鬼女の宅急便 事件 ③
「お茶をどうぞ」
「ああ、お構いなく」
屋敷の中に通され、客間でお茶を出される。
明るい場所に来ると、女の子の美しさが分かる。私程では無いにしろ、そうとうな美少女である。凪さんが喜びそうだ。
女の子は一旦奥へ引っ込みまたすぐ、戻ってくると
「あなたを受け入れるのはこちらも想定外なのですが、屋敷が言ってるのでーー。あの、いきなりですいませんが、落ち着きましたらこの箱に今身に付けている物全てを入れて、こちらに着替えていただけますか?」と桐箱を差し出し言った。
桐箱の上には新調したような真新しい洋服が乗っている。その洋服を手に取り見る。白いブラウス、紺のスカート、物は新しいがデザインに古さを感じる。
「どうして、これに着替えないといけないのですか?」
「この家で暮らす決まりです。そして、ご家族とのお別れの為でもあります。永遠のーー」
「永遠の?」
「永遠の」
「断ったらどうなりますか?」
「どうにもなりません。ただ、受け入れてくれるまで此処で待つだけです」
「ずっと、受け入れなかったらどうなりますか?」
「ずっと、待ちます」
「ずっと、ずっと、ずーーーーーーーーーーーーと受け入れなかったら、どうなりますか?」
「ずっと、ずっと、ずーーーーーーーーーーーーと待ちます」
「何年も?」
「何年も、です。この屋敷の中じゃ歳を取りませんから」
「最初に想定外と言いましたが、誘拐する子は何か基準があるんですか?」
「屋敷が決めた子を拐うんです。私には良く分かりません」
「あの?」
今の質問とは別に、私の頭にある推測が浮かぶ。それを私は直接確かめようと思った。
「はい?」
「あなたはもしかして、珠洲華子さんですか?」
「はい、良くご存知で」
珠洲華子は、最初に火事になった屋敷の消えた1人娘の名前である。
もし火事で生き延びていたとしても、人間ならもう存命している歳じゃ無い。
それにこの見た目はーー。
この子は本当に華子なのだろうか? この子は一体?
「あなたは、幽霊ですか?」
「さあ? でも違うと思います。確証は無いけど」
「あなたが、少女達を誘拐してるのですか?」
「はい」
「なんの目的があって」
「家が好きなんです」
と華子は天井を見上げるように言う。
「この屋敷の事が好きなんですか? それが理由?」
「いいえ、私がではなく。家が美しい少女を好むのです。最初の1人が私だったのです」
「ちなみに私が此処から出ようとしたら、あなたは邪魔しますか?」
「いいえ。私は何もしませんが、家があなたを此処から出さないです。今、口をキツく閉じた大きな二枚貝の中にでも居ると思ってください。巨大なシャコ貝みたいな」とりあえず、すぐ危害を加えられる事は無さそうだ。
此処はじっと凪さんが来るのを待った方が良さそうだ。
「なるほど分かりました。ところで、あなたのご両親を殺したのは、この家なんですか?」
「いいえ、殺したのは私です」と華子は悪びれる様子も無く言って続けた。
「ただ、殺すようにそそのかしたのはこの家です。私は母の連れ子でした。義父は母と一緒に私も買ったと思っていたんです。夜な夜な私の布団に潜り込んで来ました。それは母も承知の行為でした。それで、嫌気がさしていたのです。鉈で殴り殺して、2人の布団の上に火を着けました。私も一緒に焼け死んだと思ったのに、気がつくと部屋で倒れていました。ああ、夢かと思ったのですが、屋敷の中には誰もいませんでした。しばらく、家とだけ話していましたが、家が友達が欲しくないか? と言ったのです」
「それで、女の子を誘拐しているんですか?」
「はい」
「誘拐した女の子達は?」
「みんな居ますよ。別の部屋に。あなたもそれに着替えてくれたら、一緒になれますよ」
居ますよ? それはつまり、過去に誘拐した子達もまだ此処に居るという事か? それはどういう状態でだろう。華子のように子供のままか。それともーー
突然、玄関からバンバン! バンバン! と戸を激しく叩く音がする。
「ヤッちん居るのか! 此処にいるのか?」
凪さんだ。思ったより早く着いたな。
発信器も着けて来てないから、スマホの電波を辿って来たのかな?
「お誘い頂いたのに残念ですが、凪さんが迎えに来たので帰ります」
「無駄です。あの男の人は此処に入っては来れません。外の世界と、こちらの世界には絶対的な壁があるのです」
「結界か、何かですか? 」
「私にも詳しくは分かりませんが、そういう物と同等と考えて良いでしょう」
確かに華子の言うように、あの凪さんが玄関の外でどんなに暴れても入って来れなかった。ドンドンと分厚い壁でも叩いてるような重く響く音がするが、聞こえ方が変だ。数部屋向こうの木枠とガラスで出来た玄関の戸を叩いている筈なのに、まるでコンクリートの分厚い壁を反対側で叩いているような音がする。
立ち上がり、玄関に向かおうとする私の手を華子が掴む。
「ダメです。家の怒りを買うだけです。諦めましょう」
「嫌です」
そう応えた時、玄関のドタバタ音が急に静まった。
「ほら、彼も諦めたようですし」
耳を澄ますが、玄関に人の気配は無い。凪さんがそう易々と諦めるとも思えないがーー。
と思考を巡らそうとした時
バンッ!!
と、物凄い破壊音がして私の鼻の先を戸板が凄いスピードで飛んで行く。
「ヤッちん何やってんだよ。呼んでるじゃん?」
ぶち破った戸の向こうから凪さんが半ギレで言う。
「あぶないじゃないですか? もう少しで私の顔面に直撃ですよ」
「ああ、悪い悪い。玄関、ビクともしないから、こっちもかと思って思いっきりやったわ。それより、ヤッちん何やってるのよ。丸一日も家を空けて」
丸一日? 私はさっき事務所を出て来たばかりだ。どんなに多く見積もっても2時間は経ってない。
「そんな、嘘よ!? どうやってーー」
華子が狼狽えるように言った。
「え? どうやって? 愚問だな。愛と勇気だよ」
と、凪さんは何故かダンディに答える。
……そんな、アン○ンマンみたいな。
「え? ええっ!? 愛と勇気っ!!?」
と、華子は間に受けて驚く。
ーーな訳あるかと、私は心の中で思わず華子にツッコみ
「嘘ですよ。間に受けないで下さい。まあ、結界があったとしても、全てに有効では無いって事です。確かな事はこの結界を張った主より、凪さんの方が力が上って事です。犬用の鎖で、ライオンを縛る事は出来ないでしょう」
と一応冷静に答える。
「嘘よっ!? 分かってるの、この人が何をしたのか。結界なんてそんなもんじゃないのよ。この人が破ったのは時間の壁よ! そんなのあり得ない。人間が物理的に時間の壁を破るなんて!!」
時間の壁? つまり、この屋敷と外の世界は別の時間の流れにあるという事なの? この屋敷は一体なんなのだろう?
「何言ってるんだか、さっぱり分からないが。この姉ちゃんが黒幕か? まあ、綺麗な姉ちゃんではあるが、基本俺は美少女以外にそれ程優しくねえ。早いところ、観念しねえとちょっと痛い目を見る事になる」
凪さんは細かい疑問などお構い無しだ。アホが羨ましい。
そして、凪さんの言っている事がおかしい。姉ちゃんて言うのもおかしいが、凪さんは絶対に少女に手を挙げる事はない。凪さんには華子がどう見えているのか?
「ちょっと凪さん!? この子がどう見えてます?」
「この子? ーーどうって、着物の姉ちゃん? こいつが桐箱届けさせたんだろ?」
「いくつくらいに見えます!?」
「えっ? 24、5?」
やっぱり、凪さんには子供には見えていないようだ。どういう事だ?
私は色々と考察する。さっぱり分からない。
そんな私を気にも留めずに
「私の負けです。家の中に入って来られては、もう私に太刀打ち出来ません。私には何の力も無い。勝手を言ってすいませんが、あなたのそのお力を見込んでお願いがあるのです」
と、華子はしおらしい顔で言った。
つづく