1 なんか勇者が襲ってきた
「ご主人様ぁミナモぉ飽きちゃいましたぁ~」
「うん?もう終わったの?さすがに早いね」
そう答えながら読んでいた本から顔を上げる。目の前に広がるのは黒を基調とした王の間のような豪華な部屋と夥しいほどの床を埋める血まみれの人間たち、それと私に声をかけてきた角と羽の生えたメイド服の少女ミナモだ。
血まみれの人間は何人かまだ息があるのか、微かに動いている。その様子を見て私は眉を顰める。
「ミナモ、やるならちゃんとやらなきゃかわいそうだよ」
「え~でもミナモ飽きちゃいましたぁ~」
「まったく……。なんでそうも飽き性かなぁ……」
そういって私は無造作に腕を振り下ろす。その動作だけでまだわずかに息のあった人間の頭がつぶれる。それに特に何も思うことなく、私はミナモにお願いをする。
「ミナモその死体たち片づけといてくれないかな?」
「は~い、かしこまりましたぁ~」
ミナモはそう答えて死体のほうに向きなおり軽く腕を振る。その動作だけで目の前にあった夥しい数の死体と飛び散った血がまるでもともとそんなものがなかったように消え去る。
「さすがだね、時空魔法をそんな簡単に使うとは」
「いえ~ご主人様ほどではありませんよぉ~サキュバスですからぁ~」
そう、目の前のメイド少女のミナモは人間ではなく(角と羽がある時点で人間ではないが)サキュバスだ。ついでにいうと私の使い魔兼友人だ。
ここは魔境といわれる場所であり、魔物の住まう土地である。
私がいるのはそんな文字どうり魑魅魍魎の跋扈する魔境の奥地にある城、確か人々は「魔王城」と呼んでいたはずだ。
しかし魔王城にいるからといって私は魔王ではない、というかまず私は魔王となれる魔族ではなく少々事情のある人族だ。わけあってここに千年ほど住んでいるだけであるので、ちゃんとほかに魔王は存在している。今はどこにいるのか知らないが。
先ほどの人間たちはいわゆる討伐隊だ、魔王の。しつこいようだが私は魔王ではないのだが、ここ魔王城に魔物たちの主として住んでいるため(本当は友人たちと暮らしているだけ)魔王と勘違いされて襲われているのだ。
襲われ続けているが、ここは住み心地がいいし、襲いに来るといっても弱い人しか来ないのでそれを返り討ちにして案外平穏に暮らしている。
「はぁ~なんか回を追うごとに討伐隊の人たち弱くなってない?」
「そうですねぇ~六百年前までは結構楽しかったんですがねぇ~」
「楽しかった、ってどっちの意味?」
「それはもう大人な意味ですよぉ~」
「やっぱりそっちですか」
「はい~」
ミナモの種族であるサキュバスは、人間の一般的なイメージのとうり人間の男を魅了し精を吸い取る魔物である。そのイメージから肉体的には弱いと思われているのだが、人間にはあまり知られてないがじつはサキュバスは通常の戦闘能力も高い、理由は、魅了の効かない相手は力ずくで精を吸い取り、女からの妨害を防ぐためだ。そのためサキュバスだから魅了しかないと舐めてかかり死亡する人間も結構いる。しかもサキュバスは似たような種族のインキュバスと違い結構好戦的だ(インキュバスとサキュバスはどちらも人間から精を吸い取る淫魔であることに変わりないが、サキュバスとインキュバスは実際は別種族であり種族的な性質には結構違いがあり、インキュバスはサキュバスと違い結構尽くす個体が多い)。私も初めて会ったときは好戦的なのを知らずに大変な目にあった。
ミナモと談笑しているといきなり扉が勢いよく開かれた。
「覚悟しろ魔王!この勇者ユリウスが世界のために貴様を滅ぼしてくれる!」
そこに居たのは大体15、6くらいの荘厳な鎧に身を包んだユリウスと名乗った金髪の青年と、その後ろに30くらいの大楯をもったスキンヘッドの騎士っぽい男性と、12くらいできれいなストレートの金髪の僧侶の恰好の少女、同じく12くらいの黒髪を三つ編みにしている魔術師のような恰好の少女の四人だった。
自分でも名乗っていたがおそらく魔王を討つ使命を帯びた勇者御一行だろう。たった四人でこの魔境の奥地にある魔王城にたどり着いたことからかなりの強さだろう。
この城は魔王の趣味により空間がねじれており、同じグループなら大丈夫だがばらばらのグループだと確実にはぐれるという謎仕様なのでさっきの討伐隊とこの勇者一行は一緒に来たかはともかく、別口であるのは確定だ。
ま、私自身戦うこと自体は嫌いじゃないが無意味な殺生はあまり好きじゃない、だからまずは戦闘を回避する方向でいこう。幸い勇者の狙いは魔王なんだし本当のことを教えてあげれば何とかなるだろう。失敗しそうな気しかしないが。
「うん、私魔王じゃないから帰ってもらっていいかな?」
「嘘をつくな!お前が人間を滅ぼそうとしているせいで苦しんでいる人がいるんだ!」
「いやいや、嘘じゃないってそれに私も魔王も人間滅ぼそうなんてしてないって」
「黙れ!」
そういうと勇者は豪華な装飾の剣で切りかかってきた。
いやまあ、無理なのはわかってたけどさ、話くらい聞いてほしいものだ。
私は切りかかって来ている勇者に向け魔力弾を三発放つ。本来は魔法使いが最初に覚える最下級の魔法で、本来殺傷力などはほとんどなく、速度も遅い本当に弱い魔法だが、私の魔力弾は一発一発が並の者であればよけることもできず即死する威力と速度を持っている。
しかし、勇者はそれを走りながら最小限の動きだけで避ける。そしてそのままの玉座にまでたどり着き、剣を振り下ろす。
私はそれを回避しようともせずに眺める。このまま斬られればただではただでは済まないだろう、勇者ユリウスの顔には勝利を確信している笑みが浮かんでいる。
そして、勇者の剣が私に触れようとしたとき、勇者の体が横に吹っ飛び、ドンッッ!!!という音が遅れて聞こえてきた。
横を見れば吹っ飛ばされた勇者が何が起きたのか理解できないような表情で壁に叩きつけられている。
「ミナモやりすぎだよ」
「ごめんなさいご主人様ぁ~、つい手が……あっいや足が出ちゃいましたぁ~」
ミナモは先ほどと変わらない場所にいる。しかし私には何が起きていたのかは見えていた。
言ってしまえばミナモが行ったのは超速の蹴りだ。瞬間的に勇者の前に出て、剣を振りかぶっている横腹を思いっきり蹴り、その後元の場所に戻った。言葉にすればそれだけの事。ただそれが勇者の反応速度を超えていた故にわからなかったのだ。
「ぐ……一体何が……カタリナ、回復を……!」
さすがに勇者反応できない速度で蹴られたといえど即死は免れているらしく、カタリナというたぶん僧侶の少女に回復を求めている。
だがその言葉にこたえてくれる者はいない。
「残念だけどお仲間はもう戦えないよ」
「なっ……!?」
すでに勇者の仲間である三人、騎士っぽい人は全身を血まみれにして壁に埋め込まれて、魔法使いっぽい娘は胸部に大きな穴をあけて、僧侶っぽい娘は下半身がなくなっている。無論全員死んでいる。
「何時……どうやって……」
「何時と言われればさっきだし、どうやってと言われれば魔力弾でかな」
私は最初から勇者に魔力弾が当たらないことを知っていた。そのためはじめから勇者ではなくほかの三人を標的に放ったのだ。
結果は御覧のとうり、彼らぐらいの実力では私の魔力弾なんて最下級の魔法にすら抵抗できない。
この惨状を見て勇者はなおも立ち上がろうとしていた。
「やめておいたほうがいい、君じゃ私には勝てない。そのくらい理解しただろ?」
「だが…!!お前のせいで苦しんでいる人がいる…!それに仲間のためにも俺は……!!」
「そっか、でも私は魔王じゃないし人々を苦しめたこともない、本来の魔王も人には手を出してない」
「嘘を……つくな……!」
「嘘じゃないよ、王様にでも聞いてくるといい。上級魔法《減刻》」
そう言って上級魔法《減刻》を勇者に放つ。この魔法は対象者の生命力を急速に削る魔法だ。この魔法は対象を殺すのに時間がかかるが、その分苦しむことなく眠るように死ねるので結構気に入っている。
その後勇者が死んだのを確認して死体(もちろん仲間も含め)を消す。
はぁ……、勘違いの敵意を向けられるのは何時まで経ってもなれることは無い。こういう時はリフレッシュするに限る。
「ミナモ、ちょっとお風呂入ってくる、覗かないでね」
「はぁ~いいってらしゃいませ~、あと、覗かないのは保障しかねます~」
「保証してよ……」
「無理です♪」
「はぁ……」
ミナモとのやり取りに少しばかり疲労を感じたが、いつものことなので気にしないで風呂に入るために自室に着替えを取りに行く。