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ロリコン探偵と恋する人魚姫  作者: 0(ナイ)
水鳴き島の水鬼
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水鳴き島の水鬼(ミズチ) ⑦

翌朝、百合乃の墓を皆で参り線香をあげ、気持ちを一新し、新たな調査が始まった。


「で、アイツは自分をレギオンだって言ったのか? いきなり此処に来て、西洋悪魔かよ?そんなんと戦った事なんかねーぞ?」

そう言うと、乗り込む為に軽トラの荷台に手を掛けた銀太は、動きを止める。

少し前まで、家の中で士鶴としていた話の続きをしているのだ。

皆も立ち止まり、乗り込む足を止める。

「レギオンとは言ってへん。ちゃんと聞こえへんかった。ただ、あの包帯野郎の言葉はマタイの福音の書に有る、レギオンに付いて書かれた一節や」

「マタイの福音の書? レギオン? それってなんだ?」

透が訊く。

それには、オカルトヲタの青空が答えた。

オカルトでは無いが、オカルトをやっていると必ず宗教にぶち当たるものだ。

「マタイの福音書ってのは、キリストに付いて書かれた書だよ。イエスは、本当のキリストだって事が書かれているんだ」

「はぁ? キリストは、イエス・キリストだろ?」

「違うよ。イエスは名前だけど、キリストってのは救世主って意味だよ。イエス・キリストは、イエスは救世主って意味だよ」

「ーーふうん。で、レギオンは?」

「その中に、悪霊に取り憑かれた2人の男の話が出て来るんだ。その悪霊に、イエスが〟お前達は何者だ? 〟って訊くと〟我が名はレギオン。我ら数多きが故に〟って答えたんだよ。最後は2000匹の豚の群れに取り憑いて崖から落ちて死ぬんだ」


先にも言ったが、この辺の話は完全にオカルトである。

宗教とオカルトに共通点が有るというより、2つの道の元を辿れば、同じ根に辿り着くのだろう。未知に対する人間の恐れだ。それらの大部分が、今では科学の進歩で解決されたが、そうで無い部分も未だ沢山ある。


「豚、2000匹 つ!? 何だそりゃ? その悪霊が、あの包帯男の正体なのか?」

驚く透に

今度は銀太が答える。

「そうとも言えません。レギオンてのは、悪霊の名としてだけじゃなく、大群を表す意味でも今は使われます」

「……我ら数多きが故に。ーーレギオン。か」

「ただ包帯男は、今の所は1人ですし。仲間が他にいる様には見えない……。本当に良く分からない……。」

「今までの事、全部アイツの仕業なのか?」

「だとすると、相当強いです。これら、すべてを1人でやり。人語も操るから、知能も低くは無いのかもしれない。あの夜、島に響き渡った鳴き声から、もっと獣に近い思考を持つ化け物だと思っていた」

銀太は表情を曇らせる。

「ヤバイのか?」

「本能で動くタイプなら、いくら強くてもつけ込む隙が生まれますが、知能が高いとその隙を見付けるのが難しくなります」

「戦力が同じでも、戦略的に動ける奴の方が当然上って事かーー」

「ええ、全く強さは変わって来ますね。しかも、アイツは神出鬼没で、好きな様に形を変える。今の所、勝てる手段が見つからない。あったとしたらーー」

「あったとしたら?」

「百合乃さんや。何処かに閉じ込めて封印してまうしかない。百合乃さんは結界師や。だが、もう百合乃さんは居らへん」

銀太が続ける。

「ーーそれから、昨日漏れてる穴を塞いだのに、何も状況は変わって無い。むしろ酷くなってる。漏れてる部分を塞いでも、中から及ぼされる力には無駄なのか? それとも、まだ他から漏れてるのかーー?」

「百合乃さんが亡うなり、元々の結界の効力が切れ始めたんかも知れん。あの杭は自律型の結界やろうが、外部から百合乃さが補強のような事をしていた可能性はある。専門外やさかい、ようは分からんが……。」

「あの杭?」

「結界の杭や。百合乃さんがそれで水鬼を多分食い止めてたんや」

「……百合乃。俺達が迫害して来た百合乃が、この島の守護神だったって事か……。どうして、言ってくれなかったんだ……。」

透が呟いた。

「言って誰が信じるんや? 余計、迫害されるやろーー」

「……。」

士鶴の厳しい指摘に、透は返す言葉も無かった。

士鶴は、落ち込んでいる透の胸をドン!と拳で叩き

「さあ、行くでーー。透、その怒りを力に変えろや。百合乃さんの弔い合戦やで!」

「おうっ!」

透は顔を上げて言った。

その眼差しには、もう過去への後悔の色は無かった。

闘志を秘めた、熱い色をしていた。


4人は軽トラに乗り込むと、既に小学校跡に避難しているであろう島の最長老、中山の爺の所を目指した。


水那島小学校に着くと、役場の職員達が忙しなく、避難者の誘導をしていた。


教室内に入り

「中山の爺、居るか?」

透が職員の1人を捕まえ訊く。

観光客以外は、皆顔見知りなので、対応はざっくばらんだ。

職員の名前は、浦辺義博と言った。

「え? その辺に居ないか?」

浦辺にそう言われ、見渡すが姿は見えない。

その時、昨日村民館まで送った職員の篠崎綾子が教室に入って来て言った。

「さっき、二宮金次郎の像の側にいたよ。1人日向ぼっこしてたよ」

「危機感無いな? 外は危ないだろ」

「一応言ったけど、聴いてるんだか?」

「まあしょうがない。まだ自主避難だ。強制は出来ない」

「まだ残ってる奴が居るのか?」

「いや、多分全員来てるだろう。皆んな孤立するのは恐いんだ。死者の数が把握出来てないから何とも言えないけどーー。此所に居るのは、全員で54名だ。俺達、職員も入れてな。12名居た役場の職員も、もう5名しか居ない。観光客も居るから、確かなことは言えないが、でも島民の半分はもう確実に死んだろう。島中、死体だらけだよ。外からは見えなくとも、家の中で死んでるのも多い。一家惨殺されてたのもいた。遺体は新しい物も多い。多分、それらは昨晩から今朝に掛けてだろう」

透は死者の数を想像し、息を呑み問う。

「……怪我人は?」

「逃げる時に転んだのが数名。食糧不足や、精神的なストレスから体調を崩しているのも多い。老人ばかりだからな」

「そうか」

勿論。老人以外に若者もいるが、数は老人が圧倒的に多い。

転んで怪我、食糧不足、ストレス、ーー傷病者に水鬼に襲われた者は居ない。

つまり、水鬼に襲われれば100%死ぬという事だ。

ーーいや一人例外がいる。

五味青空だ。だが、それは百合乃あっての事だ。


「透。お前、親父さん達に会っていかなくとも良いのか?」

「昨日会ってる。もう会えない訳じゃ無い。無事なら、一々顔を見に行くまでも無い」

「……お前は、皆んなが助かると思ってるのか?」

「ああ。そう思ってる」

「そうか」


百合乃の話は出なかった。

助ける事を放棄した筈の士鶴が居る事にも、誰も触れなかった。

一時痛みの引いた虫歯の歯を、気付かぬ振りするように、皆その事を避けているようだった。


集団に成る事の危険性は言えなかった。

今は悪戯に危機感を煽るより、その方が良いと考えた。

言った所で、何か最善がある訳でも無い。

ただ、順番に死ぬか、まとめて死ぬか、だけでに過ぎないかも知れないし。

どのみち水鬼が全員殺す気なら、順番が後に回った人間に、幾らか助かる可能性を期待する時間が出来るだけだ。結局、銀太達がどうにか出来なければ、今の状況では行き着く結末は同じなのだ。



銀太達は、校舎の南側の外れに有るという、二宮金次郎像に向かった。

「二宮金次郎とか懐かしのぉ。最近は小学校にも設置されとらんらしいな?」

「老朽化により校舎の建て替えの時に、廃止されたり。時代のそぐわないとか、そんなだっけ?」

「スマホ歩きが批判されてるのに、本読みながら歩くとかどうなんだ? って批判もあるみたいですよ?」

「世知辛い世の中やのう」

「お前ら良く、そんな事知ってんな。学校の七不思議とかあったよな?」

「そんなのあったのぉ。どんな話やったっけ?」


などと、二宮金次郎話に範を咲かせている間に

二宮金次郎像の在る場所に着くが、中山の爺の姿は無い。

「爺は、どこや?」


「ーー居たぞ?」

裏に回った透が言った。


裏側(東側)で、二宮金次郎像の乗った1m程のコンクリートの台座に、背をもたれ掛けて、中山の爺は日向ぼっこをしていた。


中山の爺は、陽を受け、天を仰ぎながら瞑っていた目を開くと

「ーー何じゃ?」

銀太達を見て言った。


「中山さん、過去の鉢形家の事について聞きたいんです」

銀太が言った。

「鉢形の何をだ?」

中山の爺は惚けた様に言う。

ちょっと、 ボケてしまっている風にも感じる。

「何でも、知ってる事を全てーー」

銀太は言う。

「うーん。戦前の事は分からんが、冬子(とうこ)は、戦後間も無く帰って来た」

中山の爺は考えて言った。

「冬子さん?」

「百合乃の曾祖母さんだ。鉢形家が土砂崩れにあった時の唯一の生き残りだ。帰って来た時には、幼い香苗を連れていたそうだ」

「香苗さんと言うのは、百合乃さんのお祖母さんですか?」

「ああ、同じ学年では無いが島の小学校で一緒に学び、中高は地元の学校に行ったが、その後東京の大学に行った。その当時、島から大学になんて行く人間なんて珍しかった。頭以上に皆貧乏で、金が無い。ワシもなんとか中学を出して貰うと、直ぐ家業の漁師を継いだ」

「その後、香苗さんは?」

「大学を卒業して、向こうで就職するものと思ったが、島に帰って来た。しばらくして東京から、若い男が香苗の後を追う様にやって来た。鉢形の人間と関わろうとし無い島民に、積極的に関わろうとした。村八分状態の鉢形をどうにかしたかったんだろうな。確か、東京で大学の准教授をしていたとか言ってたな。近い将来、香苗と結婚すると言っていた。だが数年、鉢型の母娘と暮らした後、ある日出て行った。鉢型と深く関わりを持つ人間は居なかったから、詳しい出て行った理由は分からないが、その時には、香苗の腹に静が居た。静は百合乃の母親だ。それ位、しか分からん」

「生まれたのは女の子ばかりやな」

「皆、綺麗な女だったよ。頭も良かったし、学もあった。島から離れれば幸せになれたろうに、何故か皆島から離れなかった」


銀太達は中山の爺を残し、二宮金次郎像を後にした。

「あまり、参考にならへんかったな?」

士鶴が不服そうに言う。

「なんでも、小さな情報からかき集めてくしかない。鉢形家は島民との関わりが少ないから、情報が無い。今回の事件は、やはり鉢形家が何か大きく関係してる気がする」

銀太が言った。


「この後は? どないするん?」

「原点に戻る。最初に動画配信者が死んだ水道に行ってみよう。本当は、最初からもっと入念に調査しなきゃ成らなかったんだ。色んな事が矢継ぎ早に起きた所為で、全て後回しになってしまった」


「……あのぅ?」

と声を掛けたのは、篠崎綾子だった。


「ああどうも。中山さんには会えました」

銀太は教えてくれた事に礼を言う。

「あの水道に行くんですかーー?」

「ええ?」

「実はーー」

綾子の意味深な言い振りに、銀太は何か引っ掛かる物を感じた。

そして、驚愕の事実を綾子に告げられる。


「そんなっ!? 本当ですか?」

「はい。水道の水はただの水だし、事件性が無い事は警察により証明されたので、変に騒ぎが大きくなるのを恐れて。その時は、何も問題無いと思ったんですっ!? 私達の所為でしょうかっ!??」

綾子は泣きそうな声で言った。

「……それは、分からないですが。とにかく俺達が行って確かめて来ます」

銀太は言った。


綾子の言葉を確かめる為に、銀太達はすぐ蛇口のあった水道跡に向った。


蛇口の有った場所に着くと、小学校から借りて来たツルハシで、4人して真新しく敷かれたコンクリートの床を掘り出す。


新しくコンクリートの敷かれた場所は、水道管の埋まっていたであろう、1メートル四方の場所だ。

その下に、閉じられた水道管が埋められている筈なのだがーー。

思ったよりコンクリートは薄く、5cm程度だった。ツルハシを一刺しし、地面に張り付いた瘡蓋の様なコンクリートを剥がしてしまえば、その下はもうただの土だ。

しかも、数ヶ月前とはいえ、一度掘り起こされた土に強固な硬さは無い。簡単に掘れた。


「無いっ!?」

コンクリートの下の地面を掘り起こし、透が言う。


コンクリートの下に、水道管は無かった。

さらに、新しくコンクリートの敷かれた場所以外の、古くからある土の部分も掘るがーー。


「無いよっ!?」

青空が言った。

「綾子さんが言った通りだ!? 蛇口の下の水道管はずっと以前に、取り払われていたんだ。水道水が出て来る水道管なんて、無かったんだ」

「でも、だからと言ってなんなんや? 不思議な事やが、それ以外はーー」

「思い出させる為だろう。29人怪死事件をーー。その為に象徴的な事件が必要だった……」

「思い出させて、どうすんや?」

「分からないけどーー。何か、理由がある筈だ」


銀太には、まだ引っ掛かる事があった。

それは、百合乃の死後にふと思い出した出来事だ。

4人で百合乃の家に泊まった時に、自分達が寝ている客間から見た、廊下の人影ーー。

今思えば、あれは見間違いじゃなく、百合乃だったのではないか?


だとするなら、ニコマートが反応しなかったのも分かる。


百合乃が消えた日、家から出た様子は無かった。

鍵は閉まっていたが、百合乃の自宅の鍵は置いたままだった。

まあ、スペアキーがある可能性もあるのだが、あえてスペアキーで鍵を閉める理由が分からない。


……もし故意にそうしたなら。

もし百合乃が、意味があってそうしたなら。


銀太達は、皆んなに自分の内にある疑問を打ち明け、再び百合乃の家に戻る。


「何かあったか?」

透が訊く。

銀太は人影の消えた廊下の行き止まりを見るが、白く塗られた漆喰の壁一枚があるだけだった。

特におかしな物は無い。

「……。」

やはり、見間違いだったのか?

此処が開いて外にーー。

銀太は苦し紛れに、廊下の突き当たりの壁が開か無いか押すが、特に何も変わらない。

「廊下は?」

青空が言った。

「そうか? 廊下か! 床板が開いて、外に出れるようにーー」

銀太は床板が持ち上がる場所は無いかと探すが

「うーんっ!? うーーーーーん!!」

廊下の床板の隙間に、爪を掛けて、持ち上げようとするが持ち上がら無い。

「ダメだっ!」

銀太は尻を付き、突当りの壁に背を持たれ、寄り掛った。


するとーー


壁が1センチほど沈み、横にスライドした!!?

そして、裏に空間が現れた。


壁には手の込んだカラクリが仕掛けられていた。

壁は実は、一枚板では無かったのだ。


一見、白い漆喰の一枚板に見えるが、上下で分かれていたのだ。

そして、下の部分(下1/3ほど)を押す事でロックが外れ、そのまま壁を正面から見て右にスライドさせる事で引き戸のように開くのだ。


銀太がしゃがみ込み寄り掛った事で、下半分が押されロックが外れ、体重が僅かに左に傾いた事で偶然、扉は開かれた。


だがーー。


「これは一体?」

透が言う。


開いたものの、中には奥行き30cmほどの空間があるだけだった。


「ワンルームマンションの収納スペースかいな? 便利やけど」

「違う良く見ろ?」

銀太に言われ見ると、現れた空間の床が無い。

ーーいや、良く見れば下に伸びる階段になっている。

銀太は続ける。

「これは隠し階段だ。体を横にして、下に降りるんだ。懐中電灯を持ってこよう!」


懐中電灯を持って来て、体を横にして銀太は階段を下る。

「入れるんかいな?」

「人間の体ってのは、割と厚みは無いから、大人の男でもよっぽど肥満でない限り平気だよ。入れる」

銀太の言う通り、誰かが引っ掛かってしまう事は無かった。

と言うか、狭い空間は床板一枚分だけで、そこを越えると床下の空間になり広くなっていた。

と言っても、人一人が通れる程度の広さだがーー。

階段を下る。


「なんだこりゃ?」

透が言った。

「お前はビックリ担当か? 驚いてばかりやな?」

「仕方ないだろっ!?」


百合乃の家の下には、地下室が在ったーー。

そしてそこには、祭壇があった。


「アイツは一体、何してたんだ此処でーー!?」

士鶴の言う所の、ビックリ役の透が言う。

アイツとは勿論、百合乃の事だ。


透の額に汗が伝う。それは、ただ暑いから、だけでは無いだろう。

祭壇、護摩を焚く為の護摩壇、貼られた護符の数々ーー。

こう言うものに免疫のない人間には、中々ショッキングな光景だ。


「多分、昼間の間やる事があるっていつも言ってたのは、これやな」

「?」

「あの山中の杭に、自分の力を送っとったんやろ。説明せんかったか?」

「そういや杭って、朝出る時にも言ってたな」 

「水那山に結界を作る杭が打ち込まれとる。山を囲むように、何十、何百ってな。何かを封じる為にな」

「何か?」

「ああ、何を封印しとったのか今となっては、分からん。多分水鬼やと思うんやが、結界の外でも大暴れや。もう出て来とるんか?」

士鶴の言葉に皆考えるように沈黙する。

「……。」


「ーーでも、銀太さんが偶然見つけ無きゃ、こんな所分からなかったですね!」

青空が言う。


「ーー偶然発見したんじゃ無いと思います」

銀太は言う。


「え!?」

「人影も、百合乃さんが消えた時に敢えて密室の様な状況を作ったのも、自分に何かあった時に此処を俺達に 見つけさせる為だと思います」

「何の為に?」

「分からない。此処を知った所で、俺達には結界を張る術なんて無いですからね」

「百合乃さんは、なんか考えとる……」

「は? 百合乃は死んだろう? 昨日一緒に埋めたじゃねーか」

「そやない。ただ無謀に、戦って散った訳やない。何かまだ先を考えとる。それが分かれば、何か水鬼に勝てる手立てがあるやも知れん!」

「で? それはっ!?」

「ーー分からへんっ!!」

「何だよっ!」

「まあ、それはそうとや。一つ分かった事がある。やはり、あの結界は百合乃さんの補助と合わせてワンセットなんや。これから百合乃さんを失った影響が、どんどん出てくるやろう」

「どんなだっ!?」

「分からん。鬼が出るか蛇が出るか。ーーただ、仏さんは出んやろうな……。」

士鶴の言葉に、銀太が続ける。

「ーーそうだな。しかも、あの結界は鉢形の女性と合わせて、完璧なのだとしたら、百合乃さんには子供が居ないから、これで何も手立てが無いと本当に完全に終わりだな。最悪、島の外にも、被害が及ぶかも知れないな」

「そうなったら、終わりやな」

「……。それにしても、この地下室どうやって作ったんだ? 島民の誰も知らないんだろうか? 鉢形家の人間だけで作ったのか? 鉢形の元々の家は発電所近くにあったヤツだろう?」


一通り部屋を見たが、百合乃が何を行なっていたかは分かったが、水鬼退治に関するようなモノは見付からなかった。


4人は一旦、地下室を出る事にした。


「もう一度、きちんと調べる必要があるな」

階段を先頭を切って登る銀太が言う。

「せやな」


地下室は室内なので、夜間でも調べる事ができる。室内を照らす電灯も発見した。

後でじっくりと調べる方が良いだろう。銀太達はそう判断した。


階段を上りきり、外に出た外に出た瞬間ーー。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!」


銀太が突然叫ぶ。


「何や? 何や? どないしたんや?」

後から出て来た士鶴が言う。


透と青空も声を聞いて、急いで後ろから出て来る。

「どうしたんだっ? 今度は何だよ!?」

「ーーあっ!? 中山の爺じゃねーか」


そこに居たのは、小学校で別れた筈の中山の爺だった。


「お前、驚き過ぎやで?」

「いやだって、今島内動き回ってるのなんて、俺達位だと思ってたからーー」


「で、どうしたんだ? 中山の爺。こんな所まで来て」

透が訊く。


「言い忘れていた事があった」

中山の爺は相変わらずトボけたような顔で言った。

いや、全てを悟っているようにも見える??


「言い忘れた事があったって?」

銀太が訊く。


「冬子は島に来てしばらく男と住んでた」

中山の爺は言った。


「男?」

「半藤」

「反動?」

「半分の半に、(フジ)と書いて、半藤だ。怖いもの見たさに、友達とこの家に来た時に、表札を見たのを覚えてる。名前は分からん。ただ半藤と大人達は言ってたな」

「怖いもの見たさ……?」

銀太は怖いもの見たさという言葉が引っ掛かる。

だが、その事は一先ず置いておいて、本題の方を訊く。

「その人は、冬子さんの旦那さんですか?」

「いや、この家に最初に住んで居た男だ。そこに、冬子が来た。歳も親子ほど離れていた。どういう関係かは分からない。ワシも幼かったし。それに半藤は他所から来て、島民とは関わろうとしなかった。どこか、島民を獣か何かでも見る様に、見下してる風な所があった」


なるほど、怖いもの見たさとはそういう事か。ーー銀太は納得する。


「いつも医者の着る様な白衣を着てたから、何かの研究でもしとるんだろうと、大人達は言ってた。学者なんて、頭の良い奴は変わり者が多いに決まってる。話も合わんだろうからと、みんな放って置いた」

銀太は1つのワードが引っ掛かる。

「白衣って!? 中山さん、昨日港に居ました? 昨日のアレを見ましたっ!?」

興奮して銀太は言う。

士鶴達も興奮しているのが分かる。


ーー白衣と言えば、あの包帯男だ。

包帯を巻いているから、顔は分からないかも知れないが、背格好から雰囲気くらいはーー。


「いや、昨日は早朝と夕方の散歩以外は、家から出なかったが」

「そうですか……」

包帯男の正体がーー、せめてヒントでも分かるかも? と思ったが……。

皆も落胆する。

銀太は気をとり直し、話を続ける。

「暫くって事は、半藤は家からは出て行ったんですよね? どこに行ったんですか?」

「分からん。気が付いたら、姿が見えなくなり、じきに皆んな出て行ったんだと認識した。冬子に関わろうなんて人間は居ないから、理由を知る様な者も居なかった。その内、半藤の事なんて、皆んな元々居なかった様に忘れてしまった。島に居たのは、1年にも満たない間だったからな」

「島から出るには、船を使うから、誰かしら出て行った事が分からなかったんですか? 立ち合った人は居なかったんですか?」

「確かに、船を使わにゃ出られないが、島外からも島に来る船はいくらでもあったからな。それに乗せて貰えば、どこに行ったかなんて分からんよ。いくらか駄賃を渡せば、乗せる船頭なんていくらでも居た。今も昔も、本土からの釣り客は多かったからな。それを乗せて来る、船は沢山有った」


その後、透が中山の爺を、軽トラで小学校まで急いで送って行った。

勝手に出て来たそうだから、役場の職員は心配しているだろう。

探しに出て変に動き回られても、二次被害(中山の爺は被害にあってはいないが)の恐れもある。

携帯が使えれば良いが、こういう時は本当に不便だ。


それから、あの生簀(いけす)を荷台に載せて透が帰って来た。

避難者の飲料水を運ぶ為だ。

避難民の移動が主となり、役場の職員は水の配給が今日は出来て居なかった。

それを透が引き受けて来たのだ。


水を運ぶのは、透と青空が引き受けてくれたので、銀太と士鶴はもう一度地下室の調査をする事にした。

その前に、缶詰など簡単な物を腹に詰めて、夕食とした。


「じゃあ、俺らは水を運ぶから」

「すいません」

二組に別れて、作業をすぐさま開始する。


銀太達は、もう一度廊下の突き当たりの、秘密の入り口から地下室に降りる。

色々、開けられるものは開けて見てみるが、これと言ったものは無い。

2人して黙々と、室内を調査した。


「無いなぁ。なんか、水鬼を倒すヒントみたいな物がーー」

銀太は途方にくれる。


「何かあったか?」

上の方で、銀太の嘆きに応えるように、そう声が聞こえる。

銀太が階段の方を向くと、透が上から下りて来た。

どうやら、水の配達の方はもう終わったらしい。

調査に夢中で、帰って来た事に気が付かなかった。


「お疲れ様っす!」

と、青空も下りてくる。

「水の方、お疲れ様です」

銀太は言葉を返す。

「銀太さん達の方は?」

「全然ダメです。すいません」

「いや、謝らないで下さい。俺達もこれから協力しますよ!」

青空がそう言って、手伝おうとした時。


「これちゃうわ。偽物や……!?」

祭壇を見て士鶴が言う。


「えっ? 何が偽物なんだよ?」

銀太が訊く。

「祀っているのは、水天(すいてん)、龍神様や」

「水鬼だからな。だから水の神、龍神なんだろ? 何がおかしいんだ?」

「これはバリバリの仏教や。鉢形家は土着の宗教、鉢形のオリジナルや。だから、水天なんてあり得ないんや! 個人経営の手作りハンバーグが売りの店で、チェーン展開してる超メジャー店の人気ハンバーグ出すようなもんやで」

「なんだよ? その例えは。色々問題あるぞ?」

「大体、土着信仰は自然信仰がほとんどやし。もしくは、土地に住む独自の神様や。此処に超メジャーな、仏教の水天様が祀られてる事自体おかしいんや。まあ神仏習合で、仏教の水天と、神道の天之水分神(アマノミクマリノカミ)が同一視されてるし。天之水分神は水の分配を司る神やから、理屈で言えば、地底湖を発見した鉢形家が祀ってもおかしくは無いやろう。ーーただ、これは結界の為の祭壇やとするなら、やはりおかしいやろう。それに、もし此処から百合乃さんが出たのなら、抜け道がある筈やろ?」

「抜け道ーー!?」


士鶴はーー、

壁一面に、3段に渡り作られた祭壇に手を掛けて、思い切りガシャンッ!! と引っ張り倒す。まさに神をも恐れぬ行為である。


「おいっ!? 何やってるんーー!???」

銀太の言葉が驚きで止まる。


「思った通りやでーー」士鶴はニヤリと笑って言った。


祭壇の裏から、この宗教色の強い部屋と対極の、頑丈そうな鉄の扉が現れた。


「百合乃さんも、次から次に色々仕掛けるのぉ。この祭壇自体が、扉を隠す為のカモフラージュやったんや」

士鶴は扉を開ける。


鉄で出来た分厚い扉の下には、車輪が付いているらしく、ゴロゴロと鈍い音を立てて開いた。開かれた扉の向こうに、深い闇が広がる。通路が闇に向かい伸びている。


「さあ、行くで!」

「俺が先を行くわ」

銀太が持って来た懐中電灯を見せて言う。


通路を闇に向かい歩み出し、暫く行くと透が気付く。

「これ、アレだろう? 百合乃を埋葬する時にぶつかったコンクリートのーー」

「アレは、家の土台や無く。この通路の天井だったんやな」

「こんな物が、百合乃の家に有ったなんて」


通路は上に向かい傾斜している。


「古い物だが、上下左右しっかりしたコンクリートで四面作られた現代的な地下通路だ。これも、あの廃屋同様、日本軍の物か?」

銀太が言う。

「そう考えるのが、普通やろうな。個人で作れるもんや無いやろう。半藤は日本軍関係者かも知れん。島に居た軍関係の研究者であった可能性はあるのぉ」

「そんな奴が、どうして戦後また島に? しかも、鉢形の冬子さんと暮らしていたってーー」


時間とスピードから考えて、200m程済んだだろうか。第2の扉が現れる。

また、鉄で出来た巨大で分厚そうな扉だが、円形で取っ手もノブも無かった。


「これは、どうすんだ?」

と透が手を触れると


ガラガラと音をてて、回転し、円形の扉が壁の間に入るように開く。

扉と言うより、構造的には引き戸だ。


「自動ドアやんけ……!?」

「どういう、仕組みだ? まさか、電動??」

銀太が驚く。

「電動は無いだろ? 何処から電力を引いてるんだよ?」

透は冷静に指摘する。

「とにかく、行くで!?」


4人が先に進むとーー。


ガラガラガラガラ……。

ガキンッ!!?


全員入り終わると、また自動で円形の扉が閉まる。


「おっおいっ!!? 開かないぞっ!」

透が扉に噛り付き言う。

「マジかっ!?」

透と青空が、力尽くで開けようとするがビクともしない。


「無理や、そりゃ呪術で閉じられとる。入るまで術が掛けられてるなんて、気が付かんかったわ。それも結界や。ーー百合乃さんや」

士鶴が言った。

「お前、百合乃だって分かるのかっ!?」


「これやーー」

透の問いに、士鶴が指差し言う。


銀太が懐中電灯を向けるとーー、


そこには


『^_^』マークと『→』が 真新しい白ペンキで書かれていた。


「百合乃さん、お茶目やなぁ。こんな仕掛けしとくなんて」

士鶴が感心したように言う。

「アイツは一体何を考えてるんだ……?」

透が壁の落書きを見ながら呆れたように言う。


「とにかく、行けっちゅうこっちゃ。人影を見せ、隠し部屋の場所を示し。密室を作り消えて、抜け道が有る事を示し。偽の祭壇、隠された扉、そしてこの施錠ーー。全部この先に行かせる為やろう。あえて全てを隠す様にしたのは、それだけこの先にある物が、核心に近い、もしくはその物ちゅうこっちゃーー」

「その物ーー。この先に在るのは、見付けられ無かった地底湖って事かっ!?」

銀太が言う。

「多分な。あの発電所の地下水路に、何処となく此処は似とる」

「つーことは、水鬼も居るという事か」

「せやな。多分、居るやろうな」

「……えぇ?」

青空は青い顔をする。

そりゃそうである。1度殺され掛けて、昨日友人の達也の頭が吹き飛び死ぬ所を見たばかりだ。

「覚悟を決めておけや。覚悟出来てるか、出来て無いかで、生死を大きく分けるで。透、お前はーー?」

「聞くまでも無いだろ。百合乃の仇を討つ!」

「ーーせやな」


それから長い通路を歩いた。まだ残暑の残る8月の終わりの筈なのに、中は冷蔵庫の様に寒い。

百合乃が『→』を書いた事を証明するように、

地下道を進み、道が分かれる度に行く先を示す『→』が書かれていた。

長く急な階段を降り


ーーそして、ついに大きな空間に出る。


銀太は闇の中に、懐中電灯の灯りを向ける。

光がキラキラと反射した。

水の揺らぎだ。

「百合乃さんが、矢印書いとってくれなんだら、難儀やったで。ーー着いたで、此処が地底湖や。それにしても、此処はーー!??」

士鶴は驚きに満ちた声で言う。


士鶴は視線を上に向ける。


両岸にそびえ立つコンクリートの建物。昨日見た廃墟に何処となく似ている。

地底湖のある巨大洞窟の壁の大部分はコンクリートで覆われて、湖岸も港のようにコンクリートで覆われている。足元の湖面に銀太が懐中電灯を向けると、殆どの沈没し、舳先だけ出た船が見える。それほど大きなものでは無い。運搬用か何かだろう。対岸にも建物が見える。水の透明度が半端では無い。船の全容どころか、僅かな懐中電灯の明かりでも水底まで見える。


「……此処が、本当の日本軍の秘密基地であり、極秘研究所って事か。ーーいや、どちらかと言えば地下要塞って感じだな」

「ーー要塞か」

そういった士鶴の口元が、キュッと締まる。

「此処の何処かに、抜け道も有るのか? 百合乃の遺体が見つかったのは、洞窟の外だ」

透が言う。

「地底湖が海に通じている場合もありますよ。もし、此処で戦って亡くなったなら」

「水鬼が此処と海を出入り出来るって事か?」

「え?」

「お前の言うように、海と通じとるなら、そうなるやろ?」

「うーん。どうだろう?」

「……あのぉ?」

と青空がなぜか申し訳なさそうに言う。

話に割り込んだ事に対してだろう。

「なんですか?」

銀太が訊く。


「もし、百合乃が他から出たなら、また来た時みたいに、印書いてくれてるんじゃないですか? 出口のーー」

「ーーッ!?」

士鶴が急に青空に詰め寄る。

「ひっ!? ごめんなさいっ!!」

「せやっ! 流石、五味やで。出口がるなら百合乃さんなら、手掛かりを残しといてくれてるはずや。五味、ワイの1の子分にしたろっ!」

「……こ、子分ですか?」

青空は苦笑いして言う。

「やめろ。士鶴」

銀太は叱る。


「ヨシ! じゃあ、建物の探索に向かうか? いつまでも、此処で見ていても仕方がない」

透が言う。


「抜け道を探さすのに、建物に入らなくとも良いんじゃ無いですか? 時間もそんなに掛けてられないし」

「せっかく此処まで来たんだ。一応、調べといた方が良く無いか?」

「せやな。これだけの施設を造ったんや。何かこの土地に眠る化け物を目覚めさせた可能性はある。それについて、何か記された物があるやもしれん」

「なるほどな。じゃあ行くかーー」

「ちょっと待てや」

と言う士鶴に

「何だよ?」

と銀太


士鶴はコートの内ポケットから、文庫本?ーーいや、緑の革表紙のメモ帳を取り出し開く。

中には小さな魔法陣がいくつも書かれている。


「なんだそれ?」

「便利そうな式神のストックや」


士鶴は自分の編み出した魔法陣の種類で、召喚出来る(創り出せる)式神の種類(能力)も変わるので、簡単に召喚出来る物(あまり負担の無い式神)を便利なガジェットの様に、手帳にストックしている。

開き、呼び出すだけで、召喚出来る。

フェアリーたんも、最初の時はそうやって呼び出した。100匹となるとそうもいかないが。


手帳の中の、あるページを開くとーー。

魔法陣が光り輝き、何かが出て来る。


「ーー出て来い、大螢!」


大という割には、大きめのカブトムシ位の中途半端な大螢が3匹出て来た。


「まんまだな。しかも大螢という割には、中途半端な大きさだな?」

やはり銀太もそう思った。中途半端だと。

「確かに、螢としては中々のインパクトがあるけどな」

「そうですね」

透と青空もそんな感じだ。


「うるさいんじゃっ! これはこう使うねんッ!!」

士鶴が大螢を持ち、尻を闇に向けるとーー。


「ーーおおおっ!?」

一同声が揃う。


螢の尻の光が闇を照らす。


「予想通りだな」

銀太が言った。


「こんなんも出来るで?」


と士鶴は、大螢に手首を掴ませる。

そうすると腕時計の様にして、闇を照らせる。


「そして、こうも出来るっ!」


今度は、士鶴は自分の頭に大螢を乗せる。


「ヘッドライトや!」


「なんか、ドラ○もんのひみつ道具みたいだな? 著作権で引っ掛かると行けないから、ちゃんと調べといた方が良いぞ? 」

「……なんや、そりゃ?」

「でも大螢ってネーミング、ダサいな?ーー螢ライト……。電ーー、おっと、それこそダメだな!? 」

「そのまま蛍光灯でいんじゃ無いですか? 蛍光灯の蛍って、蛍って書くし」

青空が言う。

「なんかキテレ○大百科ぽくんったな? でもまあ、なかなかシャレが効いてて上手いけど、蛍は変えたいな? 良い感じに。ーー蛍は難しい方の、螢にしよう」

「何でもええわ」

「じゃあ、螢光灯な」

「……。とにかく、透と五味はコレつけろや!ーーん?」

青空の態度がおかしい。

「……いや、俺はちょっと」

青空があからさまに、拒絶した。


「なんでやっ!?」

「……虫がちょっと。種類にもよりますけど、そのサイズの蛍って、なんかゴキブリぽく無いですか? へへへっ」

青空は頭を掻く。

「……。」

「……。」

士鶴と透は、なんだか凄く嫌な気分になった。

銀太は懐中電灯を持っているが、いなくとも、特に何も思わない。


「ふざけんなやっ! 男が虫嫌いってなんやねんっ!! 」

士鶴が強引に大蛍改めて、螢光灯を付けさせようとする。

「やっ、やめて下さいっ!!? ヒッヒィィィーーッ!?きょ、きょきょきょ、 巨大ゴキブリが腕にーーッ!?」

青空は当然拒絶する。

「ゴキブリやないッ! 螢や! 五味ムシの癖に何言うとんねんっ!!」

「酷いっ!また五味ムシってーー」

「動くなやっ! ワイがせっかく出したったのにっ!!」

「いや、やめてぇーー!!」


「ーーおいっ! やめろってっ!? 俺の懐中電灯を五味さんが持てば良いだろっ! アホかッ!」


クッソ無駄な時間を過ごし、4人は建物の中へ進んだ……。


「せや、透と五味は知らんやろうけど、変な水球居るかも知れんから気ぃつけい?」

闇の中を進む士鶴が言う。

「水球?」

「せや。発電所跡の地下水路に居ったわ。此処とあそこは繋がっとる筈や。水滴みたいな見た目やけど、弾丸みたいに飛んでくる。威力もホンマもんの弾丸並みや。当たれば死ぬでーー」

「……お、おう分かった。気を付ける」

「……は、はい。俺も分かりました」

大真面目な顔で、頭に大きな蛍を乗せた男が3人揃って歩く姿は滑稽だが、両手が使えるのは便利だ。


向かって左に2棟、右に1棟、建物がある。

建物は高さは、左の2棟が3階建てで、右の1棟は2階建てだ。

洞窟の天井があるので、高くは無いが、広さはそこそこある。まるっきり同じと言う訳で無いが、敷地面積は3棟共似たり寄ったりだ。


向う岸の建物の全容は暗く分からないが、とにかく船が無くては無理だ。

銀太の涙牙か、士鶴の能力を使えば、船が無くとも調査は出来そうだが、今は成るたけ力は無駄に使いたくないので、3棟を回ってから行くか決める事とした。


なので、まず手前の3棟だが、銀太たちは右の2階建ての建物に最初に入った。

今歩いているのは、右の棟の1階だ。

特に理由は無い。早く回る棟数を消化したいので、2階建ての方から回っただけだ。

何かを先に見つけようが見つけまいが、とにかく手前の3棟は全て回る予定なので、それで調査の終わりが早く成る事は無いが、気分の問題である。


入る時、棟には壁に『イ』と掠れた文字で大きく書かれていた。

中は、大きな部屋が各階に数部屋あり、そこにはベッドの骨組みが並んでいた。

食堂らしき物も有った。一見病院のようにも見えるが、病院という感じでは無い。

医療器具らしき物が見当たらないのだ。

どうやら、右の棟は兵士や研究者の為の宿舎のようだった。

タコ部屋のような感じで、カーテンで簡易的に区切り使っていたのだろう。カーテンレールと思き物が、丁度ベッドとベッドに挟まれるように、天井に有る。


あの森の中の廃墟に比べれば、物はそれなりに置かれたままだった。

だがそれらは皆、洞窟の湿気とカビにより、酷く錆びたり朽ちたりしていた。


1棟目はただの宿舎だった。


ーー続いて、左の残り2棟の、手前の1棟から見て行く。


中の造りは1棟目より、複雑だった。

もう少し細かく間仕切りがされていて、巨大なフラスコのような水槽や、何かの実験装置や、専門書のような物があったが一体何の研究をしていたのかは分からなかった。

具体的な実験成果のような資料は、全く無かった。軍が引き上げる時に、核心的な実験記録を処分したのは想像に難しくない。


突然の米軍の占領で、この施設は閉鎖された訳ではないだろう。

(ーー本土決戦はされていないのだから、当然であるが)

敗戦の報せを受けてからでも、この日本の外れの孤島なら、十分に研究で得た物を処分する時間はあったろう。しかも、極秘研究所だ。簡単には見つけられまい。敵国に成果が渡る危険もあるだろうし、内容によっては戦争裁判に掛けられかねない事もーー。きっと処分した筈だ。


ただ、この様子では進駐軍の調査は入ってはいないだろう。

もし、いたとしたら、地底湖までの道筋や内部の様子の、何らかの記述が伝えられている筈だ。そういう物は、島民に聞く限りでは無い。森の中の廃墟を見た時の、透の話からも分かる。


心配した、あの水球の攻撃は無く、地底湖はただヒンヤリと静まり返っていた。



「何も無かったな?」

2棟目の探索も終わり、屋外に出て来た銀太が言う。

色々な軍関係の物は有ったが、水鬼に繋がるような物は無かった。

「せやな。これだけの施設を造ったんやから、その時に土地に眠る化け物の1匹でも目覚めさせたんやろと思ったんやがーー。この様子じゃ、化け物に襲われた可能性はないな。外観だけでなく、中も綺麗なもんや」

そう言った後、士鶴は黙った。

考えていた。

「ーー奥も行くか?」

銀太が士鶴の決断の後押しをするように言った。

奥とは勿論、対岸の建物だ。

悩んでいるのは、この先まで調べるかなのは、訊かなくとも分かる。

抜け道を探しに来たが、本題は水鬼だ。何かある可能性があるなら、行くしか無いだろう。


「せやな。ーーとは言うもののどう行くか? 」

「涙牙で俺1人が行っても良いぜ。全員でも運べるが、結構キツキツだろ」

「いや、単独行動は避けた方がええやろ? 何があるか分からん。ワイが全員運べるような式神を造るかーー。そうなると結構力使うのぉ」

「お前と銀太で、あの涙牙ってので行けば良いだろ?」

「お前と五味だけ、此処に置いとく訳にはいかん。何があるか分からへん。つか、五味は何やっとんねん?」

五味は、まだ2棟目の建物の周りを探索していた。

「そうだな。士鶴にやって貰うしか無いか? 有るとは思えないが、乗れる船が無いか探してみるか?」

「船はあっても、さっきの船みたいに沈んどるんちゃうんか? 戦時中に造られた物やろ? 70年は経っとるで」


「ーーあの?」

といつの間にか戻って来た五味が言った。


「なんやっ?」

「あの、あれ?」

と五味が懐中電灯で、2棟目の建物の裏側の方を照らす。

そこには、暗くて見えないが、何かがある。


近付き見ると、それは車が1台通るれる程のトンネルだった。

丁度入り口が、士鶴達の場所から見て90度の所にあり、死角になっていて、暗さもあり気付かなかった。


トンネルを抜けると


「ーー道だ。道が続いている!?」

透が言った。


湖岸に沿って、道が作られていた。

多分、向こう岸の建物まで伸びている。

船が沈んでいたので、てっきり船で行き来しているものだと思い込んでいた。


道なりに進むと対岸に着いた。


時間にして1時間程歩いた。思ったより遠い。多分、4、5km程度はあるだろう。

だが道は想像より荒れては無く、歩き易かった。

日が差さない事で、草木が生えずに、誰も通らない事で経年劣化も少ないからだろう。

一部で、小さな土砂崩れがあるだけだった。


水那島とは良く言ったものだ。内包されている水量は半端ではない。

海洋にこれだけの真水を蓄えた島は、それだけでも多大な価値があったろう。


向こうからでは分からなかったが、対岸の建物は、洋館だった。


「戦時中に洋館かよ?」

透が言う。

「そりゃ洋風の建モンくらいあるやろ。脱亜入欧やで。敵性語とか言って、英語を規制しとったのに、矛盾した時代やで。戦う武器の殆どだって、欧米のもんや。軍隊も植民地も戦争も、全部欧米の真似や。ーーそれよりもや。お前、アレが見えんのか?」

「ん?」


「ーーありゃ、アレだな」

銀太もそれが何か気付いたようだ。


洋館の後ろから、何かが突き出ている。

透が少し後ろに回り見ると、


「……鳥居?」


洋館に隠されるようにあったのは、神社だった。

4人は洋館に入る前に、神社に向かった。

大きな神社では無い。こじんまりした物だ。

鳥居の上の額束(看板みたいな物)には『水那島神社』とある。


「これが、ご神体や」

「え?」

「鉢形の人間が崇めていた本当の神様や。この島の全ての生命を司る、この地底湖が神 様なんや」

「結界の神様じゃねーの?」

「結界の力は、それを護る為の物に過ぎんのやろ。そもそも神様に追随した力ではあらへんのかも知れん?」

「どういう事だ?」

「生まれ持った力っちゅうこっちゃ。修行や信仰では無く、先天的に持っていた異能力。つまり、存在的に言うなら、百合乃さんは、崇める側では無く、崇められる側ちゅーこっちゃ」


4人は階段を登り神社へーー。


透は洋館の方を振り返ると

「なあ、この洋館の在るのって、境内の一部だろ? なんで境内に建てたんだよ?」

と言った。

「冒涜する為やろ。軍が此処を支配したっちゅう意味やろ。多分、この施設のお偉いさんがこの洋館に住んでたんやろ? 神社を潰すより、こうして残して置いた方が、自分達の力を誇示できると思ったんやろ」



神社の中は特に何も無かった。

無いと言うよりは、シンプルと言う方があっているだろう。

6畳程の広さに、祈る為の祭壇が有るだけだった。

祈りに集中するには、無駄な装飾なんて要らないのだろう。


「ーーねえっ!? ちょっとアレッ!!?」

急に背後で青空が、怯えた声を上げた。


「なんや?」

「今、人影が動いたっ!?」

青空は洋館を指差し言った。

「オバケか、なんかやろ?」

士鶴は平然という。

「こんな時に、冗談言わないで下さいよっ!」

「冗談やないわ。ワシはこれでも高名な霊能者様やで? 舐めとったら、ぶち殺すでっ?」

「ぶち殺すってーー!? どうしてっ?」

「普通はこないな所には、場所に縛られとる霊が何体か必ず居んねん! まあキャッチーな言い方をするなら、地縛霊や。だが此処は、逆に居なさ過ぎて不自然やわ。1匹くらい居てくれた方が、安心するわ」



青空の話もあり、4人は今度は洋館に移動した。

「さてと、幽霊さん、幽霊さん。出て来てワイらに、水鬼について何か教えてくれや」

士鶴は玄関を開けて、おどけたように言う。

「やめて下さいよ。不謹慎ですよ? 心霊スポットで、ふざけたりするのはダメなんですよっ!?」

「五味、お前が一番舐めとるで? 何が心霊スポットやボケっ!」

「お前ら、遊んでんなよ行くぞ?」

透が言った。

「へいへーい」


4人は洋館の中に入った。

ミシミシと廊下の床が軋む。

「木製の床が湿気で朽ちているから、踏み抜かないように気を付けろよ」

透が言った。


室内を1階から見て行くーー。


今までの3棟とは明らかに違う作りであった。位の高い人間が住んでいたのだろう。中は飛び抜けて豪華では無いが、それなりに品良く作られている。

家具なども残されていた。キッチンと応接間に風呂、あと2つ程何も無い部屋があった。

2つの部屋にあまり使われていた様子はない。


1階を見終わり、2階に移動する。


部屋を見て行く。各部屋にベッドと簡単な机があった。

1階の2部屋同様、あまり使われていた感じは無い。

まあ、戦時下でこのような場所であるから、司令官や施設長みたいな人間が、身の回りの世話をする人間とだけ住み。たまに軍などから来る人間の、接客や宿泊に使ったのだろう。

窓の外にはテラスがある。きっとそこから水那島湖を見たのだろう。

今見ると湖は闇に包まれたただの暗黒世界だが、当時は対岸の3棟からは当然明かりが漏れていたろうから、きっとそれなりに美しく見えたに違いない。

そう考えると、下の使われた様子の無い2部屋は、来客の宿泊用の予備という事なのだろう。


そして、角部屋の書斎らしき場所に着いたのだがーー。


今までの部屋にあったベットと同じ、簡単なシングルベッドがあり、机と本棚がある。

多分、此処が此処で一番偉い人間が暮らした場所だろう。


「なんや、この本のレパートリーは?」

本棚に書籍が並ぶが、呪術について書かれた物や、古代の妖怪魔物について書かれた物が、科学的な内容の本の中に混じる。

士鶴が本に手を伸ばそうとした時に、背後で何かが輝く。


ーーッ!?

ーーッ!?

ーーッ!?


士鶴の背後の3人は驚き一点を見つめている。

皆、机の上に灯る燭台に乗る蝋燭を見ていた。


「勝手に点いたっ!?」

青空が叫ぶ。


士鶴は振り返り、机に歩み寄る。

「本? いや、ノートか?」

そこには一冊の、ハードカバーの厚いノートが置かれていた。


多分、元の色は白なのだろうが、茶色く色褪せて居る。

そのノートは、まるで読めと言わんばかりに、机の上に置かれていた。


士鶴はノートを取り、表紙を開く。


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1874年 鉢形剛志(26歳) 妻 冴結(24歳)水那湖発見す 

1875年 長男健治 誕生 生後間もなく病死

1882年 水那島が村と認められると同時に、村長に剛志就任 

1884年 待望の次男 杜夫 誕生 

(杜夫の杜の字は、水那島の水を守る森から取る)

1914年12月28日 杜夫(30)に長女 冬子誕生

1915年8月某日 鉢形一家 冬子以外死滅

1915年 冬子、英心の元へ

1916年 水那島に軍事基地開発開始ーー

 

※杜夫、ロシアにて戦死。死亡年不明


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なんやこりゃ? 鉢形家の年表か? 冬子さんは剛志の孫っちゅう事かーー。英心?て誰や?」


「お前の感想は良いから、早く次のページを捲れよ?」

そう銀太が声を掛け、

「分かっとるわ!」

と、士鶴が次のページを捲ろうと手を伸ばした時、何か得体の知れないーー。


ーーもっと言うなら、ヤバイ気配を感じて、手を止める。


士鶴が気配のする方を振り返ると、いつの間に現れたのか、出口を塞ぐように、ドアの前にあの包帯男がぬっと立っていた。


「ヒャアぁぁーーッ!!?」

青空も気付き声を上げ、透に抱き付く。

「離せっ! 気持ち悪いっ!!」

透は無下に、抱き付く青空を引き剥がす。


「コイツか、五味が見たのはーー。ガチでクソビンゴやんけ。また会えて光栄やわ」

士鶴は笑みを交えた声で言うが、

ーーその声は、好戦的だ。


「……お前らか? 百合乃が言っていたのは、随分とまあ。おかしなチンドン屋だな。お前らで大丈夫なのか?」

包帯男は士鶴とは対照的に、落ち着き払った声で言った。

あの時聞いたような声ではない。平凡な中年男の声だった。知性さえ感じる。

ーー皆、その様子に一様に驚く。


「おっ、お前!! 普通に喋れるんかっ!!?」

「……何を驚いている。当然だろう、チンドン屋」

「チンドン屋じゃないわ! ボケェ!! あの時、お前が片言やったからやろう! お前がそんなだから、ワイはてっきりーー」

「まともに、話せないと思ったのか? ……外のは私であって、私ではない」

「お前であって、お前じゃない? 何や、お前はスフィンクスか? 思春期のガキみたいな事、言いおってからにっ!!」

「……正解はイルカだな。そんなもんイルカ」

「……。スフィンクスのナゾナゾの正解は、人間や! 上手い事言おうとすなっ!」 

「そもそも、人間に足は2本しかない。前足ではなく、生まれた時から腕は腕だ。杖も足ではない」

「ーー意外に論理的。って! そんな屁理屈は、どうだってええねん! お前は、半道って奴なんやろうっ!?」

似非関西人の悲しい性か、ノリ突っ込みをしてしまう士鶴であった。

「それも、私であって私ではない」

「じゃあ、お前は誰なんやっ!!?」


「ーー私の本当の名前は、鉢形英心である。鉢形剛志の実の弟だ」


「鉢形剛志の弟っ……!? えいしん? じゃあ、この英心てーー!?」

と年表の名前を見て、驚く銀太に引き換え

「だから何やねんっ! 百合乃さん殺しおってっ!!」

全く動じずに、ブチキレる士鶴。

動じないというより、もはやキレてしまっている。


年表にある

『1915年 冬子、英心の元へ』

とは、本当にこの鉢形英心と名乗る化け物の事なのか?


「……威勢だけは良いな」

包帯男、ーーいや、英心と名乗る化け物は、士鶴の剣幕に臆する事も無く平然と言う。

そして、後先考え無い士鶴に呆れているようだ。

「今直ぐに、やったらぁ! ゴラッ!!」

士鶴は腕まくりして包帯男に啖呵を切る。

「待てよっ! 落ち着け士鶴!! ーーどうして、百合乃さんを殺したんだ? あんたの血縁者だろうっ!?」

「……殺したのは私じゃない」

「お前やろうがっ!」

「落ち着けよ! 士鶴!! まず話を訊け!! ーーじゃあ、百合乃さんを殺したのは誰なんだ? 水鬼とは何なんだっ!?」


「……水鬼は、私が造った」


「やっぱ、お前やんけっ!! 今直ぐ殺ルッ!!」


「……冬子と」


「と、冬子さんやとッ!? 冬子さんは、百合乃さんのひい婆ちゃんやろ!?? ふざけんなやッ!!!? 適当コクなッ!!」


ーー英心は続ける。

「……何処から話せば良いか。 兄、鉢形剛志は植物学者であり、探検家だった」

「探検家?」

「友人である笹森儀助の援助を受け、日本中の植物を採取しながら、笹森の為に日本の風土を記録する探検旅行をしていた。笹森は企業家であり、政治家でもあった。後に笹森自身も日本各地を回る探検旅行に出ている。あの時代に、知的探求の為のみに生きる人間は珍しい。憧れだった。そんな兄が、岡山県和気郡和気町である美しい女と出会った。高橋冴結さゆだ。特殊な力を持った娘だった。常に未知への探求を求める兄には、その存在は未知その物であった。惹かれない訳が無かった。その一族の女には代々不思議な力が有った。年の離れた妹も、後に力を開花させて、世間を賑わした」


「おい、ちょっと待てっ!?」

銀太は焦ったような驚いたような声を挙げる。

そして続ける。

「岡山県和気郡和気町……? 俺はそこに一回取材に言った事がある!! その時代に、あの場所で、異能者で、女性の、高橋って! その年の離れた妹ってのは高橋貞子か?」

銀太は驚愕して言う。


「高橋貞子って!? あの高橋貞子ですかっ!??」

オカルトヲタの青空も、気付いたようだ。


「……なんだお前ら、貞子を知っていのか?」

英心は言う。

やはり、銀太の読みは当たっているようだ。


「高橋貞子って誰や? 貞子って、リングの貞子かいな?」

士鶴は笑って、おどけてに言うがーー

「……貞子?」

今言った自分の言葉に引っ掛かり、貞子という名前を呟くように反芻した。


「ーーそうだよっ! 貞子だよっ!?」


「……せや、思い出したわ!? 高橋貞子つー名前を」


「そうだよ、あの高橋貞子だ」

銀太は驚いている士鶴に言う。


「誰だよ、高橋貞子って!? お前らだけで納得すんなよっ?」

唯一話が飲み込めていない透が言う。


銀太は透に説明する

「高橋貞子は超能力研究の福来友吉が研究対象にした、御船千鶴子、長尾育子に続いて、3人目の最後の被験者です。その情報は少なく、謎が多い。リングの貞子の直接的なモデルという説もあるから、昔1度取材をしに地元の和気町に行った事がある。偉人でも無いから、特に得られる情報も無かったけど」

「そんな、奴がいたのか? あの貞子に実在するモデルが居たとはーー。しかも百合乃の血縁者なのか!?」

話を理解し、透も驚く。


「ーーそういう事か、誰も見つけられない、地底湖を見つけたのは千里眼の力かっ!?」

銀太は全てを納得したように言った。


「噂は本当だったんだな?」

「噂って何や?」

「前に話したろ? 鉢形の女の不思議な力の話。その時に、剛志の妻が千里眼で地底湖を発見したって噂があるって言ったろう?」

「せやったか?」


「……千里眼の力?」

と、英心は鼻で笑って言い、続ける。 

「高橋の女ーー、いや結婚で姓が変わるから元々の出は分からないが、冴結の血筋の女の力はそんなものじゃない。千里眼など、力の目覚めの初歩も初歩。真の力は、力の拘束と解放。霊だの何だの言うと、荒唐無稽な話になるが、科学的に言うなら、エネルギーを拘束と解放という形でコントロール出来る」

「確かに霊体もある種のエネルギー体と言えるのぉ……」

士鶴は感慨深げに言う。

「英心、あんたは何だ?」

銀太は訊く。

「……私は科学者だ。水鬼は冬子の力を得て科学が作り上げた。だが、研究というモノは、仕組みが分かって成果が出るものは実は少ないのだよ。先に偶然にでも成果を出してから、その理由を証明する事が殆どだ。水鬼を完成させたのは私だが、仕組みは分からん。ただ、完璧な絶対的勝利をもたらす兵器である事は確かだ。問題はコントロールがじきに負えなくなる事か。しかも、死という概念がない。だから、日本軍も持て余した。放てば最後、自分達も終わるからな。いや、自分達どころか世界が終わる。私は兄のようになりたかった。だがあんな形で兄が死んでーー」

「ーーところで英心、お前幽霊か? 」

士鶴が急に言う。


「え?」

銀太は士鶴の言葉に驚く。

「残留思念にしては、ちゃんと意識がある。残像思念じゃないやろう?」

「そりゃ外のヤツと、コイツは違うからだろう?」

「ーーにしても、しっかりし過ぎや無いか?」

「何がしっかりし過ぎなんだよ?」

「こいつ自身がや?」

そう言うと、士鶴は英心にゆっくり手を伸ばしーー。

指先で触れる。

「おっ、おい!?」

銀太は驚きの声を上げる。

士鶴の指先に押された英心の肩が、クッと下がる。

「やっぱりや。実体がある。コイツは霊体やない。物理的に存在しとる」

「幽霊でも触れるモノも居るだろう。ある程度以上力が有れば、能力者以外にも見えるし、実体化も出来る。ーー涙牙だって。コイツの見た目だって、生前の姿じゃないだろ? 涙牙と同じように死後能力の変化と共に変化したものだろう?」

「確かに、物理的な影響をもたらす奴はおるが、コイツはそんなじゃない。荒神とも違う、雰囲気が全然違うんや。何や、まるで悪霊に取り憑かれた人形? ーーいや、きちんと受け答えして居るが、知性を持たないナメクジやカタツムリとでも話してるみたいや」

「なんだよそれ? 言ってる事の意味が分からないぞ!??」

銀太は士鶴の見解に困惑を隠せない。


士鶴も言っておいて、自分の言葉の意味が分からないでいた。

それは、元々も何か理屈があって言っている言葉では無かったからだ。ただ感じているモノをそのまま言葉にし吐き出してみたただけ。まずは、口に出して、そこから自分の感じたモノの正体を考えていた。


「……これこそが水鬼だ」

英心は士鶴の疑問に答えるように言った。


「水鬼って何なんや? 何で、あんなもんを島に放した?」

「……外で暴れているモノを私は放しては居ない。此処にいるモノを育て放そうとしたのだ」

「えっ!?」

銀太は声を上げる。

「……だが、冬子に止められた。赤ん坊の冬子を引き取り私が育てた。その冬子に命懸けで説得された。そして、私は改心し自ら水鬼に喰われ、冬子の力を借りて、水鬼を自分の支配下に置いた。鎮める為にーー。それからは、外からは冬子の力で、中からは私の力で、水鬼を押さえつけた。外に居るアレは、此処が戦中稼働している時に逃げ出したモノが成長したのだ。それが後に、結界の僅かな綻から漏れた水鬼の中にある、私の意識の断片を吸収したのだ。いくら冬子の結界が完璧でも、末端の物理的な破損では、ごく微量の物が漏れる。フィルターの濾しもれだ。だが危険性のない程度だ。水鬼はあまりに小さいと、じきに退化し元に戻ってしまう。ちなみにお前らが発電所跡で追い回されたのは、ここから漏れた物ではなく、ここに居る水鬼に引き寄せられ外部から集まった外に逃げたモノの一部だ。退化し元に戻る前に、本能的に元の体に戻ろうとしているのだろう。それが、外でお前らが見たものだ。ーー最初は小さなモノだった。餌の取り方さえも分からない。ーーだが、奴らはじきに小さな自分でも、人の体内に入れば簡単に人間を殺せる事を知った」

「29人怪死事件の事か!?」

「……そうだ。その時に私達は初めて、外に水鬼が漏れていた事を知った。冬子は直ぐに、逃げた水鬼を捕らえ封じ込めようとしたが、地中深くに逃げられてしまった。だが、水鬼も悟ったのだ。人間を襲うと自分達の身も危険だと。冬子に封じられると。野生動物と同じだ。我々は逃げた水鬼をどうする事も出来ず、動向を見守るしか無かった」

「じゃあ、水鬼は此処から逃げ出したんじゃなくずっと、この島に潜伏していたのか!?」

「……当たり前だ。冬子の結界は完璧だ。管理していた軍が間抜けをしたのだ。本当に微量なら問題無かったろうが、ここに封じ込められた水鬼に比べれば少なくとも、それでも結構な量が漏れ出したろう。殆どが海水に呑まれ散り散りになり退化無力化したろうが、その中の一部が細分化される事なく生き残ったのだ。水鬼の分子1つに風呂桶1杯ほどの水があれば、無力化出来る。周りを水で囲み繋がりを断ち切る事より、水鬼の繋がりを切れる。あまりに小さくなると、自らの意思では動けなくなる。外に漏れ出した私の断片が、自我を失っている様にな。だが無力になるだけで、水鬼が死んだわけでは無い、また結びつけば再び水鬼と成り姿を現すが、そこまで細分化してしまうと簡単には元に戻る事はないだろう。この地底湖の周りにも、此処から伸びる配管にも、全て冬子の結界と同じ作用を及ぼす金属素材が使われている。その力を軍が過信したのだ。強固な結界だが、冬子が居て初めて完璧となる。冬子が居ない時は、厳戒態勢を取らねばならん。少なくとも物理的に漏れ出す環境さえ作らなければ、外に流出させる事も無かった」

「その素材は、地上の杭と同じか?」

「……ああ。そうだ。そしてアレは冬子の力の増幅装置でもある。私が冬子と共に研究し精製した」

「ーー 水鬼は鳴くのか?」

「……鳴く? ああ。捕食の時にな。毎回では無いが、魂が共鳴するのさ。それは、喰われる事に恐怖し、喰う事に歓喜してるからなのかもな?」

「魂? 共鳴?」

「……その後、外に逃げた水鬼は地中に息を潜めたが、今度は人外の生き物を喰らう事を覚えた。多分、奴らは我々に悟られないように、小さな気付かれない地中にいる様な下等生物を喰らっていたんだろう。だが、奴らに思わぬご馳走が入った。大型船の海難事故だ。そこで、奴らは殺す事なく多くの餌を喰らった。そして、急速に成長した」

「ーーあの時、百合乃が遺骨を見つけた海難事故か」

透が呟くように言う。

「……水鬼はその時に、海に出る事も覚えたんだろう。ーーそれから、あいつらは海に出て、我々に気付かれないように、島の周りの海中に潜み餌を喰らい力を蓄え続けたのだ。そして、やっと百合乃と対等に渡り合える位になった。それでもまだ完璧では無かった。勝てる自信が無かった。そこで、力を急速に上げる為に、また昔したように水道に紛れたのさ。より栄養価の高い餌を求めて。昔やった事を思い出したのだろう。昔と違い、もし百合乃とカチ合っても今は対等位には渡り合えたからな」

「半年前の6人怪死事件かーー」

銀太は言う。

「 じゃあ、港から船が全部無くなったのもーー!? 海に魚が居なかったのも!?」

透が言った。

「……餌を逃さぬ為だろう。勿論、餌とはお前達人間だ。ーー今、島の周りの生き物も、島の生き物も、殆どが奴らが百合乃を倒す為に喰ってしまった。あそこまで成っているなんて、全く気が付かなかった。百合乃達に気が付かれ無い距離を保ち、海底に潜んでいたのだろう。元々は冬子と私が作り上げた物だ。鉢形の力がどのくらいの物かを本能的に理解していたのだろう」

「山にも生き物の気配が無かったのはその所為か。発電所跡でも、コウモリ達が死んでた」

「なあ? でも餌って、被害者の遺体は全部残されたままだったろう?」

透が言う。

「そう言えば?」


「……水鬼が喰らうのは、人の魂だ」


「魂? 霊体って事かーー!?だからか、死人は出ても、被害者の霊がまったく居なかったのは!? みんな水鬼に喰われたのかっ!!? 」

「だから、あの時に水難事故者の骨の在り処を教えた幽霊は、水鬼に喰われたと百合乃は言ったのか……。あれは、事実だったのか」

「……百合乃が言ったのか?」

「ああ?」

「……聞いてない。静かに霊が見える事を言ったのを咎められたから、水鬼の事を言わなかったのか。そして、そのまま幼い記憶の中に封印して、忘れてしまったのか」

「俺も士鶴に言われて、直ぐには思い出さなかったからな。水鬼の名なんてーー」

「……。」

「人の魂を食らう化け物、そんな物何から作ったんだ! どんな化け物を基にしたんだよっ!?」

「……名前の通りだ。ただの水だ。ただの水が人を喰らう鬼と化したのだよ」

「水だって!?」

「……そうだ。霊体は昔から水辺に集まると聞くだろう。そういう霊の水を好む性質を逆に考えたのだ。水が霊を引き寄せるんじゃないかと? 水が霊を好むんじゃ無いかとな。軍の奴らは私を錬金術師と呼んだ。錬金術師が卑金属から賢者の石を作る様に、私は只の水から最強の兵器を作り上げた。只、錬金術は絵空事だったが、私はそうでは無かった。そして私が作り上げたのは、賢者の石ではなく、愚者の水という所だろうな。アイツらは他の動物の魂も喰らうが、主食は人の魂だ。実際には喰うというのとは少し違うがなーー」

「どう違うんや?」


ーー英心は一瞬黙り。


「……私は水鬼の内部から見た。あれは、1つのインフェルノだ。我々は大罪を犯したのだ」

そう言った後、英心は獣が何かに気付き耳を澄ますように、明後日の方向を見て黙った。

英心の見ている方向は、ーー地底湖だ。


「インフェルノ? 地獄かーー。 どういう意味や? 今この洞窟の外が、地獄やぞっ!!」

「……もう少し説明してやりたいが、そうもいかないようだ。神社の裏に地上への抜け道がある。私が時間を稼いでやる」

「なんで、お前に時間を稼がれにゃならんねん!? つか、いきなり何や?」


「ーーアレッ!!?」

青空が窓の外を指差して叫んだ。


「ーーん?」

士鶴は窓の外に目を凝らす。


「……なんだありゃ?」

透が青い顔で言った。


湖が発光している。

何かが、強い光を放っているのだ。まるで雷のように水中で光が明滅している。

それが巨大な魚のように、泳いでいる。

地底湖の大きさ、波しぶきの感じから2、30mはゆうにあるだろう。

巨大な波を立てて湖の中を、轟轟と狂ったように泳いでいる。


……だが、肝心の実体が見えない。


「……早く逃げろ。直ぐにアイツらがくるぞ? 数十年ぶりの餌に歓喜している」

「餌ってのはワイらの事かーー。アレが水鬼か!? にしても、……想像より随分デカイやんけ」

流石の士鶴もその大きさに息を飲む。

「……外のはもっとデカイぞ。早く行け。もう私じゃ長くは抑え込めんだろう。まあ、元々抑え込んでいたのは百合乃の力が大きいがな。私は猛獣の調教師に過ぎん。統制を取っていただけだ。どんな優秀な調教師でも、猛獣より強いという事は絶対に無い。今までは百合乃という檻があり、鞭があった。調教師が自分より弱いと気付いた猛獣は、もう調教師を餌としか見ない。大昔に二つに分かれた水鬼が、今一つに戻ろうとしている。一つに戻れば島の生き物を喰い尽くして、島から離れ更なる餌を求め出すだろう。外の水鬼の狙いは、此処に閉じ込められた水鬼だ。アイツらは自分達の身体が細分化されると退化してしまうのを理解している。だから、出来るだけ質量を増やしたいのだ。そしてもう一つ、知性が欲しいのだ。ここにいる水鬼は殆ど人を餌にして来たが、外の水鬼は図体こそデカイが動物が殆どだ。此処の水鬼は明確な人格こそ無いものの、人並の知性を持っている。だから、本土まで行き捕食をせずに、もう一匹はずっと島の周りに潜んで機会を待っていたのだ。そうなる前に、お前らがどうにかするしか無い。今は行くんだ。百合乃がきっと助けてくれるーー」

「百合乃さんはもう居らへんっ!! 何をどうしろっちゅうねんっ!?」

「ーー行くぞ! 士鶴っ!?」

銀太は言った。

「せやけどッ!?」

「まだ聞きたい事は山ほどあるが、今あんなのの相手はしてられない! 透さんと五味さんも居るしっ!!」

「……。分かったわっ!」

士鶴は悔しげに吐き捨てた。


「……大丈夫だ。お前達の知りたい事は、全部その冬子の記したノートに書いてある。早く行け!」

英心は言った。


ーー銀太達は後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にした。


「……さて、どこまで私の力だけで水鬼を抑えられるか分からないが、最後にアイツらが逃げる時間くらいは稼いで見せるか」

英心は言った。


ズドンッ!!!!!


皆んなして神社の階段を駆け上っていると、地震の様に足元が揺れ、背後で大きな物凄い破壊音がした。


足を止め皆で、振り返るとーー


洋館の反対側が崩れたようだ。

こちらからでは破壊の様子は良く見えないが、闇の中土煙が立っている様に見える。

その向こうで、光がーーピカッ! ピカッ! と明滅する。 

洋館が恐怖に震えるように揺れていた。


…ズルッ ……ズルッ


バキバキ


………ズルルルル。


バキッ! ……バキバキ


建物を破壊しながら、何か重いものが体を引きずり、這いずる音が聞こえる。


ーー水鬼だ。


英心は水鬼にやられてしまったようだ。


「早く行くでっ!!?」

士鶴の声で、再び皆走り出す。


境内まで登り終えた時にーー。


グガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガーーーーーーーーーーーーーーッ!!?


ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!?


さっきよりも更に大きく地面が揺れた。

水鬼が洋館を中心から二つに割るように、巨大な体で叩き潰した。

懐中電灯と螢光灯(大螢)の僅かな明かりに照らされ、黒い巨体が闇の中で動いているのが見える。

一瞬振り返って、皆んなでその光景を見た。


ーーピカッ! と一瞬発光した。

建物に覆いかぶさる様に巨大な人形が見える。


「何や、ありゃ……!?」

思わず士鶴はそう呟き、化け物の動向を見つめる。


「ーー行くぞっ! 士鶴!!」

銀太が言った。


止まっている暇はない。

また神社の裏を目指して、皆んなして走り出す。


神社の裏に回ると、


「ーー抜け道は、どこやっ!?」


直ぐ後ろには、堀跡の付く洞窟の壁面が迫っていた。

抜け道らしき物は見えない。


………ズズズズッ


………ズズズズッ


神社の向こうから、水鬼の這いずる不気味な音が聞こえる。



ザバァンッ!!


という水音の後に


ーーーーズドンッ!!!?


と何か巨大な物が地面に叩き付けられる音がする。


どうやら、水鬼は水から完全に上がった様だ。



……ドンッ!


……ドンッ!!


…… ドンッ!!!


…… ドンッ!!!!


足音だろうか!?

地響きが近付いて来る。

どういう体をしている!?

音からでは、全体像が分からない。想像さえ付かない。

銀太は迫り来る音に、耳を澄まし考える。



「ーーこれじゃないですかっ!?」


青空が壁面の一箇所を指さす。


そこには、岩の裂け目の様な物がーー。狭い洞窟の入り口の様に見える。

青空が懐中電灯をその洞窟の奥に向ける。

50cm程の岩の隙間に、急な階段が彫られていた。

その階段の側面の石壁には、また『→』と『 d^^』マークがーー!?


「ーー百合乃さんやっ! そこやっ!!? 急ぐでッ! 追い付かれる!!」


狭い階段を、体を横にして窮屈に進むと、別の横穴とぶつかる。


ーーそれは通路だった。


人が余裕で2人は並び歩める位の広さがある。

多少窮屈になるが、4人並んでも歩けそうだ。

壁もきちんと四面共コンクリートが打たれている。


出てすぐの目の前の壁には、また『←』が、それに沿って左に進む。

中は来た道とは違い、通路の両脇に、一定間隔で部屋が掘られていた。


「此処が真の基地かーー」

銀太が走りながら言う。


山全体が入り組んだ地下施設になっていたのだ。

メインの研究所はこっちだろう。

部屋の入り口から、銀太が中を覗くと、頭の螢光灯(大螢)の灯りで暗闇の中から内部が断片的に照らし出される。一つ一つが、研究室になっていた。

中を調べたいが、そんな余裕はない。


……ゴゴゴゴォォォ。


背後で洪水の様な音が響いている。

水鬼だろう。

当然、追って来ている。


『→』に従い、右へ左へ、下へ上と、進む。


ーーゴゴゴゴォォォッ!!!!!!!


という音は、ドンドン大きくなる。

背後に迫って来ているのが分かる。


「早く行け! 追い付かれるでっ!!」

「分かってる!」

「ハァハァッ! 俺もう限界っす!!」

「頑張れ! 矢印の通り行けば絶対に出れる筈だから、とにかく死に物狂いで足だけ動かせ!」


カーブを曲がるとーー


ーー壁!!?


「おい! 行き止まりだぞ?」

透が言う。

「大丈夫やっ!」

士鶴が壁に手を触れる。


……ゴロゴロ。


と壁は、重い石の擦れる音を上げながら、分厚い扉が回転して開く。


「来た時のと、同じか!? 通路が四角いから気が付か無かったぜ!!」


皆が壁の向こうに進むと、またゴロゴロと自動で回転して扉が閉まった。

来た時と同じだ。


ーーガシンッ!!


扉が完全に閉まり切った、次の瞬間。


ーーガンッ!!


何かが物凄い勢いで、扉の向こうに側に打つかった。


ゴォォォーーーンッ!! ゴォォォーーーンッ!! ゴォォォーンッ!!


扉を向こうから凄い力で叩いている。


「……一体、何なんだよ?」

透は扉を見つめ呟いた。


「行くで? 百合乃さんの結界の効力がまだ効いとる。大丈夫やーー」

「ああ」


士鶴は、「大丈夫やーー」の後に、続けようとした「……今はな。」という言葉は吐かずに飲み込んだ。


じきに百合乃の力は完全に効力を失うだろう。

そうなった時に、この石の扉程度では水鬼は防げまい。

早く水鬼の倒し方を見つけなくては成らない。


「もう大丈夫なのか?」

「ああ、多分な。まだあの扉には、百合乃さんの結界が効いとる」


扉を抜けた先は、今までの通路とは違い、堀っ放しで岩が剥き出しの、洞窟のような狭い地下道だった。

多分、非常通路とか非常階段という感じなんだろう。実際階段もあった。

それを更に下る。勿論、百合乃の『→』も続いていた。

今度は上りはなく、ずっと下っていた。

体感出来るほどの傾斜が付いている。足場も良く無い。

ぬかるんでさえいないが、湿気と傾斜の所為で気を抜くと滑りそうだ。


「ーーグハッ!?」


「どうしたんやッ! 透!!? 滑ったんか?」


転んだにしては、透の様子がおかしい。

肩を抑えて、蹲っている。

見ると指の隙間から、血がーー!?


「なんやそれ!? ーーお前!」

「大丈夫だ! 皮一枚切れただけだ。急に何かがーー」

「岩にでも打つかったんか?」

「いや、岩じゃ無い。何かが当たって来た」


「ーー皆んな気を付けろ! 何か居るッ!?」

銀太が辺りを警戒しながら叫ぶ。


「ーーあ、あれっ!?」

青空が指差す。


「なんだありゃ……!?」

透は士鶴に手を借り、立ち上がりながら言う。


「ーーアレは!??」

銀太は見覚えのある球体に、落胆の声を上げる。


青空が見つけたのは、発電所跡で襲って来たあの水球だった。

水球は青空の懐中電灯の明かりを受けて、キラキラ輝いていた。

闇の中に、微振動しながら浮かんでいるのだ。


「ここに来て、やっと現れおったか!? 英心の言ってた、中の水鬼に惹かれた、外にいる水鬼の破片か。ええで、やったらぁ!! ーーバッ!?」


バンシーを呼び出そうとしたが、士鶴は言葉を飲み込む。


「どうした!?」

銀太は訊く。

「何かあった時の為に、バンシーを召喚済みにしといたんやがーー」

「バンシー? バンシーいいじゃん! 音の壁による防壁か。この小さな水球には、絶対的な空気の壁は、おあつらえ向きだな? 何やってんだよ、早く呼び寄せろよ!?」

「ダメや」

「なんでだよっ!?」

「こんな場所でバンシーが力を発動したら反響して、バンシーの後ろにいても、こっちも被害を受ける可能性がある。それに、この地下道の壁がバンシーの衝撃波に絶えられへんかったら、崩れて生き埋めになる!」


「じゃあーー?」


「また涙牙で足止めして、逃げるしかあらへんッ!」


「またかよっ!」


うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


×4人


あの時同様、叫び声を上げなが坂道を猛ダッシュで下る。


ただ今度は4人だがーー。


気をつける事は、足が絡まない事と、滑らない事、それと打つから無い事だ。

ただでさえ狭く傾斜がある地下道内、打つかり易い。


1人転べば全員巻き込まれて、一気に水球に追いつかれる可能性がある。

勿論、涙牙が防いでくれているが、全てを防ぎ切れない可能性はある。


「透! お前、傷は大丈夫なんかっ!?」

「ああ、さっきも言ったように皮一枚、軽症だ! 痛みはあるが、やられたのは肩だし問題ない!!」


背後では、涙牙があの水球を防いでいる音が遠くに聞こえるが、振り返って見ている余裕は無い。

ーーまあ、どの道振り返っても闇で見えないだろうが。

今は、ただ必死に逃げるのみである。


とにかく、このまま『→』に沿って進めば、必ず出口は有る。


「ーーぎゃあっ!」

前を走る青空が転んだ!

お約束の如くーー。


ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


×4人


4人は一斉に巻き込まれるように転ぶが、唯一の救いは止まら無かった事だ。

4人は団子になり、猛スピードで地下道を転がった。


ーーむしろ走るより早く。


ゴンッ!!


「ぎゃっ!!」×4人


4人は壁に打つかり止まった。

「痛ってえ……。」

「何だよ。こけんなよ五味!」

「……だってぇ」


「……うぅぅ。ヤバイっ! 行き止まりやんけっ!」


「立って後ろを見ろよ?」

壁に打つかり逆さま状態の士鶴に、呆れた声で銀太は言う。

すでに銀太は立ち上がっている。

透ももう立ち上がっている。まだ転がっているのは、士鶴と青空だけだ。


「ドアやんけ?」

立ち上がった士鶴が言う。


壁は頑丈な鉄板で出来た、人工的な物だった。この地下道を塞いでいる感じだ。

その中心に、これまた頑丈そうな鉄のドアが1枚付いていた。

そしてドアには『d^^b』マークが描かれていた。


「此処がゴールか」

透が言う。

「せやな」


ーーカンッ!!


「ん?」


鉄壁に当たり弾き返されたのは、あの水滴だった。


「涙牙のヤツ、仕損じおったんかっ!? ーーそれとも時間切れか?」

「とにかく、早くドアの向こうへ!」

透が言う。

「開くのっ!??」

五味が訊く。

「あぁッ!」

と、なぜか透は青空に凄むのだった。

「ーーええっ!?」

と、その対応に、なんで?と驚く五味。

そう。特に凄まれる言われは無い。相手をするのが面倒だから、黙らせただけだ。


「結界の張られてる気配は無い。ただの扉やがーー。百合乃さんのマークがあるから開くやろ!!」

「取り合えず開けてみよう!」

透がそう言って、ドアに付いたレバーに手を掛ける。

多分、レバーを下に押して、ロックを解除して開くんだろう。

透は力だけで押したが硬い。だが、動く気配はある。


ーーグッ! と体重を掛けた瞬間。


すっ、とレバーは下がった。


カチャッ!


ロックが解除されたようだ。

透はグッとドアを肩で押す。


グギギギィィィィ……。


多少重かったが、ドアは普通に開いた。

鉢形家の女達が、長年開け閉めしていたのだろう。

蝶番に酷く錆びて、固着している感じは無い。

開いて見ると、ドアは15cm位厚みがあり。多分コンクリートを鉄筋で補強して、それを鉄板で挟んである。滅茶苦茶頑丈なドアだった。

開け辛かったのは、固着では無く、この重さの所為だろう。

分かってしまえば、ただの無茶苦茶重いドアなだけだ。


だが、開いたのは開いたのだが……。


「ーーッ!?」


透はその光景に絶句する。


そこには広い空間が広がっていた。

どうやら、洞窟内に造られた 秘密の港のようなのだが


ーーそれよりも。


透達のいる場所は、壁の側面に造られた、柵で囲まれた鉄の階段の一番上の踊り場だった。


が、


ーーその階段が無い!?


踊り場から下に下る所から、階段は千切れて消えている。

銀太はしゃがみ込み、階段のあった場所を見ていた。


「下までは5m程か? 問題は深さだがーー」

透は柵に掴まり、真っ暗な水面を覗き見て言う。

周りが暗く、水面からの高さも有り、水深は分からない。

「仕方ねえ!」

そう言うと透は、柵を飛び越えて、思いっきり踊り場から下へ飛んだ。


「ーーおいッ!!?」

士鶴は闇に消えた透に向かい叫ぶ。


透は暗い水面にドボンッ! と音を立てて沈んでいった。

皆は明かりを向けて、波紋の立つ水面を見つめる。

ゴボゴボと暗い水中から、泡が浮かんで来る。

底が浅ければ、飛び込んだ衝撃で、大怪我を負う可能性だってある。

無茶苦茶だ。


「大丈夫だ! 飛び込んでも平気なだけの深さはある!!」

下暫くして浮上して来た透が、手を振り言った。


「あのバカ、無茶しおるわ……!?」

「……ひええぇ。良く此処から飛べる」

青空が下を恐る恐る覗き言う。


「ーーなあ五味?」

士鶴は青空を見て言う。


「何ですか?」

「お前、泳げるか?」

「ええ、そりゃ?」

「オッシ! ならええ!!」

そう言うと士鶴はーー


「えっ!? ちょ、ちょっとーーッ!!? 」


五味を担ぎ上げる。


「酷い! 何するんですか!?ーーおっ、下ろして下さい!!」

「アホぉ! お前の事やから、飛び込むのに躊躇するといけへんから、手伝ってやるんや無いかっ!!」

「やめてぇぇぇ! 下ろしてくださいっ!! 自分のタイミングで飛びます!!」

「そういう所や、タイミングなんか測ってる場合か!!ーーうりゃ!!?」

と、士鶴は無残に青空を放り投げた。


「ぎあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーッ!!」

青空は闇の底に消えて行った。


士鶴は耳に手を当てて、耳を澄ます。


……ボチャァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!


闇の中で無事青空が着水した音がする。


「よし!」

「酷いな、お前?」

銀太は呆れた様に言う。

「優しさや」

そう言うと、士鶴も柵を飛び越えて闇の中へダイブする。

「まあ、確かにな」

銀太も直ぐに、後に続いた。


「みんな無事かぁー?」

士鶴の問いに


「おーう」

「……はい。」

「ああ」

と各々返事をする。


全員、無事のようだ。

青空の懐中電灯は駄目になってしまったが、螢光灯は問題ない。


「そーか、みんな無事か。それは良かった」

士鶴が労う。

「良かったじゃ無いですよ! 士鶴さん!! 俺は1人でも飛べたんだ!!」

「分かった。分かった。すまへんかった」


水球の追撃は無いようだ。

一難去って、一様に場が和む。


「無事を喜んでる所悪けどさ、早く上がった方が良い」

銀太が立ち泳ぎ泳ぎしながら言う。

「あ? なんでや? 水球は追って来とらへんみたいやで? たまたまあそこに1匹居たんかも知れへんな? 硬い壁に当たって、砕けたんやろ? 微塵になれば平気なんやろ? 英心が言っとったやん。自然岩と違って、衝撃を吸収せえへん鉄板とコンクリの壁や」

「ーー水球じゃ無いよ。あの階段、最近壊された物だ。何か強い力でねじ切られてる。さっき見た」


士鶴がそう言われ、水中を見ると、螢光灯の明かりに照らし出された海底に沈む階段の残骸が見えた。


皆、一斉に岸に向かい泳ぎだす。


岸はコンクリートで出来て、水面から高さがあるが、港なので船を上げる為に奥まった部分は傾斜になっている。

港には朽ちた船が数艘並ぶがーー、1艘使えそうな小舟があった。

年代的に新しい、小型のエンジンも付いている。

百合乃がこの港に出入りする為に、密かに使っていた物だろう。


「これで、帰れるぞ! 掛けて見なけりゃ分からないが、エンジンも大丈夫そうだ」

透が言う。

「多分、これも百合乃さんが用意してくれてたんやろう。何から何まで、良く気が利くお人やな……」

士鶴が寂しげに行った。

「とにかく、これを海まで下ろして、乗れるか浮かせてみよう」

透が言う。


ーーが


「おいっ! あれッ!!?」

銀太が、今出て来たドアの方を見て叫ぶ。


ドアから銀太の螢光灯の明かりに反射し、キラキラと光る物が、まるで巣を突かれた蜂のように、群れを成して飛び出してくる。ーー水球だ。


「やべ。ドアを閉めて来るの忘れた……。涙牙ももう消しちまってる」

銀太は呟く。


ーー水球は空中で動きを止めている。


銀太達の居場所を探っているのだろう。

まるで、もう引き金を引くだけの銃を突きつけられているようだ。


「走って逃げても、あれじゃ追いつかれる! あの数じゃ、避け切れもしないだろう! とにかくアイツらが飛び出して来たら、何かの陰に隠れて第一陣はしのげ!! アイツらが何かに打つかった瞬間が、逃げる隙だ!」

透が言う。

「その後はーー?」

青空が訊く。

「その後は、思いっきり走るしかないだろ……!?」

「へぇっ!?」


「五味、意識をアイツらに集中しろ、避け切れないぞっ!?」


ーー次の瞬間。

一斉に水球が飛び出す!


「行くぞっ!」

透の声でーー、


とにかく、皆一斉に物陰に隠れる。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!?」

青空は船の陰に隠れて頭を抱える。


ーーバシバシッ!! バシバシッ!! バシバシッ!!

ーーバシバシッ!! バシバシッ!! バシバシッ!!


と水球が激しく打ち付ける音が聞こえる。


そんな中、士鶴は1人走り出す。


「あのバカっ! 何やってんだっ!?」

「大丈夫ですよ」

銀太は冷静に行った。


士鶴は水球を1人引きつけるとーー。

迫る水球の方を振返り、叫ぶ!!


「バンシィーッ!!」


士鶴の一声で、現れたバンシーが一吠え! 


ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!


ーー水球を瞬く間に蹴散らした。


「これだけ広さが有れば、バンシーが吠えても問題あらへん。涙牙の一撃とは違う。バンシーの衝撃波で、一瞬で細かく飛び散らしたから大丈夫やろ? 英心は小さくなれば、水鬼は無力化するって言ってたからのぁ。だがーー」

「せっかくの船が、水球で穴だらけだ。エンジンもやられてる」

透が言う。

「仕方あらへん。でも此処が港なら、そう遠く無い場所に出口が在る筈や、歩くで」

「……凄いっすね。これ士鶴さんが召喚したんですか?」

青空は惚れ惚れとバンシーを見て言う。

「感動したやろ?」

「……はい。バンシー初めて見ましたよ」

青空は絵に描いたように目を丸くし、士鶴の作り出した式神とも知らずに驚愕している。

まあ式神でも凄いが。

士鶴は面倒臭いので、説明はしなかった。どーせ、五味だし。と思っていた。

いつまでもバンシーを見ている青空に

「もう行くでーー?」

と、士鶴は振り返り、出口を目指し歩き出す。


「……士鶴さん?」


「なんや! もう行くでーー」

「……ちっ、違います!! ーー後ろっ!!?」

「あ?」

と士鶴が振り返るとーー


ザバババババババババババァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!!!!


水面が大きく盛り上がり、立ち上がる。 


「ーーッ!?」

「コイツか。階段をネジ切ったのはーー」

銀太はソイツを見上げ言う。


まるで巨大な透明なナメクジの様だった。


ーー銀太は考察する。


水面に出てるのは、どの程度までなんだ? 洞窟の天井に頭が付くぞ……。

確かに、真っ当な生き物では無いのを感じる。

感覚的な物だが、感情を持つモノと向き合っている気がしない。

複雑な表現方法を持たないだけで、どんな生き物に感情と呼ばれるものは必ずある。ミジンコやミミズにだって、人とは違えど感情はある。それは生に根ざした生きたいという本能的な願望、性とも言うものだ。そういうモノを感じない。ある意味、スッキリしているが、それは冷淡ともいえた。まるで、機械だ。ーー英心が言った。水鬼は兵器だと。その意味がこうやって対峙してみて良く分かる。


「ええで、此処でやったらあ。ーーと言いたい所だやが、今は逃げる!! 百合乃さんに託されたノートに、お前を倒すヒントが出とるかも知れへんからなぁ!! 無謀はせえへん!! 確実に倒す!! 楽しみにしたれやっ! ーーバンシィーッ!!!」


バンシーは士鶴の水鬼との間に立ち塞がり


ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!


悲鳴を一閃。

水鬼の頭部が吹き飛ぶ。


「逃げるでッ!!」


駆け出した士鶴に皆も続く。


目指すはこの洞窟港の出口だ。


とにかく、港に沿って走る。

バンシーは士鶴達を護衛する為に後ろに続く。

足元はコンクリートが敷かれているので、走り辛くは無い。

おもいっきり走れる。


後ろを振り返ると、水面が盛り上がり自分達を追って来ている。

ーー水鬼だ!?


直ぐに出口だと思っていたが、思ったより長い。

港と基地の存在を隠す為なのだろうが、随分と奥に造ったもんだ。


港は右に大きくカーブしていた。

元々、そういう洞窟なのか、それとも中の光が外に漏れない様にそう造ったのか。そこまでは分からないが、秘密基地としては良く出来た構造だ。

士鶴達がカーブを曲がると、遠くに微かに光が見えた。


ーー出口だ。


もう夜が明けてしまった様だ。


そこから出口までは、真っ直ぐな一本道だった。

出口の側まで走り、出ようとするがーー。

出口の手前で、自分達の走って来た通路は途切れていた。

眼下には高い波が打ち付けている。


港の出口は谷間に様になった断崖の間の奥に在り、上部には左右からには木が迫っている。

人工的に植えたのか、それとも元々そうだったのか、木が港の入り口を隠す良い目隠しになっていた。

この港の入り口は、船でしか入れる様になっていない様だ。


「追いつ かれるぞ!? この断崖を登るのかっ!!? 海は水鬼がいるから無理だぞっ!?」

透が言う。

「……!?」

士鶴は考える。

銀太の涙牙はさっき使ってしまった。バンシーは大きくは無い、4人を抱えて飛べるか!?

「水鬼は、もう直ぐ後ろまで迫ってるぞッ!??」

透の声が急かす。

「分かってるがなッ!!」


背後の波が大きく盛り上がる!

水鬼がとうとう追い付いた。


「ーー涙牙ッ!」

銀太が叫ぶと、涙牙が現れた。

銀太は続ける。

「みんな掴まれっ!!」


銀太は涙牙の背に飛び付き、他は触手が絡む様に抱き抱える。

涙牙は4人を乗せて浮上するが、


その背後にーー。


ザバババババアァァァーーーーーーーーーーッ!!!!! 


と水音を立てて、大きく水鬼が水面から伸びてくる。


「涙牙、まだ使えるんか?」

「分からない。咄嗟に叫んだ。命の危機が迫ってたから、特別にかーー?」

「……。」

特別に何て事は無いだろう。力が切れればそれまでだ。

つまり、銀太の力が強くなっているという事かーー。

士鶴がそれを伝えようとした時ーー。

「ーーッ!?」


水面から伸び上がった水鬼が、涙牙に迫る!!


水鬼の頭(実際は頭も尻も無いだろうが)がまるで掌の様に広がり、涙牙諸共4人を飲み込もうとする。


その時ーー、


ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!


バンシーがすかさず立ち塞がり、水鬼の頭を弾き飛ばす。


「さすが、バンシーや。危機一髪やで」

士鶴は自分の式神の力に、満足げに言う。


がーー!?


次の瞬間、瞬時に再生した水鬼がバンシーに襲い掛かる。

あまりに巨大すぎて、吹き飛ばし切れ無かったのだ。


「バンシーッ!!!! 戻れ!!」

士鶴が叫ぶ。


だが、士鶴の退却の言葉は一足遅かった。

バンシーを包み込む様に、飲み込むと水鬼は満足したのか海へ沈んで行った。


士鶴はバンシーを式神を呼んでいるが、肉体こそ仮初めでも、魂はある。


ーー水鬼は魂を喰らう。


バンシーは身代わりとなり水鬼の餌食になった。





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