花束を君に
何気なく浮かんだ小さな話です。
日常のあるひと場面にスポットをあてています。
どうぞ、お付き合い下さい。
彼は週に一度、花を買って行く。
それに気づいたのは、彼が5回目に花屋に訪れた時だった。
「おはようございます、藤堂さん」
「おはようございます、三島さん」
毎週水曜日の朝、スーツを着た三島さんは私の営む花屋に足を運び、小さなブーケを買っていく。
「今日もおすすめのブーケを、ですか?」
「はい、今日も藤堂さんおすすめのブーケをお願いします。」
そう言って三島さんは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
三島さん…三島要さんは私、藤堂沙織よりも少し年上の、スーツのよく似合う男性だ。私のおすすめのブーケを、と言って注文してくれることが数回続き、毎週来てくれることから少しずつ話すようになった。
「わかりました、では今日入ったばかりの花を。」
そう言って私は花を選ぶ。
毎週買いに来るということは、渡す相手がいるということだろう。それも親しいに違いない。私のおすすめを、と言って少し恥ずかしそうに、微笑む彼の顔を何度見ただろう。何度、その微笑みに心が揺れただろう。もう、3ヶ月も経つのだ。三島さんのことが気になりながらも、彼女がいたら…と思うと彼のプライベートには踏み込むことが出来ない。彼にはきっとこのブーケが似合う可愛らしい相手がいるのだろうし、私はその存在にはなれないだろう。毎週水曜日に来てくれる嬉しさに反して、心が揺れるのだった。
「こんな感じでどうですか?」
新しく入った小さなバラを添えたブーケを見せ、三島さんに目を向ける。
「綺麗、です。ではそれで。」
そう言ってまたいつもの微笑みを浮かべながら、会計を済ませる。
すると、三島さんは花を受けっとったまま、じっと私を見つめた。
「三島さん…?」
はっとしたように目を瞬かせ、三島さんは恥ずかしそうに目を逸らした。
「えっと…来週、の話なのですが…」
そう言いながらちらりとこちらを見たあと、しっかりと私に目を合わせてこう言った。
「いつもより大きなブーケをお願いします。花は…俺が指定しても大丈夫ですか?」
「はい、大きめのブーケ、ですね。大丈夫ですよ。どのような花にしましょうか?」
そう聞いたわたしはメモを取ろうとレジ台の下にかがみ込む。その手前で、三島さんは咄嗟にというように私の手をとり、こう言った。
「藤堂さんの好きな花も一緒に入れてほしいんです!…おすすめの。あとは可愛い感じがいいです。」
そういう瞳は真剣で、思わずじっと見つめてしまった。
「…!わ、わかりました。」
その熱い手に誤解しそうになった。
真剣な目に心が揺らぐ。そこにいつもの三島さんの少し恥ずかしそうに笑う顔はなく、瞳の奥に熱を持ったような、力強い目だった。
その目に射抜かれたように心臓がどきどきと音を立てる。だめだ。この目を見てしまったら、もう諦めるなんて出来ないのかもしれない。彼への気持ちが溢れそうになる手前で、意識を戻した。羨ましく思う。こんなにも想って貰える彼女は、幸せだろうと。
「では、お願いします。」
少し赤くなりながらも三島さんは小さなブーケを手に店をあとにした。
私は三島さんのことを考えようとする頭を軽く振り、花の世話に戻るのだった。
その時からこの出来事が頭から離れなくなった。
彼女に渡すのだろうか、大きな花束ということは、プロポーズでも申し込むのだろうか、と考えては胸が苦しくなった。いつの間に、彼のことがこんなにも気になるようになったのだろうか。毎週水曜日の常連客、という目で見れなくなったのはいつからだろう。気づけば恥ずかしそうに微笑むあの顔がいつも目に浮かび、毎週水曜日が楽しみになっていた。この花束が出来上がったら、こうして毎週来てくれるというのも終わりを迎えるのだろうか。大きな花束を作りながらも、頭にはあの時の三島さんが浮かぶ。咄嗟に掴まれた手は熱く、力強くて普段の微笑みに似合わない男の手だった。熱のこもった瞳は自分に向けれているのかと思うくらいに真剣だった。思い出してはかぶりを振って切り替える。違う、私じゃない。きっと毎週花を手渡す彼女に、だ。そう思いながら、時間はすぐに過ぎていくのだった。
水曜日が来た。いつも通り、三島さんがスーツを着て店にやってくる。今日はいつもよりそわそわと少し緊張感している様だった。
「おはようございます、藤堂さん。」
三島さんが微笑んで声をかけてくる。
いつも通りに、と思いながらも少しこちらも緊張してしまう。
「おはようございます、いらっしゃいませ。花束、できていますよ。」
と笑顔を向けた。
奥に置いてあった花束を手に、三島さんの前に出す。
「こんな感じでいかがでしょうか?」
「ありがとうございます。とても可愛い…彼女にぴったりだ。」
その言葉を聞いた途端、胸が傷んだ。彼女、と彼は言った。今まで、その言葉が出てこなかっただけに、彼に彼女がいるのかはわからないままだった。様々な考えが頭を支配する。しかし、今は仕事中だ、切り替えなければいけない。
「ありがとうございます。お気に入りいただけでよかったです。ではこちらを袋に入れるので少々お待ちください。」
事務的に手を動かし、紙袋を出そうとした時、三島さんが、待ってください、と声を上げる。
「そのままでいいです。」
「え?そのまま…ですか?」
「はい。」
そう言って彼は自身の手に花束を持ちしばらく花を見つめたまま、緊張した面持ちで息を吸い、真っ直ぐにこちらを見つめる。
彼と目が合った瞬間、彼の瞳の奥の熱に気づく。あの時と同じだ。心臓が大きく音を立てた瞬間、彼の口が動いた。
「藤堂さん…いえ、藤堂沙織さん。あなたを一目見た時からずっと好きです。俺と…付き合っていただけませんか?」
そう言って今渡したばかりの花束を私に差し出す。声が出ない。頭が追いつかない。なぜ、私なのだろうか。彼女はいいのだろうか。混乱する私に、彼は話し始めた。
「初めて見た時、あなたはとても嬉しそうに花の世話をしていました。その笑顔に俺は惹かれたんです。そして、毎週水曜日、朝あなたの店に来て花を買いました。渡す相手なんていなかったのに。」
「毎週花を買って、彼女に渡していたんじゃなかったんですか…?」
私がやっとの思いで尋ねると三島さんはにかみ、頭をかいた。
「彼女なんていませんよ。…あなたに花を選んでもらったのは、あなたの好きな花を知って、あなたに送るためだったんです。なんて、変ですかね?」
その間もずっと彼は優しげな瞳で私を見つめている。
私が花を受け取っていないことに、三島さんはさらに重ねてこういった。
「花束、受け取っていただけませんか?そして、返事を聞かせてくれると嬉しいです。」
その瞬間、私の瞳から涙がこぼれた。
「はい、ありがとうございます。私も…三島さんが…要さんが好きです。」
そう言って泣きながらも精一杯の笑顔を彼に向け、花を受け取った。
毎週水曜日、花屋には1人の男性がやってくる。それは私の自慢の恋人の要さん。まだ始まったばかりの私たちの恋はどんな道を歩んでいくのか。それはまた、別の話だ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。初めて書くお話にまだまだ至らぬ所も多いと思いますが、いかがでしたでしょうか。
また小さな話として、彼らのこの先を書いてみたくも思います。
本当にありがとうございました。




