怪異探偵とタクシー怪談 ②
「同業者さんでしたか」
まあ、探偵と言っても、凪さんは変態糞野郎のロリコン探偵ですが。
私は持っている凪さんの名刺を、波久礼さんに差し出す。
「草薙凪探偵事務所? 君、中学生くらいかと思っていたよ」
「……じゅ、18です(大嘘)。一応、此方の草薙凪の助手的な事をしてます。ヤッちんて呼ばれてるんで、私の事はヤッちんと呼んでいただいて構わないです」
「ヤッちん?」
「……は、はい」
さすがに八百比丘尼です、とは言えない。そもそも、それ名前じゃないし。
「薬師丸やす子って言うんだ。だからヤッちんだ!」
すかさず、助け舟を出す凪さん。
だが、名前が糞ダセぇ! 助け舟がとんだ泥舟です。
「薬師丸やす子?」
「……はい。本名が糞ダサいんで、ヤッちんでお願いします」
と、波久礼さんに苦笑いで答える私。
ああ。……今日から私、薬師丸やす子です。
「あの社長、お前にも頼んでたのか?」
変な名前を付けられ意気消沈の私を無視し、凪さんは空気をお仕事モードに切り替えて、波久礼さんに訊く。
「いや俺は探偵って名乗ってるだけで、実質フリーライターみたいなもんです。オカルトや超自然現象なんかを、無料で調査解決する代わりにそれを記事に書かせて貰う。記事はネットを中心に契約してる出版社が配信してる。最近は出版業界も、紙媒体だけじゃやってられ無いからね。今日はその取材交渉です。今回の事件は、新聞でも取り上げられましたからね。中々興味深い話です」
凪さんはそう聞くと、私の方を見て
「なら、コイツでいいじゃねーか。そもそも今回は示談交渉じゃねーし」
と言った。
「一応、専門は交渉事ですが、普通の依頼も受け付けてますからね! でも、凪さんがどうしてもやりたく無いなら、私が1人で受けますよ。幽霊とか興味有るし。どうです、波久礼さん、共同調査というのは? 波久礼さんの取材交渉も、その方がスムーズでは無いですか? 私達が心霊現象の専門家として呼んだと言えば、社長だって受け入れてくれるでしょう。あなたへの報酬は、事実上無料な訳だし」
「確かに! そうしてくれると有り難いよ」
波久礼さんが差し出した手を握る。
握手! 交渉成立です。
「おい待てよっ! 何勝手に決めてんだよ! 触んなよっ、俺のヤっちんに!!」
という事で、単純バカの凪さんも嫌々渋々嫉妬に塗れてパーティーに加わりました。
「で、依頼はなんなんだよ。まさか本当に幽霊退治じゃねぇだろ? そんなもん、普通は探偵には頼まねえ。霊能者とか、寺や神社だろ?」
「凪さんはJKって言葉に浮かれて、ちゃんと依頼メールを見ないから、いけないんですよ。人探しらしいです」
「人探しだと?」
「詳しくは直接会って、という事だったので、これから聞きましょう」
もう一度室内に戻り、適当に波久礼さんの参戦を説明する。
「内容が内容なので、専門家に協力を仰ぎました。此方、私どもがこういう事件の時に力をお貸し頂く、怪異探偵の波久礼銀太さんです。お若いですが、腕は確かです」
と、しれっと大嘘を打っ込む。
波久礼さんも、しれっと名刺を社長に差し出す。
社長は名刺を確認した後で言い辛そうに言う。
「……あのぉ? 2人分の料金はぁーー。何分、家族経営の小さな会社でして……」
「大丈夫です。波久礼さんは、今回の事件を記事にさせて頂く許可が頂ければ、無料で良いそうです」
「勿論、プライバシーは尊重します」
波久礼さんが言う。
社長は少し悩んだが、絶対にウチだと分からない事と、最終的な記事の確認許諾後の掲載を約束出来るなら、と了承した。
幽霊事件で会社の名は世間に知れている筈なのに? そこにさらに油を注ぐような事をしたくないのだろうか?
社長に波久礼さんが加わる許可を得て、いよいよ本題に入る。
「何が起きたかは分かりましたが、具体的に誰を探せば?」
「実は話に出て来たAが行方不明でーー」
「Aさん?」
「はい。名前は木村正博と言います。実は木村はウチの1人娘の婚約者でして。行く行くは会社を継がせるつもりでしたので、先月から勤めていた会社を辞めさせ、武者修行としてウチでタクシー運転手をさせておりました。実は、あの事件には、まだ後日談がありまして……」
「ーーまだ後日談が!?」
私は訊く。
気付けば、体が前に半身ほど乗り出している。
「はい。実は実際の行方不明事件があったので、木村は事情聴取を受けました。勿論、なんの関わりもないのは、すぐに証明されたのですが、その後おかしな事を言い出しまして」
「おかしな事?」
「はい。連れて帰って来てしまったと……。」
「連れて帰って?」
「はい。何かは具体的に言いませんでしたが、すぐにあの幽霊事件関係の事だと思いました。それで、休みを与え。医者に行くなり、お祓いに行くなり、させろと娘に言いました。私ももっと真剣に取り合えば良かったのですが、何分人手が足らずに忙しくて。それで、娘が連絡をしたのですが、携帯の電源が入って無いか、電波が届かない所に居る、と繋がらず。アパートに行き、合鍵で中に入るももぬけの空。警察に捜索願を出そうと思いましたが、過去の行方不明事件の事もありますし、その後すぐに姿を消したとなると、変に疑われるかもしれませんし。勿論、娘婿になる男です。本人の事も良く知っているので、信じては居ます。でも幽霊事件の事もありますし、根も葉も無い悪い噂がたち、風評被害を受けては、ウチのような小さなファミリー企業はひとたまりもありません。それで、捜査を依頼出来ればと。少し探偵業者を調べましたが、草薙さんの所は多少際どい仕事を請け負う事も少なく無いとか、それなら秘密厳守でやって貰えるかと? と言うわけで、波久礼さんには木村の事はーー」
なるへそ、それで執拗に会社の名前が出る事を拒んだのか。
誰にも分からず、行方不明事件なんて無かったかのように、可決して欲しいと。
「分かりました。勿論、木村さんの失踪の件は伏せ、幽霊事件のことだけ載せます。本当に関係が無いかもしれませんし」「それなら」
と社長は言ったが、幽霊と木村さん失踪に関係が無いならないで、それはまた別の大きな問題だと思うが……。まあいいか。
社長の依頼を正式に受ける事とし。
その後、社長と経費と報酬の交渉をした。
社長が提示した条件はーー、
期限は、キリの良いところである事と、青空タクシーの経済状態から、今日から1週間。
期間内の必要経費は、全て青空タクシー持ち。
木村正博さんを発見後の報酬は必要経費とは別途100万、結果が出なければ報酬は無し。
だった。
「人探しの依頼に100万とは、破格だな。 必要経費だって安かねえ。相場を知ってんのか?」
凪さんが言った。
「娘の為ですよ。めっきりふさぎ込んでいる。本当は警察に届けるべきを、届けないせめてものーー。いや、自分の罪悪感みたいな物を、薄める為なのかも知れません……。とにかく、無事見つけて貰いたい」
「分かった。とにかく無事木村さんは俺達が見付ける。待っててくれ」
その後、木村さんの顔の分かる写真と、役に立ちそうな資料をいくつか託され。さらに詳しく木村さん個人についての話を聞いた。
私達は、何度もお願いしますと頭を下げる社長の見送りを受けながら、青空タクシーを後にした。
波久礼さんの提案で先ず向かったのは、近くに在る木村さんの住んでいたアパート。
今回の事件は、凪さんは自分の仕事の範疇の外と考えているようなので、主導権は自然に波久礼さんが握る事になりそうです。まあ、お化けが怖い凪さんが、その事に関して異議を申し立てる事は無いでしょう。
木村さんのアパートは、青空タクシーから10分程の所に在った。
タクシー運転手を始めるにあたり、会社の近くに借りたものだ。
外観は、2階建てのありふれた、これといって変わり映えのしない建物だ。
家賃はまだ給料も少ないとあって、社長持ち。
じきに社長の家で一緒に住む事になっているそうで、今、住む部屋を整理しているので、アパート住まいをしているという事だ。
とにかく社長に借りた合鍵で、中に入る。
「おい、何か変なの居ないだろうなぁ……」
1番最後の凪さんは入り口で、ブツブツ言っている。
「なんで、そんなに幽霊が怖いんですか?」
「えっ? だって、殴れねえだろ? 殴れない物は倒せん。気持ち悪い」
どんな理由だ。石川五右衛門のコンニャクか。まああれは怖いわけじゃ無いけど。
あんだけ、人を手に掛けてるんだから、化けて出られるとか凪さんは考えないんだろうか? きっとそんな事は考えてもいないんだろうな。教えたら、卒倒するかな?
6畳ほどの洋間にキッチン、ユニットバスの1K。
ローテーブルとシングルベット、それにノートパソコン。
ぱっと目に付くのはそれくらいだ。
と思ったが、壁の四隅に赤く筆で呪文の書かれた仰々しいお札が貼ってある。
そして、定番の盛り塩ーー。
「こういうのが有るって事は、やはりなんらかの霊障はあったと推測できるね」
「お札って効くんですか? 稲川淳二は素人がお札を無闇に貼るのは、幽霊の感情を逆撫でするだけだから良く無いって言ってましたけど?」
「どうだろうね? 俺はお札とか使わないけど、医者の薬と同じで、処方が間違ってれば逆効果なのかも? こういうのあんま意味無いけど、画的には使えるから、一応写真撮って置くか」
と波久礼さんは、ポケットから出したデジカメでパシャり。
「ニコマートは使わないんですね?」
「ああ、記事の挿し絵程度に使う写真は、これで充分だよ。フィルムなんかで撮ったら面倒だし、コストが凄い掛かるからね。それにニコマートは、普通の時はただの壊れた古いだけのカメラだし」
そうだった。ニコマートは普通の時は壊れているんだ。
ニコマートが動く時は……、幽霊に向けられてる時だけ。
ーーん?
「肩のそれは?」
私は波久礼さんの肩にある物に気付く。ーーこれもカメラ?
「ああこれ? ウェアラブルカメラだよ。取材風景の、動画のネット配信もしてるんだよ。一応、モザイクは掛けるから安心して」
さてーー、
木村さんの部屋には備え付けのクローゼットが有る。
衣類はそこに入っているが少ない。
先月から住み始めただけあって、まだ生活感は殆どない。
前は実家住まいだったという事で、無駄な荷物もほとんどない。
そんなに長く住むつもりも無いので、引越しの時の荷物を増やさないようにしているにだろう。
本当に、ただ寝泊まりする為の場所という感じだ。
部屋は、警察に届け出る事も最初は考えていたので、失踪した時のままにしてあるそうだ。
ちなみに失踪したのは、3日前。
朝、精神科に婚約者である社長の娘さんと一緒に行く事になっていたが、約束の時間(AM8:00)になっても社長宅に現れず。娘が迎えに行くとすでにもぬけの殻だった。
ちなみに、前日に娘さんは、木村さんの部屋で一緒に夕食を食べている。
木村さんが自宅まで車で送り届け、別れたのがPM22:00。
22:00から翌8:00までの間に、何かがあった事になる。
アパートの駐車場には木村さんの車が有ったが、だからと言って帰宅後に何かあったとは断言は出来ない。帰宅中に拉致して、誰か別の人間が戻した可能性もある。車から指紋などを調べられれば、何か分かるかも知れないが、残念ながら我々にはその手立ては無い。
娘さんと夕食を食べた食器は、洗われて乾燥の為の水切りカゴに入れられたままだ。
この状態からは、22:00から翌8:00のどのタイミングで、木村さんが失踪したのかは推測出来ない。男性だから翌朝まで放置というズボラも、あり得なくないだろう。
うーん。
「凪さん、何か分かりました?」
「分かる訳無いだろう。俺の専門はゆすりたかりだ。人探しなんてした事ねえ」
「……。」
うわ……。はっきり認めた。やっぱり、ただのゆすりたかりしてるだけだったんだ。
ロリコンで恐喝って、ただの異常犯罪者じゃん。
もはや頼れるのは、波久礼さんしか居ない。
私は期待を込めたキラキラした熱い眼差しで、波久礼さんを見る。
波久礼さんは、部屋の隅にニコマートを向けてじっとファインダーを覗いていた。
おお! ニコマートを使うという事はーー。
カシャン!
シャッターの切れる音がーー。
そうだ、壊れたニコマートのシャッターが切れるのは、波久礼さんの左目とファインダーが霊を捉えた時だけ……。
「……幽霊居たんですか?」
「幽霊ってなんだよっ!」と、理由を知らない凪さんが騒いでいるけど、無能は無視です。
「……分からない」波久礼さんはそう言って、少し考え続ける「分からないけど、UPしたままのミラーが降りたから、シャッターを切った。俺の左目もファインダーを通し見えたが、霊の姿は見えなかった。でも、こういう場合でも現像してみると微かにでも霊の痕跡が写ってる場合がある」
「なんだよそれっ!! 幽霊居たのっ!!? ねえ?居たのっ!!!」
凪さんはホントうるさいdeath!!
「……あのぉ………?」
と背後から、蚊の鳴くような声がして振り返ると、そこに寂しげな顔の女性が1人立っていた。
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!」
と、部屋を震わすほどの絶叫をし、最後尾にいた筈の凪さんは、気付くと振り返った私達の後ろに回って居た。壁にへばり付き怯えている。いつ移動したんだ?
「……あの? 正博さんの居場所について、何か手掛かりは見付かりましたか?」
と女性は言った。
私は直感的に、彼女が誰だか分かった。彼女は幽霊などでは無い。
ーーたぶん行方になっている木村正博さんの婚約者であり、社長の娘さんだ。
「すいません、脅かして。父に雇われた探偵さんですよね? 今日来るって聞いてます」
「はい。先ほど会社の方に伺い社長さんと話ました」
私の想像した通り、木村さんの婚約者の青空ミホさんでした。
言いませんでしたが、青空タクシーの名前は社長の苗字に由来します。ちなみに社長の名前は、青空久治さんです。
聞くと遅番で午後から出社のミホさんは 、出勤前に木村さんが帰宅してやしないかと寄ったのだった。ミホさんは青空タクシーで、事務をしている。
「あの? それで何か……」
ミホさんの問いに、波久礼さんが答える。
「まだ調査を開始したばかりです。今の所は、何もーー。すいません」
「やはり、呪いとかなんでしょうか? どうして正博さんなんでしょうか? ただタクシーに乗せただけなのに、なんでなんでしょうかっ! !」
取り乱し声を荒げるミホさんに、波久礼さんが落ち着いた声で諭すように言う。
「必ず僕らが、木村さんを見つけてみせます。お辛いでしょうが、もう暫くだけ待って居て頂けますか?」
「すいません。取り乱して……」とミホさんは力無く言い、一呼吸置いて気を取り直したように深く頭を下げて「どうか、よろしくお願いします!」と今にも泣き出しそうに震える声をグッと堪え、力強く言った。
つづく




