2.転生しました。
「ヴァリス。 聞こえてる、ヴァリス。」
「聞こえてますよ、母様。」
記憶を取り戻したのはあの女神、ディアナが言っていた10歳の誕生日の夜だった。
寝て、起きようとしたら高熱を出して3日ほどベッドから動けなかった。
せめてもう少し何とかして欲しかったぞ女神。
恐らくは知恵熱に近いモノだった、というのは記憶が戻ったからこそ分かること。
真面目に寝ている間は死ぬかと思った。
起きたら起きたで見知らぬ記憶があることに少し混乱したが、色々思い出したことで納得させた。
下手に幼い頃に記憶を取り戻していたら俺が俺だったかは分からないのが怖い。
「もうすぐ朝食だから、顔洗ってらっしゃい。」
「はーい。」
ヴァリス=ローランド。
今生の俺の名前。
なんでも、既に亡くなった祖父が一代限りの名誉騎士爵を持っていたとかいう家系の次男だ。
現在はその祖父の残した遺産を元手に、日常品を販売する店を開いている。
やや年上の兄は既に成人して、軍に所属して日夜頑張っているのだとか。
良く母様が俺に自慢してくる。
年齢が離れているからか、余り俺自身にそういった認識はないのだけど。
改めて現状を確認しておこう。
井戸から水を汲んで顔を洗い、使い古した布で顔を拭う。
此処は【イーリアス】に存在する中央大陸にある《ビネット帝国》。
隣り合った幾つかの国々と接した帝国は、近年落ち着きを失いつつあった。
その中でも南、広い牧草地帯に面した《コーラル》と呼ばれる市街が現在の住処だ。
主な産業は牧畜。酷くのんびりした、文字通りの田舎の一つ。
元々は「いつかは店を継ぐんだろうなー」とかのんびりしたことを考えていた俺の身体だが、
記憶を取り戻した以上は将来の目標は切り替わっている。
冒険家。
ゲームの世界でも名称は変わらなかったそれは、文字通りの何でも屋だ。
商人の護衛、依頼された物品の採取、そして【魔物】の討伐。
そう、この世界には魔物がいるのだ。
そして、ゲームの世界では主人公はその冒険家を目指す子供として生まれる。
養成学校を出、幾つもの冒険を乗り越えた先で彼(或いは彼女)は世界に隠された真実を知る。
それは、古の昔に分割されて封印されていた魔神の復活が間近であるという真実。
それに抵抗するために主人公は本来手を結ぶことなど考えもしなかった魔物の王、【魔王】とも協力してそれを討つ……というのが本筋ではある。
但し、あくまで本筋だ。
本来の魅力であり、俺が絶賛していたのは無数にあるサブイベント。
そしてその発生状況による仲間のイベントの数々。
完全一人用であるが故にやりたいこと詰め込みまくったようなそれは、文字通りの意味で無数の進行ルートが存在していた。
あの世界とは完全に同じではない。
だが、似通った部分はあるのだ。
だったら――――いい機会なんだ。
目立って、仲間を作って、【最強】と謳われてみるのも一興じゃないか?
「ヴァリスー。」
「はーい、今戻ります!」
だから、今はその為の前準備を進めよう。
あのゲーム、この大陸名と同じ名前を持つ【叙事詩】での、主人公のように。
夢を目指してみよう、そう思った。