24話 底知れぬ身体
遅くなりました!
いやあ、久しぶりに書きますねぇ
「ふざけんなー!」
「真面目にやれ!」
いつまで経っても戦わない2人に痺れを切らして罵声を浴びせ始める観客達。"いつまで経っても"といっても実際には10秒も経ってはいなかったように思う。それでも真っ昼間から酒を浴び、仕事を休んでまでこの催しを見に来る彼らの事だ。これまでの試合と相まって尋常ではないほど興奮しているし、1秒が1分にでも感じたんだろうさ。
そこに怒りも加わって···············。
「早くしろよオイ!」
バッと立ち上がったのは空の木製ジョッキを持った酒臭い隣の男。どれだけ飲んだんだ。仕事はないのかこの男には。それにこの怒号、まるで耳元で爆発が起きたみたいだ。耳がどうにかなりそうだよ。
「全く、ここらの人は野蛮だなぁ」
節度ってものがないのかな、ここには。ため息混じりに呟いた。
空のジョッキが飛んでいく前に始めて貰えないかね。
そんな殺伐とした雰囲気を一変させたのが
ドゴォン!!!
稲妻のような轟音だった。
やかましい酒飲みに移っていた視線が有無を言わさず"下"に戻された。
轟音の正体は、時代の寵児とも言える年齢にそぐわぬ見た目をした男の一撃だった。大勢の観客席からは一瞬で決着がついたように見えた。
それまで2人対しての怒号や罵声で溢れていた会場も今では夜が訪れたかのような静けさだった。
何だ今の音は!?あの女の子(※男)が消えた?いや、土煙でよく見えないが、状況的に女の子(※男)が壁に叩きつけられたんだりう。
こうも観客席にさえ響く衝撃だと··········あの娘(※男)は生きてはいないだろうな。だが···············、
叩きつけられた壁からは土煙が立ち上り、それが目に見えたような決着に期待を与えている。それは我々もよく知るあのグラエムが連れてきたという情報も相まってのことだった。
「目にも止まらぬ拳がホタルを襲う!果たして彼女は無事なのかぁ!?命に別状はないかぁ!?
回復術班は舞台脇で待機をお願いします!
彼女は彼女で殴られる直前に刀を抜いていたように見えましたが果たして!彼女は無事なのか!」
興奮しつつも出場者の心配と状況の説明、雇われたパーティの待機命令、よくやる司会者だ。それに盛り上げるのも上手い。
選手入口を見ると、足の速いパーティ構成のパーティ数組が待機していた。どれも有名なパーティで凄腕の戦士やタンク、優秀な回復術士がいる。彼らならあの巨体の足止めと彼女のヒールもできるだろう。
司会の迅速な対応と直後に現れたパーティに多くの人が命の心配を彼らに任せ、安心して応援を続けた。
「死ぬなー!」
「やっちまえ!」
「起きろー!」
など様々な声が再び響き始めた。
(肉体の死亡を確認。魔力・聖力を使用し修復します。)
腹を殴られて壁に叩きつけられたのか!?なんてパワー、こりゃ熊を殺したってのも納得だ。
そんなことより、アイツにかすり傷のひとつでもついてるといいんだが··········。咄嗟の抜刀とはいえ確かに当てた筈だからな。
この動きは、サイコダイブだとしても元々ゲーム内での補助された動きだ。それを現実の動きとして再現できるとはすごい身体だ。アイツに礼を言わなくちゃな。
と体が治るのを待ちながら考えつつ、殴られた衝撃で反射的に閉じた目をそーっと開けて状況を確認しようとした。便利な体だ、もう既に治っている。
それだけは確認できた。
だが辺りは砂というか土というか、黄土色に近い色で埋め尽くされていた。なんだ?煙?土煙か?
辺りの状況が全くわからん。
───よし、こんだけ見えづらいんだ。不意打ちを狙いに行く。さっきの··········さっきのと言ってもあっちの世界でゲームをしている俺の事だが··········まあ、そんなことはどうでもいい。さっきの試合(ゲームの話)で煙幕を撒かれた時みたいなことをすればいいはず。
とりあえず今は咳なんかして位置をバラしたくない··········。衣擦れ音も出さぬ様にゆっくり口を塞ごうとするも、
「··········!!」
『!!』『!?』『埋まってるw』
腕が動かない!壁にめり込んでいるのか!?くっそ、なんてパワーだ。ビクともしないワケじゃなさそうだが、強引に動かすと壁が崩れて音がなりそうだ。クソ、こうなったらヤツが音に反応して突っ込んでくる獣じゃないことを祈るしかないか。多少のの音は承知の上でやるしかない。
あれだけ罵声罵倒で耳が痛かった会場も今でご覧の通りの静けさだ。こんな時に限って静かになるなよ!タイミングが悪いなぁ。
バラバラ··········
こんな音でも気になる!会場!騒げ!ちょっとでいいから!
なんて言いたい気持ちを抑えてゆっくり右腕を外し、左腕を外し、右脚、胴体、最後に左脚。
ふう。ちょっと音を立ててしまったが今のとこは大丈夫そうだ。そして素早く、かつ静かに移動する。
ただ俺はそんな専門的な技術は習得してない。多少の音は勘弁してもらおう。
見た感じ右が暗そうだったのでその中へと向かう。暗いってことは煙が濃いってことだ。
煙が晴れないうちに移動して突っ込むぞ。あんま移動しても時間がかかる。5歩ぐらい、このくらいでやめておこう。
あの時のように両手を床について座り、利き足を半歩下げ、心の中でカウントダウンを始める。
3·····
2·····
1で腰を上げて地面を強く蹴った。あのゲームの時のように煙の中を走り出したのも束の間、
「うっ!!」
目が!目が!目が痛い!目になんか入った!と目へのダメージで体勢が崩れるも、何とか踏ん張る。
痛みで閉じようとする目を開けようと薄らと開いた目には光が差し込んでいた。
その光の中にひとつ黒い点が見えた。それが一瞬で大きくなっていった。奴か!横薙ぎの振りで応戦する。薄らと開いた目ではぼんやりとしか見えないが、当たる直前でその巨体が制止し俺の刀は空ぶった。
避けた!?
それを認識する頃には顔面の痛みとアナウンスが流れていた。
(肉体の損壊を確認。魔力・聖力を使用し修復します。)
何が起こった!?
「流石だ。これでも死なない··········」
どこかの拳法っぽい蛇のような構えで関心したように呟いた。
殺す気かよ!?これって大会なんじゃなかったか!?異世界じゃあ殺すのもアリなのかよ!
「やはりお前はあの熊より強い··········」
「そんなこたぁねーって」
熊は無いって。ゴブリンよりかは強かったけど。ゴブリン以上熊以下ってことにしておいてくれ。
剣の知識は素人程度はあるが、マゲの時だって適当に振るだけだったもんで実際に使うとなると切れないだろうというのが実際のところだ。
ゴブリンの時だって"剣先で弧を描くように"とどこかで見た知識をもとに意識はしたが、あれは偶然だ。
もう一度彼をよく見ると、構えの鋭さが上がっているように見えた。これはもう間違いなく··········
「お前、俺を殺す気か?」
···············
返答を待つ。その間ヤツはピクリとも動かない。怖いので見よう見まねとはいえ正眼の構えというやつをする。
やっと動いたかと思えば、予想外に物騒な言葉が吐き出された。
「状況による」
『こっわw』『怖』『やっば』
怖ぇ···············!
「そうならない事を願う·····ねッ!」
先手必勝!
大会直前、あのグラエムさんも少し驚かせた、捕まるまいと逃げようとした時のスピードに横薙ぎの一閃を乗せて放つ。高速で腹の横を通り過ぎようとした瞬間。
眼前に太い腕が
あぶね!
そこで何故か思い出したのが小学校の頃に体育でやった鉄棒。俺は後ろ周りが得意だった··········。
・
・
・
戦闘中だというのに懐かしい記憶を思い出していた。
ハッ、と我に返ると地面が青い··········ってこれ後ろ周りしてるーーー!?
『!?』『!?』『!?』
びっくりして手を離すと上空に放り出された。
ホタルと名乗ったあの少年···············やはり見所がある。
あの魂食い種のスライムに食われて無傷、即死レベルの打撃を受けても無傷。それに、報告によると彼はゾンビ··········見た感じでは通常変化態では無い。自然発生なのか人工的発生なのか、それすら分からない。
今の所どこかの村や町が滅んだと報告が無いという事は人工の可能性が高いか?それとも滅んだ村や町を見逃しているのか?それとも例外か?
本人ですら持て余す程の身体能力とタフネス。これから成長すると過程すれば··········どれほどの怪物になるのやら。
それこそ、"神"に匹敵するのではないだろうか。
そういえば、神と言えば近頃、聖と魔の神がそれぞれ1柱づつ消失したとの報告があった。"神"に匹敵しうる存在の発現、2柱もの神の突然の消失··········それらの関連性、近頃滅んだ村や町がないかも含めて調査しておくべきか。
と思案を巡らせつつ試合を見ていると、2人が睨み合い膠着状態にあった。
先に動いたのは少年の方だった。先程、私の横を通り過ぎようとした時と同等かそれ以上のスピードだった。
少年が脇腹に潜り込んだ瞬間、ササニゥジの太い腕が突き出された。少年のスピードを逆手にとった技か、彼も彼で侮れな··········
「ハハッ、君には毎度驚かされるよ」
その翠眼に映ったのはササニゥジの脇腹に居た筈の少年が空中に放り出されているという投石機にも通じるところのあるなんとも奇妙な光景だった。
しかし少年、君が放り出されたのは真上ではなくササニゥジから正面を見て斜め上だ。
この大会のルールには場外アウトの記載は無い。··········とは言え、その先は観客席。どう対処する?
「またこの展開かよぉ!」
上空からパラシュート無しでダイブよりかは大分楽ではあるけどさ、下は人いるじゃん!やばいやばい··········!どうしよう!
と焦る間にも急勾配なカーブを経て地面(人)との距離は近くなっていく。
「うわぁ!どいてどいて!」
俺の落下予想地点にいる大柄の男が俺の方を向き、足元に手を伸ばした。
「早くどいて!」
必死に叫ぶも男には聞こえてないのか、どこうとしない。ええい、なるようになれ!
と匙を投げた瞬間、男は鈍色に輝くなにかを取り出した。大楯だ。
「えぇッ!?大だt··········えゴッ!」
(肉体の死亡を確認。魔力・聖力を使用し修復します。)
大楯だと気付く頃には既に死んでいた。しかもあんなものどこから出したんだよ。
と内心キレていると、
「ええと··········大丈夫かい?」
大楯の男が手を差し伸べてきた。ちょっとムカつくのでそこは無視。
「そう見えます?」
キレ気味に言う。
「まあ··········見えるね」
気付くと俺はこいつを殴っていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
また次回もお楽しみに!




