鬼女の宅急便 事件 ②
ウチまで桐箱を届けた人間は、玄関の防犯カメラの映像でその日の内に分かった。
このビル内には、いたる所に防犯カメラがある。セキュリティと言うより、バレては困る物がいっぱいあるからだ。地下のdining roomとか……
桐箱を届けたのは近所に住む北村四郎という26歳の無職の男だった。
高城さん達がすぐに北村宅に向かい任意同行を求め、聴取し聞き出したところによると、
北村は、1万円を渡されて新沢友美ちゃん宅に桐箱を届けるように頼まれた。元々ちゃんと届ける気など無かったが、凪さんが貰ったビラと同じ物を北村も偶然見て、頼まれた家が行方不明の女の子の家と分かった。そして警官を見掛けて持っているのが怖くなり、咄嗟にウチのビル内に逃げ込み桐箱を置いた。北村が警察の目に止まるのを恐れたのは、所謂振り込め詐欺の出し子をやっていたからだった。
節丸さんの説明の通り、北村に依頼したのは着物の美女でした。
凪さんの机の上には、昨日届いたカメラが置いたままだ。
凪さんは事件の事で頭がいっぱいで忘れられたようだ。
今まで見たのと違い随分可愛らしい形だ。上から見ると魚を上から見たみたい。
私はどうもカメラは魂を吸い取りそうで好きじゃないが、ちょっとこれは可愛いかも。スマホで写真撮るのとかは平気なんですが。
でも、銀色でキラキラしてて、本当に魚みたいだ。アジかな? はっフナ!?
手に取って見るとちょっと重い。正面の上にカメラの名前が書いてある。
「OLYMPUS-PEN……」
というローマ字の次に、絵? 文字? マーク? 良く分からない形が彫られている。
なんだろう?
「Fだよ。それは花文字っていってFの字をディフォルメさせたものだよ」
凪さんだ。
「勝手に触ってすいません」
「世界初のハーフ判一眼レフカメラだよ。ファインダーを覗いてごらん?」
私は恐る恐る、説明されたファインダーと呼ばれる部分を覗く。
「縦の長方形に見えるだろう? それはフィルムを半分だけ使ってるからなんだ。だから、普通のカメラの2倍の枚数が撮れる。昔はフィルムは高価だったからね。まあ、デジタルカメラに世界が移行したから、またフィルムが高価になっちゃったけど」
「はあ」
「それ、ヤッちんにあげるよ」
「え!? いいですよ! 高いんですよね。私カメラ苦手だし」
「いんだよ。それヤッちんの為に買ったカメラだから。ヤッちんに似合うと思って」
「え?」
「ヤッちんに写真好きになって貰おうと思ってさ」
カメラは好きでは無いけど、私の為という言葉に弱い。
弱いというか、そう言われるのが好きだ。
それから、凪さんは首から掛けれる様にストラップを付けて、フィルムも入れてくれた。
「ああ、良いね! ヤッちんにぴったりだ。似合うよ」
凪さんは、たすき掛けにPEN Fを掛けた私を見て言う。
カメラも写真も好きになれそうな気がする。
「そ、そうですか?」
なんか照れ臭い。
「ああ、可愛いなぁ。うん、まさにカモがネギーー、あっいや鬼に金棒だよ」
「今、カモがネギって……。これ返します!」
「言って無いよ! 被害妄想だよ!! 取っちゃダメだって、せっかく似合ってるんだから」
お風呂から上がり、
寝る前にベッドの枕元にPEN Fを置いて、寝転びながら指でちょんちょんと頭を撫でる。冷んやりしてて気持ち良い。
凪さんから初めて貰ったプレゼントだ。
カメラや写真が好きに成れるように、そうだ名前を付けよう。我ながら良いアイディアだ。
PEN助!PEN吉!ペンペンーーああこれは、色んな問題が。
うーん。。
いつの間にか、ベッドの上に座り込み、腕を組んでいる。暫く考えーー
「よし決めた。君の名は、PEN太郎だ!」
考えた割にはひねりが無いけど、一周回ってPEN太郎になった。
翌日、バイク便で節丸さんがまとめた桐箱事件こと、鬼女の宅急便事件の資料が届く。
10数枚のプリントとUSBメモリーと鍵が入っていた。今までの事件と、今回の新沢友美ちゃん行方不明事件の進行状況だ。USBメモリーにはプリント内に貼られている写真の画像をより鮮明にした物が入っていた。勿論、警察の守秘義務のある部分も資料に入っているので、使用後に絶対消去を約束している。
凪さんと一通り目を通し、港区に在る空き地の在った場所に向かう。
「おっヤッちん、PEN-F着けてるんね」
凪さんは私がたすき掛けにしたPEN太郎を見て言った。
「はい」
「似合うね。美少女とクラシックカメラは画になんね」
「そうですか?」
褒められれば悪い気はしない。
凪さんは持って来た、節丸さんの資料に目をやる。
「本当だ。節丸の資料の通り在ったぜ」
着くとそこは、いまだ空き地のままだった。
港区の高級住宅街の奥まった場所に在る、鬱蒼とした草木の茂った空き地は、周囲とあまりに不釣り合いだった。
節丸さんの資料によると
以前あった屋敷の主である珠州家は途絶えてしまった為に区が管理する事となった。何度か競売に掛けられたり、公園になる案も出たが、全てたち消えとなった。
明確な理由は不明であるが、やはりいわく付きである事が影響しているようだ。
周囲で聞き込みをしてみたが、昔から住む人には連続行方不明事件は良く知られたことだった。近年のインターネットの普及で、心霊スポットとしても有名になり、望まぬ観光スポットに最近はなっていて、また何か起きはしないかと不安がられていたそうだ。
行方不明になっている友美ちゃんが、この空き地へ来たのかは不明だ。だが友美ちゃんの家から此処まで、子供の足でも来れない距離ではない。
空き地内へ入ってみる事にする。
空き地の入り口には、部外者が侵入できないように門が新たに区により設置されていたが、立ち入り許可も節丸さんが取ってくれていた。資料に入っていた鍵はこの門の鍵だ。
凪さんが鍵をポケットから取り出し、門に掛けられた錠前に挿す。
「ん? 凪さんそれはーー」
「何でもない!」と凪さんは自分の手首を隠し、後ろにやる。
「ちょっと見せてくださいよ」
「やめろ!!」と嫌がる凪さんの手首を無理やり掴み見る。
「お珠数ですか?」
「ああ、これを付けると幸運が舞い込むらしいんだよ。女の子にもモテモテで、がっぽがっぽ儲かるらしいんだよ」
「ほう。怪しい通販みたいな話ですね」
「な、なんだよ?」
「いえ、別に。いいですねがっぽがっぽ儲かったら」
凪さんは本当に幽霊とかが怖いらしい。
中は外から見えるまま、荒れて手入れもされていないようだった。
燃えたという屋敷の在った跡も見る事は出来なかった。だいぶ昔に在った物なので、無くて当然と言えば当然である。
何かが足にすり寄って来た。思わず驚き「きゃ」と小さく声を上げる。
黒いふわふわが動いている。にゃあ。子猫だ。ゴロゴロ喉を鳴らして足に何度もすり寄り、餌をねだっているようだ。
子猫を抱き、もう少し奥に入ると、段ボール箱があり、小皿が中に置かれていた。
空き地は門とブロック塀に囲まれているが、道に面した塀の一部が老化で崩れて小さな穴が開いていた。
「此処からなら子供は入れるかも知れないな」
「友美ちゃんは、こっそりこの子猫に餌をやりに来てたのかも知れませんね。私が試してみましょう。子猫を持ってて下さい。」
私は穴から外へ出る前に、PEN太郎がぶつかりそうなので外して穴の脇に置いた。
多少擦りはするが、穴から外に出れた。小学生の友美ちゃんなら充分出入り出来るだろう。
私達は子猫を連れて、空き地を出た。
私は先を行く凪さんを追うように歩いた。子猫が空き地の方に向かい、にゃあと鳴いた。
振り返ると空き地のあった場所に、いつのまにか立派な屋敷が在った。
「凪さん!?」
「え?」
前方の凪さんを呼び、もう一度見るとそこはさっきの空き地だった。
「どうした? ヤッちん」
「今、屋敷がーー」
「そういうの、やめてよ。ヤッちん」と凪さんは手首の珠数を摩った。
次の聞き込みに向かう。
次は狭川祥子。新沢友美以外の1番新しい桐箱事件の被害者の遺族はまだ存命であった。
狭川美沙緒は1968年12月28日に消えた。暮れも押し迫る年の瀬の事だった。
桐箱が届いたのは翌日未明。今から50年近く前の事件だ。
子猫は車に置き、狭川祥子の元に向かう。
祥子の居るのは、警察病院の一室。
病院の入り口に節丸さんが待っていた。
「一応、15分ほど面会の時間を作りました」
足早に廊下を歩きながら、節丸さんが説明する。
厳格に時間が決められていて、時間が無いのだ。
「15分だけか?」凪さんが訊く。
「一般人を此処に入れるのだって難しいんですよ。でも事前に言ったように、その時間も、使い切る事は難しいと思います」
節丸さんは渋い顔をして言う。
「ああ、分かってるよ」
凪さんはそう答えて、祥子の病室に入った。
個人部屋だった。
部屋の端に置かれたベッドに痩せた老婆が寝ていた。それが狭川祥子だった。目は覚めているが、天井を見つめたままで魂が抜けたようだった。その腕には、作りの甘い女の子のぬいぐるみが抱かれていた。
「看護婦の手作りです。ああやって抱いていると落ち着いてますが、前は常に娘の名前を呼び謝って何かに怯えていました。彼女はいわゆる累犯高齢者ってやつです」
節丸さんが言った。
「累犯高齢者ってなんです?」
私は訊く。
「累犯者ってのは何度も犯罪を犯す奴の事を言う。そして累犯高齢者ってのは、孤立したり自活出来ない高齢者が、居場所を刑務所に求めて犯罪を繰り返す事さ。犯す犯罪は大きな犯罪じゃ無い。ただ刑務所に入る為に犯すんだ。狭川祥子は最後に逮捕された後、刑務所内で倒れて此処に運ばれてそのままさ。多分、此処が彼女の終の住処になるだろうね」
「あの人に家族は?」
節丸さんはゆっくり首を横に振り「夫は元々居ない。いわゆる今で言う未婚のシングルマザーてやつだったのさ。親類とも皆疎遠だよ。天涯孤独だ。1人娘を失った上に、この仕打ちは……。神もないね」と言った。
狭川祥子はゆっくり顔をこちらに向けると、まるで幽霊でも見たような顔をした。
そして、その体からは想像できない速さでガバッと起き上がり「ごめんなさい! 美沙緒、母さんが悪かったから!! 許して!お願いよ!!」とベッドの上で正座し叫び、頭の上で両手を合わせた。見て分かるくらいガチガチと震えていた。
どうやら、私を居なくなった自分の娘と間違えているらしい。娘を守れなかった罪悪感が50年近くも彼女を蝕み続けた結果なのだろうか。その姿には鬼気迫るものがあった。
何かを聞ける状態ではないのが分かった。
私と凪さんは、何も得られぬまま帰るしか無かった。
私は帰り際もずっと考えていた。
狭川祥子のあの鬼気迫る姿は、
それはまるで……。
そう思って、その先を考えるのを感情が止める。
だが、それでも思考しなくてと冷静さを取り戻す。
彼女の姿は被害者遺族と言うより、
それはまるで許しを懇願する加害者のように私には見えた……。
家に帰り、子猫に牛乳を与え少し落ち着くとPEN太郎が無い事に気付いた。あの空き地だ。穴から外に出た時に、置いたままだ。
歩いて行けない距離では無いので、1人で取りに行く事にした。
今から行けば、日没前には帰って来れるだろう。そうだ、ついでに帰りに夕飯の材料も買って来よう。なら、急がねばーー。
凪さんに言うと、面倒な事になりそうなので、言わずに家を出た。
凪さんは私の事を心配し過ぎである。
日が傾き始めた道を急ぐ。
空き地に着き、あの穴から中に入るとPEN太郎は置いたままの状態で、私が来るのを待っていた。
「ごめんね。PEN太郎」
私はPEN太郎を手に取って謝った。
「それPEN太郎って言うの? あなたの?」
振り返ると、小さな女の子が後ろに立っていた。
小学生だろうか?
「ええ。あなたはどこから来たの? 子猫を見に来たの? 友美ちゃんのお友達?」
「ええ、そうよ。友美の友達。あそこから来たの」と女の子は振り返り、指差す。
見ると、女の子の指差す先に立派なお屋敷が在った。
「さっきまで、空き地だったのに……。」
女の子はもう一度こちらを向くと微笑んだ。
私は振り返った女の子をパシャリとPEN太郎で写した。
つづく