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わけあり彼女の二重人格  作者: 花咲ここな
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わけあり彼女の私生活

 目覚ましが鳴る前、かすかな陽の光で目が覚める。

「んん……。うわ……こんなに早く起きたのっていつぶりだろ……」

 昨晩早く眠りについたためか、今朝はいつもより早く起床してしまった俺、橘孝輔は、起床した時間を確認して驚いていた。

 いつもはゲームに夢中で夜更かしをしているため、遅刻ギリギリに起きていたが、こんな日も悪くない。

「……腹、減ったな。飯まだ出来てないだろうしせっかくだから何か手伝うか」

 普段から沙織さんには頼りっきりのところが多いので、少しでも時間があれば何か手伝えるようにしていた俺は、さっそくリビングへと向かう。

「あらっ? 孝ちゃん? 今日は珍しく早起きなのね、どうかしたの?」

 ん? 俺は今夢でも見ているのか? そうだ、こんなに早く起きること自体おかしいもんな。もしこれが夢でなければ早く沙織さんを病院に連れていくべきだ。

「も、もう孝ちゃんってば。そんなにジロジロ見られると、さすがにお姉ちゃんも恥ずかしいよぉ……」

 俺は頬を強くつねるというテンプレをしたところで、初めてこれが夢ではないことに気がつく。

「あ、あれれ? 孝ちゃん? ど、どこに電話してるのかなぁ? 無視しないで……ね? こ、孝ちゃ~ん……」

 無視され続けていたからか、沙織さんが涙目になる。

 それを見た俺は、さすがにやりすぎたかと思い、心の内で少し反省しながら返事をする。

「あ、姉さん。おはよ。いや、姉さんの様子がおかしいからちょっと病院に電話を、と思って」

「もーー! お姉ちゃんは正常です! こんなお姉ちゃんを見て何も反応しない孝ちゃんの方がおかしいんじゃないですか~? ほらほら~♪」 

 そう言う沙織さんの姿は、胸の谷間やお尻が丸見えの格好、いわゆる裸エプロンだ。

 沙織さんは恥ずかしげもなくエプロンの裾を軽くつまみ上げ、ヒラヒラと、まるで俺を誘惑するかのように綺麗な肌を見せつけてきた。それよりも、反応って……。どこのどんな反応のことを言ってるんだよ……。

「いきなりそんな格好しだして正常なわけないでしょ!! そもそもなんでそんな格好してるの!?」

 沙織さんの頭を本当に心配した俺は焦りながらも問い詰めた。

「え~、孝ちゃん感想もないの~? はあ……。こんなのだからいつまでたっても彼女が出来ないんだよぉ? あれ……か、彼女? ダメダメダメ! 孝ちゃんのお嫁さんは私なの! 孝ちゃん! 良い!? 世の中の女の人はみ~んな怖いんだからね!? 孝ちゃんは他の女の子のことなんて考えずにずーっとお姉ちゃんのことだけ考えていれば良いんだからね!? ね!? ね!?」

 また俺は宇宙人や人外の何かと話をしているのだろうか……。質問の答えが返ってこない……。

「ちょ、ちょっと姉さん落ち着いて! なんでそんな格好してるのかって聞いてるの!」

「なんでって……。昨日、孝ちゃん帰ってきてから元気がなくて、疲れてたみたいだったから……。これ見たら孝ちゃんも元気に……色々と元気になるかな~って思って……。い、嫌……だった……?」

 ひとつ気になる部分はあるが突っ込んでいたら余計に疲れるのでここは触れないでいよう……。

「そ、そんなことしなくていいの! 毎朝こうやって朝飯作ってくれてるだけでも嬉しいし元気になるの! ……って! こんなことしてるからもう遅刻ギリギリじゃん! 姉さんも早く食べるよ!」

「お姉ちゃんは今日午後からの講義だから大丈夫なんで~す! いえーい!」

 ひでぇ……好き勝手しておいてピンチなのは俺だけかよ……。

 連続で遅刻は絶対に避けたかったため、急いで朝食を掻き込み、家を出た。

「うわ、この時間って……。あの変態がいた時間だったよな。今日はいなければ良いけど……」

 しばらくビクビクと怯えながら歩き続ける。周りから見たらかなり挙動不審に見えるんだろうな……。

 願いが通じたのか今日は何事もなく、遅刻ギリギリで校門をくぐり抜けることに成功する。いや何事もなかったのは嘘だ。校門をくぐり抜けるその時まで、昨日一日中感じていたものと同じ、気味の悪い視線が常にべったりとつきまとっていた。

 俺は気味の悪さを感じつつも急いで教室へと向かった。


ーーーーーーーーーーーーーー


「おーっす! 今日は遅刻しなかったな。残念っ!」

 昨日相談部(仮)の部員となったこいつ、早乙女彰は、教室へ入った俺をすぐに見つけると、馬鹿でかい声で話しかけてきた。

「あのな、連続で遅刻なんてしたらまた注目されるし、変な噂とか立つだろ。俺は穏やかに、平凡な高校生活を送りたいの!」

「まっ、共学化の鍵になるような部活の代表になったお前はもう既に平凡ではないけどな! ははっ!」

 こいつ! 笑いごとじゃねぇよ!!

「あのな! そう言うお前もその部のメンバーなんだからな!? 覚悟しとけよ!?」

「あー。まあ俺はいいよ。なんか面白そうだし!」

 はあ、俺もこいつぐらいの気楽さが欲しいよ……。面白そうな話があればすぐに飛びつき、噂話があれば敏感に嗅ぎつける。言動だけ見れば馬鹿そうだが、実際はテストで学年十番位以内に入り続けている秀才だ。この無駄なく情報を集める効率の良さが勉強にも活かされているのだろうか。

「そういえば、部活動って今日から始めるのか? 部長」

「部長って言うな!」

「いや、だって実際お前部長じゃん」

「そ、そうだけど! はあ、もう好きに呼んでくれ……」

「はははっ! まあ、そんなに落ち込むなって! 孝輔じゃ面倒だし、孝でいいか?」

 冗談は言うけどこうやって人の気持ちが汲み取れる部分もこいつが人気者になった理由の一つなのだろう。

「ああ、それで頼む。で、部活動ってほどでもないけど、これからどうすれば良いのか放課後にでも相談したいんだけど大丈夫か?」

「おうっ! 新聞部も今そんなに忙しくないし大丈夫だ。あ、そういえばお前昼って一人で食ってんのか?」

「そ、そうだけど」

「なら昼は一緒に学食でも行こうぜ! 聞きたいこともたくさんあるし、まだお互いよく分からないところもあるだろ? なっ!」

 いつも一人で食ってる俺を気遣ってるのか。言動は馬鹿だけど気遣い上手だな……馬鹿だけど。でも最近色々とあって滅入っていた俺にとってはとてもありがたい言葉だった。

「学食、行ったことないから案内頼むよ」

「あいよっ! 任せとけ!」

 ニッと笑うこいつの笑顔を見ると不思議と自分も明るい気持ちになれた気がした。馬鹿だけど……。

 キーンコーンカーンコーンーーーー。

 授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、教師が教室へと入ってくる。一限目の日本史の教師はこのクラスの担任の御門先生だ。腰は曲がり、顔にはくしゃくしゃに丸めて広げた後の紙のように深く、多くのシワがあり、年老いていることが一目でわかる。髪はほとんどが白髪で頭頂部に少量生えている程度だ。実際御門先生は再来年の春には定年を迎えるらしい。

「はい、授業を始めますね……。えー、前回はどこまで……。覚えてる人いますかね」

 俺はこの御門先生が好きだ。寝てても怒られないのはもちろんだが、この心地よい声がより一層気持ちよく俺を深い眠りへと連れていってくれる。薄れ行く意識のなかでふと思い出す。

「生徒手帳……どうしよ……」


ーーーーーーーーーー


『…………の笑顔が、好きだから……』

 これは、夢……? あれ……俺、なんで泣いて……。この子は……。

 道端に座り込んでいる俺の腕の中には、まるで童話の登場人物のように幻想的で、綺麗な髪をした、小柄な少女がいた。

『……だから、お願い……笑って居て……』

 ぼんやりと、まるで水中にでもいるかのように視界は揺らぎ、その少女の顔ははっきりとは見えなかった。見えなかったが何故か分かった。そうだ、この子はーーーー。


「……い……おーい。……おらっ!!」

「うわっ!!」

 机を蹴りあげたのか、突然の衝撃に驚き、椅子から転げ落ちる。

「いってぇ……」

「ははははっ!! そんなに驚かなくてもいいだろ……ってお前なんで泣いてんの」

 床へと倒れた痛みで気づかなかったが言われて初めて気づく。

「へ? あれ、本当だ。なんか悲しい夢を見ていたような……。それで、なのかな」

「ふ~ん、まあいいや。それより早く行くぞ!」

「行くってどこへ?」

「は? お前もう忘れたのかよ!今朝学食行く約束しただろ!」

 そうだった。いつも一人で食べていたせいですっかり忘れていた。

「ああ、そうだった。ごめん忘れてた」

「お前、朝言ったばかりでもう忘れたって……。まあいいや、ほら行こうぜ!」

 この学校の食堂はかなり混雑するようで、席の確保競争が激しいらしい。早歩きで学食へと向かう彰の背中を急いで追った。彰は急いでいても決して走らない。見た目はチャラく、不真面目に見えるが内面はやっぱり真面目なんだな。

 ボーッとそんなことを考えながら歩いていた俺は、彰の足が止まったことに気づかず、危うくぶつかりそうになる。いつのまにか食堂に着いていたようだ。

 そこには通り道がないほど多くの学生で溢れかえっていた。

「お前の分もまとめて食券買ってくるけど何か食いたいもんはあるか?」

 食券売り場の壁面に張られたメニューを見て考える。

「えーっと……」

 初めての学食だ。失敗は出来ない。何事も初めては大切だ。でもどれも美味そうに見える。

「5、4……」

 真剣に悩んでいる横で彰が急かす。

「はえぇよ!」

「早く席取りに行って欲しいから急いでほしいんだよ! 3、2、1……」

「あーっ! もう任せた! おまかせで! ウマイの頼む!」

 特に今食べたいものがパッと思い浮かばないうえ、何が人気なのか分からない。学内のことならなんでも知ってる情報屋のこいつに任せれば少なくとも失敗はないだろう。

「任せとけ! じゃあ席取りは任せたぞ!」

 そう言うとすぐに彰は食券売り場の人混みの中へと消えていった。

「やば! 早く席確保しないと!」

 席を探し始めてすぐ、奥に空いた席があるのを運良く見つけられた俺は、プレートを持って席へと向かう人の波にぶつからないよう、出来る限り急ぎ足で向かった。

「あの、すいません。ここの席って空いてますか?」

 この学食の机はどこも長机で、相席のように複数人が一つの机を共有する形のようだ。

「はい。大丈夫ですよ。」

 空席の隣に座っていた優しげな女子は愛想良く笑顔でそう答えた。

 空席であることを確認した俺はさっそく席に座り息を整える。

「はあ……飯食うだけでこんなに苦労するのかよ……」

 息も整ったところで彰が俺を見つけ、席へと向かってくる。

「おいおい! なんだよお前、一瞬で老けたな!! はははっ!」

 ケラケラと笑う彰。こいつ……。

「で、いくらだった?」

「ん? ああ、いいよ金は。転校祝いだ! 奢ってやるよ!」

「マジで!? 良いのか!? ありがとう!!」

「はははっ!! いいっていいって! その代わり明日奢ってくれよな! よっしゃ、じゃあ食うか! いただきますっ!」

 転校祝いになってないぞ、この馬鹿。

「……いただきます」

 俺のメニューはアジフライ定食のようだ。おすすめというだけあって、見た目からして美味しそうだ。

「うまっ! これすごい美味いな!」

 学食とは思えないほどの美味しさで、この学食が人気な理由もとてもよく分かった。

「だろ!! この学食の飯はどれ食ってもハズレ無しだからな!」

「ごめん。彰のことだからどうせ面白がって一番ハズレのでも買ってくるのかと思ってたよ」

「ひっでえ! 俺がそんなことするわけないだろ!? 初めてはいつだって大切なんだよ!」

 見た目がチャラいお前が言うと変な意味に聞こえるからやめてくれ! 周りの女子もすごく嫌そうな顔でこっち見てるだろ!

「彰はいつも学食で食べてるのか?」

「んー、時々かな。大体は購買でパンとか買って部室で食ってるよ」

「そういうお前はどうしてんだ? 一人で食ってるんだろ?」

「外で食べてるよ」

「購買とかコンビニで買ってるのか?」

「いや、さお……姉さんが弁当作ってくれてるからそれを」

「お前、姉がいるのか!? 美人か!? 美人なのか!?」

 急に興奮しはじめ、身を乗りだしてくる彰。

 食いながら大声出すな! 色々口から出て汚いし、何よりその口から飛び出した食べ物が全部俺にかかってるんだ……本当にやめて。

「お、落ち着け! まあ、正直美人だよ」

「……学食五日分」

「は?」

「会わせてくれ。学食五日分奢るから、俺に……会わせてくれっ!!」

「ま、待った待った! なんだよいきなり。どうしたんだよ」

「あ、ああ、悪い。いや、俺年上の女性が超好きなんだよ。それでちょっと取り乱した」

「いや、別にそれくらい良いよ。学食何日分とかじゃなくて普通に遊びに来れば良いだろ」

 人の家に遊びに行くことくらいよくあることだし、それくらいで奢られてもこっちが困る。

「孝! お前、本当良い奴だな! 転校してきてから全然誰とも喋らないから、超暗い奴だなって最初は思ってたけど良い奴だな! お前!」

「やっぱり学食五日分で頼む」

「うそうそうそ! 冗談冗談! てことは、姉ちゃんと両親との四人暮らしになるのか?」

「いや……。さ、先に忠告するけどまた取り乱したりするなよ? 騒いだら姉さんに会わせないからな?」

「分かった、大丈夫だ!」

「えーっと……い、今は、その……母さんと父さんが海外で働いてるから……ね、姉さんと二人で暮らしてるんだけど……」

「…………」

 あれ? 騒いだら会わせないって言ったせいか今度はやけに大人しい……。

「お、おーい……彰?」

「…………」

 こいつ気絶してる……。想像を上回る返答に頭がショートしてしまったのだろう。

 箸がするりと手から落ち、視線は一点を見つめ、全く動く様子がない。

 さすがに心配になり、肩を揺する。

「おい! おい彰! しっかりしろ!」

「……はっ! 俺はいったい……。そ、そうだ! 孝、お前っ! お姉さまと二人で過ごしてるってなんだよ! ずるいぞ!!」

「お、お姉さまって……」

 言動からもこいつがかなり混乱していることが分かる。

「お前からすれば羨ましいかもしれないけど、俺にとっては身内だし、特に気にしたこともなかったよ」

「あーー。まあ確かにそれもそうだな……」

「ま、まあこの話はもういいだろ。今度直接会って話でもしてみるといいよ」

 このまま沙織さんのことについて聞かれると、毎日抱きつかれてることがバレたりしてまた面倒なことになりそうなので話を変える。

「あ、そうだ。彰、お前俺の生徒手帳知らないか? 昨日どこかで落としたみたいで見つからないんだ」

「生徒手帳? いや、知らないけど。まあ無くてもいいんじゃね? 俺のもどこにあるか知らねぇし!」

 いやいや、それダメでしょ! どこまで楽観的なんだよ!

「変な部の代表やらされたり、生徒手帳なくしたり……最近ついてないんだよなぁ」

「まあ、そんなに落ち込むなって! 暗い気持ちでいると良いことも寄ってこないぞ!」

 なんか、こいつが言うと説得力あるな。深く考えずに言ってるだけだろうけど。

「あの、もしかして、なくした手帳ってこれですか?」

 突然隣の、俺がついさっき空席の確認をした女子から声をかけられる。その子の手には生徒手帳があった。

「えっと……たちばな……こう、すけさん。ですよね? これ……」

 その少女は生徒手帳に書かれた名前を読み、俺がこの生徒手帳の持ち主本人であることを確認する。

「あっ! 俺の生徒手帳!! 拾ってくれたんですか!? ありがとうございます! 助かりました!」

「いえ、そもそも私がいけないんです。昨日廊下でぶつかったときに橘先輩が生徒手帳を落として……。生徒手帳に気づいた時には、もう橘先輩が帰ってしまっていたので渡すタイミングが……すいません……」

 あっ……。あのぶつかった時に落としていたのか。確かにその場を離れる時に何か聞こえた気がしたけど、あれは俺を呼び止めようとしていたのか。

「いやいや! あの時ぶつかったのも俺が悪かったわけだし、謝ることなんてなにもないですよ! むしろ俺の方こそ本当にすいませんでした……。本当に怪我はない? 大丈夫?」

「はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ふふっ、橘先輩って優しいんですね。」

 この学校にもこうやって話しかけてくれる女子もいるんだな。こんな女子もいるなら、共学化への希望もまだありそうな気がしてきた。

「そういえば新しくできた部活、相談部、だったでしょうか? そこの部長になったんですよね? この学校の男子代表みたいですごいですね!」

「そんな部活やりたくないんですけどね。はあ」

「へ? そうなんですか?」

「出来るなら今すぐにでも辞退したいんですけどね。でも、生徒会長にそう言ったら、辞退するなら退学だって言われて……。だから辞めたくても辞めれないんですよ」

「橘先輩に向かってそんなこと言ったんだ……」

 ボソっと呟くその声は何を言ったのかまでは聞き取れなかったが、それまでの優しげな話し方とは違い、恐ろしい雰囲気を纏っていた。

「その部活って今何人くらい部員がいるんですか?」

「俺とこいつだけだよ……」

 俺は前に座っていた彰を指差して言った。

「副部長の彰君でーす!」

 それまで彰について一切触れられずに話が進んでいたせいか、話題が自分に向けられたのが嬉しかったようだ。無駄にテンション高く自己紹介をする彰。

「いや、お前副部長なのかよ! 初めて聞いたぞ!?」

「ん? 今なった」

「はあ……」

 適当すぎるいつものこいつの言動に呆れて言葉も出ない。出るのは重いため息だけだ。

「彰さん、ですか。ふふっ、とても面白いご友人ですね」

 彰の絡みづらい冗談にも笑顔でいられるのは素直にすごいと思う。

「そういえば橘先輩って転校生だったんですね。盗み聞きしていたわけではないんですけど、先程のお二人のお話が聞こえてきてしまって……。もう学校には慣れましたか?」

「んーー、正直まだ慣れないですね。今日初めて学食に来てみたけど、まだまだ初めて知ることばかりですごく大変ですよ」

 できる限り暗い雰囲気にはならないようにと笑顔で答えた。

「ふふっ、そうですよね。ここの学食、とっても美味しいんですけど席を取るのに一苦労しますからね」

「そうなんですよね……。美味しいんですけど、これだけ人が多いと毎日学食に行く気にはなれないですね」

「普段は外で食べてるんでしたっけ? あそこは人もいないうえに夏は木陰になって涼しくて良いですよね」

「そうなんですよ! 人がいないから転校生の俺にはすごく気楽で、唯一落ち着ける良い場所なんです!」

 この学校で初めてまともな子と会話をした気がする。会長に彰、どちらも共通しておかしい部分が多かったせいで、こうやってまともに話が出来るのがとても嬉しく、楽しかった。

「あっ! もうお昼の時間終わってしまいますね! 橘先輩と話しているとなんだか楽しくてすぐに時間が過ぎてしまいますね。放課後またお時間あったらお話出来ませんか?」

「あー、すいません。放課後はこいつと部活について話し合おうと思ってて……」

 高校生活で初めてまともに、楽しく女子と話が出来るチャンスだったが、放課後の部活についての話し合いは俺からの提案だ。その先約を無視するのは彰相手でもさすがに出来ない。

「そう……ですか。あっ、それなら私も是非部活にいれてください。まだ部員って足りてないですよね? 一人くらい女子がいたほうが良いと思いますけど。どう……でしょうか」

「い、良いんですか!? まだ何するのかも、どんな部活なのかもよく分からない部ですよ!?」

「私は全然かまいません。やはり、嫌……でしょうか」

「そんな! 入部してくれるなんて願っても無いことですよ! 是非お願いします! えーっと……」

「あっ、すいません。自己紹介がまだでしたよね。私、成瀬唯といいます。よろしくお願いします♪」

 やっとまともな部員が見つかった。彰と俺だけじゃとてもじゃないが部を運営していく自信はなかったが、成瀬さんはとても頼りになりそうで、どうにかやっていけそうと希望が見えてきた。

「私、早乙女彰といいます。よろしくお願いします♪」

 彰が可愛らしい成瀬さんの自己紹介を真似して再度自己紹介をした。

「お前はもう自己紹介しただろ! あと成瀬さんに失礼だろ! なにより気持ちが悪いからやめてくれ、本当に吐き気がする」

「ははははっ!!」

 返し辛い冗談にも腹が立つが、それよりもお前がオチみたいになってるのも気にくわない。

 気づくと学食には人がいなく、ほとんどの生徒が教室へと戻っていた。

「やば! もう授業始まる! 俺たちも戻ろう!」

「あっ、そうですね。では、放課後に橘先輩のクラスへ伺いますので。それでは」

 成瀬さんはそういうと礼儀正しく深く一礼してその場を去っていった。

「俺たちも急いで教室戻るぞ!」

「はい! 橘先輩!」

 頭が痛くなってきた……。


ーーーーーーーーーーーー


「起立、礼」

 担任の御門先生の話が終わり、放課後となった。

 御門先生は授業中もそうだが、本題から脱線して話が長くなるところがある。

 そのせいもあり、他のクラスよりもホームルームがかなり長い。一緒に部活へ行くため、一緒に帰るためか、廊下には他クラスの生徒が俺のクラスのホームルームが終わるのを待っている生徒が多くいる。その中に、見知った人を見つけた。まあ、俺の場合見知った人っていうとかなり限られてくるけど……。

「すいません。待たせちゃいましたよね。今、彰も呼んでくるからもう少し待ってて下さい」

「いえ、御門先生のクラスは帰りのホームルームがいつも長いことは誰でも知っていますので大丈夫ですよ」

 成瀬さんのクスっと笑う姿はとても可愛らしく、その仕草から性格の良さも窺い知れる。

 俺が成瀬さんと話していると、俺たちに気づいた彰がこちらへやってきた。

「お! 唯ちゃーん! 部活入ってくれてありがとねー! 頼りない部長だけど我慢してやってね!」

 彰はいつものように無駄に高いテンションで接する。さりげに名前で呼んでるし……。彰自身はいつものことなんだろうけど相変わらずすごい奴だ。

「お前が言うな! 確かに頼りないけどお前ほどじゃねえよ!」

 成績はともかく、いつも馬鹿みたいな言動をしているためか、彰を頼りにしている人はいないと思う。

「いえいえ! お二方ともとてもお優しくて、頼りになると私は思いますよ♪」

 なんて良い子なんだ! こんな良い子、二次元の世界にしかいないと思っていたけど実在したんだな!

「可愛らしい後輩が先輩のことを廊下で待つ! 最高のシチュエーションだな! なあ、孝! お前もそう思うだろ?」

「ま、まあそうだな」

 成瀬さんを目の前にして肯定するのも恥ずかしかったが、事実このシチュエーションにグッとくることに対しては激しく同意だ。

「こんなところで部活について話し合うのも居心地悪いですよね。部室にでも行きましょうか」

 上級生ばかりの廊下で立ち話するのも成瀬さんにはあまり居心地が良くないだろう。

「部室なんてあったのか? 俺聞いてねえぞ?」

「ああ、ついさっき、ホームルームが始まる前に御門先生に呼ばれて、そこで聞いたんだよ。あと、一応部活の顧問も御門先生ってことになってるらしい」

「ほー、ホームルーム始まる前にお前が御門先生と話していたのはそのことだったのか。てっきり女子生徒にセクハラしたことがバレたのかと思ったよ」

「してねえよ!! したこともないし、されてことも……ないよ」

 セクハラはしてないが、されたことはあったのでつい言葉が詰まってしまった。あの変態な生徒会長に……。

「で、部室ってのはどこにあんだよ」

「昔、茶道部があったみたいなんだけど、廃部になって以来一度も茶道室が使われていなくて。そこらしい」

「あーー、確かに茶道室ってあるな。どこにあるか忘れたけど」

「あ、私、場所なら知ってるので案内しますね」

 さっそく頼りにならない彰と頼りになる成瀬さんの一例が見ることができた。


ーーーーーーーーーーーー


 茶道室は俺たちの教室がある校舎ではなく、部室棟の中にあった。

 しばらく使われていないわりには部屋の中はとても綺麗で、備品も埃のない綺麗な状態で揃えられていた。

 まるでまだ部活が続けられており、頻繁にこの部屋が使われているような気さえするくらいだ。

「わぁ……すごいですね。中に入ったのは初めてですが結構広いんですね」

 成瀬さんの言う通り、中はとても広い。特徴的なのが、畳の部分とフローリングの部分で二分割されているところだ。畳の部分は五人ほどがゆったりと座れる広さがあり、フローリングの箇所は畳よりも広く、長机や本棚などがある。

「おーー!! これなら掃除しなくても使えそうだな!」

 彰は部屋を見渡しながらそう言った。

 確かにこれだけ綺麗ならこのまま使えそうだ。使われていないと聞いていたのでしばらくは掃除する日が続くと思ったが手間が省けたのは嬉しい。各々は一通りあたりを見回してから、長机の周りにある椅子に座った。

「で、これからどうするんだ?」

 彰は体重を後ろにかけ、椅子の前足を浮かせてゆらゆらと椅子を揺らしながら俺に聞いてきた。

「相談部だから相談者が来ないことには何も出来ないんじゃないか?」

 俺の頭じゃ知恵を絞っても何も思い浮かばない。

「まずはポスターとか作ってみるのはどうですか?」

 成瀬さんは遠慮がちに手をあげてそう言った。

「ポスター? それってどんな?」

 彰は頬杖をつきながら成瀬さんに尋ねる。

「えっと、相談部ってどこにあるのかまだ皆知らないと思うんです。まずはどこにあるのかというのを皆さんに知って頂かなければならないと思うので、そのためのポスター作りから始めてはどうかなと思うのですが……どう、でしょうか」

 俺より成瀬さんのほうが部長にふさわしいと確信した。

「そうですね。でもポスター作りってなるとイラストとかつけて見映え良くデザインしないといけないよな……。俺そんなセンスないし……彰、お前は?」

「俺? 俺は」

「無理だよなぁ……」

「まだ何も言ってないんだけど!?」

「あ、ごめん。聞くまでもなかったなって思って……。出来るのか?」

「いや? 無理だけど」

 無駄なやり取りだった。

「成瀬さんはどうですか?」

「私、ですか? 得意というほどでもないですけど……それでも良ければ私が作ってきましょうか?」

「良いんですか!? 是非お願いします!」

 成瀬さんばかりに負担をかけてしまって罪悪感はあるがとりあえずポスターの件はなんとかなりそうで一安心だ。これだけ頑張ってくれるんだから俺もやりたくて入った部活ではないけど頑張ってみるかと思えた。

「あ、あの……前から思ってたんですけど、橘先輩ってなんで後輩の私に敬語なんですか?」

「……え?」

 そうだ。言われて気づいたが成瀬さんに対して何故か敬語で話していた。いつからなのか覚えていないが、俺はあまり人と親しく接しようとは思わず、一定の距離を保つような癖がついていた。

「私、なんか距離を感じると言いますか……嫌われてるんじゃないかと思って……」

「ご、ごめん! 気づかなかった! 嫌いとか絶対そんなことないから! むしろ成瀬さんは優しくてすごく親しみやすい良い子だと思ってるし、仲良くしたいなって思ってるから!」

 自分の距離をおく癖で傷つけてしまったかと思うと心苦しい。本当にこの癖、いつからついたんだろうか……。

「なあ、なんで俺には最初から敬語じゃなかったんだ?」

 腹の立つチャラい男こと彰が口を挟んでくる。

「さあ?」

「さあって……。あっ! 俺が超親しみやすくて自然と打ち解けちゃったからか!! かーーっ! やっぱり俺って自然と人を魅了してしまうのかーー! くぅ~~!!」

「単に馬鹿そうで、気遣いなんていらないなって思ったからだと思う」

「ひでぇ……」

 口には絶対にしないが、こうやって馬鹿なやりとりを出来る友人が一人出来ただけでも正直彰には感謝している。絶対に口にはしないけど。

「ふふっ、お二人はとても仲が良いんですね」

「毎回こいつに突っ込むのも疲れるから勘弁してほしいよ……」

 事実ありがたいとは思うが、前より一日が終わったときの疲労感が段違いだ。

「……嫉妬、しちゃうな」

 ガラガラガラッ

 ボソッと成瀬さんが何か言ったようだが、誰かが部室へと入ってくるドアの音で聞き取ることが出来なかった。まだ誰も相談部がこの部屋だということは知らないはずだが誰だろう。

「あの~……あっ! いた!」

 その入室者は俺たち三人を見回した後、目的の人物を見つけたようだ。

「あ、先輩。どうしたんですか?」

 部屋に突如やってきたその女子は成瀬さんを探していたようだ。

「もー! いつまで経っても部活に来ないから探したんだよ~? 偶然唯ちゃんがこの部屋に入っていくのを見かけたって人がいたから良かったけど。もう部活始めてるから早く来るようにね!」

 それだけ告げるとその女子は部屋から出ていった。

「成瀬さん他に部活入ってたの!?」

「ばれちゃいましたか……。入りたくて入ったわけではないんですけど、入学してすぐにあった体力測定の50メートル走が学年過去最高のタイムだったみたいで……。そのことを陸上部の先輩が知って、半ば強制的に陸上部に……。掛け持ちになるってことがバレたらこの相談部に入部するのを断られるかもしてないって思ったら言い出せなくて……すいません……」

 黙ってた罪悪感が大きかったからなのか、かなり落ち込んでいるのが一目で分かる。

「いやいやいや! そんなこと気にしなくて良いから! こっちの部活は暇なときに顔出すくらいでも良いから! そんなに気にすることじゃないから! ね?」

 初めて見るひどく落ち込んだ姿に胸が締め付けられ、気にしないようにと慌てて思い付く限りの言葉をかける。こんなときにもっと気の利いた言葉が出てくればと自分を憎んだ。

「あの……陸上部の先輩にもお世話になっているので今からそっちへ行っても良いでしょうか……」

「もちろん! ポスター任せてごめんね、楽しみにしてるね!」

「唯ちゃんの走る姿あとから見に行くからね~!!」

 こいつ…セクハラだろ……。

「ふふっ、橘先輩も見に来てくださいね♪」

「わ、わかった」

 まさか嫌がるどころか俺まで誘われるとは思わなかった……。

「それでは、失礼します」

 礼儀正しく深く一礼してから部室をあとにする成瀬さん。残された男二人。

「た、橘センパイ……二人きり…ですね」

「黙って。じゃあやることないし俺も帰るから。じゃ」

 こういう冗談を言ってくるから、成瀬さんが入部して気分がプラスになっても彰のせいでプラスマイナスゼロだ。勘弁してくれ……。


ーーーーーーーーーーーー


 部室を出た俺はそのまま校門へと向かっていた。

 部室棟から校門へと向かう道中には運動場が見えるため、少し立ち止まって部活動中の成瀬さんを探す。

 陽が傾き始めているにもかかわらず、広い運動場には、たくさんの生徒が健康的な汗を流していた。怒鳴り声や指導の声、笑い声や走る音、蹴る音に打つ音、そこには様々な声と音が入り交じっている。バラバラなそれぞれの声と音だが、なぜか一体感を感じるような光景がそこには広がっていた。これだけの様々なスポーツがひとつの場所で行われているのは学校の運動場しかないのではないだろうか、そんなことをボーッと考えていると、ふと視線に成瀬さんの姿が入ってきた。ちょうど走っている最中で、陸上部の先輩達からはざわざわと驚きの声が飛び交っていた。

 ユニフォームに身を包んだ成瀬さんの走る姿は、ついさっきまで話していた優しげな雰囲気とは異なり、とても凛々しく、かっこよく見えた。何かに打ち込む姿、必死になる姿というのは、なぜこんなにも美しく、目に焼き付けられるのか不思議に思った。

 真剣に部活に取り組んでいるのもあってかしばらく成瀬さんを見ていたにもかかわらず、当の本人は見られていることに全く気づく気配がなかった。

 女子の多い学校だ。あまりジロジロ見ていると変な噂が立つかもしれないとふと思い、急いで校門へと足を進めた。

「格好良かったなあ……優しくて気配りが出来て、そのうえ運動神経も良い。学食で再会出来て良かったな」

 こんな出会いがあるなら学食も悪くない。いつもならあの雑木林で昼を済ませてしまうので出会いなんてなかったわけだし。

 そういえば俺、学食で彰と話をしている時に外で食べてるとはいったけど場所まで言ってなかったよな……。なんで成瀬さん場所まで分かってるような言い方を……まあ、いいか。


ーーーーーーーーーーーー


 橘孝輔が校門へと向かうのを成瀬唯はじっと見つめていた。

「ふふっ、橘先輩、私が気づいてないって思ってるんだろうな……。私のこの気持ち、どうやったら先輩に伝わるのかな……。どうしたら気づいてくれるのかな……。ねぇ? 橘先輩……」

 成瀬唯は橘孝輔が見えなくなるまでその背中をずっと、ずっと見続けていた。

「あ、そうだ。橘先輩にこの想いを伝えるにはーーーー」

 何か思い付いたのか、期待に満ちた笑みが溢れ、うっとりと頬を赤く染めた。

 これから何が起こるのか何も知らない橘孝輔は、早く帰って久しぶりに美少女ゲームでもやろうと心を弾ませていた。

 彼はまだ知らない。成瀬唯がどんな人物なのかを……。

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