スレンダーマン 事件 ③《完》
「ーー山へ、帰る事は出来ませんか?」
「それは、無理な話だ。何の為に此処まで来たのか意味がなくなる。それにしても、まさか、この時代で我々の事を知る者に出会えるとはな」
「私の話を信じるんですか?」
「俺ら一族に、戦さ場で若殿に仕える人魚姫に出会ったって伝説がある。悠久の時を生きる美しき姫の話だ」
「人魚姫と言っても、人魚を喰らったという意味ですけどね。ご先祖の皆さん、良い人でしたよ。私なんかにも気さくに話し掛けてくれたし。物の怪扱いして恐れてる人も、沢山居たのに。マジリアルもののけ姫状態スよ」
「俺達に出会った奴以外で、蜘蛛一族を知る者は居ない。我々の存在は表世界には決して出ないからな。それに、ここ百年くらいは正式には戦にも参戦してない。この異形は、味方の戦意すら萎縮させるから、世が傾く様な大戦でなきゃ誰も雇っちゃくれねえ。あの大戦には、なんとか参加出来たものの大陸に単身渡らせられてゲリラ化した民兵狩り。情けねえ事この上無い。そんな、俺らを知ってる奴なんざ、現代には居ねえよ。現代で俺達を知ってるというより、あんたの御伽話の方がよっぽど信じられる」
「今までどうやって生き延びて来られたのですか?」
「冬は生まれた東北の山から南下し猟をし、夏は逆に北上する。猟師が減った所為か、獣は多い。山も一時より澄んでいるくらいだ。ただ生きて行くには悪くはない」
と言うと、蜘蛛一族の生き残りは黙り
「ところでーー」とあらたまる様に言って続けた「あんたの血には神憑り的な治癒力があると聞く」
「そうですか」
「また実は人魚だけでなく、あんたの肉にも不老不死の力があると噂で聞いた」
「興味がおありで?」
「もしそうなら奥に寝てる子供に、アンタの血を少しやってくれ無いか? 弱っている」
「え?」
「もう我々には必要無い。これからアンタを迎えに来る男がアンタの言うような男ならな。もう少し、早く出会いたかった。そうしたなら、人間など喰わずに済んだのにな」
「もう一度、頼みますがこのまま山に帰って、今まで通り静かに暮せませんか?」
「無理だよ」
そう言った蜘蛛の空気が変わる。
カランと鍋の蓋を開ける音する。
「随分と豪勢な晩餐だな。美少女を食べちゃいたいって言うのは分かるが、本当に食べちまうのはな。テメーには最後の晩餐はねえぞ! 迎えに来たぜ、ヤッちん!!」
凪さんが迎えに来た。
「凪さんっ!」と言い掛けた私を、蜘蛛は手で遮り止める。
そして、凪さんの前に立つ。
「良い顔だ。俺を殺すつもりで来い。でなきゃ、このガキもその鍋の中身と同じになるぞ?」
「お前、殺すぞ? 絶対に殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!殺す! 殺す! 殺す!
ぶっ殺ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーースッ!ぞ!!
テメェェェェェェーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!」
凪さんは蜘蛛目掛けて走り出す。
確かに蜘蛛の身長は3m近いが、あの細い体で凪さんの攻撃を受ければ、ひとたまりも無いだろう。
だが、
「うわっ!」と叫ぶと、凪さんは走り出した足を急に止めた。
それと同時に、胸の部分が切り裂かれ血を吹き出す。蜘蛛は何をしたんだろう??
蜘蛛までの距離はまだ大分ある。
「アスファルトに埋まった標識を引き抜き、投げて、ビルの壁に突き刺すたくらいだから、お前の力がどれ程怪物じみた物なのかは容易に想像出来る。だが、触れる事さえさせなければ、どうという事は無い」
さらに、凪さんの腕や足が引き裂かれ血が吹き出る。
その瞬間に蜘蛛の両腕が消える。多分、両手先に持った刃物のような物で切り裂いているのだ。凪さんはそれでも前に出ようとするが、蜘蛛の腕の動きには反応出来ていない。
筋肉だけで、あの速さを出す事は出来るのだろうか? それに、蜘蛛の棒のような細い腕だ。筋肉など、それ程無いだろう。多分、でんでん太鼓のように、体を軸に、細く長い両腕を鞭のようにし使っているのだ。凪さんの体はみるみる血に染まって行く。
だが決定的な攻撃は無い。
いや、たぶん凪さん程の相手の命を一撃で奪えるような、決定的な攻撃は元々無いんだ。きっと蜘蛛の戦い方は、相手に傷を負わせて失血死させる事なんだ。スピードを上げる為に、武器の軽量化を図った末の結果何だろう。その武器の小ささが、ギリギリ殺せる重さなのだろう。
戦場で多数相手では不利なようだが、蜘蛛程のスピードがあれば一瞬で全身傷だらけに出来る。そして、力の差が歴然なら、切る場所で一撃で相手を殺す程のダメージも負わせられるだろう。
だが、それでも凪さんは更にその一段上を行っている。
出血が戦闘に響くより早く、傷を治癒させている。たぶん、意識してやってるのではない。体が勝手にやっているんだろう。
しかも、息が全く切れてない。傷だけで無く、体力さえ回復させているようだ。
逆に蜘蛛の方がスピードが落ちて来ている。腕の動きは辺りの暗さも手伝い以前見えないが、凪さんに当たる数は減っているようだ。服の傷が増えていない。凪さんは避けれるようになって来ている。
失血死狙いの蜘蛛の策略が、まんま逆になる。
このままでは、いずれ蜘蛛は凪さんに捕まるだろう。
「人魚の血の力と言うのは本当だったらしな」
蜘蛛が言った。凪さんの力に気付いたらしい。
「だが、それでも戦い方はある」
蜘蛛の戦い方が変わった。今まではとかく盲滅法攻撃をして傷さえ付ければ良いという方法だったが、狙いを定めている。それはたぶん、首、脇の下、内腿の付け根だろう。この辺に大きな血管があると聞いた事がある。
だが、それでもやはり凪さん。攻撃の場所が分かっていれば問題は無い。
脇と内腿への攻撃は簡単では無いし、首は左腕を犠牲にしているが完全にガードしている。
このまま、長引けば凪さんの勝ちだ。
「さすがだ! だが、狙いはそこじゃない!!」
蜘蛛はそう叫んだ。
次の瞬間。ドスッ! という鈍い音と共に、蜘蛛の右腕の小さな刃が凪さんの胸に突き刺さる。
「この小さな刃でも、お前の心臓までは届くだろう!」
蜘蛛の狙いは心臓だった。心臓を刺されればかなりの出血がある。普通なら、失血により一瞬でショック死する事もあるという。そうでなくとも、出血の量に関係なく、心臓が止まれば全身への血の供給は止まる、そうなれば当然脳も止まる。いくら、凪さんでも一時は完全に戦争不能に陥るだろう。
そうなれば、いくらでも蜘蛛に勝機はある。命を奪えなくとも、四肢を切断するなり、凪さんを戦闘不能にできる。
だがーー
クックックックックックックックックッーー
クックックックックックックックックッーー
と闇の中に響くのは、凪さんの笑い声だった。
凪さんは顔を上げて、蜘蛛を見て笑って言った。
「捕まえた」
「どうして? 心臓に突き刺さったろう!」
確かに、凪さんの左胸に蜘蛛の手に握られた刃は刺さっている。
「残念だが、心臓に達する前に止めたよ」
蜘蛛は再び刃を抜こうとするが抜けない。
「まさか、貴様! 筋肉で刃をーー」
そう言い掛けた蜘蛛の体が宙に舞う。
「お前が心臓を狙って来る事は読んでたぜ!」
「ハマったのは俺の方かーー!!!!!」
左手の刃を、蜘蛛は凪さん目掛け振り上げるが
それが届くより先に
凪さんは胸に突き刺さったままの、刃を持つ蜘蛛の腕を掴むと振り回し
ドカンッ!とコンクリートの床に叩きつける。
さらに、壁、天井、また床と何度も何度も蜘蛛を打ち付ける。
ドカンッ! ドカンッ! ドカンッ! ドカンッ! ドカンッ!
冷たくコンクリートの壁に衝突音が響く。
上下四面すべてが、コンクリート。蜘蛛はひとたまりも無いだろう。
遠心力に負けたのか、蜘蛛の下半身が千切れ飛んだ。
そこで、凪さんの手は止まった。
凪さんの手にあったのは、もうただの肉塊だった。原型を留めているのは
凪さんの胸に突き刺さった刃を持つ蜘蛛の右腕のみだったーー。
「コイツはなんなんだ? 妖怪か?」
胸に突き刺さった刃を抜き、凪さんは言った。
「人間ですよ」
「人間? コイツがか?」
「大昔、戦国時代とか言われていた時代です。その時に彼らに出会いました。と言っても話したのは1回だけですが。その時に蜘蛛達から聞かされた彼らの話です。東北の山奥のある村で彼らは生まれたそうです。彼らの住む土地は農業に適さず、狩猟を主にしていましたが、常に飢饉と背中合わせで生きて来たそうです。そんな時に、ある戦に雇われ参加したのが始まりで、傭兵をするようになったそうです。その時は、山岳知識が買われてでしたが、どんどんとその生業は変化し、だの山岳民族から、戦闘民族へと変わっていったそうです。彼らは戦いに勝つ事で、誇りと自信を手に入れました。その中で、生まれたのが蜘蛛です。先天的に手足が長い人間を交配させて、さらに手足の長い人間を産み、さらに幼い時に腕や足の骨を絶ち器具を使って後天的に伸ばすらしです」
「今で言う、骨延長手術みたいなものか? たしかに、首長族とか中国の纏足なんかもるから、日本にそんな奴らが居てもおかしくはないのか? でも、なんでそんな奴が子供を喰ったりしたんだ?」
「それは、そう教えられたからです。戦場では敵は敵兵だけではありません。時に強烈な飢えとも戦わねばなりません。なので、彼らは山岳民族だった頃の知恵で、小さい物は昆虫から爬虫類、獣、は当然とし、味方の兵士に沸いたウジまで食う。そういう生き残る為の方法も、彼らの戦術の1つなのです。そんな彼らに取って一般の人間は手頃な獲物です。獣より、動きは遅いし、力は弱い。簡単な管理で生かしておける。少女を狙ったのは持ち運び易さや、捉え易さなどからでしょう。彼らは今、此処でゲリラ戦を行って居たんです」
「ゲリラ戦? なんと、戦って居たんだ?」
「まだ見ぬ、自分の強敵とです」
「まだ見ぬ強敵? まったく意味が分からん??」
「彼は蜘蛛の最後の1人として、野で生き喰らうだけの獣として滅んで行きたく無かったんです。彼らの戦国時代後は、悲惨な物です。戦中でも、表向きは英雄のような扱いでしたが、その姿や食生活から嫌われていました。仕事も暗殺や表に出ない物がほとんどだったので、世に名が広まる事も無い。平和な世で、彼らの居場所はありません。それでも、村では英雄扱いでした。彼らの活躍が村を養っていましたから。でも平和な時代が続き、彼らの出番である戦場が段々と無くなると、村の中での存在も変わっていきました。その理由として、彼ら自体が実は村出身者ではなく、村人が戦で見つけて来た身体的特徴のある孤児などだったからです。元々手足が長く長身の民族なんかじゃ無かったんです。作られたのです。今で言うなら生物兵器でしょうか? それでも、まだ彼らを英雄視する村人も多く、村は割れて、蜘蛛を支持する者は残り、それ以外は去ったそうです。でもそれは蜘蛛の人格を支持した訳でなく、村の成功した文化への執着として蜘蛛の製造を止められなかっただけです。結局、近年まで使われる事も無いのに、ひっそり蜘蛛を作って居たようです。交配の為に山に来る登山者を拐ったり、時に街へ出て拐いながら。それを行って居たのが、蜘蛛師と呼ばれる純粋な村人の子孫だそうです。見た目は普通の人間です。で、自分を作った最後の蜘蛛師が最近亡くなり、戦う為に生まれたので、敵を求めて下山したらしいです」
「なんだよそれ、アイデンティティの為かよ?」
凪さんが、そう言った時ーー。
バシャッ! と水の跳ねる音がし
音のした方向を見ると、蜘蛛の下半身が地を滑るように
凪さん目掛けて向かって来る!
蜘蛛の下半身は、油断していた凪さんを両足で挟むように掴む。
両腕の上から挟まれて、凪さんは反撃出来ない。
「油断したな。我々には外には伝えぬ秘密がまだある。それは我らは2人で1人という事だ! 足の力は腕の3倍と言う!しかも常に、上半身を支え続けた脚力は並じゃ無い。さすがのお前でも逃げられまい。いくら不死身でも、首をはねたらどうなるぅぅぅぅぅぅッーーーーー!!」
蜘蛛の腕には、隠し持っていた短刀が握られている。
これなら、首も切り裂けそうだがーー。
「ーーダメ! もう、やめてっ!」
ブチッ!
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!
だが、闇に響いたのは蜘蛛の絶叫だった。
当然だ。いくら蜘蛛の脚力が凄くても、所詮は人間だ。単純な力比べで、凪さんに勝てる訳がない。蜘蛛にその事が分から無かったとは思えない。
床に倒れた蜘蛛の片割れの両足はもげている。さっき言ったように、腿の付け根には太い血管が有る。出血が酷い、もう助からないだろう。
下半身に比べて、極端に小さな上半身。一応の目鼻口は有るが、これを人と呼ぶにはーー。長い近親交配に近い行為の影響だろう。
きっと、手足は伸ばせても、身長までは簡単に行かなかったのだろう。少し考えれば分かる事だ。体全体が大きくなれば、他に支障が出る。大きな心臓が居るし、筋力も太い骨も居る。また後天的に手足両方を伸ばすにも、四肢全てでは負担が大きい。他にも、上げれば、まだ問題はあるだろう。ふと、妖怪 手長足長 の話を思い出した。手の長い妖怪と、足の長い妖怪の兄弟が、肩車し人を襲い喰らう話だ。発祥は彼らなのかも知れない。
「……どうして?」
私は思わず蜘蛛に問う。
「人など喰らって、この後どう平穏に生きていけようか」蜘蛛はそう言って
「俺達は強かったか?」と凪さんに訊いた。
「ああ。でも、誰かを守るに戦ったのならもっと強かったろう」
蜘蛛は、凪さんにそう言われハッとしたような顔をして、そのまま安らかな顔で息を引き取った。
彼らにも昔は守るべき村があったのだ。蜘蛛の製造を続けた本当の理由は、文化の維持だけではなく、守るべき村の再興を再び求めていたのかも知れない。
蜘蛛一族と言っても、所詮は彼らも現代人だ。食人という行為を受け止めきれはしなかったのだろう。知識による合理性と、実体験としての同種喰は違うのだろう。
その後、捕まっていた少女に私の血を与えて高城さんに地上で引き渡した。
「凪さん?」
「何ヤッちん?」
「お願いがあります」
「何?」
「彼らを、彼らの生まれた土地で埋葬してあげたいんですが? 高城さんが帰ってくる前に連れ出せませんか?」
「え?蜘蛛の奴らをか?」
「はい」
私は蜘蛛の言った言葉を思い出していた。もう少し、早く私達に出会っていれば、人など喰わずに済んだと。私も凪さんに出会っていないければーー。
「凪さん、もし私が人間の子供を食べてたらどうしましたか?」
「それはないね」
「どうして、分かるんですか?」
「そりゃ、俺がそう言ってんだからさ。ヤッちんは絶対に、罪の無い人なんて喰わないよ。そうだろ? まさか君、今、自分が蜘蛛と一緒だなんて思ってないよね? 君は、蜘蛛とは違うよ」
「どこが、違うんでしょうか? いったい、私は彼らとどう違うんでしょうか!」
「え? 君には俺がいる!」
凪さんは、立てた親指を自分の方に向け笑って言った。
どこまで、真面目に人の話をきいているんだかーー。
溢れる涙で、何も言えなくなった私を抱きしめて
「一緒に蜘蛛のお墓を作りに行こう。ヤッちんの言う事は、なんでも聞いちゃるよ」と凪さんは言った。
確かに、私は彼らとは違う。私には、涙が溢れた時、抱き留めてくれる凪さんがいる。
ヤッちんです。
その後の、その後です。
保護された少女は、間宮美憂ちゃんと分かり無事リナちゃんからの依頼は果たせました。事件は被疑者不明という事ですが、美憂ちゃんの証言でスレンダーマン事件と呼ばれ、世間では憶測が憶測を呼んで大事件になっていますが、知ったこっちゃ無いです。
そして、これから私は凪さんの知人に頼んで、密かに火葬した蜘蛛の2人の遺骨を持って
凪さんと車で東北へ向かう。
詳しい蜘蛛一族の村の在った場所が分からないので、出来るだけ人里離れた場所で散骨しようと思う。2人が静かに眠れるように。
途中で、あのリナちゃんを見掛けた。
ランドセルを背負って学校帰りのようだ。
リナちゃんはこっちに気付き手を振った。変態異常者の凪さんは喜び勇んで車を止めて窓を開ける。
「ありがとう」リナちゃんは、そう言ってから
「大丈夫、秘密にしておくから。美憂ちゃん救ってくれたの、凪さんでしょう? 正義の味方だからね。みんなには秘密なんでしょ。美憂ちゃんがちゃんとスレンダーマンが犯人だって言ってくれたし、もう嘘つきって言われなくなった」
と言って去っていった。
どうやら、ちゃんと学校にも通えているようだ。良かった。
「凪さん良かったですね。正義の味方ですって。このままロリコン止めたらいんじゃないですか? 気色悪いから」
「おいおい、まるで俺を性犯罪者みたいに言うなよ」
と似てない中尾彬のモノマネで凪さんは言う。オヤジのギャグは、面白く無いし、反応に困る。
「それより、これからじゃ一泊だね。どうしよう、1つ屋根の下で一晩!」
「いつも、1つ屋根の下じゃないですか?」
「まあ、そうだけどさあ。なんつーの、気分が違う! 混浴とかあるしさ!」
「いいですよ。混浴」
「マジで!」
「水着持ってきましたし」
「えー! とか言うと思ってる? 全然、嬉しいから。まあ、俺はフルチンだけどね。可愛い君に、たくましい俺のチン○をまざまざと見せ付けながら、温泉に入るよ。進撃の巨チンだよ」
「死ねばいいのに」
おわり