水鳴き島の水鬼(ミズチ) ⑨ 《完》
銀太達は、2度も百合乃を失う事で、苦い勝利を収めることが出来た。
その後、島民に英雄として迎えられる筈であったが、詳しい事情を知った凪が心身共に弱り切った島民に絶対に言っちゃいけない様な暴言を吐き、死人に鞭打つような真似をし。
剰え、現村長の五味と前村長の大亀に、暴力を振るった結果ーー。
翌日やって来たヤッちん達と共に、透達ときちんとした別れも出来ぬまま、銀太達は逃げるように島を後にする事となった。
取り合えず、助けを呼びに行くという名目で、無事帰島する事は出来た。
当然見送りなんて、透と五味しか居ない。
まあそれは、凪が原因というより、年寄りばかりで役場の職員は面倒を見なくてはならないからという事もあってだが。役場の職員達からは、一応透を通して、感謝の言葉が伝えられている。
水鬼からの難を逃れられた事で、皆張っていた気が緩み、色々と身体的精神的問題が出始めていた。早く救助を呼んでやらないと、更なる被害者が出そうだ。
島での事をどう証言されても、誰も信じないだろうという事で、特に口止めもしなかった。
でも多分だが、島民は誰も水鬼に関わる事は、何も言わないだろう。
そう銀太は思っていた。
色々な思いは、あの島の中だけで、きっと彼らは終わらせるだろう。
そして、島外から来て生き残った人間達が、また新たな水鳴き島の伝説を作って行くんだろう。ただまあ、突拍子も無さ過ぎるし、水鬼もレギオンもカケラも残っていないから、結局誰も信じないだろう。
人が信じるのは、少し不思議な事で、突拍子のない事は、デマと切り捨てられる。
津波の起きた時の地震は観測されているので、
謎の奇病の蔓延と、津波の被害で終わるだろう。
この事について、銀太は記事にするつもりは無い。
「良く船出たね? 渡航禁止だったろ?」
凪がヤッちんに訊く。
「船長さんにお礼を言ってください」
「いや、そのお嬢さんがあまりに必死に言うからよ。警察の目を掻い潜り、別の海上ルートから回って来たよ。警察が言うような雲が出たたらすぐ引き返すって言ったけど、雲なんか無かったな?」
船長が言った。
「ヤッちんが言ったの?」
「な訳、無いじゃ無いですか?」
「じゃ、誰だ?」
「……。」
その娘とは、合歓子の事であった。
合歓子は聞こえない様に、そっぽを向いている。
「ーーにしても、あの島はどうなんだろうな?」
と自分が最後にメチャメチャにしてきた癖に、他人事の様に凪は言う。
そして続ける。
「あんだけ人が死んで、あんな過去があって、これからツラ付き合わせて生きてく訳にも行か無いだろうな?」
「ーーでも、透はあの島で生きてくやろう」
「透って、あの兄ちゃんか?」
「あの島は、百合乃さんが命懸けで守った島やからな」
ーーあれから2ヶ月。
首都高某所、深夜2:00。
事故を理由に1km区間が完全通行禁止になっていた。
だが実際に事故など無かった。
「国交相からの依頼かよ? すげー所から依頼来るな?」
愛車ダットサン510の後部座席に座る凪が言う。
「実はこういうのは多いねん。日本の歴史は長いからの、色んな曰まみれの土地は多い。特に京都なんかは1000年からの歴史があるからのぉ。御上から極秘で払い屋に、こういう仕事が来る訳ですわ。まあ一応、こういう経費もきちんと予算に割り当てられてますしな。地鎮祭とかの。別にお祓い自体は問題ないんやが、今回はやり方がな。つか、旦那のダットサンほんまに大丈夫でっか?」
ハンドルを握る士鶴が言う。
「バカにすんなよ。今日の日の為にちゃんとカスタム済みだ。それより銀太だ。あのRZで250キロ以上出せんのかよ? RZ350が750(ナナハン)キラーなんて呼ばれてたのは、もう何十年も前だぞ?」
銀太の乗るRZは、目の前を走っている。
凪は続ける。
「海外から態々パーツを取り寄せて421cc化。フルカウルに、フレーム補強もしたけど、250km出た瞬間分解しそうだぜ? 現行車使えば良いものを。今の単車なら、300キロ以上出んのもあんだろ?」
「知らんがな。本人があのRZでやりたいって言うんやから」
銀太のRZ250改は、今は海外メーカーのシリンダーを入れて他パーツも組み替え、RZ250改421ccになっていた。
今日のこの日の為に、造り上げたのだ。勿論、費用は国交相持ちである。これも経費だ。
「それにしても、時速250km以上に住む化け物とは面白いですね?」
助手席にちょこんと座るヤッちんが、ワクワクしながら訊く。
「まあ、昔には殆どの人間と相見える事の無い存在やったろうな?」
士鶴が言う。
「この区間しか出ねえし、250キロ以上出す奴なんて走り屋だけだろ? しかも、極一部の捕まるの覚悟のアホだろ。勝手に狩らせとけばいんだ」
「そういう訳にも行かへんがな。そいつらは良いけど、巻き込まれる善良な市民がおんねん」
「何それ? 怨念とおんねん掛けたの?」
「いや、全然どこにも掛かっとりゃせんやろ……。そういう人を不安にするボケツッコミ止めてぇな」
今回、銀太が国交相から依頼を受けたのは、時速250km以上に住み、縄張りへの侵入者を狩る化け物だ。
その化け物は、元々は首都高から少し離れた場所で眠っていた。
この首都高の僅かな区間が、縄張りの範囲内だったのだ。
眠っていた化け物は、近年の車やバイクの高性能化で簡単に時速250km を越えるような車輌が出て来た為に目覚めてしまった。
事故車両のドライバーの共通証言、ドライブレコーダーの映像に映る黒い巨大な影ーー。
そんなことから、銀太に依頼が来た。
死傷者はもう何人も出ている。
ーーそして、ネットではもう色々と噂が立ち始めている。
ちなみにドライブレコーダーに映っていたのも、250km以上で車が走行していたからだ。
頭の悪い運転手が動画サイトに暴走行為を投稿する為に、映していたのだ。
化け物の名前は、大飯綱。
大飯綱は範囲と速度(時速250km以上)を縄張りとしている。
なので戦うには時速250km以上で、自分も移動しながらでなきゃならない。
その上で攻撃できなければいけない。
それが出来るのは銀太だけだった。
当然、凪は最初に外される。車やバイクを運転しながらでは、攻撃も出来ない。
士鶴は式神により出来るかもしれないが、今ある式神で時速250kmで移動しながら大飯綱と対等以上に戦えるモノは居なかった。時速250kmで移動出来て、さらに強い式神を作るのは、一朝一夕という訳にはいか無かった。
国交相は首都高の交通が度々止まると、国の経済に響くからと、なるべく早く済ませて欲しいと言う事だった。
国にとって流通が止まるのは、国という体を流れる血液が止まるのと同じだそうだ。
涙牙と銀太は一心同体なので、銀太のスピードに引っ張られる感じで、涙牙も同じスピードの中に居られる。
簡単に例えると、涙牙も銀太とRZに乗っているようなものだ。
合歓子と月子も来ていたが、車の軽量化の為と、流石に時速250kmを越える車(しかも1969年製)に載せる訳にも行かず、ゴール地点で待って居る。
ヤッちんはどうしても大飯綱が見たくて、どうせ死なないし、もしもの時に救急箱代わりになるからと言って乗って来た。
どんな瀕死の重傷を負っても、生きてさえいれば、ヤッちんの血でどうにかなる。
仙豆かデンデ並みだ。体重も軽いし、問題は無いだろうという事になった。
「なんか、以前話題になったスカイフィッシュみたいですね?」
「スカイフィッシュ?」
「おお知っとるわ。懐かしいのぉ」
「何だよ! お前らだけ!!」
「ビデオカメラにだけ映るUMAですよ?」
「何で、ビデオカメラにだけ映るの?」
「実際はUMAじゃなくて、ただの虫なんです。ハエとかの小さい羽虫です。それが、カメラの構造で繋がって見えるんですよ。本当は各フレームに1匹映っているだけなんですけど、それが動画にすると繋がって、1匹の長い虫に見えるんです。その形がまた、太古カンブリア紀に生きたい生物に偶然にてたんで、さらに騒ぎが大きくなったんです。今で言うオーブ的な感じに」
「ああ、アレやろ? アノカノマリス!」
「アノマロカリスですよ」
「そうやった。ーーあはは」
ドカッ!
凪は後部から、士鶴の頭を蹴った。
ぎゃああああああーーーーーーッ!!!!
士鶴は蹴られた勢いで、思わずに急ハンドルを横に切った為に、ダットサンが大きく蛇行する。
士鶴は急いでハンドルを戻す!!?
……ハァハァッ!??
士鶴は何とかダットサン510の態勢を立て直し、荒い息をする。
「何するんですか旦那? 死ぬでしょう」
士鶴は肩に凪の足を乗せたまま、曲がった首で言う。
「おかしいだろ? 俺だけ除け者みたいじゃないか? 勝手に盛り上がるんじゃねーよ」
「……。」
士鶴は心底面倒臭いと思った。
「でも不思議ですね? どうして250kmの世界に居なくては見えない大飯綱の事を昔の人は知ってたのでしょうか? 文献みたいな物はあるんですよね? 名前がありますし」
「それはな、ヤッちん。見える時があるねん」
「見える時?」
「せや、風速70m/sは時速に直すと250km以上になるんや。その中なら見えるねん。滅多に無いけど、何十年かに一度そんな日がある。巨大台風や。文献には巨大台風を起こす化け物って書かれとる。実際は巨大台風の時に偶然見て、台風を起こしとると思ったんやろうな。実際は時速250km以上のモノには襲い掛かるが、それ以下なら逆に何もしてこうへん。多分、目に入ってこうへんのやろ。感知出来んねん」
「大飯綱って、大きなイヅナって事ですよね? という事は、イタチみたいな姿なんでしょうか?」
「多分な。ワイは鎌鼬の一種だと思うねん。鎌鼬は風を操る妖怪やし」
「可愛そうですね? せっかく住み分けが出来ていたのに」
「人間は勝手やからな。おっ、銀太がスピード上げおった。そろそろ始める気かーー」
目の前を走る銀太とRZ250改421はグンッ! とスピードを上げ、
ダットサン510との距離を離す。
「今スピードは? そっちに新しく付けたデジタルのスピードメーターあんだろ?」
「今、240超えたとこや?」
「そろそろか?」
「ーーあっ!? 始まったようですよ? 涙牙出ました。大きい。確かに前よりずっと大きくなってますね? 触手の数もずっと多い、動いてると数えることが出来ません」
「よっしゃ、俺もそろそろスタンバイに入るか。士鶴そっちのスイッチ押せ!」
「どれや?」
「赤いのだよ!」
「コレか!」
「ヤッちんちゃんと捕まってろ?」
ヤッちんはシートベルトを掴む。
士鶴はハンドルの脇の赤い丸いボタンを押す。
するとーー
グンッ!? と体にGが掛かり、一気に加速する。
「なんやコレッ!」
「書いてあるだろ?」
「ん?」
士鶴が見ると、赤いボタンの上に白い文字で『nitro』と書かれていた。
「ああ、見えます!! 戦ってます!!」
涙牙と巨大なイタチのような化け物が空中で戦っている。
大飯綱の尾は3本に分かれて、先が刃のようになっている。
それで、首都高の遮音壁の上を走りながら攻撃する。
涙牙は銀太を守護りながら、それを受ける。
「やはり、イタチですね!」
「勝負は一瞬だ。頼むぞ、士鶴ーー」
「任せときぃや!」
「すまんなダッチサン。国交相から大金ふんだくって、後できちんと直すからーー」
そういうと凪は
ドカンッ!! とドアを蹴り込む。
ドギャッ!! っと、ドアはぶっ飛び後方に消える。
闇夜の中に、ドアが道路と擦れた火花がギャギャッ!! と散る。
大飯綱の攻撃を受ける切る涙牙にーー
「行くぞ涙牙! そろそろ決める!! もうエンジンが持たないっ!! ーー行けっ!! スピードの中から、コイツを引き摺り出すぞっ!!」
銀太の声と共に、涙牙は大飯綱に飛び掛かる。
ーーと同時に、グンッ!! とRZがロックする。
エンジンが焼き付いたのだ。
300km近いスピードでハンドル操作を失い、RZは転倒し、銀太は宙に投げ出される。
ーーが
転倒した銀太をダットサンから、飛び出した凪が受け止める!!
凪は銀太を抱えたまま、そのスピードで道路に転がる。
「合歓子ちゃん乗っけてこんで正解やで、こんなの見せられんわ。卒倒するでーー」
そう言うと、
キキイィーーーッ!!!
と士鶴はブレーキを踏む。
「RZはっ!」
「大丈夫だ。あそこで転がってるが、お前を受けながら俺がスピードを殺しておいたから、大破してねえよ。焼き付いたエンジン詰め替えと、全塗でどうにかなるだろ? 自分の事より、バイクの心配かよ?」
凪は呆れて笑う。
「いやでも、アイツも俺の相棒なんです」
「ーーアイツもね。さて、早くどけ、怪我ねえだろ? いつまでも男を抱きしめてる趣味はねえ」
「ああ、すいませんっ!?」
銀太はスッと起き上がる。
本当に擦り傷程度も無いようだ。その分、凪の身体はボロボロである。
ダットサン510がUターンして帰ってくる。
「ヤッちん着替え、貧坊ちゃまみたいだよ」
凪は降りて来たヤッちんに言う。
凪の後ろの全面は、道路と擦れて消えていた。
「お尻丸出しですね?」
「不可抗力だ。決してセクハラじゃ無いよっ!」
「別にそんな事は言ってませんよ? ーーそれにしても凄いですね?」
ヤッちんは凪と銀太の後ろに転がる強大な大飯綱を見て言う。
涙牙は大飯綱に触手を絡ませて、完全に捕らえていた。
大飯綱の力では、ビクともしない様子だ。
ヤッちんは、強くなった涙牙を見るのは初めてだった。
「新しく得た力だよ。パワーや大きさだけじゃなく、こうやって生かしたまま捕らえる事も出来るようになった」
「以前より、ずっと巨大で強いですね?」
「まだ上がある。本気じゃない」
「まだ上がですか!?」
「ああ。ただ時間制限はある。昔より伸びたけど、やはり自分の力に比例する」
「ーーこの子は、どうするつもりですか?」
ヤッちんは大飯綱を見て言う。
「可哀想だけど、コイツはまた眠りについて貰うよ。コイツらの寿命は人間より遥かに長い。眠っていれば半永久的だろう。遠い未来の、人類が滅んだ後に目を覚まして、自由に生きて欲しい」
銀太は言う。
銀太は大飯綱を殺す気は無いようだ。このまま、もう目覚めないように、人里離れた場所に封印するらしい。
「そうですね。でも出来れば、共存が出来るくらい人類が賢くなってくれると良いですね」
ヤッちんが言う。
「どうだろうね? 希望的観測だね。人間て分かってっても、悪い方を選んだりするからね。まあ、そんな奴らでも、命懸けで救おうとする人も居るけど」
銀太はそう話しながら、百合乃の事を思い出していた。
百合乃は今でも涙牙の中に居るのだ。
いつかもう一度会える日が来る事を、願わずには居られなかった。
ーーびえっくしゅんッ!!
「ヤッちん、黄昏てないで服。風邪引くよ!」
ケツ丸出しの凪が、クシャミをしながら言う。
「着替えなんて、持って来て無いですよ? つか引きませんよね? 風邪。不死身なんだから。嘘こですよね? そのクシャミ」
「不死身差別だ!」
「ーー私も不死身ですよ」
「お揃いだね? ヤッちん」
「そうですね」
「世界で2人だけだね?」
「さあ、それはどうですかね?」
ーー水鳴き島の水鬼 完




