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夕立

作者: 篠宮 楓

数年前に書いたお話の、手直しバージョンです。

箸休め程度にお読みいただければ幸いですm--m

「うっ、嘘でしょぉぉぉっ!」

私は駆け込んだ図書館の入り口で、“休館日”の札を前に思わず叫んだ。






 今日は、全くついてない。

 叫んだって今の状況が変わるわけでもないし、諦めてガラスの壁に背をつける。その途端、ひやりとして慌てて壁から身体を離した。

「……濡れてるのに、私馬鹿じゃん」

冷たいに決まってるよね。

 ぽとぽとと頬や頭から流れ落ちてくる水滴が、既に水を含んだ洋服に落ちては重みを増していく。

 はぁ、とワザとらしく息を吐き出せば、余計自分が空しい。辺りに目を向ければ、土煙というか水煙というか。降り出し始めの夕立は、視界まで奪い去る。

 耳に響く雨粒が至る所を叩く音に、目を瞑って溜息をついた。


「現実は、こんなものよ。叶えたい願こそ、叶わない」


 視界を閉ざしたまま、歌うように呟く。

 夢、見てた。

 好きな人の隣で、幸せそうに笑う自分の姿を。


「そうなの?」


……!?



 独り言に返ってきた声に、目を見開いて横を向く。すると、さっきまで誰もいなかったはずの場所に、男の人が一人立っていた。

 呆気に取られたまま頭一つ分上にある顔を見上げると、口元にほくろが一つ。けれど目元に刻まれた笑い皺が、今のやさぐれた私にはなんとなく面白くない。

 あからさまに彼から目を反らして、自分の足元を見た。


 おろしたてのミュールからのぞいた足先は、雨の中走ったせいで泥で汚れている。なんとなく見られたくなくて、ずり……と後ろに下げた。

「雨、凄いね。夕立だから、そんなに続かないと思うけど」

「……ソーデスネ」

 棒読みで返せば、ぷっと吹き出されたような笑い声。思わず睨みあげると、ごめんごめんと片手を振られた。もう一方の片手は、笑いを堪える為に大活躍中らしい。

 私はその姿に力が抜けて、自嘲気味に肩を竦めた。


「夢は叶わないから、夢なんですよ。叶えたいものが叶ったら、皆幸せハッピッピーってね」


……笑い声が大きくなったみたいだが、一応スルーしてやろう。

やさぐれているとはいえ、今のは自分でも恥ずかしかった。


「そうかな。夢なんて幾つ持ってもいいわけだから。一つ叶えば、その夢は他の夢を生み出してくれるだろーし、叶っていない夢を叶える力にもなると思うよ?」

 それで皆はっぴっぴ~と呟いて、ぶはっと笑い出す。

 抑さえられなくなったらしいです。こんちくしょーめ。


「おにーさん、文学青年ですか。夢見がちですね」

「おじょーさん、リアリストですか。枯れ果てた感じだね」

「……喧嘩、大絶賛買取中ですよ」

「僕はフェミニストですから」


 んん、なんか、やり取りが楽しいぞ?


 上向いてきた気持ちが、思わず口を軽くする。


「じゃー、私の夢は叶うんですかね」

「どんな夢ですか」

「好きな人の隣に立つ夢です」

「叶うんじゃないですか?」

「今、失恋してきたばかりですけど」


 失恋……、おぉ言葉にすると乙女な感じ……。

 軽快に会話をしていた彼も、流石に止まった。


「好きな人が、自分じゃない人と幸せそうに腕を組んで歩いていれば、もう夢は叶わないと思うんですよね。いかがです? 文学青年」


 さぁ、なんて答えを返すのかな?

 自称フェミニストくん!



 夕立の降り続く風景を見つめながら、彼の答えを待つ。

 すると、しばらくして彼はそうだなぁと呟いた。


「夢ってさ、叶う叶わない限らずいろんな夢と可能性を生み出すと思うんだよね。君はもう大丈夫だよ。次の夢へ踏み出してるから」

「は?」

思わず顔を上げると、覗き込むように私を見ていた彼と目が合った。

「ほら、もうすっきりした顔してる」

「すっきり?」

「そう、すっきり」

「……」


 確かに……!!


 お兄さんに言われて気付く、ちょっとワクワクしている気持ち。 さっき、彼と女の子を見てあれだけ落ち込んだのに……!


「おにーさん!」

 がばっとおにーさんのシャツを両手で掴むと、驚いたように上半身を少し仰け反らされた。

「おにーさん、伊達に文学青年してないんだね! 言い包められた気分だよ!」

「俺に言い包められちゃったんだ!」

 そう突っ込みを入れながら、今度は我慢するつもりもないのか盛大に笑い声を上げた。

「……そこ笑うとこ? おにーさん」


 確かにまだほんの少し胸が痛むけど。それでも、暗く沈んでいた風景が明るく見える。


「可愛いなぁってこと」


 肩を震わせたまま、お兄さんは軽く私の頭を撫でた。雨に濡れて冷えた身体には、その温もりが気持ちいい。けれど反対に体の寒さとのギャップに、思わず身震いした。

 するとそれに気がついたのか、おにーさんはこれで終わりという様に軽く頭の上で手をバウンドさせて自動ドアの方を見た。


「じゃぁ、おにーさんは今の君の望みを叶えてあげよう」

「望み?」

「寒くてひもじい君は、タオルと温かい飲み物を欲してる」

「ひもじいって……」


 そういった途端、言葉に反応したのか小さくお腹が鳴った。思わずお腹を押さえた私に、頭の上から笑い声。

「素直素直。ほら、おいで」

 その声におにーさんの視線の先を辿ると、そこには開いた自動ドア。

「あれ、いつの間に? 今日、休館日……」

 おにーさんは自動ドアに片足を踏み入れた状態で、顔をこっちに向けた。

「今日の事務処理・電話担当のおにーさんは、君がずぶぬれでここに来た時からすぐそこにいたんだけど?」

そう言って指先を向けたのは、自動ドアのすぐ向こうにあるカウンター。マグカップが置かれてる。

「普通に自動ドアを手で開けて、君の隣に立ったんだけどねぇ」

 全く気付いてなかったね、とまた笑う。


 そりゃ、ここに辿りついた時は、世界が真っ暗だったもの。

 ふとさっきまでの心の痛みを思い出して顔を伏せると、再び頭に掌が振ってきた。


「一つの夢が終わったけど、また違う新しい夢を生み出せるんだ。君だけの人を、また想う幸せな時間を手に入れられる」

「何それ」

「恋はね、辛いことも含めて、自分を成長させる。片思いの時間が一番幸せなんだよ。例え想いが叶わなくても、それがとても大切な記憶になる」

「もっとわかんない。両思いの時間だけでいい」

「いつか君と両思いになる人の為に片思いを何度も経験して、綺麗で素敵な大人になるべきだとおにーさんは思う」

「文学青年。よーするにあなたは振られ続けだと」

「大器晩成と言ってくれ」

「……その度に、夢見がちな文学乙女脳になっていくと」

「……おにーさん、君はもう口だけは成長しなくていいと思うな」


 くすりと笑った瞬間、私の口からくしゃみが飛び出した。


「ふえっくしょんっ!! ってなこった!」

 口を押さえると、呆れ返ったおにーさんの声が聞こえた。

「おにーさん、君はおじさんへの道を進んでると思う。それこそまっすぐに」

「文学青年は、乙女の道を進んでますね。軌道修正の要アリですね」


 にやりと笑うと彼は肩を竦めて、私の頭に置いたままの掌に力をこめた。促されるように、私の体がゆっくりと自動ドアをくぐっていく。


「とりあえず、君の為にタオルを取ってこようかな」

「ソウデスネ。あと紅茶とか飲みたいです」

「はいはいお嬢様」


 そう言いながら、後ろの自動ドアをゆっくりと閉めた。



 外界と遮られたその瞬間。



 目の前に広がるのは、今までを過去にした私が進むまっすぐな道。



 とりあえず。


「振られっぱなしの文学青年で、遊ぶぞ!!」

に歩き始めていた彼が、苦笑しながら振り返る。

「不穏な言葉を口にするんじゃない」

「ふふふ」

 にっこり、満面の笑みを彼に返した。



 とりあえず。

 おにーさんという人を知る事が、今の目標。

 きっと新しい夢は、そのうち生まれるだろうから。

ありがとうございました!

こんなおにーさんがいたら、篠宮速攻捕獲します←w

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