これは人間ですか?
ローラと別れた後、2階にある自室の前まで行くとニーナさんが待ち構えていた。
スラリとした体をした少女は先ほどのワンピースの上にカーディガンを羽織っており、ショルダーバッグを肩から下げている。
これからどこかに出かける予定なのだろうか。
「坊やは長風呂派なのね」
「いや、ちょっと風呂でごたごたがありまして……」
「まあいいわ。ねぇ、これから一緒にお出かけしない?」
少女は唯一の服を洗濯に出してしまっているので来客用のラフな服装をしている俺を指さす。
「いつまでもそんな恰好じゃいけないでしょ。それに小物とかもあった方が便利だわ」
「ショッピングですか、いいですね行きましょう」
「ええ、ついでに異世界の事も説明するわ。昨日約束したでしょ」
服が一着しかないのはまずいし、異世界について知りたかった俺はニーナさんに付いて玄関へと向かった。
相変わらずめちゃくちゃデカい玄関の前まで来ると、ニーナさんは何か呟きながら扉に手を触れる。
すると大人が何人もかかって力を込めなければ開かなそうな大扉は、まるで見えない何かに引っ張られたかのようにギイィと音を立てて開く。
「ニーナさん、今のどうやったんすか?」
「簡単な魔法よ。坊やも吸血鬼なら練習すれば使えるようになると思うわ」
まさか玄関先で不思議パワーに遭遇するとは思ってなかった俺は、興奮しながらニーナさんと扉を交互に見る。
「うふふ、この程度で驚いていたらこの先大変よ」
ニーナさんは挙動不審な俺を見て可笑しそうに笑う。
異世界というからにはもっとすごい事が色々あるに違いない。
俺はいったん落ち着くために深呼吸をしてから、館の外へと歩み出た。
館の外は美しい花々が咲き誇っており、玄関から門までは学校が校庭ごとすっかり入ってしまうほどの広さがあった。
改めて自分たちが住んでいるこの豪邸の大きさを実感した俺は、スタスタと進んでいくニーナさんの後をキョロキョロしながら着いていく。
「坊やが空を飛べたらもっと楽なんだけど、まだ吸血鬼成りたてだから練習してからじゃないと危険だしね」
「やっぱ吸血鬼ビギナーは飛ぶのは難しいんですか?」
「ええ、アナも初めて飛ぶのには1週間くらい練習が必要だったわ」
「自転車に初めて乗る子供みたいなもんすかね」
「私は自転車乗ったことないけど、そんな感覚であってると思うわ」
ローラさんと談笑しながら歩いていると、これまた巨大な門へとたどり着いた。
ローラさんは門へと手を触れ、再びなにやら呪文を唱えると門はひとりでにゆっくりと開く。
門の外は木々に囲まれた長い下り坂だった。
どうやら吸血鬼の館は丘のようになった森の上に建っていたらしい。
辺りはすっかりと暗くなっており、うっそうとした夜の森は不気味な気配を発している。
「ちょっと待っててね。坊やが飛べないから迎えを呼んだの」
ニーナさんがそう言うので、俺たちは門の前で会話をしながらしばらく待っていると遠くから馬の蹄と車輪のきしむ音が聞こえてきた。
遠くにぼんやり見えていたその音の正体は、徐々に大きく近づいてきてその全体を明らかにする。
それは2頭の黒い馬が引く馬車だ。
御者はこちらに手を振ると、俺たちの目の前に馬を止めた。
「フェリシー、今日はわざわざありがとう」
ニーナさんにフェリシーと呼ばれた御者は高校生くらいに見える短髪の赤毛をした少女だった。
赤毛の少女はへそを出したチューブトップにジーパンを着ており、童顔に似合わず大きい胸が服装によって強調されている。
「ニーナ! 今日はお買い物?」
フェリシーはほがらかに笑うと今気づいたかのようにこちらを見た。
「あ、それともデートだった?」
「ふふ、想像に任せるわ」
快活そうな少女に対してニーナさんはそう答えると馬車に乗り込む。
「ありゃりゃ、あのニーナにもついに男が出来たのか。こりゃお祝いだね」
「違いますって! ニーナさんは俺をからかってるだけです」
「あら振られちゃったわ、残念。……ところで”あの”ニーナってどういうこと?」
「うふふ、教えませーん」
俺がニーナさんに続いて馬車に乗り込むと、愉快そうに笑いながらフェリシーは馬を走らせる。
道中ニーナさんとフェリシーの二人にからかわれながら、俺たちを乗せた馬車は暗い森を抜けて綺麗なヨーロッパのような街並みへと出た。
フェリシーは街の入り口へと馬車を止める。
薄暗かった森とは違い、建物と街灯の灯りで辺りはまるで昼のように明るい。
もうすっかり夜なのに街はまだ多くの人々でにぎわっていた。
「ここがこの辺りで一番の都会よ。大体のものは全部ここで揃うわ」
ニーナさんはそう言うと馬車から降り立った。
「活気のあっていい街ですね」
俺もニーナさんに続いて馬車から降りると、街を歩く人々の様子が少しおかしい事に気づいた。
コスプレだろうか、頭の上に犬のような耳を付けていたり尻尾を生やした人が所々にいる。
「もしかして今日ってハロウィンパーティみたいなイベントでもやっているんですか?」
俺がそう聞くと、2人はその質問がおかしかったのか大声で笑う。
「いいえ、彼らは人間ではないの。この町は他種族間交流が盛んなのよ」
「他種族?」
「そうよ。あそこで歩いているのは狼男だし、他にもエルフとかハーピーなんかもいるわね」
「ちなみにおいらも吸血鬼と人間のハーフ、ダンピールさ」
馬を町の入り口にある柵の中に預けてきたフェリシーは、口を開いて牙を見せた。
ゲームや作り話の世界でしか見ないような種族の名前が次々と目の前に現れて俺は混乱する。
どうやら本当に異世界に来てしまったようだ。
俺は現実を再認識すると、これからの生活を考えながら目の前の街をじっと見つめた。
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今日は一日で二話投稿する予定です(これが一話目)