スレンダーマン 事件②
確かにもう一度依頼メールを見てみると、高城さんが言っていた証言した少女と、依頼して来た少女は同じだった。少女の名は、板橋区に住む木下リナちゃん11歳。
これから3人で、彼女の家に向かう事になった。
「楽で良いねぇ、こういう時に刑事と一緒だと。面倒な手回し無しに、直に依頼人の保護者に会える」
凪さんが車を運転しながら言う。
「そりゃ、あんたみたいな異常者が突然来たら、親御さんも心配でしょうからね」
後部座席から高城さんが言う。ちなみに私は助手席に座ってます。
リナちゃんの住むマンションに着く。
玄関から出て来た母親に、高城さんは警察手帳を見せ自己紹介すると
「すいません、警察で色々話したと思うんですけど、もう一度聞かせて頂きたくてーー」
と言った。
「良いですけど、あの子がどう言うか。警察で信じて貰えず、学校では嘘つき扱い。ここ数日は学校を休んでますし」
「リナちゃん! 草薙探偵事務所の凪だ! メールくれたろう、俺は君を信じてる!! だからこうやって知り合いの刑事のオバサンをやっと説得して君に会いに来た!! 話を聞かせて欲しい!!」
と凪さんは玄関から室内に向かって叫んだ。
「なっ! ……オバサン。」と高城さんは凪さんを睨む
「全然、信じて無かったじゃないですか」と小声で言う私に
「嘘も方便て言うだろ。これも交渉術だよ」と小声で凪さんは応える。
しばらくすると、玄関から見える部屋のドアが開きその影から、リナちゃんがこちらを覗いた。
リビングに通され、リナちゃんの話を聞く。
「返事が無かったから、依頼を受けてくれ無いのかと思った」
「いや、こちらの刑事のオバサンさんの説得に手間取ってね。私立探偵の俺だけよりずっと捜査がはかどるからね。ちゃんと来たろう。君の為に!」
などと、凪さんはしれっと自分の株を上げる為に嘘を言う。
「お金は要らないの?」
「ああ、もちろんさ。お兄さんは君の味方だからね。正義のヒーローがお金を取ったりしないだろ?」
凪さんは急に正義のヒーローになる。リナちゃんが美少女だったからね!
リナちゃん、その人は正義のヒーローじゃありませんよ。本当は変態ロリコンおじさんですよぉー。お巡りさん捕まえてくださぁーい。
私の気持ち届け! と、念を送りながら隣の高城さんを見る。
高城さんは般若のような顔をしている。どうやら、届いているらしい。
「美憂ちゃんの事を助けてくれる?」
今にも泣き出しそうにリナちゃんが言う。
「ああ、もちろんさ。だから、美憂ちゃんが拐われた時の事を教えてくれ」
ちなみに美憂ちゃんとは、最後に誘拐された(3件が連続誘拐事件とした場合)間宮美憂ちゃん(11歳小5)の事である。リナちゃんとは幼馴染の同級生である。
リナちゃんは、かくかくしかじかと当時の事を一生懸命話した。
「分かった! 後は任せておけ」
凪さんは、そう言うと滅茶苦茶キラキラした目で立ち上がった。
きっと何か良く無い事でも考えているのだろう。
凪さんの性質上、リナちゃんに何もし無いとは思うけど
翌日。
朝早くから出掛けていた凪さんは、帰って来ると真面目な顔で言った。
「さあ、ヤッちんこれに着替えるんだ!」
「なんですか、それ……。」
「スレンダーマンをおびき出す為だよ!」
事務所のテーブルの上に、ひらひらの付いた子供服と赤いランドセルが置かれている。
「私にそれを着ろと?」
「ああ、仕事の為にある筋から仕入れて来た」
「ある筋って、洋服にデパートの値札付いてるじゃ無いですか。12000円! 高っ!!朝からこんなの買いに行ってたんですか? オッさんが1人で」
なぜ、私を連れて行かなかったんだろう。きっと、私に小学生コスをさせるという目的に目がくらみ、羞恥心なんて物は忘れてしまったんだろう。変態だ。
昨日、滅茶苦茶きらきらした目をしていたのはこの為か。同じ屋根の下に異常者が居るという危機感を、私はまざまざと再認識させられるのだった。
「馬鹿野郎! 子供の命が掛かってるかも知れないんだぞ! 恥ずかしがってられるか!!」
と凪さんは、大義名分を掲げ変態コスを迫る。お前は少し恥ずかしがれ
「まあ良いですけど、こんな子供っぽい服じゃ、仕事が終わったら普段着れないじゃないですか。高いのにもったい無い。最近の子はもっと大人っぽいのも着るから、こんな子供ぽいのじゃなくても良かったんじゃないですか?」
「……別にたまに室内で着て見せてくれれば、俺はそれで良いよ」と、ぼそりと本音をカミングアウト。
「エッ!」っと、思わずキレ気味に凪さんを睨む。
「ちち、違うよ! 違うって!! 俺の趣味とかじゃなくてーー」
何が違うんだろう。何をそんなに焦って否定しているんだこの人は。
完全に凪さんの趣味以外の何物でも無いじゃ無いか。人は核心を突かれると無駄に足掻く物だ。
納得は行かないが、美憂ちゃんの命が掛かってるのは確か。
仕方なく私は小学生コスをした。
「やっぱり、無理があるんじゃないですか?」
私は背中のランドセルを見ながら言う。
「やあ、良く似合ってるよ! ヤッちんの身長が150cmくらいだろ? 小6JSの平均身長が145㎝くらいで、それより少し高いくらいだから問題はない! 中にはヤッちんより身長の高い子も沢山居るし、もちろん君より胸の大きい子だって沢山居るんだよ」
やだ、気持ち悪い豆知識だわ。
へーへーって言うトリビアボタンを押す代わりに、死ね死ねと言うdeathボタンを心の中でこれでもかってほど連打する。しかも、さりげなく私の胸が小さいってディスってるし。
「ああ、そうですか」(棒)
「じゃあ、まず最初に1枚写真を撮っておこう。俺のスマホでも1枚ね」
いつの間に用意したのか、買ったばかりのプラウベルマキナ67を持っている。
「嫌ですよ! それもう完全に凪さんの趣味じゃないですか!」
「ちちちちち、違うよ! もし何かあった時の為に、君を探すビラとか作る場合もあるだろ?」
百歩譲って本当にそうだとして、スマホの画像は何に使うんだ。
「大丈夫ですよ。どーせ死ぬ事は無いですし! 良いから、早く行きましょうよ!!」
「なんでだよ! せっかくJSコスしたのにもったい無いじゃないか!!」
「やっぱ、お前の趣味じゃねーか!!」
「 い、いや、それはーー。ヤッちん言葉遣いが高城みたいでなんか怖いよ……。」
人を変えるのはあなたの態度次第death!
気持ちを入れ替え
昨日、リナちゃんに聞いた美憂ちゃんが拐われた場所に着く。
川沿いの遊歩道に出る細い路地で、短い区間だが左右は高い塀に挟まれている。
連れ去れた時間は16時半前後。
何か大きな影が急に現れて、美憂ちゃんを拐ったと言う。スレンダーマンの姿を見たのは、ほんの一瞬で、驚いて面食らっている間に消えていたという。
さて、では歩いてみますか。
凪さんは少し離れた所に居るが、常にイヤホンマイクを通じてスマホで話せる状態だ。
少し離れれは人は多いのに、生活道路だからかまるで人が居無い。此処は広い道路と、川沿いの遊歩道を繋ぐ、路地だ。長さは50mも無いだろう。
此処を使うのは、川沿いに住みそこから街中に出る人か、遊歩道を散歩する人くらいなのだろう。此処であんな異様な見た目の大男が、どうやって少女を誰にも気付かれないように拐ったのだろう? 不思議だ。
1回通るが、何も起きないどころか、誰にも出会わなかった。
それで、何度か往復してみるが、犬の散歩に遊歩道に向かうお婆さんと巡回する警察官にすれ違っただけだ。警官に子供の1人歩きは気を付けるように注意された。本当に小学生に見えるらしい。ショックだ。
冬の陽は短い。17時に迫ればかなり薄暗くなって来る。しかも、此処は高い塀に挟まれた路地だ。さらに暗い。
「結構、暗くなって来ましたけどどうします? お婆さんと、お巡りさんに出会っただけですが」と私はイヤホンマイクで凪さんに言う。
「そうだな。もう一回だけ歩いて今日は戻るか。あまり暗くなると、ランドセル背負った子供1人だと警察官の目にも付くからな。色々聞かれても面倒だしな」
「そうですね」と言い掛けて、私は急に闇に覆われた。日没するにしても急すぎる。おかしい。
次の瞬間、自分の体が浮いているのに気付く。
「えっ!? ちょっとーー」
「どうした? ヤッちん!」
「体が浮いてます!!」
「えっ!? どういう事だ!」
私は左右を見てから、脇の下にある感覚に気付く。手だ! 誰かに抱き抱えられている。
上を見上げる。そこには、あの写真で見た物が居た。道の両壁に長い足を突っ張り、上から長い手で私を捕らえている。
「凪さん、スレンダーマンです!」
「現れたか! 今どういう状態だ!?」
「え? ーー私、捕まってます。浮いてます」
「なにっ!? どういう状況だよ! とにかく、今すぐ行く!!」
イヤホンマイク越しに凪さんはそう答えて、直ぐに路地に来たが
その時には、私ははるか凪さんの頭上高くに居た。
スレンダーマンは塀から、ビルの壁に移り、私を片手に抱えたまま器用に登って行く。
「ヤッちぃーーーーーーーーーーーーーん!!!!!」
下から凪さんの叫び声が聞こえる。
イヤホンマイクで何か言おうとして、イヤホンマイクが外れて落ちてしまっている事に気付いた。
だから、凪さんは叫んでいるのか。
私は仕方なく手を振る。凪さんはどうする事も出来ずに、苦し紛れに横に立っているバイク進入禁止の標識を握る。どうやら、引き抜こうとしているようだ。
さすがに、凪さんそれは無理です。と思ったがーー
「え?」
凪さんは何度か力を入れ、標識を引き抜くとスレンダーマン目掛けて槍投げのように投げた。
標識は私の頭の上をかすめ、ビルの壁にズドンッ!と音を立てて突き刺さった。
危ないじゃないですか。と私は、心の中で凪さんに抗議する。
さすがにスレンダーマンも、動きを止めて下を見るが、すぐまた今までよりスピードを上げて壁を登り始めた。
さようならぁー、凪さぁーん。と私は心の中で言いながら、下の凪さんに小さく手を振った。
此処がスレンダーマンのアジトか。
拐われた後、夕闇の中を移動して排水溝の中へと連れて行かれた。
そして、私は薄暗い部屋の端の、廃材で作られた檻に入れられた。
スマホの電波を確認しようと思ったが、どうやらイヤホンマイクだけじゃなく
スマホも一緒に落としてしまったらしい。だが、幸いランドセルに入れた発信機は落として居なかった。この発信機は地下でも使えるから問題は無い筈だ。
中では少女が1人眠っていた。拐われた少女の1人だろう。気を失っているのだろうか? 側には焼けた肉片がスエた臭いを放っている。きっと、彼女の食事として置かれているのだろうが、当然こんな得体の知れない肉に手を付けた様子はない。その横に壊れた鍋に水が入れられていた。少女を揺すってみたが、生きてはいるが反応が弱い。きっと、こんな状態じゃ水以外何も口にしてはいないのだろう。もう1人は何処だろう?
檻の扉には鎖が巻かれ、頑丈そうな錠前が付いている。
スレンダーマンは、しばらくすると排水溝の奥に消えて行った。完全に近くに居る気配が無くなると、私は次の行動に移る。まずヘアピンを髪から抜き曲げる、そして錠前に差し込む。少し前に探偵業に役に立てばとたまたまネット見て覚えたピッキングのやり方を試してみる。しばらくカチャカチャやっていると、簡単に開いてしまった。もしかすると、本当に私は天才かも知れない。
檻を出る。此処はちょうど各排水溝の水が注ぎ込み大きな流れになる所らしい。たぶん、洪水になると此処が全て水に満たされるのだろう。今は水が引き、部屋の中心に浅い溝の様に掘られた水路を僅かに水が流れているだけだ。
周りを見るが、出口のような物は無い。弱っている少女を排水溝の中を連れて、逃げ出せそうには無い。数時間もすれば、私の持った発信機の電波を辿り凪さんが来るだろうから、それまで待った方が良さそうだ。
小さなランプが置かれていた、それを持ち内部をもう少し調べてみる。
檻の向かいの隅に、トタンで作られた冷蔵庫程の箱の様な物を見つける。そこから煙が僅かに出ていた。開けてみると切り分けられた肉が吊るされていた。燻製を作っているようだ。そこで、私は最悪の物を発見する。骨だ。多分人間の子供の物だ。まだ生々しく肉がこびり付いている。この燻製が何の肉なのか簡単に想像が付く。箱の隣に大きな鍋があった。蓋を開ける。大量の黄色い油の浮いた汁の中に、煮られた少女の頭がこちらを向いて浮かんでいた。鍋がまだ暖かい。きっと、少し前に調理されたのだろう。食料が減って来たので、補充の為に私を捕まえたのだ。
アイツが帰ってくる前に檻に戻る事にする。
私は怖くなかった。それは死な無いからではなく、凪さんが直ぐに来てくれるのが分かっていたから。
私は静かな排水溝の中で、膝を抱え、あの燻製の入った箱を見つめながら思い出していた。高城さんがスレンダーマンが人を喰ってると言った時の、あの嫌悪に満ちた目を。私に向けてでは無いが、どうしても意識してしまう、私も人を喰らうのだという事をーー。
最近、再び人間社会で暮らすようになって忘れていた。私は人を喰らう化け物なのだ。あんなに独りだった時間が長かったのに、僅かな時間の社会との関わり合いでその事を忘れて、普通の人間として生きていた子供だった頃のような気持ちに戻ってしまっていた。
自分の傍らで眠る少女に目をやる。
全てが終わるまで、このまま寝ていて欲しいと思う。怖い思いをしなくて済む様に
しばらくするとアイツが帰って来て、燻製の出来を見ていた。
落ち着いて見ると、随分とネットで見たスレンダーマンと違う事に気付く。
細身に長身、長い手足は変わらないが、背広など着ていない。
ゆったりした黒い着物の様な物を羽織っている。下は二股に分かれた細身のズボンのような物を履いているようだ。顔にも黒い布を巻いている。
ボロボロの汚れた服であるが、姿はまるで忍者みたいだーー。
あっ!?
その後ろ姿を見ていて、やっと私は思い出した。コイツが何なのかを
コイツは、スレンダーマンなんかじゃない。
「思い出しました。あなたは蜘蛛一族ですね?」
つづく