26話 金属の痛み
すみません遅くなりました!
暗い木製の床のテクスチャ。そこそこリアルな床のその温もりが手のひらから伝わってくる。──UIが全て消えたゲーム内で俺は何故か土下座をしていた。
土下座の姿勢のまま顔を上げると、おろおろしている大男が1人と、なぜか怒ったロボットが1人。ビジュアルだけ見るとエラくカッコいいな。
「あれ? なんでインスタントがここに? ログアウトしたんじゃ」
ログアウトしたはずのインスタントが帰ってきていた。隣のサクラさんの方をチラッと見ると、厳つい大男の普通な顔に戻っていた。
あれ? 怒ってない、よかった··········もう怒っていないっぽい。それにしても何でインスタントは土下座しているこのタイミングで···············間の悪い奴め。
すると冷たい機械音声の威圧的な声が見せかけのバーに響いた。
「さあ? ··········で、何をしたんだ? HOTARU」
紅に輝く無機質なモノアイが俺を睨んで離さない。2人の見た目も相まってとにかく怖い。
「何もしてないって··········それに、なんでお前までキレてんだよ」
ほんとにキレていそうな雰囲気を感じてそこはかとなく怖いが、何事も無いように取り繕う。だって俺なにもしてないもん。·····多分。
という俺の不安などお構い無しに伝わってくる謎の怒りが怖い。
「キレてませんけどぉ? ··········っていうか、なんで土下座してんの?」
怒りを隠して取り繕っているようだが、言葉の節々に怒りがダダ漏れだ。それに頭上面の球体モニターが真っ赤、ブチギレやんけ。マジで怖いんだけど··········。ていうかこれ隠そうとしてなくね?
えっ、怖いんだけど··········俺何かしたのか?
「そ、それはサクラさんが怒ってたからびっくりして──」
インスタントから向けられた謎の圧力に負け、たじたじになる。なんか言い訳してるみたいじゃん! 何もしてないはずなのに!
すると、すかさずサクラさんが俺の言葉を遮るように焦ったような声をあげた。
「ご、誤解です! わ、私怒ってませんよ!」
衝撃の事実。
「あれ、そうなの?」
「はい!」
ここまで自信満々に答えられたらもうどうしようもない。それが真実なんだと思う事にしよう。
「そうなんだ·····なんかごめん」
「あ、いえ。こちらこそすみません」
逆に謝られてしまった。なんて優しいんだ。
「あ、いいよ。俺が勘違いしただけだから··········あっ」
戦闘周り以外は漏れなく手抜きのこのゲーム。表情の感知も例外ではない。ということは、サクラさんのあの顔も··········
「ただのバグか。なんだ、土下座し損じゃん」
サクラさんも心做しか安心したように見える。よかった。胸を撫で下ろし、落ち着いたところで今の状況を振り返ってみる。
といっても、試合中になぜかこっちの世界でもあの文字が見えるようになって、そのまま試合終了。そして色々他の人と話した後、ログアウトしたら俺(現実)と俺に別れたっぽい。そして今に至る、とそのくらいだが、原因はやっぱりこっちの世界でもあの文字が見えるようになったことなのか?
そうだとして、俺はここから出られないのか?
「はあ··········面倒なことになったなぁ」
UIも全部消えてるし、これからどうしようかなぁ。ログアウトも出来てるっちゃ出来てるけど説明のしようがないからなぁ。
と、思考に夢中になり全てを忘れている俺の側頭部にゴツンと鈍い衝撃が走った。
「痛った!」
バットで軽く叩かれたかのような鈍痛が走り、静かな海の底のような自分1人の世界から引きずり出されたようだった。反射的に側頭部を抑えて叩かれた方に振り向く。
犯人はインスタントのようだ。
「え? ああ、ごめんごめん。そんなに痛いとは思ってなくて」
何か意外だったような顔が表示されたあと、すぐに申し訳なさそうな顔に切り替わった。
「いってー、いやお前自分の腕何製か考えろよ〜」
側頭部をさすりつつ硬い腕をコンコンとノックしながら冗談交じりに答える。
すると既に申し訳なさそうな顔が更に申し訳なさそうな顔に切り替わっていく。
「いやだからごめんって···············あれ? 痛いって言った?」
インスタントが急に黙って、モニターの顔がポカンとしたちょっとかわいい顔に切り替わった。
「そうだって言って···············あれ? 痛い、なんで?」
痛む頭をさすりながら我に返る。
痛いってどういうことだ? ここはゲーム空間内だぞ? ダメージはあっても痛覚は切られているのが常識のはず。ついさっきまで痛覚なんて··········
「どういうことだ? なんで痛いんだ?」
なんで痛いかなんて、思い当たるものは1つしかない。これまた例の文字だ。これ以外思いつかない。
「マジで痛いの?」
インスタントがすごく心配かつ申し訳なさそうに顔を覗く。続いてサクラさんも心配そうに俺を見る。
「だ、大丈夫ですか?」
痛みのせいかゲームのせいか·····その厳つい顔が一瞬、かわいい女の子に見えたような気がした。
「!? ··········あ。ああ、大丈夫だよ。とりあえず運営に連絡してくれないかな? 俺のUI消えててさ」
魔法的な、そうじゃなくとも超常的なこと起こっているのはわかる。目覚めた方の俺はログアウトしてはいるが、それを説明したって冗談だと受け取られるだけだろうし、今は運営の人に話を聞いてみるのが1番だよね。
「わかった。私が運営に問い合わせてみる」
と言ってインスタントがポチポチと空をなぞりはじめた。
「ありがとう、お願いしていい?」
「えーっと··········お忙しいところすみません───えーっと、友人が───」
感謝を言い終わる前には既に空をなぞるような動きが、ボソボソ言いながらキーボード操作の動きに変わった。メール打ち始めたらしい。
「はぁ、ひとまずこれで様子見か」
これ以上やるべき事も思いつかないし、カウンターの椅子に座って頬杖をついて溜息をつく。するとソワソワしたサクラさんがこっちを見て言った。
「あ、あの··········な、なにか手伝うことありますか?」
手伝うこと··········? と、思考を巡らすも何も思いつかない。何せ初めての出来事だから。それも俺にとっては世界初レベルで··········何ならゲームシステムの枠を優に超えてるところに居ると思う。俺が異世界に行ったこともなにかしら関係してるだろうが、なんせ俺も異世界のことなんて何も知らないからやるべき事も思いつかないし·····
「うーん··········特に思いつかないけど、また何かあるかもしれないしインスタントがメール送るまで待ってようか。あ、お腹空いたならログアウトしてもいいよ」
一方目覚めた方の俺。
昼飯のインスタントラーメンをすすりながら、状況の面倒臭さを嘆く。
「はあ、面倒なことになったなぁ··········ズズズ」
俺をゲーム内から見たら『ログアウトが出来なくなった可哀想な人』で、目覚めた方の俺の方を見たら『何の異常もなく普通にゲームをしていただけの一般人』だ。そう、面倒臭さの極めつけは異世界絡みであること。
何で俺がゲームと現実で意識が別れたのか、詳しい事は分からない。あと俺の魂がこっちの世界に来たことについても、何故かはよく分からない。
まあ元々異世界についてよく分かっていないのだから当然なのだが、俺があのデカいスライムに食われて死んで、その時に魂がこっちの世界に来たってことだけは多分間違ってなさそうだ。だけど確証もないし検証のために死ぬのも嫌だ。
それをありのままを話してもどうせただの厨二病だと思われて終わりだろうしなぁ。
「どう説明したもんか··········ズズズ」
果たして日常が戻る日は来るのかと麺をすすりながら思った。
「よし、メールは送ったから暫くは様子見だね」
インスタントはタブを閉じながらカウンター席にドサッと座ると、サクラの方を見て
「サクラさんはこの後どうする? 私は返信待つついでにコイツと残るけど··········」
とハリボテのワイングラスを俺の方に揺らしながらそう言った。するとサクラは視界の右上を見て申し訳無さそうに言った。
「あ、すみません··········。私、午後から仕事があって··········この辺で失礼しますね」
と、タブを操作し始めると、インスタントが慌ててサクラを引き止めた。
「ちょ、ちょっと待って! ログアウトする前にフレンド交換しようよ。何かあったら連絡するから」
そう言って2人はフレンド交換をし始めた。ちょっと離れた壁際の席で1人、UIのない俺は2人を虚しく眺めていた。
懐かしいなぁ、この感じ。
フレンド登録した2人は軽く言葉を交わして別れた。光となって消えたサクラを見届けて、インスタントがこちらに向かって歩いてきた。
「そんな端に座ってどしたの」
奴のモニターが心底不思議そうな表情をしている。コイツってもしかしてコミュ強?
「··········いや、なんでもない。そんなことよりこれからどうする? ずっとここで返信待つってのも暇だろ?」
テーブルに体を預けるように頬杖をつく。
「だから遊んでおこうぜ、ってこと」
運営から返信が来るのがいつになるのか分からない上に、そもそも返信が来るのかどうかすら定かではないのだ。そんなのを待つなんて現実的じゃない。
インスタントは相変わらず意味の分からないものを見るような、それでいて少し驚いたようなモニターをしていた。
「何かわからないけどはぐらかされた? まあ、どうせつまらない理由だろうから良いけど。··········そうだね、確かに暇だね」
いつものに切り替わり、サラッと凄いことを口にした。
「ものすごく辛辣なんだが? ··········ま、まあいいや。暇だから洞窟に行こうぜ」
奴の辛口に何とか耐え、ゲームの参加を誘うが、奴は困ったような顔をモニターに映し出して悩んでいた。
「でも試合中に連絡が来たら··········うーん··········まあ、いいか!」
モニターがパッと明るくなった。どうやら考えるのを辞めたらしい。
「よし! じゃあ決まりだな」
と言いながら立ち上がりバーを出ようとした瞬間、色気漂うバーには不似合いな電子音が鳴り響いた。
流行りの音楽だ。流行りものを嫌う俺は自ら聞きにいくことはないが、そういうものに限って街のそこかしこから聞こえてくる。
「電話?」
振り返ると、インスタントの顔の横に白い四角のアイコンが浮かんでいた。よく見るとその四角にはV字の切れ目が入っていた。
「·····いやメールか。もしかして運営から?」
運営からにしても返信が早すぎるし違うか、と思いつつそう言った。
「そう、もう返ってきた。それで、えーとなになに··········え?」
そう言ってインスタントは軽い驚きの表情を見せた。その驚いた顔のままメールのウィンドウを俺の方にひっくり返して見せると、そこには1行だけ、シンプルに『そこに行くので待っててください』とだけ書いてあった。
「え? それだけ? ··········っていうか運営が来るの!?」
あまりのシンプルすぎる文面からくる破壊力に驚き、つい声に出してしまう。それと同時に、運営の人が直接来るなんてとんでもないことが起こってるんだなぁ、と事の重大さを改めて実感する。
「そりゃか来るさ。サイコダイブゲームの運営としては、そんな事が起こったならね」
背後から軽薄そうな声が聞こえる。知らない声だ。
声のする方を見てみると、いかにも邪悪の化身という風貌の魔王という言葉のよく似合うプレイヤーがいつの間にか立っていた。
「うわぁっ!? 誰!? いつの間に!?」
ホラゲさながらのびっくり展開に情けない声を出してしまう。あまりの驚きで部屋中に動悸が響くようだった。次第に顔が熱くなり、耳が赤く染まっていくのを感じた。しかしそれが動悸によるものか、情けない声を出したことによる羞恥によるものか、判断はつかなかった。
その魔王のような彼は、その風貌によく似合う黒いのオーラのようなものを輝かせて見せかけのバーを異様な空気で包み込んだ。
「俺が誰かっていうと··········まあ、このゲームの管理者であり責任者だよ。··········知ってるかな、冬山レイジって名前」
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