心臓探偵 のん ⑨
「さあ、寝るか。疲れたし、明日から祖母ちゃんの家を掃除したい。俺の短い人生最後の仕事だ」
晴人が言う。
(なあ、考え直せよ? お前も、せっかく助かった命だろう)
「うるさいな。お前の所為だろ? お前が全部悪い。諦めろ。残りの余生を静かに生きろ」
晴人は今のお膳を退かして、寝床を作る。
さすがに何年も使って居なかった布団は厳しいだろうから、今日はこのまま寝よう。
明日に見てみて、使えそうなら2階の窓際の日の当たる場所に干そう。
祖母の家は、道路からは少し奥まった場所に在るので、2階までは見えないだろうと晴人は考えた。
死にに来た筈なのに、何だか楽しくなって来た。
殺人鬼を胸に宿したまま、苦悩しながら生きる事を諦めたから、気が楽になったのかもしれない。平穏な最後を迎えられそうだ。出来れば苦しまずに逝きたい。
それが今の晴人のささやかな願いだが、理由はどうあれ人を殺めた自分を神様は許さないだろう。そう思っていた。
ロウソクを吹き消して、マッチと共に自分の側に置くと、晴人は横になる。
疲れも、目的地に着いた安堵感も有り、晴人は横になるとすぐに眠りに落ちそうになった。
(なあ!)
そんな晴人に、早川が語り掛ける。
「……なんだよ。うるさいなぁ! 今日はもう寝かせてくれ」
(違う!)
「何がだよ」
(……誰か居る。)
「え?」
「嘘つけよ?」
(嘘じゃねえ。お化けじゃね? お前の祖母さんのーー)
「別に祖母ちゃんなら良いよ」
(他の霊かもよ? 話が話だから声高には語られねぇが、震災後に被災地で幽霊を見たって話はネットに糞ほど転がってる。津波が押し寄せる中にも出たって、良く分からん都市伝説もある)
「やめろよっ! 不謹慎だぞ!!」
(これから死ぬのに、幽霊が怖いか?)
早川は笑った。
「怖いなんて言ってないだろ! なんで、そんな事に詳しいんだよっ!」
(オカルトや都市伝説が俺は好きなんだよ)
「そうだな!! 異常者ってそういうの好きだもんな?」
(馬鹿にしてんのかよ? 偏見だろ)
「事実じゃないかっ!」
…………コト……ッ…
「ーーーーーツ!?」
(な?)
確かに何か音がした。
自然と起きる音の感じじゃ無い。何かの力が物体に作用して出る音だ。
何かが何かに打つかる音……。
晴人は体を起こし、消したロウソクをまた点ける。
と
「ーーうわぁッ!?」
自分の直ぐ脇を、黒い物体がササササッと走り抜けて、闇に消える。
「なんだっ!??」
ーーチュウっ
と、闇の中から遠ざかって行く鳴き声が小さした。
「……ネズミか!? 人騒がせな。人が住まなくなったから、民家に動物が棲み着くなんてのは良く聞くからな。明日はネズミ退治もか。殺すのは可哀想だから、追い払う位だけどな」
(ーーいや、違う。音は上からだった)
早川は晴人の言葉を否定する。
「え?」
(それに何かを蹴った音だ。それも、ネズミが蹴れるような大きさじゃない物だ。此処は平屋か? なら、天井裏にも何かが居るのか?)
早川は淡々とした声で言う。
確かに最初聞いた音は、もっとネズミより大きさのある物が、何かに打つかった音だった……。
「ーーいや、此処には2階がある。豚が入って来てる様子は無い。もっと他の何かか?」
(様子を見に行って見るか? 寝てて顔でも獣に囓られたら堪らんだろ? バイ菌が入って敗血症とかで死にたいなら良いがな。手間が省けるか)
早川は嫌味ったらしく言った。
「……。」
ロウソクを持ち、晴人は2階に向かう。
ギィ……ギィィィィ………。
篭った湿気で、木製の階段は朽ち初めているのか、強度的な不安と心霊的な不安という、2つの意味で嫌な音がする。
気乗りはしないが、そのままにして眠るのも、それはそれで気分は良く無い。
とにかく、確かめてしまえば、気持ちは晴れるだろう。
晴人の記憶では、2階には6畳程の部屋が2つとトイレが有る筈だ。
階段を上がり切ると、晴人は鼻をつく異臭に、鼻と口を塞ぐ。
ーー何かが腐った臭いだ。
嫌な予感が、どんどん現実になって行く。
(何か、死んでやがるのか?)
……そうだ、コレは死臭だ。
あえて、考えないようにしていたのに、早川の馬鹿が。
ハッキリ言いやがってーー。
晴人は怒りが込み上げて来るが、声を出せば何かに気付かれそうな、変な不安があり堪える。
とにかく先を進み、一部屋目を開ける。
(先客が居たらしいな?)
部屋には布団が敷かれて、周りにゴミが散らばっている。
誰か死んでやしなかと不安が過るが、布団の中には誰も居ない。
生活感は有るが、部屋の中には人は居ない。ーーいや生活云々というより、まるで獣の寝床だ。
ゴミの中に、空の缶詰や、食べ物の空袋なんかも有る。商品自体は、決して古い物じゃない。
消費期限は来年か。缶詰にはまだ食べカスが付いていやがる。
確実に最近誰か此処にいた。
「何だコレ?」
変な物を見つける。
それは枕元に、小さく山のように積まれていた。
(骨だろうな)
早川が言った。
そうだ。これは生き物の骨だ。
豚じゃ無い。このサイズから考えると猫よりは大きい、犬辺りだろうか?
しかも、皮を剥ぎ生で齧っている。骨に齧り取られた赤い肉がまだ付いている。
手持ちの食料を食べ尽くし、捕らえられる獣を喰ったのだろう。
「ホームレスでも住み着いて居たのか?」
(居たのか? じゃなく、まだ居る。だろう? その肉の具合から見て、喰ってから長く経って無い。豚が獲れなくて、比較的簡単に捕らえられる、野良犬化した元飼い犬でも獲ったんだろう)
早川も同じような事を考えている。
調理で火を使うとバレるから生で喰ったのか?
台所を使った形跡は無かった。見ると膨らんだ白いビニール袋が、捲られた布団に隠れるように有る。
袋の周りには血が付いている。その血の跡の中にーー、人の指の跡だ!?
血で指の跡が付いている。
袋を落ちている割り箸で突くと、中からブウウウン! とハエの群れが飛び立つ。
オエッ! 思わず嗚咽が漏れる。戻しそうだ。
家は密封されている筈なのにどこから、こんなにハエが入ったのだ?
気付かぬ隙間が沢山あるのだろう。
袋の隙間から、多分赤の首輪が見える。流石に、もう割り箸で、これ以上袋の口を大きく開く気には成れない。覗き込むように袋の上から見る。血がこびり付き、赤黒く変色しているが、大きさから見ると、結構な大型犬だろう。
誰だか知らないが、こんな所で暮らして居たのか!?
確かに帰還困難地区で、許可無く侵入するのはヤバイが……。とは言え、
いくらバレるからと、犬の生肉を喰う何てどんな奴だ……!?
(布団を触ってみろ?)
「え?」
(いいから)
晴人は捲られた布団の下の敷布団を触る。
(違う。もっと下だ。布団の中だ)
「……えっ! 気持ち悪りぃよ」
そう言いながらも、晴人は布団に手を入れ。
「………ッ!? ……温かい」
まだ布団の中が、微かに温かい。
それは、つまりーー
(気を付けろよ? コイツはやる事が、徹底してる。捕まらない事、生きる事、への執着が半端無い。しかも、犬を解体してる。何か刃物を持ってる筈だ。お前みたいな子供が敵にするなら、相当ヤバイぞ? 俺なら逃げるね)
逃げるって言ったって、どこへだよ?
「取り敢えず、もう少し調べてみる」
(俺は逃げるべきだと思うがな。スマホでお巡り呼んで、帰ろうぜ? 罪を償って真面目に生きろよ)
「はあ!? ふざけんなよ! 結局、それかよっ!! もう決めたんだ! 俺の決心は揺るがないぞ! つか、スマホはさっきぶっ壊しただろ? 警察はどっちにしろ呼べないよ」
晴人は部屋を出る。
そして、もう1つの部屋を見るが、此処は何も問題が無さそうだ。
嘗て父の部屋だった場所は、自分の記憶の中に在るままだった。
机と本棚だけ残り、他は父が家を出た時に片付けられている。
父の部屋を後にし、廊下の突き当たりに在るトイレを開ける。
最初の部屋と同じく、晴人は口と鼻を塞ぎ、顔を背けた。
ブウウウウウンと、ハエが群れなして飛ぶ。
便器に黒く変色した大便が山となっている。
水が止まり流れないから、そのままにして獣のように貯め糞をしていた。
昔、狸などがそういう行動をすると、晴人はテレビのドキュメンタリーで見たのをふと思い出した。
(あ、アレ犬の骨だな?)
大便から覗く、白い硬質の物体に気付き、早川が言う。
「いいよ! そういうのーー」
こんな排泄物と腐臭の混じる中、闇に潜み、1人生の犬肉を齧るーー。
どんな奴だ?
到底並みの神経の持ち主では無いのは、簡単に想像出来る。
ーーゾッと背中か寒くなる。
此処の住人には、出くわしたく無い。
とにかく、部屋は全部確かめたから、1度1階に戻ろう。
もしまだこの中に、この惨状を作った奴が居るなら、家はくれてやろう。
そして、不法侵入して申し訳無いが、他の人の家に移る事にしよう。
俺は平穏に最後を迎えられれば、それで満足だ。
無駄なリスクは要らない。
誰だか知らないが、勝手にやってくれ。
そう思い、最初の部屋の前を通り過ぎ、階段を下りようとした時に、ふと人の気配に気付く。
ーー左側に人影が!?
蝋燭の炎を向けてハッ!? とする、それは雨戸の閉められた内にある窓ガラスに映っている事にーー。
人影は、最初の部屋の入り口に、此方を向き立っているんだっ!?
背後を振り返ろうとした時、
ーーーーッ!?
強い力で後ろから羽交締めにされる。
落としそうになる燭台を必死に掴む。
「ーー放せッ!?」
晴人はそう叫ぶが、体は強い力で押え付けられビクともしない。
ガラスに映った自分の姿を見ると、作業服の男が背後から羽交い締めにしている。
そして、自分の首元にはキラリと輝く真新しい巨大な牛刀が見える。
これで、犬を解体したのか。
男の顔を見て、ふと気付く。
ーーコイツ、見覚えがあるぞ!?
晴人は必死に記憶を巡らす。
スキンヘッドに中心に寄った顔、蛇の様な小さな目ーー。
そうだ。コイツはーー
「……国母実。どうして、お前が此処にっ!!」
教室で、クラスメイトに見せられた逃亡犯だ!
「やはり俺の事を知ってるようだな。なら、可哀想だが生きては返せない。それにしても、どうしてお前みたいなガキがこんな所へ? 」
「此処は、俺の祖母ちゃんの家だっ!!」
「ふーん、なるほどな。訳ありそうだが、肝試しって訳でも無さそうだな。じゃあ、仲間も居ねえな?」
晴人はしまったッ!? と思った。
仲間が居ると思わせて置けば、直ぐには殺されずに済んだかもしれない。悔やんだ所でもう遅い。
「アホな事考えるなよ? もうババア2人殺って、俺には前科もある。もう捕まれば死刑は免れ無いから、何でもするぜ?」
国母は晴人にそう言ってから、独り言のように
「人が居ねえし、寄り付かねえから、隠れるのに最適だと思ったが考え物だな? 食物もねえし。コイツをバラしたら、また街へ戻るか?」
そう言った。
もう殺す事は決まっているらしい。
だが、こっちも死ぬ覚悟で来ている。
そう易々とこんな奴に殺られる訳には行かない。こんな最後はゴメンだ。まだ戦って死んだ方がマシだ。
晴人はガラスに映った国母の様子を見ながら、大体の目安をつけて、国母の顔目掛けて火の点いたロウソクの刺さった燭台を投げ付ける。
「ーーぐわっ!?」
闇の中に国母の叫び声が響く、どうやら顔に命中したらしい。
命中したとは言え、当然致命傷なんて与えられて無いのは分かっている。一瞬ひるませただけだ。直ぐに逃げなくてはいけない。
羽交い締めにした手から力が抜けたのを合図に、国母の腕を振り払い、闇に紛れて階段を急いで駆け下りる。
階段を下り始めると直ぐに、後ろからドタドタと音が迫って来る。
ほとんど差も無く、国母が追って来ている。
この様子じゃ、ダメージは0だろう。ただ怒らせただけだ。
追って来る足音の響きからでも、国母の怒りに満ちた心情が分かるようだ。
捕まれば、即殺されるだろう。
そろそろ階段を下り切ると思った瞬間、
ーーバンッ!!
背中に強い衝撃を感じて吹き飛んだ!
多分、国母に蹴られたのだ。
ドンッ!! と晴人は畳にうつ伏せに倒れる。
(お前がスマホ壊さなきゃ、警察呼べたのによ。もう終わったわ)
早川が言う。
こんな事態が起きるのが分かってりゃ壊さないよ!
まあ、分かってりゃ、そもそも来ないけどなっ!!
晴人は心の中で、そう反論した。
起き上がろうとした時に、背後 に強い光を受ける。振り返ると、国母がライトで照らしている。そんな物を持っていたのか。
晴人は眩しくて、腕で光を遮るがーー
「てめえっ! この野郎ーーッ!!」
怒号を上げて、晴人の顔を国母が蹴り上げる。
「ーーグアッ!!」
晴人は痛みに声を上げる。口の中に鉄の匂いを感じた。血だ。
「舐めやがって、クソガキがッ!! ブチ殺してやるッ!!」
そのまま、国母は晴人に馬乗りに成ると、拳を顔面に力任せに振り下ろす。
ーードガッ!! ドガッ!! ドガッ!! ドガッ!!
重く鈍い音が響く。
よほど頭に来たのだろうか? それともロウソクをぶつけられた時に落としたのだろうか? 国母は牛刀を使わずに、何度も晴人の顔に拳を振り下ろした。
(ダメだ! 殺される!! その辺にお前が研いだ包丁が有ったろう!)
早川が言うが、両手は国母の攻撃を防ぐので精一杯だ。
包丁なんか取ろうとしてたら、その間に殴り殺される。
殴られまくり、意識が朦朧としてくる。
こんな死に方は嫌だ。
ーーその時、畳に置かれた国母のライトの光に、何かがキラリと反射したのが目に入った。
それは、晴人に襲い掛かった時に落としたのだろうか? それとも国母が自分で刺したのだろうか? 畳に突き刺さった牛刀だった。
国母は気が狂ったように、自分の顔を殴り続けている。だが、もう痛みの感覚が無い。
牛刀に手が届きそうだが。ーーダメだ。意識が遠退く……。
例え牛刀に手が届いても、反撃なんて出来そうには無い。
牛刀を手に、刺すぞっ!? と、ハッタリをかます事すら難しそうだ。
もう、無理だ。
……………………………………………。
ーーんッ!! 何だ?
急に辺りが明るくなる。天井の照明が点いている。電気が来ていたのか?
いや、今はそんな、事はどうでも良い。
俺はどうなったんだ? まさか、死んだのか!?
「そいつから離れろッ!! いいから、それを置けッ!!」
拳銃を向けて、若い男が叫んでいる。
その側にはのんと、上野駅で見たあの黒尽くめの男ーー。と美少女??
そうか、こいつらは刑事か。
のんが連れて来たのか?
良く分からないが、とにかく助かったようだ。
クソッ!! 死にに来て、殺され掛けるなんて、何てマヌケなんだ。
しかも、あんな態度をしたのんに助けられるなんて……。
後で謝ろう。
でもやはり、死にたくないんだ俺は。早川と生きる道を選ぶか?
それにしても、なんて顔でのんは俺を見ているんだ?
そんなに俺の顔は酷いやられようか?
こんな状況なのに思わずフッと笑いが溢れる。
「いいからッ! 晴人君、それを置くんだッ!!?」
えっ? 何を言ってるんだ? この若い刑事は?
(スゲーよ! 相棒!! お前は俺以上だぜっ!!)
どういう意味だ?
(俺じゃねえ! お前が、1人でやったんだ! 完全に覚醒したんだ!!)
覚醒?
(そうだ!)
待て?
……どうして、俺は声に出さなくてもお前と話せるんだ?
(だから、それはお前がこっち側に来たからさ。おめでとう)
……え?
晴人は自分の視線がおかしい事に気付く。
俺は国母に馬乗りになられて居た筈なのに、位置が逆転している??
自分は国母の位置に居る。
国母はどうしたんだ??
んっ!?
手に何か握っている?
右手には、ーー牛刀? 国母のか?
そして、手も牛刀も鮮血に染まっている。
何だこれ? 俺の血か?? えっ?
晴人は、今まで自分の居た筈の位置に、視線を落とす。
ーーーーーッ??!!!
畳の上には、首の無い血塗れの死体がーー。
足元は血の海だ。
その服装は、ーー国母の物だった。
じゃあこれは、国母か?
これが国母なら、今左手に持っているのは何だ??
嫌な予感が過る。ーーだが、確かめずにはいれない。
晴人は左手を、ゆっくり胸の位置まで掲げる。
自分の左手に有る物はーー、
「ーー頭?」
スキンヘッドで持つ所が無かったのだろう、晴人は国母の生首の口に、指を引っ掛け持っていた。
生気の失せた、生々しい国母の開かれた瞳は、虚ろに天井の照明を見る。
その瞳は照明の人工的な光を受け輝いていたが、命の炎はもう消えていた。
「ーーひぃっ!!?」
晴人は我に返ったように、国母の頭を投げ捨てる。
ゴロリとボーリング玉みたいに、国母の頭が血の糸を引き転がる。
指先にヌメヌメした、国母の唾液だか血だか分からない気色の悪い感触を感じ、自分の服で急いで拭った。何度も何度もーー。
「落ち着いて、晴人……!?」
のんは精一杯の冷静を装い、語り掛けるが声が震えている。
ーー俺は国母を殺し、その上何を思ったか首を切断したのだ。
バラバラにして処分しようとしたのか??
若い刑事らしき男は、国母に威嚇していたのではない。
自分に言っていたのだ。
晴人はやっと今の自分の状況を理解した。
そして、
「うわああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!????????????」
頭を抱え、狂った様に叫んだ。
「大丈夫だから、晴人……。落ち着いて?」
「ダメだっ! のんちゃん近付いちゃ」
晴人に近付くのんに、六郎が言う。
(一ノヰさん、六郎君に従いましょう。今は晴人君は興奮していて危険です)
「何言ってるの? 晴人だよ、先生ーー。晴人、一緒に帰ろう?」
頭を抱え込む晴人に、のんが手を伸ばす。
「ダメだのんちゃんっ!!」
と走り出そうとする六郎を、草薙が手を伸ばし制止する。
「手を退けて下さいっ!?」
「大丈夫だ。駿草が一緒だ。ヤバイと思ったら躊躇無く撃て。この距離だ、肩に当てるくらいの芸当は出来るだろう? 同時に飛び出して、あの子は俺が守る」
草薙は小声で言った。
「……分かりました」
「……どうして、来たんだ?」
晴人は言った。
「え?」
「何で来たんだよっ!」
「だって晴人が心配でーー」
「心配してくれなんて頼んだのかよっ!」
「落ち着いてよ? 晴人が悪いんじゃない、晴人に移植された早川の心臓の所為だよ?」
「知ってるのか?」
「私に移植された心臓は、早川を追っていた刑事さんの物なの。2人は一緒に事故に遭い。そして、ドナー登録されていたから私と晴人に移植された」
「その刑事は、今お前の中にーー?」
「うん。……駿草治って言うんだ。私は今その人と一緒に警察の捜査に協力してる。晴人のした事は、全部早川の所為だよ。それをきっと私達が証明するから。大丈夫だよ」
(クッソッ! あの刑事もまだ生きてやがったか!? 此処まで追って来るとは、しつこい奴だぜ)
「……そうか、全部知ってるのか」
「うん」
晴人は暫く考え、手を伸ばす。
そして、のんの差し出した手を掴むとーー、
強く引き寄せた!
「ちょ、ちょっとっ! 晴人!!?」
「お前ら、動くなっ!」
晴人はのんに牛刀を突き付けて言った。
「辞めろっ! 晴人君っ!!」
六郎が叫ぶ。
「クソッ! 上手くいかねえな!!」
草薙は吐き捨てるように言う。
「退がれっ!!」
晴人は叫ぶ。
(晴人、此処は捕まって置いた方が良いんじゃねーか? お前は薬の件もあるし)
「うるさいッ!黙れ!! お前の指図は受けない! 」
「晴人、早川と話してるの?」
「ああ、そうだ! 俺は此処で静かに死ぬつもりだったんだ! 着いたらあの逃亡犯が祖母ちゃんの居て、お前らも来て、全部メチャクチャだ!!」
「……ごめん。でも私はーー」
そう言い掛けたのんを、晴人は六郎達に向かい突き飛ばした。
「きゃっ!!」
六郎はのんを抱き止める。
突き飛ばされたのんの耳には、小さく晴人の声が聞こえた。
「……来てくれてありがとう、最後に会えて良かった」
そう言ったのが
のんはその言葉を聞いて、晴人が何を考えているのか察した。
「晴人ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!」
のんが叫んだ時には
晴人は既に自分の胸に牛刀を突き立てていた。
「……ぐぅッ!?」
「晴人君っ!」
六郎が一歩踏み込む。
「来るなッ! ハァハァ……ッ! 」
「晴人君、聞くんだ! あの子はまだ死んで無いっ!」
「……ッ!?」
「意識不明の状態だが、まだ生きているんだ!!」
「……。そうか、良かった。でも、俺は……。……あの子を襲った時に興奮してたんだ……。」
「え?」
「なぜだか分からない。そんな気持ちになった事なんて今まで無かった。そんな気持ちを、想像した事さえ無かった。早川の所為かも知れない。でも、俺はーー。具体的な記憶が無くとも、あの時感じた高揚感を心が覚えている。我に返り、心に刻まれた罪悪感は永遠に消えない。そして、何をするか分からない自分への恐怖もーー。今もこうやって、1人殺した」
(止めろっ! 晴人、まだ助かるっ!! 俺まで刃は達してねえっ!!)
早川は血相を変え言う。
「お前は助からない。少し前の俺なら、こんな真似出来なかったが、今の俺なら出来る。俺は覚醒したんだろ? こうやって死ぬ事だって怖く無い。ーーもう俺から出て行け」
(……おいっ!? 何をする気だ?)
晴人は歯を喰いしばり
「……うっ! ううっ!! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!?」
と、刺された牛刀を上に押し上げ、自分の胸を切り裂くと、グッと手を突っ込む。
「……ゴフッ!?」
晴人の口から咳と共に血が噴き出す。
「やめてッ! 晴人ッ!!」
のんが、そう叫ぶ中
(止めろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!?)
早川の心臓を、ブチブチッ! と血管を引き千切りながら、掴み出した。
(…………。)
そして、まだ鼓動している心臓を畳に投げ付けた。
ベチャッ!! 早川の心臓は音を立てて、畳に叩き付けられる。
晴人の頭に、もう早川の声は響かない。
久しぶりの静寂だった。
のんは晴人に駆け寄り、抱き上げる。
まだ、微かに息をしてる。
「晴人ッ! 晴人死なないでーー!!」
「女の子の、意識が…戻って欲しい……」
「そうだね! きっと戻るよ!! だから、晴人も死なないでーー!!」
「ヤッちんっ!?」
「……無理です。心臓が無いのでは。普通なら即死の状態です。まだ生きてるだけで奇跡なのにーー、人の精神の力でしょうか」
いくら八百比丘尼の血でも、失った心臓の再生までは出来ない。それに、出来たとしても、再生完了を待たずに他の臓器や脳が活動停止し絶命するだろう。血が送られ無いのだから。
晴人は一言だけ告げ、間も無く息絶えた。
最初の思惑とは違ったが、肩に背負わされた重荷をやっと下ろし、のんの膝の上で目を閉じた顔は安らかに見えた。
畳に転がる早川の心臓も、既に鼓動を止めてただの一切れの肉塊になっていた。
ブルルルルルーー。
六郎のスマホが胸で震えた。
「はい。はい。ーー分かりました。意識は? なるほど。はい、後で説明します。また連絡します」
「……どうしたの?」
のんが訊く。
「意識不明だった女の子が、意識を取り戻したらしい。まだ受け答えはハッキリしないが、容態も安定してるらしい」
まるで、晴人の命と引き換えにしたような奇跡だった。
後味の良くない今回の事件で、唯一の救い共言える出来事だ。
「よかった」
とのんはほっとしたように溜息を吐くと、微笑んだ。
そして、もう目覚める事の無い晴人の血塗れの顔を見る。
「晴人助かったってさ……」
晴人の顔に雫が付いている。それは、今落ちた自分の涙だった。
涙が溢れてくる。のんは自分の制服の裾で、晴人の血塗れの顔を拭う。
せめて、顔くらい綺麗にしてやりたかった。
女心というやつだ。
「さあ、始めるぞ?」
草薙が、六郎に言った。
「ーー?」
六郎は、その言葉の意味が分からなかった。
「何をですか? もう、事件は解決してしまっているでしょう?」
六郎はキョトンとして言った。
「このままじゃ、コイツが世間の下らねえ吊るし上げにあう」
コイツとは、勿論今のんの膝の上で眠る晴人の事だ。
「え?」
「だから、このままじゃ、単に早川の模倣犯で逃亡犯を殺しただけの、キチガイガキ扱いされるって言ってんだよ。コイツの家族も無事じゃすまねえ。だから、事件を隠蔽する。被害者も助かったんだ」
「ええっ!?」
「ええっ!? じゃねーよ。コイツは英雄だ。そんな真似はさせられねえ。女の子が助かったのだって、偶然とは思えねえ。あいつが抗った結果だろう。戦ったんだ、その高揚感だ。自らこんなやり方で、決着を付けるような奴が、ガキ殺す事に喜びを覚えるかよ。ーーよくわかんねーけど。とにかく、俺はそうは思わねえ。コイツは、お前ら警察の尻拭いを1人させられたんだよ。早川を捕まえられず、国母も取り逃がした、お前らの責任だ。……そして、コイツが死んだのは、俺の責任でもある。上野でちゃんと捕まえとけばーー。クソッ!」
「ーー私が法廷で証言するよ。早川の所為だって」
のんが言った。
「そんなに簡単には事は運ばねえよ。相川が死んでるんだ。駿草がお嬢ちゃんの中で生きている事は証明出来るかも知れねえが、相川の中に早川が生きていて影響を与えていた事の証明にはならねえ。マスコミに追われて、お嬢ちゃんも相川の家族もボロボロにされるぞ? 駿草がお嬢ちゃんの中に生きている証明をするのだけだって、下手すりゃ何年も掛かる。検事とか警察だって邪魔すんだろ」
「……そんな。晴人が可哀想だよ」
「……。」
六郎は悩んだ。
草薙はそんな六郎に言う。
「お前は、法律を守る為に刑事になったのかよ? 正義を生業にするなら、常に弱者の側に付けよ。それが、正義に生きる人間の真理だ」
「だが、俺はやはり刑事だ。こんな時、もし先輩ならーー」
「今、このお嬢ちゃんの中に駿草の意識が有っても、駿草はもう居ないんだよ。アイツには何も言う権利はねえ! 先に死んじまったアイツが悪い。アイツの意識だけが有ったって、何も助けちゃくれねえんだよ! 死んじまってんだよ!!」
「……そんな、言い方は」
「お前が決めろ。このお嬢ちゃんじゃなく、お前が決めて、お前が全部背負え。子供をこんな事に巻き込んだ、大人の責任だ」
「……。分かった」
六郎は草薙に従う事にした。
先生何も言わなかったね? これで良かったの?
燃え盛る晴人の祖母の家を見ながら、のんは胸の中の駿草に問う。
(良く無いでしょうね。ただ、草薙さんの言うように、私には何も言う権利は無い。生きている、あなた達が決めなくては行けない。六郎君は戻れぬ道を選びましたが、彼の進む道の先にある物も、私が目指した先にある物も、結局は同じような物の気も今はします)
何それ? 意味が分からないよ?
(どちらを選んでも、どんなに良い結果になっても、一生苦悩する事になるという事です。被害者と加害者が必ず存在する、犯罪の解決に関わる我々の宿命でしょうか? 犯罪の解決に、明確な答えは無いのかも知れません。だから、法に頼らざる得ない。でも、法に委ねても、それを利用するのが人間である以上色々な葛藤が生まれる。草薙さんはその判断を法に委ねずに、自分で判断して下す)
「これ、渡しとく。さっき別にしといた、国母の荷物に入れとけ」
草薙が六郎に何かを手渡す。
「これは?」
「相川の部屋に有った物だ。ちゃんと捜査しろよ?」
それは、晴人が最初の犯行に使ったゴム手袋と飴玉だった。
「晴人君の家を訪ねた男女の刑事ってーー」
「俺と高城だ。ああいう場合は、刑事と一緒だと助かる。手袋の内側に付いた晴人の指紋とDNAは上手い事洗浄してある。飴玉の袋の方は、指紋1つ無かった。早川の指南だろう。手袋は犯行後そのままみたいだったから、相川は自首でも考えていたのか、後に始末する気だったのか、その辺は分からない。とりあえず、表面の被害者の唾液が着いた部分はそのままだ。さっき、国母に着けさせて置いた。ちょっと血液が着いたが誤魔化せ。もし相川のDNAが表面に多少残っていても、この屋敷の中で相川と国母に何が有ったのか分かる者は居ないから、どうとでも言い逃れ出来るだろう。もし、相川に疑いが掛かった時にだけ使え。罪を国母に着せれば良い。疑いが掛からなきゃそのままで良い。問題は被害者の記憶だが、相川が見られていたならーー」
「多分、見られている事は無いと思います。早川の手口は巧妙化で迅速、防犯カメラの死角で平然を装い待ち構え、入って来た被害者の後ろから襲い掛かり、10秒も掛からずに終わらせている。同じ手口を、晴人君は早川の指南を受けて使った筈です」
「そうか」
「……あなたは一体?」
「そのお嬢ちゃんと同じようなもんさ。たまにボランティアでお前らに協力してやってるのさ。ただ、飼い犬じゃねー。そして、俺を良く思わない奴も沢山いる。まあそのパワーバランスが均衡してるから、簡単には足元を掬われる事も無いがな」
草薙は燃え盛る炎を見詰めるのんの背中を見ながら言うが、勿論のんの事を見ているのでは無い。
のんの中に居る、嘗てのライバル駿草に対してなのは六郎にも分かった。
六郎はのんを見詰める草薙から、燃え盛る炎に目を移して、自分が戻れぬ道に踏み出してしまった事を痛感していた。
晴人のためと言うより、のんの為にした事だ。まだ心に、これで良かったのか? という葛藤はある。だが、もう戻る事は出来ない。これからは、いばらの道だ。すべての善悪を法ではなく、自分で見極め無くてはいけないだろう。そうして行かなくては、今日の事を決断した気持ちを、否定する事になる。その場凌ぎの、良い加減な、判断をした事にしてしまう。それは許されない。
これから進む道は、尊敬する大先輩駿草治とは真逆道ーー、いや、同じ方向に向かう、きっと違う道なのだ。
その道を、のんに一緒に歩ませる訳には行かない。全てを自分だけで背負うと決めたのだ。それに、これ以上のんを、危険な目や悲しい目には合わせられない。
これで、名コンビ解消だな。……迷コンビかな?
頭の中では、今までの、短い間だったが、濃いのんとのハチャメチャな捜査の日々が巡る。
六郎は1人思い出し苦笑する。
「気持ち悪いな。普通こんな場面で笑う?」
草薙は、そんな六郎に心無い事を言った。
「違いますよっ! ほっといて下さい!!」
六郎は憤慨した。
草薙は人の気持ちを察する事の出来ない、クズであった。




