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箱男事件 ④

「海外旅行でも行く気でっか?」

「でも、丸一日掛かるって、お祖父様のノートにはーー」

月子さんは、一抱え以上ありそうなキャリーケースを持って、資料館で待っていた。


波久礼さん、合歓子さん、士鶴さんはキチッと登山用のウェアーを着て、リュックだけ背負って来た。


「何が入ってるんでっか?」

「パジャマとぉー、ドライヤーとぉー亀麿くんのヌイグルミとぉー」

という月子さんの言葉をーー

「全部、要らんっ!」

と切り捨てる士鶴さん。

その場で、要るの物と要らない物が、士鶴さんにより選別される。

「ええー、でもドライヤーが無いと髪がーー」

「コンセントが山の中にあらへん!! つか、髪洗う風呂もシャワーも無い!」

「じゃあ、亀麿くんのヌイグルミは? コレが無いと寝れません」

「亀麿ってなんか卑猥な名前やな……。大丈夫や、一晩だけワイが月子さんの亀麿になったる!」

「……それは、ちょっと。あなたの命が掛かってても嫌です」

「……。」

渋々ながら、月子さんは状況を受け入れ


「どういう育てられ方して来たんや?」


と結局リュック1つにされた。


先が思いやられるな。まったく。


「ーーそして、」

と、士鶴さんは今度は私と凪さんを見た。


なんだ?


「あんさんらやぁ! なんで、普段着やねん!! さっきのままやん! 手ブラだし! 凪さんにいたっては、スーツっ!!」

「大丈夫だ。だって俺だし」

と凪さんは自分の胸に両手を当てて言う。

「なんやそれ?」

「手ブラ」

「……。」

「私も平気です。ヤバっぽかったら、凪さんにおぶさります」

と、私も胸に両手を当てて言う。

「ヤッちんも手ブラか?」

「……ヌ、ヌーブラです」

「ブラしか掛かってへんやんけ……。なんやねん」

「いいね。ヤっちん負んぶ出来るとか、恐悦至極だね」

と凪さん。

相変わらず言い回しからして気持ち悪いdeath。


ハァと溜息を吐き、「知らへんで……。」と士鶴さんは私達を説得するのは諦めた。

まあどうせ何があっても死なないし。私達。

人生も山も舐め舐めっすよぉ。


私達は、荷物は全部車のトランクに積んで、バイクに波久礼さんと士鶴さん、車に女の子チームと凪さん、に分かれて石川県と岐阜県の県境を目指した。



夜中に翌朝の登山へ向かう、入山口と思われる所に着いた。

と言っても、ハイキングコースや登山客が来るような山でもないので、ただの森に囲まれた道の脇の広まった場所である。

明日に備えて、車の中で仮眠を取る。波久礼さんと士鶴さんは、外にテントを張った。

月子さんはヌイグルミが無いと寝れないと言ったが、出発して間も無くからずっと爆睡中だ。車に乗るとスグ寝るタイプらしい……。


翌朝ーー。


「なんでや! なんで凪さんばかり女子と同席やねん!そんなん猥褻やろう!!」

「俺の車だし。お前と違って安全だからだろ? つか、なんだよ卑猥って。猥褻はお前の存在だろう。死ね」

朝からボヤく士鶴さんに、凪さんは心無い言葉を投げ掛ける。

「2人はすっかり仲良しね? 付き合っちゃえば? 腐女子ウケ狙って? クスクス」

と更に上行く毒舌の合歓子さん。

「確かに、俺はクソイケメンで士鶴もそこそこの顔だから、腐女ウケは間違い無いだろう。ーーだが、断るっ!!」

だが、断るっ!! は、決めゼリフだ。そういう所で使うのはやめろ。

「ワイも、ーーだが断るだぎゃあっ!!」

と士鶴さんも凪さんに続くが、

もはや、だが断るっ!!の原型すら留めて無い。

「そう? 残念ね。あなた達みたいな変態には、お似合いだと思うのに」

「アホな事言って無いで、早く食べて登り始めますよ。一晩掛かるらしいから」

波久礼さんは、携帯コンロでお湯を沸かし、皆んなの分のカップ麺にお湯を注ぐ。

「ヤッちんはまたブラックサンダーだけで良いの? よく持つね」

「はい」

「食べたら、歯を磨きたいです」

と月子さん。

「ああ、入山口の手前に湧き水が飲めるようになってる所あるから、そこで磨いたら良いですよ。コップは俺の持って来たの使えば良いです」

「おお。銀太なんや、月子さんと間接キス狙いか? いやらしいのぉ。お前は歳上好きやからなあ。いやらしいのぉ」

「しょうがないだろ? 月子さん、着替えくらいしか持って来てないんだから。良く洗うから平気だ!」

「……良く洗うだなんて、酷い」

「いや、そういう意味じゃ無くて」

「ええのぉ、これで堂々と間接キスできるやん?」

「だから、狙ってねえよっ!!ああ、もう面倒くさいなっ!」

「ワイええ事、思いついたわ。月子さんが使って、ワイが使って、銀太が使えば、間接キスにはならへん」

「中学生か? お前の頭はーー」

「水なんて手で掬えばいいじゃない」

「そうですね。私、手で掬います」

「士鶴、悪いけど、ちょっと死んでて。朝からあんたの話聞いてると、脳が壊死しそうだから」

「ちょっと死んだら、もはや永遠やろっ!」

「一晩て、何時に出て丸一晩だよ? 丸一晩にも色々あんだろ? 」

ズルズルとカップ麺を食べながら凪さんが訊く。

「それは、書いてませんけど、士鶴が持って来たナビだと今出れば夜には着きますよ。向こうで、もう一泊する事になりますけど」

「そういや士鶴、登山用GPSなんてよく持ってたな?」

「修行で山籠りする時に使うんですわ。有ると便利でっせ」

「どうなの? それって。霊能者として良いのかよ?」

「超能力者じゃあるまいし、なんでも出来る訳やあらへん。文明の力は使わな。それに、ワシは別に苦行をする為に行くんや無い。ただ人目の無い場所に行きたいだけや」

「どーせ、全裸で走り回ったりしてるだけだろ?」

「なんの修行やっ!! 異常者やないけっ!」

「いや、お前、異常者じゃん。自覚が無いのは本物だぞ?」

「異常者やないわぁっ!」


「ーーさて、月子さんの歯磨きも終わったし。行こう、って、まあ此処から登るんだけどね」

「こんな所から、登るの?」

眉をひそめ、嫌そうに合歓子さんが言う。


入山口と言うが、そこには急な傾斜の人1人くらいが通れる、両側を木々に囲まれた細い道が、一本あるだけだーー。

最近、なんかこういうのが多いな?


「ああ。さっき、水を汲みに来た時にGPSで確認した」

と、波久礼さんが合歓子さんに答える。

「ペットボトルの水あんじゃん?」

「水は貴重になるかも知れないから、此処のを使ったんだ。飲めるって書いてあるし」


確かに、湧き水の側に『飲めます』と、いつ設置されたか分からない、小さな古びた手書きの看板があった。

湧き水は、山から伸びたパイプから、刻々と流れ落ちていた。

人が来るには来てるようだ。でも、観光客向けという感じじゃ無い。地元の人向けかと言うと、そうでも無さそうだ。なぜなら、この辺に民家は無いからだ。

人が頻繁に行き来してる様子は無いから、定期的に山に入る人が居るのかも知れない。狩猟や山菜採りなんかで。


「ちゃんと観光地化されてない山道なんて、こんなもんやで。元々は昔の人が、薪拾ったり、猟する為に、獣道を開拓したもんやし」

士鶴さんは言った。


急な斜面を登ると、もう少しまともな山道にぶつかった。

この調子で着くなら、少しきついピクニックくらいかも知れない。

なんて、ぬか喜びしていたのも束の間ーー、


暫く行くと


「此処を行くのか?」


「せや」

皆で道の横を見つめる。

目の前には、深い深い森だ。

「GPS見ると、今歩いて来た道を進んでも、ある程度近付けるが、結局山に入らな行けん。しかも遠回りになるから、着くのも大分遅れるし。それより何より、山中で野宿になるやろう。素人が初めの山を、GPSありでも夜歩くなんて自殺行為や。そもそも、そんな用意も無い。最短コースで、夜までに着くのがベストや。此処で悩んでるのも時間の無駄やで」

「仕方ねえか」

と、道無き道を登る事になった。


中々の苦難の道に成るかと思ったが、一見ただの森にしか見えないが、良く見るとそこには獣道があり、また大昔の山道の名残りのような道もあった。もしかするとM村の村民が、かつて使っていた道かも知れない。


「それにしても、月子さん 。重そうでんなぁ。持ちましょか?」

鼻の下を伸ばしながら士鶴さんが言う。

目線が月子さんの顔では無い。もっと下だ。

「いえ、これくらいのリュック平気です」

と月子さんは息を切らせて応える。

やはり、お嬢様育ちっぽい月子さんには、ちょっとこの旅はきつそうだ。

そんな、月子さんに

「……いえ、リュックじゃなくて、豊かなお胸が。えへへ」

と、ユサユサと揺れる大きな胸を見ながら、士鶴さんがアホ面で言う。

波久礼さんが呼ぶのを嫌がる理由が分かる……。

「……あの?」

「なんでっしゃろか? でへへへ」

「前?」

「へ? 前?」

と前を向いた士鶴さんの顔面を太い枝が


ーーバンッ! ! と直撃し


ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!!!!! と、


斜面を転げ落ちて行った。


身長が高過ぎるのも考えものだ。

それにしても、久々に凪さんよりアホな人を見たな。


……捨てて行こう。


ーー多分、皆んなもそう思ったのだろう。誰も足を止めなかった。


「士鶴、ふざけてんじゃねーよ。夜までに着かねえじゃねーか!!」

と、凪さんが叫ぶと


ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!


と、


士鶴さんが猛スピードで駆け上がって来て

「はぁはぁっ!大丈夫や。プラマイ0やっ!!ーーはぁはぁっ!」

息を切らせ言う。

「はぁはぁ息荒げて、またエロい事考えてんのか? 異常者め」

「違うわっ! 息切れとんねんっ!! 見とったやろ!? 死ぬとこやったわっ!!」

「そりゃ残念だったな。死ねば良かったのにーー」

「ワシが死んだらGPSどうすんねん!ワシが持っとるんやで!!」

「ああ忘れてたわ。銀太に預けとけよ」

「ややっ!! 見捨てられるからっ!」


そんなこんなしながらも、予定より少し早く、夕暮れ間近にM村に着いたがーー。


ある程度、朽ち果てている事は皆んな予想していたろうが、森の中にぽっかり穴が開くように何も無くなっていた。


そこにあったのは廃村ではなく、もはやかつての村の在った跡だった。


「何だこりゃ?」

「火事でっかな?」


良く見ると、黒い炭のような物が彼方此方に土から覗いている。

どうやら、村は火事か何かにあったらしい。


ーーん?


一瞬、士鶴さんが何かを見るように、振り返るような仕草を見せた。

何かあるのかと私も振り返るが、何も無い。

士鶴さんも何も言わないから、気の所為か?


「何かしら?」

月子さんが何か見つけたらしい。

「あれ?」と指を指す。


月子さんの指の先にはーー。

薄暗い中に、何かが見える? 建物?

斜面になった村の上の方だ。

急速に日は暮れ、目はまだ効くものの、ほぼ闇に辺りは包まれたと言っていい。


皆んなで、その建物らしき物を目指し進む。

斜面だし、雑草も繁り、薄暗い中では歩き辛い。

しかも、焼けた建物の残骸が足元に散らばっている。

予想通りだけど、規模はかなり小さい。斜面に疎らに家が建っている感じだ。

炭焼きの釜のような物の跡もある。


「銀太、ライト無いの?」

「有るけど、この中途半端な暗さなら、まだ無しの方が良い。ライトの明るさに目が合わせようとするから、ライトの照らす範囲だけで、回りは見え難くなる。足元にだけ気を付けて進むんだ」


そして

何とか、目指す場所までたどり着く。


「……コレは」


という波久礼さんの言葉に

「鳥居がありますから、神社でしょうか?」

と、思わず私は呟いた。


そこにあったのは、小さな神社でした。

暗いので良く分からないが、多分この村唯一の焼け残った建物だろう。

辺りはすっかり闇に包まれていたが、大きな月が出ていて、割と明るい。


「こりゃ、おかしいで?」

いつの間にか、ライトを出して居た士鶴さんが、お社の壁を照らしながら言った。


「何がおかしいんですか?」

「見てみい?」

見ると、 壁が真っ黒くすすけている。

かなり激しく燃えたようだが、壁がすすけているだけで、神社自体はなぜ燃えていないようだ。

「此処まで火が迫っていたのでしょうか?」

「いや、民家跡からは距離がある」

と士鶴さんがライトを、お社から、今歩いて来た方に向ける。

確かに、村の焼け跡からは距離がある。

更に士鶴さんは続ける。

「確かに村は全焼してるようやから、火は強かったやろうが……。此処まで火が迫るなら、民家から此処までに何らかの火の跡がありそうなものやが、ぱっと見見当たらへん。鳥居も無事や。まあ、昼にならんと何とも言えへんが」

「では、このすすは?」

「多分、この神社にも火が点けられたんやろ。油かなんか撒いたんやろうな。でも、すすけさせただけで、燃えへんかった。これだけ、黒くなってて燃えへんて、どういうこっちゃ」

「火事では無く放火という事ですか?」

「ーーああ。この村は火事や無く、故意に燃やされたんやろ」

「誰にですか?」

「多分、此処の村人や」

「何の為に?」

「理由は分からんがーー」

と士鶴さんが言った時、


「あっ?」


と波久礼さん。


なんだ??


振り向くと、波久礼さんがリュックからニコマートを出している。

どうやら、ちゃんと仕事道具は持って来たようだ。


「今、ミラーが落ちる音がした。ーーこの辺、多分いる」

と波久礼さんは急にシリアスモードで、ニコマートのファインダーを覗きながら言う。

ニコマートっが反応して、何か居ると言えば……。

波久礼さんは、ファインダーを覗いたまま辺りを見回し


ーーゴクリッ! と息を飲む。


「士鶴には見えてるのか?」

「実は、村の中を歩いてる時から勘付いてはいたわ。最初は森の中に潜んどったから、ニコマートも遠過ぎて反応せえへんかったんやろ。今はこの周りを囲んどるから、ニコマートも反応したんやな」


なるほど、さっき一瞬振り返ったのはその為か。

一体何が見てるんだろ? ワクワク。


「何が見えてるのよ? 2人だけで分かっててズルい!!」

合歓子さんもヤキモキして言った。


「聞かへん方がええと思うけどな。ーー多分、此処の村人や」

「此処で焼け死んだんですか?」

私は訊く。

「いや、死んだのはほとんど此処や無いやろう。村で死んだ奴も居るだろうが、火事で死んだ者は居らへんやろ。死んで、この村に帰って来たんや。ーーいや、村に引っ張れて、此処に縛られとるんか。つか、火点けたのは多分コイツらや。自分の村を燃やしおった」

「分かるんですか?」

「そりゃ、ミイラとかゾンビみたいなのが松明持ってとるからな。まだ燃したりへんのやろ。もはやコイツら、人間の形しか残しとらへんわ」

「悪霊ですか? 」

「せやな、どっちかと言えばーー。かなり厄介な感じや。が、どっかおかしい?」

「おかしい?」

「殺気ビンビンなのに、襲ってけえへん。取り殺されてもおかしくあらへん位の悪霊やのに。なんでや? まるで、飢えた野犬の群れやわ」

「確かに、実感出来るくらい背筋が寒いですね」

「まあ襲って来ても、これくらいならワイだけでも余裕や。ギンタの涙牙とニコマートもあるし。捕獲用のフィルム詰めてきたんやろ?」

「一応な」


「凄いっ! お二人には幽霊が見えるんですかっ!? 私も見たい!! るぅが?ニコマート? ってなんですか? 捕獲ってーー!??」


と1人テンションが違う、相変わらずの月子さん……。


「そりゃ、ワイは超ウルトラ天才霊能者やし、銀太もそのカメラを通せば霊が見れる。ニコマートってのがそのカメラの名前や。しかも、フィルムを捕獲用に替えれば、霊も捉えれるってぇ便利なしろもんや」

「ニコマートをテレホンショッピングの便利グッズみたいに言うなよ!」

「涙牙は、じきに見れるやろう。説明するより見た方が早い」

「へー、私もそのカメラで幽霊を見せて下さい!」

「見せるのは良いですけど、見えるのは俺の左目で見た時だけだから、月子さんが見ても見えないですよ」

「ああそうなんですか? 残念」

と言いながらも一応、ファインダーを覗いてみる月子さん。

「本当ですね。暗闇だけだ」

と残念そう。


士鶴さんは雰囲気をガラッと変え闇の中に問う。

「火を点けたのはお前ら自身やろ。お前らは何に執着しとんのや? この神社の中に何かあるんか? 何をまだ燃やしたいねん?」

士鶴さんはしばらく耳を澄ますように黙っているが、難しい顔をして首を横に振る。

村の霊達は、何も答えはし無かったようだ。


「そう言えば、 凪さん幽霊を全然怖がりませんね?」

と私は訊く。

「ああ、銀太が物理的に幽霊攻撃してるの見て、俺も努力すれば幽霊殴れるなと思ってから怖く無くなったんだ」

「努力で殴れるんですか?」

「まあ、俺ならね」


ーー絶対無理だ。

まず、能力以前に努力が出来ないから。

私は心の中で、密かに凪さんを小馬鹿にする。



私達は次のステージに進むべく、村人の悪霊達が囲む中、神社の扉を開く。

扉の向こうには、深い闇が待ち構えていた。


「何やこの感覚? 外の悪霊共が可愛く感じるでーー」


……確かに背中にゾッとする物を感じる。って!?


ーーどころじゃ無い!!


黒い闇が、開かれた扉から漏れ出してくるようだ。

その闇に触れるだけで、戻しそうなくらい気分が悪くなる。

なんだこの感覚は?

脳味噌を素手でゆっくりと揺すられてるようだ。

外から見た時は、ただの神社だったのに。


ーーオエッ!!


凪さんが吐いた。

……最低だ。

戸川さんの家でも吐いたし、幽霊にアレルギーでもあんのか?


この深い闇の中を見ていると、ニーチェの深淵を思い出す。

まるでこの闇の中から、見えない怪物が此方の様子を伺っているようだ。

得体の知れない恐怖を感じる。


「ごっつう呪われとるわ……。なんやこの空気は」

と、ゲロ吐いた凪さんを、士鶴さんが無視するくらい此処はヤバイ。

「戸川さん家みたいにですか?」

私は訊く。

「いや、あそこは誰かが呪いを掛けたんや。此処は何かが原因で、場所自体に怨念が集積したんや。それが浄化出来ずにおる。それにしても、なんなんやこの禍々しい空気は? 重いわ。このお社が燃えへんかった訳が分かったわ。此処は強力な呪力によって守られとるんや。なんの為か分からんが」


「きっと此処が、あの記事の舞の舞われてた場所だろう」

波久礼さんが言う。


「箱もあるのかしら?」

合歓子さんが訊いた。

そう言われ、波久礼さんが自分のライトで室内を照らすと、

あった。祭壇だ。あの上に箱があった筈だ。


ーーだが


「……無いな。」

波久礼さんが言う。


箱は無かった。


が、


「アレなんでしょ?」

月子さんが言った。

また何かを見つけたようだ。

月子さんは目が良い。


祭壇の下に有ったのは、古い木綿地の草色のリュックだった。

月子さんは埃の積もったリュックに手を伸ばす。


積もった埃を払い、中を開け

「……これ。」

と、驚くように言う月子さん。


また何かを見つけたようだ。

見るとリュックの蓋の裏には、名札が縫い付けてあった。

名札には『村尾和男』と書かれていた。


「月子さんのお祖父さんの。やはり、お祖父さんが来たのはこの村だったんですね。でもなんで、リュックが?」

という波久礼さんの疑問に

「ーーしかも、中がまだ入ったままみたいです?」

と月子さんが付け加える。


荷物の入ったリュックを置いたまま帰るなんておかしな話だ。


リュックの中を出して見る。

確かに、着替えや筆記用具、地図、方位磁針、六分儀なんかがまだ入ったままだ。


ーーそして


「……これは!?」

と、月子さんが中から見つけ出したのは、ノートの切れ端だった。

グチャグチャに丸められている様な状態だが、多分あの調査記録の続きだ。


月子さんは丁寧に開き、床の上でシワを伸ばす。

ノートの切れ端は2枚ページ分あった。

波久礼さんはノートの切れ端をライトで照らす。


「どっちが最初だ?」

「箱おくりとはーー、って書いてあるからこっちじゃない?」

「そもそも繋がる2枚なのかも分からないんじゃないですか?」

「とにかく読んでみよう」

「せやな」

「じゃあ、箱おくりとはーー、の方から読みますね?」


ノートにはこうあった。


ーー ーー ーー

箱おくりとはーー


神社で箱を前に舞が披露された後、

神輿に箱を乗せて、子供の居る家々を回る。


家の前で住人が箱を受け取り、一旦箱を持ち中へ引っ込む。

そして、暫くして戸を開けて出て来て、箱を返す。


箱の中には、紙で出来た子供を模したであろう人型が入っている。

子供の厄災を、その人型に背負わせるのだ。



回られる子供の年齢は7歳まで、幼い子供の健康を願う七五三と同じような事なのだろう。


村人に聞くと、7歳までは魂が半分霊界にあるから、此方の世界に居る力が弱いのだと言う。だから、神様に彼方の世界に連れて行かれないようにお頼みするのだ。


人型はその連れて行かれる子供の代わりなのだろう。


ーー ーー ーー


「意外に普通と言えば普通。珍しいだけだな」

「そうですけどーー」

「けどって、なんだよ? 名探偵銀太くん?」

「とにかく、先を読んでみましょう」


ーー ーー ーー

なるほど、よく出来た祭りだがーー


気になる部分もある。

お世辞にも、裕福とは言えない村なのに箱が真新しい。

新しい物か? と訊けば、昔から受け継がれている物だが、毎年修繕がされているからだという。


それほどすぐ劣化する物でも無いだろう。それを毎年修繕するというのもおかしいが、黒漆で塗られた一抱えはある箱に、立派な螺鈿細工、修繕費も安い物ではないだろう。

この村に修繕出来る者でも居れば別だが、それでもこの山で漆は取れなそうだし、螺鈿細工で使う貝などある訳が無い。


ーー ーー ーー

2枚目へ


ーー ーー ーー


その修繕費を、毎年この村で工面していたのだろうか?


この村の生業は、炭焼きが中心で、それを補填する為に、薪や山菜を売っている。

土地柄から稲作は皆無であり、畑も売る程作れる広さは無い。

まさに猫の額程の畑しかない。

まあ、信心深い村だと言えば、それで終わりな話なのだがーー。


だが私は気になり、夜にお社に忍び込んだ。


お社には代々書き継がれる村の記録帳があるという。

私はそれを東京で出会ったあの青年に聞き知っていたのだ。


そこで、箱の事とは別に、祭りの本当の意味を知る事になる。

祭りの始まりは、子供の間引きであったのだ。


養い切れない子供を、まだ七歳までの神の子の内に、神様にお返しする為の、

今とは真逆の儀式だったのだ。


だから最初は『箱子返し』と呼ばれていた。

それが、いつからか骨組みはそのままに、形態や意味をまるで変え、箱おくりと呼ばれる子供の健康を願う祭りになったようだ。


たぶん、近代化と共に世の中の状況が変化し、村もその影響を受け、大きく変わって行ったからだろう。


私はそれから、幾晩かに渡り好奇心の赴くままに、お社に忍び込んで記録帳を読み漁った。


そして、あるおぞましい記録を見つけた。

それこそ、箱の修繕の秘密であった。

やはり、あの男の言った通りだ。間違いない……。


そこに書かれていたのは、もう1つの裏の箱おくりである。


ーー ーー ーー

と此処で終わっていた。


「そういう事で、7歳までの子供が箱男に狙われる訳か」

「なるへそな、あの箱から湧いて出て来る赤ん坊は間引きされた子供って訳やな」

「なるへそって、くっそ死語じゃねーか。あの箱は間引きされた子供の呪いが掛かってるのか?」

「ちょっと違うやろうな。子供の魂は箱に囚われて、ええように使われとるだけやな。術者に」

「ふぅーん」


などと話して居ると


「ーー貴様あの男の娘か?」


と、背後で突然声がする。


振り返ると、1人のおじいさんがーー。


だが何か様子がおかしい。その顔からは、生気をまるで感じなかった。


「どの男よ?」

合歓子さんが訊き返す。

「……いや、お前じゃない。お前だ」

おじいさんが月子さんを指差す。

「え?」


「ーーとうとう悪霊が姿を現しおったな。コイツは外にいる悪霊共の1匹や! 皆気を付けいっ!!」


と言う士鶴さんの剣幕を無視し、

その悪霊は言う。

「村尾とかいう男の……」

「村尾和男は私の祖父ですが?」

「……あの男の所為で、この斑木村(まだらきむら)が滅んだのだ!」

M村とは、どうやら本当は斑木村と言う名前らしい。

「それは、一体どういう事ですか?」

と月子さんが訊いた時ーー、


「誰かと思えば、村長(むらおさ)ではないか」


外の闇の中で誰かが言った。声が薄笑っている。

声の主は闇の中からゆっくりと出て来る。黒いロングコートに山高帽子の男ーー。

白髪の老人だ。ただ老いた弱々しさはない。一見、物静かな紳士というような感じだ。

だが、その内から発せられているのは、


ーー殺意だ。


しっかりした足取りで、階段を登りお社に入って来る。


なんだこの変な感覚ーー。

なぜか、このお社内に満ちる邪悪な気配と、同じ臭いをこの男から感じる。

嫌な感じだ。この人、怖いな。

私は死なないのに、こんなに恐怖を感じるなんて変だ。


「久しぶりだな。お前と最後に会ってから100年くらい経つか?」

山高帽子の男が言う。

「貴様やっと来たか? 我々の箱を返せ」

村長と呼ばれた悪霊が言う。

「返せ? おかしな事を言うな。箱は望んで私の元にやって来たのだ。返せなどと言われる筋合いはない。貴様ら、箱を自ら燃やそうとした癖に」


「うるさいっ!! 箱を返せぇぇぇぇええええええーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!」


村長が姿を変える。

不気味な亡者の姿となり、宙を舞う。

それと共に、外から大量の村人の悪霊達が姿を現して、お社内に宙を舞って次々と入って来る。

そして、山高帽子の男に群れを成し襲い掛かる!!


「ヤバイでっ! 皆んな巻き込まれるなやっ!! 」


決して広くは無いお社の中で、嵐が吹き荒れてるようだ。

思わず顔を腕で覆う。

私と凪さんはともかく、早く出ないとさすがに皆んなはまずい。


そう、思った時にーー


「消えろぉぉおおおーーーーーーーーーーッ!! !!!!!! 鬱陶しいぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!」


山高帽子の男が叫ぶと共に、ブワッ! と強い衝撃波が体を打つ。



シーーーーーーーーーーーン……。



一瞬でまた静寂と闇に辺りは包まれる。

悪霊達が消えた??


「……何もんや。殺気だけで、あの悪霊の群れを蹴散らしおった」

「君達は私の事を嗅ぎ回りながら、こんな所まで、やって来てしまったようだな。困るな。私は静かに事を運びたいのだ」

「……お前が箱男か? やっと顔を見たわ」

「世間ではそう呼ばれているらしいね。でも、すぐ忘れてしまうよ。思い出そうとしても、私の顔を思い出せなくなる」

「なんや、お前の術か?」

箱男だという山高帽子の男は、答えずにニヤリとだけ笑った。

「なるほどな。ワシらを追ってお前が来る事を見越して、悪霊共は襲ってけえへんかった訳か。ワシらはオトリにされたんか」

「返り討ちにしたがね」

「さあ、お前が箱男なら、真相を話して貰おうか? そして、あの家に掛かった呪いを解いて貰うで?」

「呪いを解く? 断るよ。これから、死ぬ君達に真相を話す意味も無いだろう? 此処で子供の冒険は終わりだ」

そう言うと、箱男は右手を私達に向け伸ばす。黒い手袋? いや、手自体が黒いのか?


そう思った瞬間ーー、


箱男の指先が消えた!??


ーーシュンッ


と、空気を切り裂くような異音がした次の瞬間ッ!!?


ーーバンッ!!


物凄い衝撃音と共に箱男が後ろに吹き飛び、お社の外に転がった。


なんだっ!??


箱男が吹き飛んだ後の闇から現れたのは涙牙だった。

涙牙が箱男を弾き飛ばしたのだ。


「ーー皆んな、逃げるでっ!!」


士鶴さんの掛け声でーー、


月子さんは急いでリュックに、和男さんの荷物を戻す。


「ヤッちん!!」

凪さんが私に背を向ける。


私は凪さんの背に飛び乗り、しがみ付く。


凪さんはそのまま走りながら、右脇に合歓子さん、左脇に月子さんを抱える。


「よっしゃ、このまま行くでっ!!」


私達はそのまま、お社から逃げ出した。

横目に箱男に襲い掛かる涙牙が見えた。

闇の中、今来た道を戻り走った。


「闇の中から現れたアレなんですか?」

という月子さんの問いに

「アレが涙牙やっ!! はぁはぁー」

横を走る士鶴さんが答える。

「凄いっ! あれは妖怪ですか?」

「あ、後で説明するぅっ!! ーーはぁはぁ」

「はいっ!」


月子さんは凪さんに抱えられるから良いが、士鶴さんは死にそうである。


「此処まで来れば良いだろーー」

凪さんの声で皆んな走るのを止めた。


波久礼さんと士鶴さんは、息を切らせてゼエゼエ言っている。

「お前ら鍛え方がたりんな」

凪さんはピンピンしている。

「いや、あんさんがおかしいんや! この山道、女の子とはいえ、3人担いで猛ダッシュして、なんで息切れ1つして無いねんーー!? はぁはぁ」

まあ、凪さんはドーピングですけどね。

再生能力者の凪さんはスタミナ切れは無いのだ。減るたびに、常にパワーゲージが補充されてるよう物だから。


「銀太、あの時箱男は何しようとしたんだ?」

「いや、分からないです」

「でも、お前涙牙出しただろ?」

「あれは、俺の身に危険を感じて、咄嗟に反応しただけです。一応、守護霊なのでーー」

「お前、体は大丈夫なのか? 涙牙使うとほら?」

「ああ、前よりは少し長く出せる様になったし、もう大分前に引き上げさせてます」

「涙牙はあいつ倒せたのか?」

「ダメみたいです。逃げられましたね。アイツ強いですよ。涙牙が足止めするのがやっとだったようです。そんなこと出来る奴は、人間じゃないです」

「そうだな。村長の悪霊との会話じゃ、最低でも100年以上は生きてるみたいだしな」


私達はそれから、危険を承知で闇の中を下山した。

夜明けまで動かず待っていては、箱男に追い付かれる可能性が捨てきれなかったからだ。

夜の山道より、あの箱男の方が危険と判断したのだ。

一体あの箱男とは何者なんだろう……。




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