平和な日
廊下に出ると蕾架が出てきた。
蕾架が珍しく何かを話したそうにしていたから、何も言わずに、問いかけるように笑ってみた。
「…成功、した」
「楽しかった?」
蕾架は頷いて、笑顔を見せてくれた。
「もっとマシな起こし方は出来なかったのか…?」
「いや、だって、起きてこなかったからさ」
後ろから弁明中の琉加と怒りを通り越して呆れ返った秀兄、松谷秀が出てきた。陽菜姉はびしゃびしゃの枕カバーやシーツを仙と一緒に回収している。陽菜姉、鳴海陽菜は明るいお姉さんな感じの火の女王。秀兄は髪の色が少し赤っぽい。どちらも、綺麗な顔立ちをしている。
「大体な、普通に起こせばいい話のはずなのにな、何故わざわざイタズラなんかで…」
「まあ良いじゃん、確実に起きるだろうし、楽しいし?」
「流石衣愛さん、話のわかる!それに比べて、この頭でっかちのカチカチさんは…」
蕾架の後ろから出てきたのは、空良と衣愛姉、光彦だ。
桜城衣愛は、現女王の中で一番歳上で、風の女王。見た目も言動もかっこいい。石井光彦は赤茶の髪のショートカット。 いい人だしかっこいいけど、お堅い人。
なんでかこの人たちは籍を入れていない。もう婚約もしてるし、良いと思うけど、何か理由があるんだろうな、詮索はしないでおく。
朝ごはんは、焼きたてのパンだった。聞けば、何日か前から生地を寝かしておいてくれたらしい。
やっぱり、真理水漓コンビの料理は最高だ。
晃はいい匂いで目が覚めたらしい。
「そう言えばさ、私、調べたんだよ、昨日」
「…?何を?」
唐突に話し出した私に、真理が問いを投げかける。
「…“桜”の、意味」
部屋が、静かになった。みんな、私の言うことに耳を傾けている。
私と、蕾架、水漓、衣愛姉の名字には、“桜”の字が入っている。私は今は小田桐だけど、旧姓は“桜宮”。そして、蕾架は“桜堂”水漓は“桜都”衣愛姉は“桜城”。
「…初代の“六人の女王”が、“分けた”」
「…分けた?」
水漓が、不安げに繰り返す。
「四姉妹とその従姉妹二人、それが“初代”
この国で生まれ育った六人が、初めて桜の樹を見たとき、思ったらしい
────“神の樹だ”────…
全てに“桜”を入れたかったらしいけど、“もしも”のために、と従姉妹二人に、“鳴海”と“胡陵”の、隠すための名字をつけた
“鳴く海”と、胡陵は元々、“呼嶺”で“呼ぶ嶺”
山と海から、何かが呼んだような、鳴いたような気がした、のが由来らしい
そして、それぞれの心臓に、一つずつ、花びらが“入っていった”
手に取るように、世界が解ったらしい
───────これまでが、判読できる範囲に書いてあった“初まり”」
きっと、まだ何かあるはずだ、母さんが教えてくれなかった何かが。
「…“騎士の初まり”は?」
琉加が気になったらしい。
「…判読不可能、文字が滲んでた。まあ、これからゆっくり調査していくよ」
“もしも”が何かも、滲んでいた。
「過去を知って、どうするの?」
衣愛姉が、少し怖かった。
「未来に繋ぐ」
自信をもって言える。私は女王、それも“総統”。
“長”は、統べるだけじゃない、守るためにいるんだ。
衣愛姉が、満足げに、優しく微笑んだ。