保護して連れて来た子達よ。朝、看護師が見に行ったら、部屋から全員消えてたのよ」
帰って来た女の子達は、また忽然と消えてしまいました。
そして、さらにこの後驚くべき展開を迎えるのです。
つづく