MGICAL GIRL
鹿目ユイは部署内でもとびきり優秀な職員であった。28歳にして同期の中では最も早くに主任に抜擢され、複数のプロジェクトのリーダーとしてその優れた手腕を発揮している。端正な顔立ちで、常に冷静に仕事に当たる彼女は男性職員からの人気も高いがそれでいて「できる女」の象徴として女性職員からの尊敬も集めている。
しかし、周囲からは完璧だと思われる彼女にも人には絶対に知られたくない弱点二つあった。
一つは彼女のそのクールなイメージは作られたものであり、本来の彼女は可愛い物が大好きな乙女であること。もう一つが悪酔いをすることだ。
同僚の前では努めて冷静にふるまうユイは酒が入ると普段では考えられないほどにだらしなくなってしまう。これは彼女の素の部分が出ているともいえるのだが、そのことは彼女が一番理解しており、職場でのイメージを崩さないために飲み会には積極的には参加しない。
しかしたちの悪いことにユイは酒が大好きでもあった。だからこそ、週末には自分へのご褒美として会社からは離れた場所にある居酒屋やバーで一人で酒を楽しむのだ。誰に気を使うことも、見つかる心配もほとんどなく心行くまで飲むのがたまらなく幸せであり、大きな仕事を終えた後などはついつい記憶が怪しくなるまで飲んでしまう。
だがそのことが、今回に限っては仇となってしまった。
---やってしまった。
鹿目ユイは目の前の物体を見ながら、自身の酒癖の悪さを恨んだ。厄介な問題を抱えてしまったのだ。
「・・・大丈夫かい、ユイ?」
問題の原因が不安げにユイの顔を覗き込む。それは自身を「ジュエル王国から来た妖精」と称する全長20センチほどのイヌのぬいぐるみのような生き物だった。
「ええと、つまり整理するとあなたは私と魔法少女になる契約を交わした、と?」
「そうだよ!昨日約束したじゃないか!」
説明するとこうだった。ユイは昨晩は重要案件が一つ片付いたこともあって普段以上に飲み、酔っていた。そこにこの自称妖精がやってきて魔法少女にならないかと持ち掛けたそうだ。
「そういえば・・・・・・そんな記憶が」
「思い出してくれたかい?」
ユイは可愛いものが大好きだ。部屋には色とりどり、大小様々なぬいぐるみが置かれ、本棚には幼い頃に愛読していた絵本や少女漫画が大切に保管されている。そんな自分が、素の状態をさらけ出している状態でぬいぐるみのような生き物から魔法少女になってくれと頼まれれば、その後の返事は想像に難くない。
「やると言ってしまったわけね・・・・・・」
「その通り!と言ってもそんなに大変じゃないさ。魔法少女の使命は町の平和を守ること。仕事が終わった後にでものんびりやってくれればいいのさ」
その言葉を聞いてため息が出た。ただでさえ毎日仕事で疲れて帰宅するのだ。魔法少女になる体力などあるわけがない。
「申し訳ないんだけど、他の人を当たってくれないかしら。大人は色々忙しくて」
「魔法少女、なりたくないのかい?」
「そ、それは」
なりたくないわけではない。むしろ幼い頃は人並みに、いやそれ以上に魔法少女に憧れの眼差しを向けていた。
なれることなら、今だって魔法少女にはなりたい。
しかし社会人になった今となっては仮に魔法少女になれたとして、それに割ける時間も、体力もとても限られている。
「辞めたくなったらいつでも辞めていいからさ!もちろん代わりの人を紹介してもらいたいけど」
「なんか学生のアルバイトみたいね」
「まあアルバイトのようなものだと考えてくれてもいいよ。それに君たちの言葉で、えーと、なんていうんだっけ? ライフなんたらバランス? を保てるようにボクも努力するからさ!」
「ライフワークバランス?ほんとに?」
「うん!魔法少女のサポートは僕たち妖精の仕事だからね」
サポート、と聞いてユイはひらめいた。どちらに転んでもユイが得をする考えを。
「なら、毎日のご飯と部屋の掃除、やってもらえないかしら」
「え!?」
「もししてくれるなら魔法少女やってあげる。どう?私と契約して家政婦になって?」
妖精はしばらくごねたがユイがそうでなければ契約しないと言い張ったので結局彼女の提案が通ることになった。
「・・・・・・わかったよ。じゃあ僕と契約して魔法少女になってね」
「ええ、契約成立ね。私は鹿目ユイ。これからよろしく」
「ボクはプルト!今後ともよろしく!」
妖精が手を指し伸ばし、握手を求めてきた。
手を握り返すと、ユイの腕が輝き、握った手の中に真ん中に丸いくぼみのあるタブレット状の物体が現れた。
「これは?」
「ふふん、お察しの通り魔法少女の変身アイテムだよ!」
プルトの説明によると変身するときは中央にあるくぼみに専用の宝石をセットするのだという。
「で、肝心の宝石は?」
「それは必要な時以外はボクが保管しておくよ。なくしたりしたら大変だし」
「こっちはなくしてもいいの?」
「その端末はボクたちの世界では大量に生産できるものだからね。変身の他には通信機能や時計機能がついてるから便利だよ」
「こっちの世界で言うケータイみたいなものなのね」
「あ!時間を合わせてないや!今何時?」
壁に掛かっている時計の針は午後2時36分を指していた。
時刻を伝えるとプルトはいそいそと端末の時間を合わせ始める。
そういえばそろそろ買い物に行かないととユイは思い出かける支度をすることにした。
「あれ?どこか行くの?」
買い物に行くと伝えると自分も連れて行ってほしいとプルトは言った。
「鞄の中でじっとしてるならね」