箱男事件 ③
波久礼さんの家に着き、皆んなでソファーに座りこれからの作戦会議を始めた。
「裏日本という言葉は、実際は差別的な意味は含みませんが、表(太平洋側)に対して裏(日本海側)という言い方が、ネガティヴなイメージがあるとして、1960年代頃からは使われなくなり、1970年代にはほとんど使われ無くなりました。つまり、どんなに新しくとも○十年以上前の記事ですね」
私は言う。
「ヤッちんは、本当に博学やな!」
「いえ、今スマホで検索しました」
「ヤッちんは、本当気が効くでぇ!」
「いえ、1970年代以前の雑誌と分かっただけで、それでも膨大な数の雑誌があります」
「ヤッちんは、本当に冷静やな! しっかりしとる!!」
この人は何して褒めてくれそうだ。
「国会図書館なら見つかるかも知れませんよ? あそこには、日本で発売された書籍全てがある筈。雑誌なら大宅文庫もあるけど、国会図書館なら雑誌も普通の本もあるだろうからーー」
波久礼さんが言った。
「あるかも知れないが、簡単に見つかるか? 大規模な人海戦術でとかなら別だが、検索してポンとは出てこねえだろ? 知らねえけど。検索するにしても、素人の名前と箱の奇祭の写真だけじゃ、どうなんだ? 取りあえず、この記事をヤフー知恵袋にでもUPしてるか?」
「ヤフー知恵袋ですか? まだツイッターとかの方が拡散され易いんじゃ?」
「まあ、反応が芳しくなっかたらツイッターにもUPしてみようぜ」
と、凪さんが記事の画像と質問をUPすると
「おっ!?」
すぐに解答があった。
「なんですって?」
と私は凪さんのスマホを覗き込む。
『たぶん、国川仁左衛門は私の祖父でしょう』
という言葉の次にURLが貼られていた。
「そのURLなんですか?」
「さあ?」
「そのURLに飛んでみぃや?」
「やだよ。詐欺サイトだったらどうすんだよ? 」
「何かあっても無視したらいいじゃ無いですか。ーーえいっ」
私はURLをタップする。
「あっ!?」
「みんなで何やってんの?」
と此処で合歓子さん登場。
「合歓子ちゃんやないか! 」
「びっくりした。女の敵士鶴じゃない。見たくないから見えなかったわ」
「相変わらずのクールビューティやのお。凍えるでぇ」
合歓子さんと士鶴さんも、親しいようだ。
「あっロリコンのオッさんもいたのね? ヤッちん1人かと思った。私の心のフィルターが見えなくさせてたわ」
「ああ? なんだ、心のフィルターってのわっ!?」
「汚れた物が瞳を通して、美しい私の心に入らない様にする為の物よ!心の衛生を保つ為の乙女のバリアー」
「へーじゃあ、お前の前でチ○コ出しても見えないわけだなっ! 士鶴、出してやれやっ!!」
「なんでワシが、そんな事せなあかんねん! あんさんの出したらええやろ!!」
「アホ、俺のは綺麗なチ○コだから、そんなフィルター顔パスよ。スルリとすり抜けて、小生意気な合歓子の心に住み着くといけないからな。俺の綺麗なチ○コがーー」
「そんな、綺麗なジャイアンみたいな言い方すなやっ」
「やめろよ。女の子の前でーー」
「おお出たよ。ええカッコしぃで、ムッツリスケベの銀太君がーー」
「昔からそやったわ。銀太は、そないな小狡いところあったわ」
「何だよ! 昔の俺の事なんか、知らないだろ!! 再従兄弟って言っても、お前に会ったの最近じゃねーか!」
「ねえ、そんなオッサンの粗チンの事より、なんか見てたんじゃないの? URLがどうのとかーー」
「……粗チン。」
「ああ、せやったわ。チ○コの話しとる場合やない。で、何処に飛んだんや? ん?」
「此処です」
私は凪さんのスマホをみんなに向ける。
『水月田かずお資料館 ホームページへようこそ』
「うーん。なんか、微妙に聞いた事がある名前だな?」
という凪さんの問いに
「有名な怪奇漫画家ですよ」
と波久礼さんが答えた。
「知らんなそんな奴」
「怪奇漫画家にして民俗学者。10年くらい前に亡くなって、そのお孫さんが数年前から水月田の資料館やってますよ。行こうと思った事あったんですけど、改装中だったんですよね」
「名前、違うじゃねーか」
「ペンネームでしょ? バカね?」
「水月田かずおは確かにペンネームだけど、本名は村尾和男です。国川仁左衛門なんて、名乗っていた時期があったのかは分からないですけど、戦後の貸本屋時代から、漫画を描いてましたから、複数のペンネームを使っていた可能性はある。1回だけのペンネームなんてのも、漫画家のデビュー前には良くあるし」
「ふーん。でも出来たのが数年前なら、久山さんが記事をパクって来たのは此処では無いって事か」
「まあ都内だから行ってみますか? なんか、箱男に関しての資料もあるかも知れないし」
「どこだ?」
「調布です」
という訳で、合歓子さんを加え私達は調布の水月田かずお資料館に向かった。
波久礼さんはバイクに1人で乗り、
凪さんの車に合歓子さんと士鶴さんが同乗し、調布に向かった。
調布に着くとーー
適当なパーキングに車を止め、目的を徒歩で目指す。
「ここ調布?」
合歓子さんが歩きながら言う。
「ああ」
と、凪さんが答える。
「調布ってもっと、高級住宅街かと思ってた。意外に普通ね」
「そりゃお前、田園調布だろ? 田園調布は大田区で調布は東京都調布市だ」
「何それ? 紛らわしいわね」
「お前さては、田舎もんだな」
「うるさいわね。東京23区以外全部田舎もんじゃない」
「お前、滅茶苦茶だな。じゃあ此処も田舎かよ。23区外だからな」
ーーピタリと皆の足が止まる。
ここが目的地だ。
「まあでもそれにしても、この建物はーー、何?」
と合歓子さんが見上げる先には、周辺の街並みには似つかわしく無い古民家?? が
「移築させたんだよ。言ったろ?改築中で入れ無かったって」
駐輪場にバイクを停めて来た波久礼さんが、そう言いながら合流して来た。
そして、続ける。
「元東北の豪農の屋敷らしい。なんでも座敷童子が居た家とか。まんまじゃなく、結構リホーム(魔改造)されてるから、ヤバイオーラ出てるけどな」
確かに、純粋な古民家には見えない。
例えようが無い。
古民家と神社と秘宝館と太陽の塔を合わせた感じ??
「造らせた人間に、ただならぬモノを感じるわねーー」
合歓子さんはそう言って
ゴクリッ
と唾をのむ。
確かに入るのに勇気が要る。
どんな人が、やってるんだ……?
「何だか、漫画家の資料館て言うより、マッドな郷土資料館みたいやな」
「水月田には民俗学者の顔も有るから、あながち間違ってもいないよ」
入り口は、本当に昔の屋敷の玄関まんまだ。
古びた木枠の引き戸に、揺らいだ面をしたガラス。昔のガラスだ。
昔のガラスは技術がまだ未熟な為、平面性が低く歪んでいる。
引き戸は開かれ『開館中』という看板が掛かっている。
「ごめんください」
と私は勇気を出して、中へ入る。
ーーと、中は更に想像を超える光景が。
外からは屋根の高い平屋に見えたが
3階まで吹き抜けとなり、2、3階の部屋の四面は本棚になり、本が隙間なく詰め込まれている。
何万もの蔵書がある。いや何十何百万冊あるかも知れない。
1階の大広間には、世界各国で集めたであろう民芸品や変な? 物達が所狭しと並ぶ。
天井からも掛け軸や奇妙な柄の布が、吊るされている。
……そして、甘いようなお香の匂い。
怪し過ぎる。
「何だこりゃ? 袈裟懸け、頭骨? 獣の頭蓋骨か? デカイな」
凪さんが飾られた獣の頭の骨を見ながら言う。
ーー袈裟懸け?
……まさかっ!?
「それは、お祖父様が収集された物です。三毛別羆事件の羆の頭骨です」
「あっどうも」
私は挨拶する。
中から出て来て言ったのは、この場所には似つかわしくない綺麗なお姉さんだった。
地獄に仏を画にすると、きっとこんなだろう。
「おおぉ! ベッピンさんや!!」
と思わず士鶴さんのテンションが上がる。
歳は高城さんより少し下位だろうか? 26、7?
着物こそ着ていないが、清楚な純和風美人という感じだ。
そして、そんな見た目とは裏腹に、立派なお乳をお持ちだ。
Eカップ位あるけど、凪さんと波久礼さんには全く価値は無さそうだ。
士鶴さんには言うまでもないです。
「お客様ですか? 館長の村尾月子です」
どうやらこの人が、水月田かずおのお孫さんらしい。
「あの?」
「なんでしょうか?」
「袈裟懸けの頭骨は、行方不明の筈ですが?」
「ええ、だからそれがそうです。お祖父様が、北海道のアイヌ民族調査の時に見つけ買い付けたのです」
本物なら凄い!!
日本最大の食害事件の袈裟懸けの頭骨に出会えるなんてーー。
嘘くさいけど。
「ヤッちん物知りだね?」
「ユーチューブで見ました。アンビリバボーのヤツを」
「すいません。入館料を頂いても?」
「いくら、でっしゃろか?」
「入館料1人1万円です」
「高いやろ!」
「嘘ですけど。ほんとは1000円です」
「最初に1万円て言われたから、妥当な気がするやんけっ!!」
「ああ、私が全員分払います」
「なんでだよ、ヤッちん!!」
「なんでって、無償で協力して貰ってるから当然ですよ。バカなんですか?」
「ヤッちん、良いよ俺達は俺達で払うよ」
と波久礼さんは優しい。
「大丈夫です。必要経費で落ちますから」
私は全員分の入館料を払う。
「あっ、あとそちらの方。ウチはオッさんは入館料禁止で……」
「なんでだっ!」
「……実は私幼い頃から、近所のオジさんに密かにずっと……」
「え?」
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
微妙の空気が流れる。
「凄く可愛がれてました」
「え? 意味が分からない。オッさん入館禁止ってのは?」
「嘘ですけど。そんな事したらSNSで叩かれるじゃないですか。嫌ですね」
と月子さんはクスクスっと可愛く笑った。
「ちょっと前の仕事の時に、しつこい上司が居て、それからちょっとオッサンが……。でも、綺麗なオッサンは平気ですよ」
「大丈夫さ。俺まだ18歳だから!ヤっちんとタメさっ!!」
まだタッチ設定引っ張ってるのか……。
そんな凪さんに対し
「……。そういうの、いいですから」
と塩対応。
「……。」
他人には厳しい人のようだ。
「あの? 袈裟懸けの頭骨は?」
「え?」
「嘘ですか?」
「お祖父様の話は本当ですよ。真偽は分かりませんけど。楽しんでいって下さい。1000円分位は楽しめますよ」
「いや、そうじゃなくてーー」
と波久礼さんが、やっと本題を切り出してくれた。
記事を見せ。
カクカクシカジカと、怪異の部分を省いて(頭がおかしいと思われると、ややこしいからだろう)波久礼さんは経緯を話し、記事にする為に怪異探偵として箱男の都市伝説を調べてると言った。
「書き込んだのは私です。たまたま暇で、スマホでネット閲覧してたら見つけたんで、集客に繋がればと解答しました。別に集客率に問題は無いんですけど。国川仁左衛門はデビュー前に、写真雑誌に応募する時に、お祖父様が一度だけ使ったペンネームです」
「たまたま?」
と思わず私が訊くと
「たまたま」
とニコリと笑い、念を押すように月子さんが返す。
こんなタイミング良い偶然なんて、そんなに無いだろうから、いつも暇なんだろうな。
「良くそんな1度切りのペンネームなんて覚えてんな?」
「はい。それが載った雑誌は3階の西の棚、下から11段目、右から37番目に有ります」
「良くそんなの覚えてんなっ!!?」
「そりゃ、私が並べましたから」
「いや、それでもーー。普通並べた数十枚程度のCDだって、どこに何が有るか把握出来なくなるだろ。入れたり出したりすんだろうし! 」
「元の場所に置けばいいじゃないですか? まあ、私は違う場所に入れても、自分で入れたなら、どこに入れても分かりますけど。此処の書籍や資料の全てを把握してます」
「つか、これ全部自分で並べたのかっ!?」
「はい。大事なお祖父様の蔵書ですから。お祖父様が生前書いた物、コレクションした物、そして研究ノートーー。この資料館で1番貴重なのは、その中にある書籍化されて居ない研究ノート達です。……それらには、諸事情があり書籍化出来なかった曰く付きの物もある。 なので、1階は見学出来ますが、2、3階は私の許可無しでは血縁者も立ち入り禁止です。色々問題が起きる場合がありますのでーー」
なるほど、外観に厭わない水月田かずお資料館だ。
……色々ヤバイぜ。
「この記事の載ってる本を、見せて頂けませんか?」
波久礼さんが訊く。
「そうですね。じゃあ、条件があります」
月子さんは、ニコリと笑って言った。
「本当の事を教えて下さい。都市伝説の記事を書く為に、この人数で来るのはおかしいですよね? それにメンバーが、どう見てもーー。素性を偽った大学の先生とサークルの生徒、って感じでも無いですよね」
波久礼さんは返答に困った。
真実を話して、良い方か悪い方かどちらに転ぶか分からないからだ。
「ーー分かった。信じる信じないは置いておいて、本当の事を話す」
凪さんは言った。
そして、今までの事を全部話した。
「信じるか信じないかは、あんたの自由だ」
「なるほどーー。分かりました。記事を見せましょう」
月子さんの返答はあっさりした物だった。
「信じるのか?」
「信じる信じ無いは、どうでも良い事です。大事なのは、怪異の真相を知ろうとする好奇心だけです。お祖父様もそうでした。さあ、上に行きましょう。その記事の載っている雑誌を見せます」
なんだか月子さんは嬉しそうだった。
月子さんは、天井のある箇所に、先に小さなフックの付いた棒を引っ掛け、引っ張った。
すると、上から梯子の様な階段が下りて来た。
「さっ、行きましょう」
月子さんは階段を登り出す。
士鶴さんの目が、月子さんのひらめくスカートに
「よっしゃ! 次はワシやっ!!」
と士鶴さんが駆け出そうとするとーー
ぎゃっ!!
ドカッ!!
と、すっ転ぶ。
合歓子さんが足を掛けたのだ。
「何すんのやっ!?」
「あんた、パンツ覗くから1番最後ね。ヤッちん、私、凪さん、銀太の後に、10数えてから登って来てね。銀太、士鶴がなんかしたら涙牙でやっちゃって良いわよ」
合歓子さんも涙牙を知っているのか。
合歓子さんは銀太さんの家の管理人だと言うけど、どういう関係なんだろう?
恋愛感情は別として、2人の今まではどんなだったのかな。
「涙牙なんか使われたら、死んでまうやろっ!!」
「死にたく無かったら、パンツ見ようとか考えない事ね」
「凪さんは、ええんかっ!」
「私、凪さんは信じてるもの」
「そうだ! 俺はこんなエロ大阪弁野郎とは違う!」
「真性のロリコンだってーー。だから、私は平気。そして、ヤッちんは私が守るから平気」
「……。」
「さあ、ヤッちん行きましょ」
「はいコレです」
3階に着くと月子さんが、記事が載っているという雑誌を出してくれた。
毎日カメラという1980年代半ばに廃刊になった写真雑誌だと言う。
「139ページですよ」
と月子さんが指示したページはーー。
さすがに皆んな少し懐疑的に、ページを開いたが
おおーっ!? と口々に声が漏れる。
それは読者投稿コーナーだった。
そこに、確かに切れ端と同じ記事があった。
だが、
それだけだった。
まんま同じ記事が、1枚だけあっただけだ。
他に手掛かりは無かった。
「これじゃ、ただ載ってる雑誌が分かっただけだな」
凪さんが言う。
「でも、大体いつ撮られたかは、分かるんじゃないですか? 発行時期からーー」
「撮影時期が分かってもなあ。なんかの手掛かりになるか?」
と凪さんが雑誌の後ろを見る。
ーー192×年11月号
「戦前ですね?」
「192×? お祖父さん長生きだな。10年前に死んだんだろ?」
「はい、101歳の大往生でした」
「あんた随分、遅くに出来た孫なんだな? 可愛がれたろ?」
「はい」
と答えた時に、月子さんのスマホが鳴る。
月子さんはスカートのポケットからスマホを出して
「はい。え? キットカット抹茶味? ですか。 後で買って来ますよ。今、お客様がいらしてるので。ーーじゃあ、お祖母様」
月子さんはスマホを切る。
「お祖母さん、まだ生きてんのかよっ!? 一体いくつなんだ?」
凪さんは驚き言う。確かに人間にしてはとても長生きだ。
「70ジャストです」
「えっ? 10年前だから、60? 41歳差って!?」
「お母様が産まれたのが、お祖父様が61、お祖母様が、20の時でした。……当時の漫画アシスタントだったお祖母様が無理矢理に……」
月子さんは口元を押さえて、俯向く。
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
皆んな、どーせまた嘘だと思っていた。
面倒くせっ
「……無理やりに、お祖父様を襲い」
「えっ!? そっち!!」
一同声が揃う。
「それも嘘か?」
凪さんが言う。
「嘘って、酷い。本当です。当時、お祖父様は家庭を持つ気なんて無く、のんきに背負う責任も義務も無く気楽に人生を謳歌し閉じて行くつもりでしたが、お祖母様がお祖父様の才能を引き継ぐ者を絶やすのを許さなかったんです。お祖父様の才能に惚れ込んでいましたから。ーーですが、生まれたお母様をお祖父様は溺愛し、ちゃんと家庭を持ち、晩年は家族の為に今までにも増して仕事に取り組みました。なので、今名作と言われる作品は晩年の物が多いです。お母様にも、創作者として英才教育を施しました。その甲斐あって、お母様は今は平安アニメーションでアニメの監督をしています」
「えっ! 平アニの女性監督で村尾って、村尾菜桜子っ!?」
いつに無く、合歓子さんのテンションが上がる。
「はい」
「嘘でしょっ! 私、やみおんのファンなんです!! サイン貰ってください!」
「はい。良いですよ」
後に合歓子さんから、熱い解説を受けた内容によるとーー。
やみおんとは、決して女子高校生がバンドをやる、ウンタンウンタンする様なゆるふわアニメなんかではなく。闇金融の恐ろしい女子高生社長が、借金を踏み倒そうとする債務者をロックオンして、手段を選ばず追い込んで行くという恐ろしいゲスキチアニメだそうです。
「ところでーー。こんなのも、ありますけど?」
と月子さんは、1冊のノートを顔の横で振って見せる。
「それは?」
凪さんが訊く。
「お祖父様が、その村を取材した時の取材ノートです」
「ありがとうございます!」
と波久礼さんが、ノートを取ろうとすると
ひょいと月子さんは、それをかわす。
「見せるには条件があります」
また、月子さんはニコリと笑って言う。
今度はなんだ?
「条件て、なんですか?」
波久礼さんが訊く。
「私も混ぜて下さい」
「え?」
「箱男探し」
「危ないですよ?」
「冒険に危険は付き物です。平気です!」
月子さんは動じず、相変わらずの笑顔でニコニコと言う。
見た目は1番大人っぽい(実際大人だけど。胸も)のに、仕草はなんだか1番子供っぽい。
「いいじゃねーか。何かあっても、俺が居れば大丈夫だ」
凪さんが特に深い意味も無く言う。
ただの自惚れと絶対的な自負心から。
「お兄さんカッコいいですね! ありがとうございます」
凪さんは、オッサンからお兄さんにレベルUPした。
テッテレー!!
「ワシだって居るわっ! もの凄っい技やって使えるんやで!!」
と無駄にライバル心を剥き出しにする士鶴さん。
そう言えば涙牙を捕まえるのに、士鶴さんは一役買ったんだ。
そんな凄い霊能者には見えないけど、どんな凄い技を持ってるんだろ?
なんか、ハッタリぽいけど、でも波久礼さんも言ってるからなぁ。
なんて、考えてる内にーー
「そうですね。俺も居るし」
と、波久礼さんも同意。
という事で、パーティに月子さんが加わった。
「では、どうぞ」
月子さんはノートを波久礼さんに差し出す。
すぐ側に有る小さなテーブルの上にノートを置き、皆んなで囲む。
「さあ開くよ!」
と、波久礼さんが代表してノートを開くーー。
皆んな息を飲み、ノートを見つめる。
ページを捲っていくーー。
いくつかの、別の調査記録が有り、
目的の奇祭の調査記録に辿り着く。
ーー ーー ーー
【M村の箱おくり】
I県とG県の県境の山中を、丸一日掛けて歩き、着いたのがM村だ。
始まりは、M村出身の青年に東京で出会った事だ。
その青年が無銭飲食で店員に捕まっていたのを、たまたま出くわした私が立て替えてやったのだ。
特に理由は無かったが、地方から出て来たであろう、同い年くらいの若者に同情したのだ。自分は親の金で、大学まで行き、親の金で好き放題飲み食いしている。彼は多分私とは真逆の人生を歩んでいるのだろう。たかが数十円のラーメン代も払えないなんて。
そういう事に対して、感じた得体の知れない罪悪感への救いとして、私は青年を助けたのだろう。
その後、なんらかの運命が働いたのか、私は店を替えて青年と酒を酌み交わす事となった。
その時に、私が民俗学を学んでいると知った青年が、酒の所為もあったのだろう口を滑らせた。
「……学生さん、お礼という訳には行きませんが、あなたの興味を引くかも知れない話があります」
と、そしてこう話した。
I県とG県の県境の山中に、下界から隔離された桃源郷のような村があり、そこでは箱を御神体とした奇祭が行われているという。自分はそこの出身者であるとーー。
半信半疑ながらも、来て良かった。
青年に教えられた通り、急な斜面を登り、深い森を抜けると、そこには下界と遮断された独特の風習を持つ村が存在した。その光景を見れただけでも、良かった。
村に入る時に、簡単な検問のよう物があったが
嫌らしいと思いながらも、青年を助けた事を多少恩着せがましく話すと、なんとか入村出来た。
此処では200年程前から、箱を御神体にした奇祭が行われていると言う。
門外不出、村外の者参加禁止の秘密の儀式だ。
私は男に、この祭の今年の日時を聞いていた。
勿論、その日に合わせて、来たのだ。
その奇祭の秘密が今、明らかになるーー。
その儀式の名前は【箱おくり】と言われる。
ーー ーー ーー
「場所は頭文字だけのアルファベット表記だけですね」
波久礼さんが話す。
「場所の特定を防ぐ為だろ。つっても日本海側で隣り合うIとGと言えば、石川県と岐阜県なのは、バレバレだけどな」
凪さんが言った。
「おかしいじゃない」
合歓子さんが言う。
「何が?」
「いや、おかしいけど、おかしくないか」
「だから何がだ?」
「凪さんの言った通り、アルファベットで頭文字表記をするのは、特定を防ぐ為もあるけど。もう1つ暗黙の了解で分かってるけど、あえて伏せるってのもあるでしょ? タレントの不倫とかみたいに」
「おう」
「どちらにせよ。それは第三者が見る事があるからで。でも、このノートって、水月田さん個人しか見ないんじゃないの? この調査を元に本やレポートにするんでしょ?」
「まあ、言われてみればだけど。アルファベットの頭文字表記に、そんなに意味がある事か?」
「村人にノートを取る時に何か言われたのかも? もしくは検閲のように、見られながら書いたとか。戦前の山奥の村の識字力が、どの程度だったのか分かりませんが、そう高くは無かったのでは無いでしょうか? しかも、閉鎖的な村ですし、きっと漢字ひらがなカタカナは分かる人は居たかも知れないですが、アルファベットまで理解出来る人は居なかったのでは無いでしょうか? でも隣り合う県て書いてあるから、漢字まで読める人が居るなら意味無いか。そもそも、東京であった青年に会った時に聞いているし」
私は言った。
「まあ、どうしてアルファベット表記にしたかは、今は良いとしようぜ。箱男に関してそれ程、大事な事とも思えないし。慣習的にただそう書いたとも考えられる」
という凪さんの発言を受けて、月子さんが口を開く。
「凪さんの考えに補足するようですが、祖父はどんな短い個人的な文章でも、絵でも、常に第三者の目を意識して書きます。なので慣習的というのはありえます」
なるほど。
取り敢えずアルファベットの件は、そこまで重要じゃなさそうなので此処で一旦終了。
私は別の疑問を投げ掛ける。
「あの、箱おくりって何処に箱を送るんですかね?」
「どこってーー。普通は祭なら神様じゃね?」
「神様ってどういう類の?」
「うーん。箱の? か?」
「取り敢えず、次のページ見てみましょう」
と、波久礼さんがページを捲るとーー
「えっ!?」
その先のページが無い。
ページの付け根に紙の切れ端が残っている。破かれているようだ。
数ページ分抜き取られ、続きは白紙だった。
「なんだよこれ!」
「石川県と岐阜県の間のどっかなのは分かりましたが、M村の場所が微妙ですね。戦前の小さな山村が、現在残っているか……。今の市町村とは違い、ただ小さな集落を村と呼んでる場合もあるし、当時の資料を探すにしても大変かも知れませんよ」
「どうすんねん」
うーん、困った。
皆んな頭を抱える中ーー、
「多分、大丈夫だと思いますよ?」
そう言ったのは月子さんだった。
月子さんは相変わらずニコニコ菩薩さまのように笑っている。
「え? どういう事ですか?」
波久礼さんが訊く。
「さっきのページを、もう一度見てください」
月子さんはニコリとそう言う。
早速、前のページに戻るがーー。
もう一度、読んでみるが良く分からない??
皆また頭を抱える。
「文章じゃなくて、余白ですーー」
月子さんが言った。
皆んなで、んんーー?? と、
余白を見ると、右下に小さく数字がある。
何だこれ?
「なるほど」
凪さんが勿体ぶった感じに言う。
何がなるほどなんだ。早く言え。
「これは、緯度と経度だ。多分、村人に分からないように、村の場所を記す為に書いたんだろ。でもGPS無しに緯度と経度なんて分かんのか?」
「分かりますよ。方位磁石と時計と六分儀みたいな角度を測れる道具が有れば、星の位置から割り出せます。昔の人はそうやって緯度と経度を割り出してました」
月子さんが答える。
「月子さんはこんな小さな悪戯書きみたいなのまで、記憶してるのですか?」
「ええ、お祖父様の書かれた物なら全部」
私の問いに、ニコリと月子さんは答える。
なるほどなーー。
此処に有る物ではないのだ。
此処に有るお祖父様の書かれた物なのだーー。
多分、他の書籍も覚えてはいるだろうに、あえてそう言ったのだ。
凄い記憶力の持ち主では無く。
この人の凄さは、異常なグランドファザコンて事なんだ。
あはは……。顔に出さず、ちょっと心で苦笑いする。
そんな私の心を見透かすように、こちらをニコニコと見詰める月子さんが、
なんだか怖いぞ……(笑)
ん? 月子さん手にもう1冊本を持ってる。
「それ、なんですか?」
「あっこれ、忘れてた。たぶんその調査ノートの話が元ネタであろう、お祖父様の漫画の載った貸本です。タイトルも【箱男の怪】ですし」
と月子さんが1冊の古い漫画本を差し出した。
それは、恐怖大全集というホラー漫画の詰め合わせみたいな漫画の中の一編だった。
その漫画の内容はこうである。
タイトル【箱男の怪】
ある裕福な家の少女が、下校中に、大きな箱を運ぶ男に出会う。
少女の名前はマドカちゃん。
マドカちゃんは日頃から、母に困ってる人を見つけたら、助けてあげなさいと教えられていたので男を手伝ってやる事にする。
箱はどんどん重くなり、少女は男と共に一旦箱をその場に置く。
その時に、誰かに声を掛けられるーー。
振り返ると、それはクラスメイトのマリちゃんという少女だった。
マリちゃんと「さよなら」と挨拶を交わして、男の方をもう一度振り返ると男は居ない……。箱も無い。
そして、その夜マドカちゃんの枕元に下校中に出会った男がやって来て、マドカちゃんを箱に詰めて何処かに消えてしまう。
その後、マドカちゃんは生きたままバラバラにされて、各部位ごとに瓶詰めにされて、男の家に飾られてしまう。
男の正体も不明のままで、話はそれで終わってしまう。それだけの話だ。
「何これ? メチャクチャ不条理じゃない!? 意味わかんない?」
合歓子さんが声を上げる。
確かに不条理だ。助けたのに酷い目に会うなんて、教訓にすらなってない。
普通は助け無かったからーー、である。
合歓子さんの疑問に、月子さんが答える。
「その当時の怪奇漫画は、構成がメチャクチャだったり、ただ不条理なだけの物も多いですからね。兎に角恐けりゃ良いみたいな。まあそういう意味では、不条理な展開は理に適ってるとも言えますが、それでもクオリティが高い作品とは言えませんね。現代程、漫画自体の作りが当時は緻密ではありませんし、それにその作品もお祖父様がまだ貸本時代の漫画家デビュー直後の物ですから。でもまあ、伊藤淳二なんかは今でも、メチャクチャな展開な時ありますけどね」
「これ発売されてるんですよね?」
波久礼さんが少し興奮気味に言う。
「ええ、少数ですが」
「つまりこれが箱男の元ネタか!」
「せやろか?」
と、波久礼さんとは対象に、士鶴さんの声は冷静で懐疑的だった。
「ーーえ?」
「そうなると、箱男はただ漫画を真似して、愉快犯的に犯行を重ねてたんやろか? そうなら、動機が弱い気がするんや」
「動機が弱い?」
「せや、話では戦前から箱男の犯行は続いてるんやろ? 犯行期間が長すぎるし。個人の犯行というよりカルト教団みたいなのやあらへんか? カルトなら時代を跨ぎ、儀式的に延々と続ける可能性はあるやろ? 」
「でもカルトが箱男の怪を模倣したというのも、それはそれで微妙だろ? これがなんらかの儀式だとしても、そのご利益的な物が無けりゃ意味が無いんじゃ無いか?」
凪さんが言う。
「儀式の意味はカルト教団独自の物があって、儀式としての箱を使う所だけ取り入れたってのも考えられます。そういう、事例もカルトに関しては多々ありますよ。ちょっと違いますが、オウムがエヴァを布教の教材に使ったとかありましたよね。カルトってそういう変な幼稚さがあります。カルト特有のご都合主義からくるんでしょうがーー」
「カルト教団の犯行だとしても、ただの漫画の模倣というのはやはりどうやろうか? 漫画とM村の箱の繋がりを知ってるのは、水月田かずおだけやろ? 水月田の漫画とM村の箱との繋がりはあるかも知れへんが、箱男とM村の箱との繋がりが分からへん。このM村の写真の箱と、箱男の箱が、そっくりという話や。漫画の箱を見てみぃ? 記事の箱と柄が全然違うやろ? 漫画だけではM村の箱の柄まで分からへん。漫画の箱は無地の黒い箱やが、M村の箱は、細かい螺鈿細工のある特徴的な箱や。箱の大きさはともかくとして、それが箱男の箱と同じなんて、偶然にしては出来過ぎとる。やはり、何かもっと直接的な繋がりがある気がするんや」
「なるほどな。箱男(都市伝説)と箱おくり(M村の奇祭)と箱男の怪(水月田かずおの漫画)は、どっかで繋がっているか。ーーその線が何か分かれば、真相が見えて来そうだな」
凪さんが言った。
その時ーー
「いや、待って、この記事の箱の写真は世に出てるんじゃないの?」
と、久山さんから貰った記事を手に合歓子さんが言った。
「せやった!」
「つまり、漫画を見て模倣しようとした奴が、この記事も見ていて、箱の柄はこっちを模倣したのか??」
波久礼さんが言う。
「偶然にしては出来過ぎだろ。記事と漫画の繋がりは、見ただけじゃ分かんねーぞ? 名前も両方ペンネームだし、内容も全く違う。無いとは言い切れないけどよお」
うーんと、皆んな首を傾げる。
各々、疑問や考えたを口にするが、今の所まだどれも推測の域は出無い。
そんな中、波久礼さんが言った。
「あと箱男なんですが、同一犯の可能性を考えた場合ーー。人間の犯行でしょうか? 高度な術者にしたって年齢的にーー。箱男の被害者の記録は戦前からです。普通なら考えられ無い可能性ですが、俺達の扱う事件の場合はーー。人間の犯行で無い場合もある」
「人間の犯行じゃないって !??」
と、その言葉に異様に反応したのは月子さんだった。
波久礼さんが、月子さんに説明する。
「信じられないかも知れませんが、世の中には、そういう不思議な事案も幾らかですが確かに有るんです。勿論人間の可能性もまだ捨て切れません、士鶴が言ったように犯行をカルト的な儀式として、集団で何代も受け継ぐパターンも考えれます」
「人間じゃない場合。それは、妖怪ですか!? 」
「え? 妖怪?」
「凄いっ!!? 本当にそんな世界が実在してるなんて! かつてお祖父様が体験したモノを、私も体験出来るなんて!!」
シリアモードの波久礼さんとは裏腹に、胸の前で掌を組んで、月子さんはルンルンとしたテンションで言う。
「妖怪かどうかは……。お祖父様が体験したモノって?」
「お祖父様は高名な怪奇漫画家ではありましたが、オカルトめいた話が絡む為に民俗学者としてはイマイチ認められているとは言い難い存在でした。でも、私はお祖父様が見聞き、体験した物は、事実であったと思っています。それを、自分の目で確認したいんです!!」
というわけで、
思い立ったが吉日ーー。
私達はそれから各々準備をして、再集合し、
記された緯度と経度の場所へ、今夜向かう事にしました。




