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ロリコン探偵と恋する人魚姫  作者: 0(ナイ)
水鳴き島の水鬼
41/56

水鳴き島の水鬼(ミズチ) ④

百合乃の言ったように、何かとんでもない事が始まってしまったようだ。


翌朝、島は半狂乱の島民や帰れないでいる観光客で溢れた。

寝ている間に何人もの人間が溺死したのだ。死者の数はまだ不明で、傷病者が居るのかもまだ分からない。

水道水など誰も飲んではいなかった。だが、梶腹のように寝ながら泡を吹き死んでいた。

正確には検死をしたわけで無いので、断言出来ないが、遺体の状態から梶腹と同じに溺死であろうと推測出来る。


透は島民に呼び出され、やれる事が有るかは分からないが、とにかく集落へ急いで向かった。一応、透の家族や、宿泊客は無事だと携帯で確認した。


なので、士鶴の事はそっちのけになった。


「梶腹から始まった一連のこのパターンは、昔の29人怪死事件と半年前の怪死事件とは状況こそ違うものの、死因は同じだろう。溺死だ。多分同じモノの犯行だ」

銀太は、士鶴と状況確認にしている。


朝早く透が百合乃の家を訪れた、一応スマホで安否の確認はしてあったが、それでも気になるのか集落へ向う道すがら目視で確認に来た。

その後、透は集落へ。銀太は送ると百合乃は言ったが、車で送られる距離でも無いので悪いので断り、徒歩で村民館に来た。

士鶴は村民館から、透が帰ってまで出るなと言われていた。


「せやな、ただ前と違い今回は全く水道水と接点が無い」

「もし、水道水と関係あるなら、どっかの水道管が破損してその水が井戸に流れ込んだって事も考えられる。戦後すぐに作られた物だ。老朽化して破損している可能性はある」

「その水道管探すんか? 無理やろ? 何処に埋まっているかも分からん。島中掘り返す訳にもいかんやろ? 」

「……。」

銀太は考え込む。

「それにしても不思議やな。井戸水も水道管の水も、結局元を辿れば同じ地底湖の水やろ? 本当に水が原因なのやろうか?ーーところで百合乃さんは何しとる?」

「やる事があるって、家に居る」

「……せやか」



「良いのか? 透さんに帰るまで出るなって言われてるだろ?」

服を着替える士鶴に銀太が言う。

「緊急事態や。こんな所で、じっとしてられるか」

「ーー確かに、素直にじっとしてるなんて俺達の流儀じゃねえな」

銀太は何かを思い出したように笑った。

「おおよっ!」

士鶴はそれに答える。

「それにしても、お前年中そのコートだな? 夏もかよ。なんか特別なコートなのか?」

「俺が術で使う、あらゆる物が入っとる。ワイの戦闘服や。お前だって大して変わらんやんけ?」

銀太は革パンに長Tだった。島に来てから、ずっとこんな感じだ。

「ほっとけよ。俺は仕方ねえだろ。俺は、皆んなに気を使ってだ。人により、ドン引きするからな」

ーーそれは銀太の手足以外の全身を覆う疵を隠す為である。


※スピンオフ、寫眞キ譚参照。


ーー士鶴が着替えを済ますと、2人して集落へ向った。


集落へ向かう途中でーー。


プップー!


後ろからクラクションを鳴らされる。

2人が振り返ると、この島には似つかわしく無いと言ったら失礼だが、赤い左ハンドルのオープンカーが。

この狭い島で乗る為に、わざわざ本土から持って来たととしたら相当の物好きか馬鹿だが。目の前に有る以上そうなのだろう。

オープンカーは銀太郎と士鶴の横に止まり、若い男が降りてくる。


「お前らか? 百合乃の家に泊まってる余所モンてのは?」

初対面なのに不貞部てしい態度で1人の男が言う。

男は若者向け有名ブランドの猿のTシャツに、白いハーフパンツを履いている。

茶髪にピアスと指輪。いかにもというチャラ男だった。

「泊まってる羨まボーイは、コイツだけや。チンパン」

士鶴が立てた親指で銀太郎を指し、男に言う。


※チンパン=チンパンジーの事である。


「チンパンだと! 殺人容疑が掛かってる奴が居るらしいじゃねーか!確か、デカイ奴って言ってたからお前だろ!!」

「冤罪や。パン君」

「だから、チンパンジー繋がりで人の事呼ぶのは止めろっ!! 俺は大亀達也だ! いずれ大亀家の当主になる男だ!!」

「そして、俺は五味ーー」

「虫ッ!」

士鶴が五味の言葉を打ち消すように、大声で言う。

「……。」

五味は苦虫を噛んだような顔で士鶴を睨む。

五味も同じような格好のチャラ男だった。細かい説明も面倒なので省く。

「凸^_^ 」

士鶴は笑っている。

「五味ーー」

「虫ッ!」

「……。」

「凸^ ^」

「ごーー」

「虫ッ!」

「何が楽しいんだ?」

「ただの嫌がらせや」

と士鶴は相変わらずで、笑いながら言う。

「……。」

「凸^_^凸」

「…………。」


ーー五味青空(スカイ)の意識は、遠い記憶の彼方にタイムリープしていた。

それは、小学生の頃。

入学して、始めて付いたアダ名がゴミ虫だった。

子供ゆえのストレートな残虐プレー。

このデカイだけの余所者の所為で、あの苦渋の日々の記憶が五味青空の頭に蘇る……。

彼の中のトラウマが頭を擡げ始めていてが、そんな事はどうでも良いいです。


「五味もう相手にすんな。そいつらなんか、どうでも良いだろ? それより、百合乃だ!?」


という達也の声で、遠い記憶の彼方から五味は呼び戻された。


「ーーそ、そうだな! お前らなんかに構ってる暇はねえんだよ! 百合乃はどーした!? 今行ったら家に居ねえぞ!!」


どうやらコイツらは、百合乃の家に行ってきたらしい。

来る時に士鶴達はこのオープンカーとは擦れ違わなかったから、もう1つの道から百合乃の家に行ったのだろう。

集落から、百合乃の家に行く道は村民館の側を通る道と、もう1本あった。


「知るかぁ?チンパンとゴミムシがオープンカーでランデブーして来たら逃げるやろ?」

「良い加減にしろっ!」

掴み掛かろうとする達也を

「ーーやめとけ!」

と五味が止める。

チッ! と達也は舌打ちして、それで堪えたかと思うと、ニヤリと笑い、嫌味ったらしくワザと士鶴達に当て付けるように言う。

「あの女、俺達を避けやがって! 時代が時代なら、あんな村八分の女、俺達の妾なのによっ! なんつっても、いずれ大亀家と五味家の当主になるんだからなあ。俺達はーー」

今度は士鶴が掴みかかろうとするが、ーー止めた。

「どうした? デカイ癖にビビりか?」「後ろ?」

「後ろ? えっ? ーー後ろがどうした? ドリフのコントかよ?」

と達也が笑って訊き返した瞬間


ーーーードカンッ!


巨大な破壊音が。

達也と青空が音のした背後を振り返ると、今乗って来たオープンカーがひっくり返り潰れている。


「うわぁーーーーーーーーーッ! 親父に買って貰ったばかりなのに!! 殺される!」

達也が叫んだ。


何が起きたのか?

それは、彼らの後ろでオープンカーが5m位浮いて、逆さまになるとそのまま地面に激突したのだ。


「あいつら、島の奴らが死んでるのに、何やっとんのや? 地元やろ。当主当主ってアホ過ぎるわ」

士鶴と銀太は、潰れたオープンカーを見つめ放心状態のアホ2人を置いて集落へ向かった。



「それにしても、お前が1番怖いのぉ。いつも1番まともみたいな顔して、平気でメチャクチャな事しおる。涙牙あんな事に使いおって。ワイが殴ってりゃそれで良かったやろ?」

「お前に殴られて怪我するよりマシだろう? 車は直る。彼奴ら金は有るんだ」

「そおかぁ? それにしても、百合乃さん何処へ行ったんや? 家におらへんとか。特にこの島じゃ百合乃さんに行く所も無いやろ? ウザい島民ばっかやし」

「居留守だろ?」

「せやな。あんなんの相手したくあらへんもんな。ああいうゴミ虫が寄り付かんようにワイが守らなな」

「お前もかなり悪い虫だけどな」

「ーーんやて!」


と、話してる内に集落の入り口に差し掛かる。

来た時とは打って変わり、島民達が忙しなく行き来している。

今までにない緊急事態の慌てふためいているのが、手に取るように分かる。


「おい待てや」

と、目の前を走り過ぎようとする男の首根っこを捕まえて士鶴は言う。

「お前、透んとこの?」

「偉いぎょうさん死んだらしいやんけ? どうなっとる?」

「えっ!? この陽気だ。放っておいたらみんな腐っちまう。港の冷凍庫に入れるだけ入れて、他は埋めるしかねえ」

「現場検証は?」

銀太が訊く。

「検証も何も、警察が来ねえ! 船じゃ無く今度はヘリが向かったらしが、それも今連絡が途絶えたらしい。こっちも忙しいんだ。離せっ!」

男は士鶴の手を振り解き、また忙しなく走って行った。

「今度はヘリか。どうなっとるんや。この島はーー?」

「とにかく、俺達を此処から出す気が無いんだろう?」

「誰がや?」

「分から無いけど、島の中で殺して回ってる誰かだろ」

「事故じゃなく、誰かが故意にって事か? 断定するんか? 」

「分から無いけど、死んだ人の生前の行動に何か引っ掛かる所が無きゃ、そうとしか考えられ無いだろ。調べて見なきゃ分から無いけどな。とにかく、現場を見たい」

「せやな、片付けられる前に、どかっかで見せて貰はへんとな」


一軒の家に大勢の島民が入ろうとしている。

多分、これから遺体を運ぼうというのだろう。

「おい待てや? これから、遺体を動かすんか?」

集団に立ち塞がり、士鶴が言う。

「何だお前ら、邪魔すんな!」

「透の奴ちゃんと見ておけよ!!」

男達は口々に言う。「申し訳無いけど、遺体を動かす前に現場を見せて下さい」

銀太が頼むが

「なんで、お前らに見せなきゃならないんだよっ!? しかも、デカイ方はあの梶腹とかいう言う奴を殺した容疑が掛かってるだろ!?」

「……。」

銀太はそう言われ黙るが

「ーーせや!」

士鶴は拳を掌に打ち付けて、何かを思い付いたように言った。

「コイツ、探偵やで?」

士鶴は銀太を指して島民に言う。

「今回は仕事で来たんじゃねーよ。修行に専念したい」

銀太は小声で士鶴に言うが

「ええやんけ。どうせ、解決せなあかんのやから、結果は同じやろ?」

士鶴はそう言って、無視した。


「探偵? なんか、証拠あんのか?」

銀太は証拠と問われても困るので、取り敢えず名刺を差し出す。

男達は、1人の持つ名刺を覗き込み

「……怪異探偵? なみ…ひさ……れいぎんた?」

「はぐれです」

訝しげに、島民達は銀太を見る。

14の瞳が銀太を見極めようと、じっと凝視する。

そりゃ当然である。探偵というのも怪しいが、怪異探偵とはーー。


そんな中ーー、

1人の男が名刺を奪うように男から取り

「おおーーっ!!」

と声を上げた。


それは、さっき会った五味だった。

2人は車を捨てて、歩いて集落まで戻って来たらしい。


「波久礼さんて、あの波久礼さんですかっ!? 最近もタクシー幽霊事件を解決したっ?」

五味は鼻息も荒く言う。

「……ええ、1人では無いですけど」

「おおっ!? ーーファンですッ!」

と五味は承諾もして無いのに、銀太の手を取り握手を求めて来た。

「……ああ、どうも」

「お前ら、この人に失礼な事を言うなよ? この人は、警察と協力して怪異事件を沢山解決してる! 本だって出してる!!」

五味は握った手も離さぬまま、島民に声高に言った。

おかしな所から、思わぬ味方が現れた。


五味のおかげで一緒に被害者の家に入れた。

大亀は興味が無いと、ひっくり返ったオープンカーを戻すのに人を集める為に、祖父の家に1人帰った。


「さっき名前言えなかったけど、スカイです。青空って書いてスカイです。キラキラネームみたいで嫌っすけど。へへへ」

さっき回想で出たから、読者は知っているが、五味の名前は青空と書いてスカイだ。

「いや、みたいや無く、ガチでキラキラネームで、お前はチャラチャラ男や」

すかさず士鶴がチャチャを入れる。

「止めろ! 士鶴!! ーーすいません」

銀太は青空に謝る。

せっかく、良いコネクションが出来たのに壊すな。銀太は表情でそれを士鶴に伝える。

「いやいや、大丈夫です。著書『幽霊の足跡』読みました! 凄く良かったです。俺、昔からオカルトやUMAに目が無くてーー」

揉み手こそして無いが、ニコニコと胡麻を摺る様に言う青空は、余程銀太に出会えたのが嬉しいのだろう。その気持ちが全身から、溢れ出て見えるようだった。

「……はあ。ありがとうございます」

さっき勢いで車を大破させただけに、幾分か心苦しい物が銀太にはあった。

まあ、もう1人の研二って奴の車だったから良いか。

「お若くて驚きました。お名前から、もっとご年輩の方だとーー」

「……そうですか? 俺の名前、年寄り臭いですか?」

銀太、変な所で思わぬショックを受ける。

「いえいえっ!? そんな事はーー。俺に比べれば、凛々しくて良いと思いますっ!」

という、力任せの必死の否定が、より傷口に塩を塗る。

「……。」

銀太は少し凹んだ。

「あのぉ? 良かったら、後で本にサインなんてぇ……?」

「……ええ、お安い御用です。いくらでも」

車を大破させたし、島民との間に入ってくれたし、それ位はしてやろう。銀太は思った。


「本当ですかっ! ありがとうございます!! 波久礼さんのサイン頂けるなんて、オカヲタ冥利につきます!! 今回の事も、やはり霊の仕業ですかね?」

「それは、まだ何とも……」

「そうですよねっ! まだこれからですよねっ!? ああっ!? もしかしたら、さっきの車も!! さっきは気が動転していて気が付かなかったけど、あれって超常現象じゃないですかね? いきなり車が、ひっくり返るなんて」


五味は見ていないが、ひっくり返っただけでは無い。

入念に5m位浮かせてから、思い切り叩き付ける様に落としたのだ。

お前が今媚びへつらっている、目の前の銀太がな。


「そ、それは霊かも知れませんね……」

つい反射的に、霊に罪をなすりつけてしまう心の弱さに、思わず自分でも反吐がでそうになる。……はあ。と、心の中だけで溜息を吐く。まあ、絶対に真実は言えないけど。


「ーーん?」


五味が、ふと何かに気付いたように銀太の後ろを見た。

銀太がなんだ? と振り返ると


士鶴が笑いを堪えながら、銀太をコイツコイツと指指していた。

五味は、? という顔で居るがーー、

士鶴は車を大破させたのは、コイツだとおちょくっているのだ。


銀太は振り返り、口パクでオイッ! 止めろっ!! と士鶴にツッコむ。

振り向いた銀太が何をしているか、分からず五味は? という顔でまだ見ていた。

五味はちょっと可哀想な奴だった……。


そうこうしている間に、遺体のある部屋に着いた。1階の1番奥の部屋だった。


死んだのは、磯野敏江(83)。老女だ。

現場はそのままだと言うがーー


「こりゃ酷いのぉ? 他のもか?」

士鶴が言った他のとは、他の被害者も同じかーーという事だ。

それに対し、1人の島民が

「ああ」

とやり切れない思いを込めた気持ちを、たった二文字に表す。


遺体の側には、中年の男女が居た。

これといって説明は無かったが、多分子供夫婦なのが、彼らへの島民の接し方で分かった。

「……お祖母ちゃん」

呟くように、女の方が言って口元を押さえた。涙を堪えている。


梶腹の死顔は綺麗な物であったが、此方の死に様は酷い物だった。

顔は苦悶に歪み、胸の辺りの浴衣の襟を、人の手の力位では解けないくらい、強く握っていた。

喰い縛り歯を剥いた口元から溢れる泡には、血が混じっている。

余程苦しんで死んだのだろう。

梶腹の遺体の様子とは大分違う。


もし何者かが恨みを持ってやっているなら、どれだけの恨みを持っているのか?

こんな老婆になぜ此処までの残酷な仕打ちが出来るのか?

いや、そもそもこれは誰かを狙ってなど居るのか?

泡に混じる 血は唇か舌を噛んだのか、それとも内部からか?

死因はやはり溺死か?

死因が同じなら梶腹との違いは何だ?

何を使いどうやって、殺した?

昨日の声と関係があるのか?

人意か怪異か?


大小の直感的な疑問が、矢継ぎ早に銀太の頭の中で浮かんでは消えスパークする。


「息子さんですか? 昨晩、何か異変に気付きましたか?」

銀太が遺体の側にいる男に訊く。

「あなたは?」

「探偵の波久礼さんだよ! 安心して話せ!! 警察が来れないんだから、刑事代わりだ」

五味はチャラ男のボンボンの癖に気が効く。

だが島民には、偉そうだ。

村長の孫がこんななら、都会ならSNSに挙げられ、直ぐに大問題になりそうである。だが田舎では、まだこんな治外法権が通用するか? 下らないローカルルールが、当たり前にまかり通っている。


男が答える。

「はい、私の母です。こっちは女房です。昨晩は特に何も……」

やはり、彼らは2人は被害者の子供のようだ。


もう他の被害者達の遺体は移動されたと言うので、

それから、被害者の遺体の集められている場所へ向かった。

遺体は皆似たような状況だった。

つまり死に方は分からないものの、死因は同じだろうという事だ。


被害者に共通点は無く、その人間をなぜ殺すと決定したのか? ーー滅茶苦茶だった。

被害者は、老若男女、島民も、外から来た観光客も居る。

被害に遭いながら、生存していた者は居なかった。

つまり被害者に何が起きたか分かる者は居ない。

同じ部屋に寝ていて宿泊客の親子3人死んだ家もあった。幼い子供も例外無く殺されている。

今回の被害者数は合計11人。これに梶腹が加わり12人

島民106人に、島外から来た観光客18人、計124人の約10%が死んだ事になる。

完全な大量殺戮である。


港の6畳ほどの冷凍室に入れる者と、埋める者の選別をする為に、遺体は一旦港の広まった場所に集められ並べられていた。

普段は漁の後、そのまま本土の漁協に魚は下ろすので、島内の冷凍室は港の業務用の冷凍室にしては小さな物しか無かった。一応、格好として備え付けられているだけ、と言っても良い位の物だ。


遺体は顔に打ち覆い代わりの、白いタオルが掛けてあるだけだ。

直ぐに移動するから、というのもあるのだろうが、それ以上に線香を立てて弔うような余裕が皆に無いのだろう。島を上げての一大事に、そこまで、気が回らないのだ。こんな事は、当然戦後直ぐに起きた29人怪死事件以来だ。当時を知る者も、もうほとんどが亡くなっているだろう。生きていても、その光景を記憶している者は相当の年齢だろう。


島民は埋めて、島外から来た者は遺族の元に帰す為に冷凍庫での保存しようとなっていたが、集めてみると11人に昨日の梶腹の遺体1体と、冷凍室の荷物を出せば、重ねずとも入る位だった。なので、一応遺体は全部、冷凍室に入れる事とした。


冷凍室の荷物を出している間、生き残った親族や友人が、遺体に泣きすがっていた。

島外から来た親子3人の側には、泊まっていた民宿の経営者がポツンと傍で立つだけだった。

その光景は何とも言えない物悲しさを漂わせていた。


そんな中、被害者達の違いに気付いた男が居た。


ーーそれは青空(ゴミ虫こと五味青空)だった。


「不思議ですね?」

顔にタオルを掛けられようとする、島外から来た観光客の遺体を覗き込みながら青空が言った。

「何がですか?」

銀太が訊く。

「観光客の顔は皆綺麗なもんです。苦痛に歪んで無い」

そういえば、梶腹の顔も綺麗だった。

それは島民では無いものの、幼い頃から良く島に来ていて、島民を知っている青空だから分かる事だった。

銀太達には、言われ無くては島民と部外者の判別が出来ない。

「顔が綺麗なのは、観光客全員ですか!?」

「全員かな? でも殆どそうでしたよ?」


遺体の顔を青空より確かな、在住の島民達と確かめる。

するとーー


「……確かに完全に分かれてる」

島民の1人が言った。

「完全にですか?」

「ええ。不思議ですね? 島民は皆苦痛に顔が歪んでるのに、お客さんらは綺麗なもんだ」

「ーー不思議やない」

「え?」

「ああ、島民と外部の人間を区別してるんだ……」

銀太は士鶴に補足し言う。

「それは、一体どういう区別ですかっ!?」

青空が訊く。

「そりゃ、被害者を見たまんまや。島民は悪意をもって苦しませて殺してるんやろ?」


「あんた達は、これを誰かがやってると思ってるのか? 事故じゃなく、事件だと見てるのか? こんな事を人間が出来るのか?」

1人の若い男が訊いた。


「お前らだって、そう思ってワイに容疑を掛けて透を付けたんやろ?」

「それは、被害者が1人だったからだ。こんなに大勢死ぬなんて。……あと」

男は言葉を濁す。

「あと、狭い島内やから、そうしとけば警察が来るまで皆が安心してられるっちゅう訳か?」

「……。」

図星のようだ。男は黙り込んだ。

「ワイらもまだ全然何も分からへん。色々な可能性を考えとるが、この島には何かが居るのは確かや。信じるか信じ無いかはお前らの好きにしたらええ。ーーところで、昨日の声は何だ? 透も分からへんようだったし、なんか分かるか?」

「分からない。俺もこの島で生きて来て、初めてあんな声を聞いた。……あんたに責任を押し付けるような事をしたのは謝る。あんた達なら、この状況を如何にか出来るのか? だったら助けてくれないか? 虫が良いのは分かるが……」

「あんた名前は?」

「武野だ。武野栄二」

「ワイは比嘉士鶴や。握手や。今やこの島は、外部と完全に遮断されつつある。嫌でも何でも、協力するしかあらへん」

武野は士鶴の差し出した手を強く握り返した。


「ところでなんで、島民が恨まれてるんですかっ!?」

青空がいきなり話に割り込むように言う。


「知るかぁ? ワイら部外者や、お前の方が詳しいやろ?」

「いや、俺は大学院が夏休みだから祖父ちゃんの家に来てるだけで、普段は島で暮らしてませんし」

「武野さんは?」

銀太が訊く。

「俺も特には。ただ島民を恨んでると言えばーー」

武野はまた言葉を濁す。

「止めいっ! それは、あらへん!!」

その人物とは、長く迫害を受けて来て、島民と部外者を判別出来る、人間ーー。

「百合乃さんが、そんな事をするかっ!」

士鶴は強く否定する。

「どうして、百合乃じゃ無いと言い切れるんだ? それに、あの家の女は不思議な力を持つと言われている。そういう物を全て信じる訳ではないが、俺達はあいつの不思議な力を見ている。無くした物の場所を当てたりーー」

「それ位は、まぐれもあるやろう?」

士鶴は百合乃に何らかの力が有るのを知っていたが、あえて此処では否定した。

「まぐれじゃない。何回も有るし、それに……」

と言葉を濁し、武野は続ける。

「俺達が生まれる前、この付近で大型客船の難破事故があった。その時に沢山の人が死んだ」

「そんな、事故があったんか? それは知らんかったが、それと百合乃さんが関係有るっちゅーんか?」

「違う。生まれる前って言ったろ? それに船の事故は付近て言っても、島からは何10㎞も離れていた。その事故の被害者の遺体が、この島にも沢山流れ着いたんだ。遺体を回収したが、見つかって無い遺体が数体あった。それが、どこへ行ったのか分からないが、島にもまだ有るんじゃないかって話があった。その話を俺達はガキの頃聞き、見つかる筈無いと思いながら、面白半分に遺体探しをした。ガキの不謹慎なゲームさ。見付けた奴には、その日買える分の全員の駄菓子を貰える」

「それを見付けたんか? でも、それだってーー」

多少強引だが、士鶴は何の証拠も無いと、それも否定しようとした。

だがーー、

「五体だ」

「え?」

「全部遺骨の一部だけだったけど、全部違う人間の骨だった。本当の人間の骨だったんだよ。それを浜辺の、彼方此方から見付けて来たんだ。一箇所にあったんじゃ無い。小さな骨の一部なら、大人も相手にしないが、1つは明らかに頭蓋骨の一部だった。それで、本土から警察が来て、一応全部の鑑定をしたんだ。そしたら、全部百合乃の言うように、人の骨だった。まだ幼い百合乃は、無邪気に笑っていたよ。菓子を独り占め出来るって。百合乃は大人に、被害者の霊が教えてくれたと言ったらしい」

「……。」


暫くの沈黙の後、銀太が改めて百合乃への疑いを否定する為に、武野の最初の問いに続けるように言った。

「ーーどうしてって、島民に恨みがある奴の仕業でも、そいつは島民じゃない人間も殺してます。島民への恨みと、殺す理由がイコールとは一概に言えませんよ。百合乃さんが犯人なら、島民だけを殺すでしょ? 半年前の事件も一連と考えるなら、今回初めて島民の被害者が出たといえます。戦後の事件も同一のモノの犯行なら、それこそ百合乃さんじゃない。無差別と考える方が良い」

「なら、誰が……?」

「それを、これから俺達が調べますよ。それが俺の仕事だ。良いでしょう、正式な依頼と受けます。報酬は要りません。ただ、この事件の事を記事にさせて貰います」

銀太の声に、今までに無い強い力が宿る。

百合乃へ疑いを掛けられ、此処に来てやっとギアがローからトップに入った。

自分の修行の為では無く、誰かの為に動き出した。


その時、


「……ああ、またこんな事がこの島で」


1人の年老いた老人がやって来て、その光景を見ながら呟くように言った。

その老人は、梶腹を溺死だと賛同したお爺さんだった。


「こんな事って? 29人怪死事件の事ですか?」


「そうだ。ワシはあの時、小学1年だった。国民学校から、丁度小学校に呼び名前が変わった年。1947年、昭和22年7月16日、まだ日本が敗戦の痛手も癒えぬ頃だった。幼かったが、はっきり覚えておる」

確かに大きな事件だったろうが、良く日にちまで覚えている、銀太は思った。

お爺さんの記憶力に関心しているとーー。

「あの時も島が鳴いた」

不意にお爺さんが、そう言った。

「島が鳴いたっ!?」

銀太はそれを聞いて驚く。

「ああ。聞いたのはあの時だけ、それからは聞いとりゃせん。島が鳴くと、きっとみんな死ぬんだと幼いながら思った。やっぱり、島が鳴くと皆んな死ぬんだな」

「他には何か?」

「何かって?」

「何でも良いから、その時に何か変わった事はありませんでしたかっ!?」

「……。分からん。覚えてるのは、母親の死顔だけだ。朝起きると、ワシの横で泡を吹いて死んでおった」

お爺さんはそうポツリと言った。


そうか。母親の命日だからか。

だから、この人は事件のあった年だけでなく、日にちまで覚えていたのか。そして、あの時にわざわざ梶腹を見に来て、死因が溺死だと言ったのか。

この人は、29人怪死事件の被害者遺族だ。事件を経験している。銀太は思った。


老人は暫く何か物思いにふけるように海を見つめ、去って行った。


「あの人は?」

「中山の爺だよ。今島に居る中じゃ最高齢だ」

「1947年に小1なら、まだ80前じゃないですか? もっと上の方は、亡くなられたんですか?」

「今島に居るって、言ったろ? 他の爺さん婆さんは、高齢で本土の施設や病院に入ってる。といっても、そんなに多くは無い。3、4人くらいか」

「じゃあ、中山さんより上の方はこの島には居ないのか……」

「1人、居たが……」

「居たが?」

武野はゆっくり指差す。

指の先には寝かされた遺体が。

それは、さっき見た被害者の磯野敏江だった。

そうだ。あの人は83歳とか言ってたな。

「 敏江婆さんは、83だったけど頭はしっかりしてたから、きっと何か知ってたろう。体も丈夫で、自分は最後まで島でって言ってたが、それが裏目に出た」

「中山さんより歳下の人間で、あの事件を経験して覚えて居そうな人は?」

「聞いてみないと分からないが、島の老人は多いと言っても、それは全体的な割合での話だからなぁ。居ても、覚えてるのは10人以下じゃないかな? 6歳以下だろ? あったって事は覚えてるかも知れないけど」

「……。」

確かに、自分でも6歳以下の時の記憶なんて、そんなに詳細には覚えて居ない。銀太は考え込む。

「でも本人らは居ないが、親族はまだ島に居る。本土に居る年寄りには、電話で聞けば良い」

武野が言った。

そうだ。その手がある。電話で聞いて貰えば良い。


「おいっ! 皆んな、見てくれーー」


その時、中山の爺と代わるように、忙しなく走って港にやって来た若い男が言った。


「どうした? 和馬」

武野が言った。

この若い男は和馬というらしい。

他の島民も集まって、和馬を囲む。


「良いからコレを見ろっ!?」

そう言って、和馬が出したのは、スマホだった。多分、自分の物だろう。

どうやら、見ろと言ってるのは、ネットのニュースらしい。


『いったい水那島で何が起こっているのかっ!!?』という見出しが見える。


外の世界でも、島の事は結構な騒ぎらしい。そりゃそうだな、色々人の目を惹くネタも多い。怪死、行方不明の警察達、そしてまた大量死。観光客の親族も居るだろうし。


「マスコミも大騒ぎみたいだな」

「そりゃそうだろう」

「救助は、まだか?」

「警察じゃダメだ! 自衛隊を呼べ!!」

島民は口々に言う。


「違う、そこの記事じゃないっ!! コレだっ!!?」

そう言うと、ニュースの1番したの差し込み動画のサムネイルを和馬はタッチする。


サムネイルには『速報!!』の見出しがーー。


モニター一面に動画映像が広がり、再生が始まる。


「なんだ? ヘリコプターの中か?」

誰かが言った。


確かにヘリコプターの中の様だ。

マイクを持った若い女の二の腕には、『曙』の腕章が。民放の曙テレビのリポーターらしい。

何か騒いでるようだ。小さく声がスピーカーから漏れている。


「音、もう少し大きくならねえのか?」

誰かが言った。

すまんすまんと、和馬は音を上げる。


ヘリコプターの音に混じり、リポーターの声が聞こえる。

「謎の霧です! 雲なんでしょうか!! 急に現れましたっ!! バミューダトライアングルの伝説を思い出しますっ!!?」

声に興奮と不安が入り混じる。

相当の恐怖だろうが、それでも必死にレポートしている。


カメラが前を向くと、ヘリコプターのフロントガラスの向こうに、真っ白い濃い霧か雲の様な物が見える。


「霧が迫って来ますっ!? 雲にしては低いです! 一旦退避しまっーー!!?」

リポーターがそう言い掛けた時、ヘリコプターの目の前で閃光が走る。

続いて雷の様な轟音ーー!!

キャアー!!? という悲鳴の後、画面が傾き大きく揺れる。

ヘリコプターが錐揉み状態の様だ。


そして、砂嵐に変わる……。

ヘリコプターは墜落したのだ。


「何だよ、アレはっ!?」

「あんなもんが、島の周りに居んのかよっ!!?」

島民の口から反射的に出た『居る』という言葉ーー。

雲や霧に対して使う言葉では無いが、この場合合っていると銀太は思った。


ヘリコプターが落ちる瞬間、雲の様な物は、まるで意思を持った生き物の様な奇怪な動きを見せた。その動きは一見緩やかに見えたが、目で感じた速さよりはずっと早いだろう。一瞬でヘリコプターのフロントガラスを白く覆った。その姿は、タコが獲物を獲る様に似る。ヘリコプターに覆い被さり、包み込み、喰らい付いた。

少なくとも、自然現象の様には見えなかった。


「これは何だ? 何の映像だよ?」

「今朝、本土から島に向かったテレビ局のヘリらしい。着陸許可願いは、役場に出て無いみたいだから、上空から撮る気だったんだろう」

和馬は言った。

「今まで島に向かった警察の船も、コレにか?」

「 じゃあ今朝出た警察のヘリも既にーー」

島民達から不安の声が口々に漏れる。

「分からないですが、そう考えるのがーー」

銀太が言う。

「波久礼さん、アレは何なんスカ?」

青空が訊く。

「この映像だけじゃ何とも……。正体は分からないが、多分あの雲は、積乱雲の様に、中で雷を発生させたのだろう。積乱雲とは所謂雷雲だけど、ただあんなに小さな雲で、ヘリを落としような雷が発生するのか?」

「コレが何かは分からへんが、ただこれじゃ、ワイらも島から出られへんちゅうこっちゃな。籠の鳥や」

「出られ無いって、食料もそうだが、飲み水がーー。井戸の水は飲み続けて平気なのかっ!?」

と、島民から出た声に

「 元々、井戸水も水道水も同じ地底湖の水だろ? 死んだ奴らは、何で死んだんだ?」

武野が補足する様に言った。


一通り、被害者の様子と現場を見るて回ると、既に午後3時を回っていた。

車を借りればもっと早く回れるが、発電所のガソリンに回す為に、ガソリンを使う物の使用は禁止された。

島には小規模の火力発電所と、各家庭に自家発電機があるという。


銀太と士鶴は、時間も時間なので、今日はもう村民館へ帰る事とした。


「何か分かったか?」

「さっぱりや」

「ーーん? ……ッ!!?」

銀太はギョッとして、今すれ違った相手を見た。


……すれ違う瞬間まで、その存在に全く気が付かなかった。


ーーが、


振り返ると、既にその人物の姿はなかった。

遠くに視線を伸ばすが、背後の視界に入る範囲には、人っ子一人居ない。


錯覚か!? いや、違う。


一瞬視界の端に映ったその姿が、脳裏に焼き付いている。


その人物は、薄汚れた医者の着るような白衣を着ていた。

なぜ、その人物は、と銀太が思ったかというと、すれ違った人物の性別が分からなかったからだ。

顔にはぐるぐると、包帯が巻かれていた。ただ、落ち着いて全体を思い出せば、その背格好から男であろう。銀太よりは大きいが、170半ば位の細身だった。

包帯の隙間から、小さな黒目をした、血のように赤い瞳が覗いていた。その眼差しは鋭く、まさに獲物を狙う凶暴な蛇やワニのようで、温かい血の通わぬ、一種爬虫類染みたゾッと背筋の寒くなる物があった。

ーーその目は、真っ直ぐに集落の方を向いていた。

そして身体からは、煙の様な黒い物が、ユラユラと立ち昇っていた。それは、何かとても不吉な物に感じられた。


ーーあのすれ違い様の一瞬で、それだけの情報を得られたのか?


いや、目で見たというのとは違う。


すれ違う一瞬で、銀太の脳裏に直接像が焼き付けられた、そいう感じだ。


「……アレは?」

思わず銀太は訊く。

「お前にも、見えたんか?」

「幽霊か? ニコマートを使わずに、俺にも見えたぞ?」

「ちと違う。アレは思念体や。まさに思念が視覚化したモンや」

「幽霊と何が違う?」

「何が。うーん、そうやな。アレは本体やない。 思念つーのは強い思いや。それが視覚化したモンや」

「アイツは集落へ向かったぞ!? 行かなくて良いのか?」

「アレはイメージに過ぎん。今から行こうが、もう既に始まっとる。止めに行くなら、コッチやない。ーー行くのはアッチや」

士鶴は集落と反対を、振り返り見た。

「……水那山?」

「せや、思念体はアッチから来た。アッチに居るモンが、集落へ向ける強い思いが視覚化し見えたんや。言うまでも無いが、その思いは憎悪や。それも、かなり強いな。あの黒い煙みたいなのは瘴気や。溢れ出る悪意や。早よ止めんと、また死人が出るで」


村民館の前を通り過ぎ、変なモノを見てしまったので心配になり、2人して百合乃の家に向かった。


家に着くと車は有るが、百合乃は居なかった。


「おかしいな? いつも、そろそろ夕飯の支度をしてる時間なのに?」

「鍵空いたままやんけ?」

「俺を送ってくれる時も施錠して無かったから、一々閉める習慣が無いんだろ? 田舎だし、島で最近まであまり観光客も来なかったしな」

「でも、百合乃さんにちょっかい出す変なのも多いで?」

「なら近くに居るのかも知れないな」

「とりあえず、周りを探してみるか?」


百合乃の家は、道から奥まった場所に一軒だけ在る。水那山を背にし、水那山の麓に在る。


銀太と士鶴は、百合乃の家を出て、私道を通り、今来た車道まで出て、そこから左右に別れて百合乃を探しに向かった。

車道は一本だが、脇に入る歩道が結構有り、その中は意外に入り組んでいる。



士鶴は脇道に入り、上ったり下りたり、クネクネと入り組んだ細い道を歩いた。脇が畑に成っている場所も有るが、大概は低い藪だ。

暫くそうやって歩くと、また別の車道に出た。道を上りに向かい、左に曲がると、直ぐ見覚えのある階段が左脇に在った。それは、最初に野宿しようとした、神社の階段だった。

士鶴は、その階段を登った。


急な階段を登ると、間も無く、あの神社の社が見えた。境内に人の気配は無いが、一週回って見る事にした。


すると、裏手に細い遊歩道のような、道が有り、上へと伸びていた。

こんな道があったのかと、士鶴はさらにその道を進むと、広まった場所に出た。


そこから、集落が一望出来た。

小さな展望台のようになっていた。


「何しとるんや?」

「うわっ!? びっくり! 」


そこに百合乃が居た。


「どうしたんですか?」

「あんたを探しに来た」

「なんで?」

「家に居ないし、集落で大亀と五味ちゅうアホにも会ったからな。あんなんが、まだまだ島には居るんやろ?」

「あの2人程の馬鹿は、さすがに居ないですよ。アイツら、ほんとアホですよね! 絵に描いたようなボンボンで」

「ーーあと、もっとヤバイもんにもな」


百合乃は一瞬考えた様な素振りを見せ


「ーー。めちゃ、眺め良いですよ? こっち来て一緒に見ません?」


そう言った。


士鶴は、百合乃の横に立つ。


夕暮れで赤く島が染まり、夕陽の側で、巨大な雲が棚引いている。

まるで1枚の巨大な絵画の様だった。


島の裏で、銀太と見た風景を思い出す。

馬鹿にしたが、こちらはこちらで、また違う顔を持っていた。集落で感じた、過疎地の経済的に貧弱なイメージとは全然違う世界が有った。

人の作った物など容易く内包してしまう、自然の雄大さを感じずには居られなかった。人口がこのまま減り続け、あの集落が消えて、この島から人間が全て消えても、此処は何も失われないのだ。本来の姿に戻るだけだ。


此処から見えるあの小さな集落で、今起きている惨劇など、この風景からは想像も付かない。

人間社会で起きている事など、自然界ではどうでも良い事なのだ。


「秘密の場所か? ええ眺めやな」

「皆んな、知ってますよ。小さい頃は皆んなで来てたもの。此処から皆んなで同じ物を見てた」

そう言った百合乃の顔は微笑んで居たが、悲しげだった。

多分、たまに此処へ来て、避けられる様になる前の、楽しかった幼い日々を思い出しているのだろう。


そんな、百合乃の横顔を見ながら、

士鶴の頭には別の景色が浮かんで居た。


それはーー、

遠い過去の記憶だ……。


「ワイ施設で育ったねん。その近くに、デカイデパート在ってな。そこの屋上から、良く景色見とったわ。埼玉やのに、少し高い所に登ると、結構大きく富士山見えんねん。夕暮れの自分の暮らす街の向こうに、不釣り合いな富士山。結構、染みるもんあんでぇ。ワイの能力の所為で、親が離婚して。オトン1人じゃ手に余ってな。施設でも能力バレるの怖くて友達でけへんし、1人でアニメばっか見とったわ。ワイみたいなモンが、アニメの世界やヒーローやもん。しかも、皆んな辛い過去背負ってるし。リアルのヒーローより、シンパシー感じるわ。まあ、その後ワイは自分の能力使って、派手にドロップアウトしたけどな」

「ーーでも、今は違うんですよね? ヒーローが序盤でドロップアウトなんて、定番じゃないですか。……士鶴さん。私、ーーヒィッ!!」


百合乃が士鶴の方を向くと、士鶴が唇を尖らせ、目を閉じ迫って来て居た。


「ちょっ! ちょっと止めて下さいッ!!」

百合乃は士鶴の顔面を両手で押さえ、必死に拒絶する。


「ええやん、一緒にこの島を出よう!」

「1人で出れますっ! やってる事が、大亀や五味と変わらない、カスじゃないですかッ!!」

「あえて言おうカスであるとッ!!」

「死んで下さいっ! 今すぐ、死んで下さいっ!!」


押し問答していると、


ーーゴンッ!!


という衝撃音の後


「あーーーーーーーれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!!!」

と、士鶴は目の前の崖から落ちて行った。



「ーー!??」

一瞬の出来事に驚いて居る百合乃。


「大丈夫ですか? ーーああ、コイツ涙牙って言います。俺の守護霊です」


士鶴を葬った(死んで無い)のは、銀太だった。


百合乃も能力者だと言うので、面倒なので、涙牙はそのまま実体化させた。

ステルス仕様は、結構力を消耗するのだ。


「あの? 士鶴さんは??」

「あの程度じゃ、死にませんよ」

「そ、そうなの? 」

と百合乃は恐る恐る崖の下を覗く。


「ふざけんなやっ! 殺す気か銀太ッ!!」

下の木に引っ掛かった士鶴が叫んでいる。


「ほらね?」

「……本当だわ。」

と百合乃は目を丸くして言い、涙牙をそのままの瞳で見ると

「でも凄い。こんなにはっきり実体化した霊なんて、見た事が無い!? 姿だってーー」

「まあ訳ありで、一般的な霊体というより、荒神(こうじん)に近いモノらしいですけど」

「……荒神?」

「その辺は、士鶴の方が詳しいです」

「ーーふぅん。これが、君に感じた力の正体か。納得だわ」

「なんや、どっから湧いて出たねん?」

崖下から登って来た士鶴が、銀太に言った。

「お前、本当に油断も隙も無いな!」

銀太は呆れたようにそう言い。

「ーーそこだよ」

と指差した。


そこには、良く見ねば気付かぬ程の、小さな歩道への入り口があった。

丁度、士鶴が来た道の向かい側だ。

士鶴が来た道より更に狭い。道幅は半分程しか無い。藪の隙間に、人1人通れる位の道が在った。藪に紛れてまるで気が付かなかった。

「百合乃さんの家への道の先が、此処に続いてたんだ」

銀太はそう続けた。


確かに、細い獣道の様な歩道を、背の低い木々のトンネルを抜け進むと、暫くして百合乃家の前に着いた。


「この島の道は、色んな所に通じとるのぉ、さあ夕飯の支度でも手伝うで」

「お前は帰れよ」

「何でやねん?」

「百合乃さんが怯えてるだろ?」


士鶴が玄関から室内を見ると、柱の陰から百合乃がこちらを覗き、威嚇するネコの様にシャーッ! シャーッ! 言っていた。


士鶴は仕方ないので、村民館に帰る事にした。


「士鶴さんて、大阪出身じゃないの?」

夕食の調理をして居る百合乃が、皿を並べる銀太に言う。


今日は庭で取れた野菜と、山の狸のくれた魚貝の創作パスタだ。都会から離れても、若い女性の好む物は洒落ている。

今さら言うまでも無いだろうが、山の狸の正体は透だ。

姿を見せず、こっそり生活必需品や食べ物を置く透を揶揄して、百合乃がそう呼んでいる。


「え?」

「埼玉の施設に居たってーー」

「ああ。大阪で産まれて、両親が離婚するまでは居たらしいですけど、その後はずっと埼玉です」

「だから、なんか大阪弁変なのね?」

「……あははは」

銀太から思わず乾いた笑いが漏れる。

「ドロップアウトしてたんですって?」

百合乃は嬉しそうに笑い言う。

「アイツそんな事まで……。」

銀太は溜息を吐く様に呆れて言い

「その辺は本人に聞いて下さい」

と続けた。

「聞き辛いから、銀太君に訊いてるんじゃない?」

「聞いても面白い話じゃ無いです」

「えー、でも聞きたい」

「本人に訊いて下さい」

銀太は冷たく突き放すように言う。

「ケチ」

そう言う百合乃の言葉は、どこか甘えて可愛らしく聞こえた。


「ーー此処に来る途中、変なモノ見たの?」

百合乃が話を替え訊いた。

変なモノとは、多分あの包帯男の事だろう。

士鶴はその事も話したようだ。

「ええ」

「それって、どんなの?」

士鶴は詳しくは、伝えて無いようだ。

「白衣を着て、顔に包帯をグルグル巻きにしたーー」

銀太は百合乃が何か知って居るんじゃないかと、期待を込めて説明した。

「……そう」

その言い方は、やはり何かを知っていそうに感じた。

「何か知ってますか?」

「うううんっ!?」

百合乃は横に首を振り否定し

「さあ、夕飯にしましょう!」

と言った。


夕食を済ませて、風呂を頂くと、銀太は借りている客間に敷かれた布団の上に横になって、スマホで今日のニュースの確認をした。


客間は、1階の西側に在る。8畳の純和風のこじんました部屋だ。

パジャマなんて気の利いた物は持って来て無いので、百合乃が父親の浴衣を借してくれている。


勿論、確認するのは、この水那島のニュースだ。

今日、ヘリコプターの墜落動画を見せられた事で、外の世界が気になった。


やはりニュースでは、島の事は結構な騒ぎになっていた。マスコミ関係者の搭乗するヘリコプターも墜落したんだ、当然だろう。その瞬間の映像が放映されたのも、視聴者の興味を惹くのに一役買っている。


動画サイトに違法アップロードされたニュース動画の中に、島の役場職員とワイドショーMCが、電話でやり取りするような物もあったが、いまいち話が噛み合っていなかった。

当然だ、この島起きている事を、目で見て、経験してない人間に説明するのは難しい。説明しようにも例えようが無い。それはつまり、聞く側も想像のしようが無いという事だ。


それにしても、知らぬ間に外の世界も、島のニュースで持ち切りになっていたようだ。結構な騒ぎどころでは無い。島から帰島出来ない、観光客の親族のインタビューもあった。


その時、LINEの着信音がーー。


それは、あの水木田かずお資料館の、村尾月子からだった。


村尾月子

『ニュース見ました? 皆那島の!』


波久礼銀太

『ああ。つか今居ます。皆那島にーー』


村尾月子

『本当ですか!? 残念、取材に行くなら、ご一緒したかったのにっ!! 』


波久礼銀太

『それで、わざわざ連絡を?』


村尾月子

『それもあるけど、実はお祖父様が水那島の29人怪死事件の取材に行ってて、それで』


波久礼銀太

『えっ!? もしかして水鳴き島って名付けたのって?』


村尾月子

『はい、お祖父様です』


波久礼銀太

『ホントですか! ミズチに付いて、何か書いてませんでした? 水鬼って書いて、ミズチなんですけど』


村尾月子

『ミズチ? 蛟じゃ無く水鬼? 私の頭の中には、前にお伝えしたように、目にしたお祖父様の書物は全て入って居ますが、ちょっと記憶に無いですね。でも、まだ目を通して無い取材ノートには、何かあるかも知れません。調べましょうか?』


波久礼銀太

『よろしくお願います!!』


草薙凪様

『おお銀太、土産頼むわ。買って来ないと凸(⌒▽⌒)コロスぞ?』


ヤっちん

『また面白そうな事件に、首突っ込んでますね? 楽しそう』


七宗合歓子

『何アンタ私に断りも無く、勝手に行ってんのよっ? 家行ったら誰も居なくて、夜逃げしたかと思ったわ。マジ! 生きて帰って来なくて良いからっ!!』


草薙凪様

『LINEのグループ内で痴話喧嘩辞めて貰えますぅ? ( ^∀^)凸 イチャイチャ 凸( ^∀^)アヒャヒャ』


七宗合歓子

『うるさいわよっ! オッサン!! ロリコンの癖に!!』


草薙凪様

『(⌒▽⌒)ばーか。銀太は今頃、離島で知り合ったJKやJCと。。(^艸^)プププ嫌らしいぃ。若いっていいな! ババア』


七宗合歓子

『別にどうでも良いわよッ!? 私には関係無いし!!』


草薙凪様

『泣いてんの?(⌒▽⌒)』


七宗合歓子

『泣いて無いわよッ! 今からマジでアンタ殺しに行くから!! 住所言いなさいよッ!!!!!!!!』


草薙凪様

『W(・Д・)W 掛ってて来いや! ババア 」


ヤっちん

『東京都港区麻布◯×◯× ◯◯ビルーー』


草薙凪様

『ーーヤっちん!!?』



「…………。」


LINEのグループに月子が送った所為で、無駄に荒れた。


銀太は2度と返信しなかった・・・。

説明したいと思っても、絶対皆んなちゃんと説明を聞かないので、

そのうち銀太は、既読すんのもやめた。

カーズが考えるのを止めたように……。


※カーズ。

ジョジョの奇妙な冒険、第2部「戦闘潮流」の登場人物。喋る人面carじゃない方。


「さあ寝よ。こっちは、死ぬかも知れないのになんだよ……。バカばっかだ。士鶴は寝たのか? 全然絡んで来ないけど。既読もして無いみたいだな」

ふぁああ。と、銀太は欠伸を1つし、床に着いた。


顔に掛かる陽の光で、銀太は目を覚ます。

部屋の南側は廊下に面した障子ガラス、東側は隣の客間と繋がる襖になっている。


朝、スマホを見るとLINEの着信数表示が、天文学的な数字になっていた。

どんだけ暇なんだ。銀太は呆れる。


見るのも面倒だが、月子から何か水鬼についての情報が有るかも知れない。

さすがに、一々1つずつ読んで行く訳には行かないので、

さっと見ると、あの後から全部、合歓子と凪の不毛な罵倒のし合いだけだった。


こっちは死ぬかも知れないって言うのに……。

凪さんも、助けはいるか? とか、せめて合歓子は大丈夫? 位言っても良いだろう?

と、落胆と失望の念を抱きながらも、

いやいや、元々は修行で来ているんだ! 人に頼ったりするのはダメだ! と自分を叱責する。


それにしても、士鶴は全く絡んでも居ない。あのお調子者が珍しい。


……月子さんから何かあっても、一々こんなになっていたら分からないだろう。

はあ、と銀太は溜息を吐く。


月子個人に、何か水鬼の事が分かったら、自分個人宛で連絡をくれるようにLINEを送っておいた。


それから銀太は、服を着替えようと、浴衣を脱ぐと


ーーバンッ!

勢い良く襖が開く。


「開けて良いっ? 入るわよっ?」

と、百合乃が入って来た。


「ちょっ!? ちょっと、普通は、良いか悪いか、の返事を聞いてから開けるでしょっ!??」

銀太はそう言い、急いでジーンズを履き、長Tを着る。


「……。なんなの君も? その傷は?」

銀太の全身に散らばる無数の傷痕を見た百合乃が、なんだか呆れたように言う。

でも驚いたりは、していないようだ。気を使ってるのかも知れない。

「色々、あんすよ」

銀太はそう言った。

「なんでも困った事が、あったらお姉さんに言いなさいね。エッチなお願いと、金の無心以外なら、聞いてあげるから。はい、今日のお弁当と水筒。後、虫除けスプレーね。水那山に行くんでしょ?」

「大丈夫です。困った事と言えば昼飯くらいなんで、これで解決です。それにプラスして、虫除けスプレーなんて、完璧過ぎです。ありがとうございます!」

「そう、じゃあ朝ご飯にしましょう。もう出来てるわよ」


朝食を百合乃と一緒に取り、行ってらっしゃい気を付けて、と送られて銀太は家を出た。







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