面倒事は須らく後輩が持ってくる
さて、まずは自己紹介だな。
つっても、話す事なんてほとんどないが。俺がここ一帯ではそこそこに名を知られた探偵もどきで、三十過ぎのおっさんって事くらいだ。
名前? こんなおっさんの名前なんてどうだっていいだろう。せいぜい名無しとでも呼べばいいさ。
まあ、おっさんの話なんてどうでもいいわな。
問題は目の前で幸せオーラ前回の馬鹿で阿呆で間抜けな後輩な訳だし。
ああ、後輩は単純にこの一年ほど面倒を見てやった結果、先輩呼ばわりしてくるので、なんとなくそうよんでいるだけだ。こいつ自体、二十過ぎのどこにでもいるつまらん男だよ。
どこにでもいる、平和で能天気なド阿呆だ。
「で? 何がどうしたって?」
過去にこいつがやらかした事を思い出し、頭が痛くなる思いで聞き返す。こいつはいつも、なんて事はないような話を持ってくるが、それが大抵馬鹿げた大騒動に発展する。
そうだな。例えばだが、ボロボロのぬいぐるみを拾ってきて繕っているのを見て、普通は眉を顰めて貧乏性が過ぎると思って終わりだろう。
普通、それがここら辺を締めてるマフィアのボスの娘が大事にしていたぬいぐるみで、使用人が誤って捨てたそれを巡って街全体を巻き込んだ大騒動に発展するだなんて考える訳が無い。
結局それも俺が駆けずり回って沈静化させる嵌めになり、娘さんとニコニコ笑ってたこいつを見た時には殺意が沸いたな。こっちが死線を潜っている間、原因となった馬鹿が楽しくおしゃべりしていたと思うと、指の一本や二本詰めさせてもいいんじゃないかって思うだろ?
そんな奴が幸せオーラ全開で目の前に立ってるんだぞ?
最低でもこの街の巨大組織が一つ壊滅するくらいの事は覚悟すべきであり、今すぐこの街から去る事を考えた俺は間違っていないはずだ。
「はい! 先輩にはすっっっっっっごく、申し訳ないんですけど、いや、本当に、先輩より先になんて悪いなぁ、なんて思うんですけどね? もうホント、僕なんかが先に幸せになっちゃっていいのかなぁ、なんて」
「いいからさっさと言え」
「はい! 不肖の身ながら彼女ができました!」
あー、と思わず天上を仰ぐ。謎の老人から大金を貰ったとか貴婦人から宝石貰ったとか、道端に白い粉が落ちてたとかじゃなく、想定していたよりも遥かに小事で、何かあっても被害を受けるのは後輩だけだろう事に安堵する。
ただまあ、一応確認は必要だろう。
「一応確認するが、愛人でも妻でも無く、恋人なんだな?」
「ははは、やだなあ。恋人を飛ばして結婚なんてする訳ないし、愛人って奥さんのいる権力者が持つものでしょ? 恋人ですよ、こ、い、び、と」
「そうか。まあ、お前が気持ち悪いのはいつもの事だからいいとして、いくつか確認させてくれ」
「あ、どうやって出合ったとかですか? 恥ずかしいなぁ。けどどうしてもって言うなら――」
「そんなくだらない事はどうでもいい」
いきなり気持ち悪い事をのたまい始めた後輩に眉を顰める。頭に虫でも湧いたか?
まあ、それよりもまずは状況の確認だ。
状況次第じゃ面倒極まりない事態にもなりかねないのがこいつだし、それでも俺に迷惑がかからなければ好きにしろと言いたいところだが、今までの実績からして油断はできない。
これまで起きた厄介事、その一つであっても俺に迷惑が掛からなかった事はないのだから。
「まず、その女はどの地区に住んでる」
「寝取りですか? いくら先輩でも入り込む余地なんてないフベッ」
「そのイラつく顔面に一発入れられたくなければさっさと答えろ」
ムカついたのでつい手が出たが、こいつだしいいだろう。
「いたたたた。もう一発入れてるじゃないですか」
「どうやら足りなかったらしいな」
「わー! 暴力反対っ! 西の十三地区です! だから殴らないで!」
「アルドゥーネファミリーの支配区画か」
街でも三つの地区を支配下に収める有数のマフィアが支配する地区だ。しかも、その中でもファミリーのドンが本拠を置く地区ゆえに治安はマシな方である。が、今回はそれが逆に不安を煽る。
なぜなら、一番あり得そうな女詐欺師があの地区は最も少ないからだ。最悪、マフィア幹部の愛人に手を出してる可能性まで出てくる。
「次だ。そいつの職業は?」
「花屋さんですよ。いやー、今時花屋さんになるのが子供の頃からの夢でとか、可愛いですよね」
「知るか。そいつが可愛いとか可愛くないとか興味なんてある訳無いだろ」
十三地区の花屋で該当する女性は四人。内約は借金抱えた殺し屋が一人に別地区の大規模組織に狙われている情報屋が一人に最近流通し始めた新しい麻薬を開発した薬屋が一人にアルドゥーネのボスの愛人が一人。この時点で面倒事だという事が確定した。
ここでこいつを殺しておけば、厄介ごとは――いや、下手したらその恋人とやらに狙われて詰むな。
せめて、最後のじゃ無い事を祈ろう。
「で、どれくらい貢いでるんだ?」
「ハハハ。やだなぁ、貢ぐなんて。むしろ彼女の方がプレゼント攻撃が激しくて大変なくらいですよ。お返しにキスをせがむとか、写真に撮って残したいくらい可愛いんですからね!」
「……そうか」
一番面倒が少ない殺し屋の可能性はないのか。
「デートにはどこに行くんだ?」
「北の五地区とか東の二十三区が定番ですかね。あとは中央の十一地区もたまにですね。ていうか、デート場所くらい雑誌見れば定番コースが書いてるじゃないですか。先輩もそれくらい勉強しましょうよ。だからいつまでも独り身なんですよ」
「お前が死にたいという事は良く分かった」
情報屋も無しか。複数の組織が絡まないのがマシというべきか。それとも未だ最悪の可能性が残っている事を嘆くべきか。
いや、デート場所からして嫌な予感がするのを無視すれば、まだ希望はある。
嫌な予感ほど良く当たるけどな。
「まあ、いい。最後の質問だ。女の名前はなんという?」
「ははは。そんなに気になりますか? いやぁ、嫉妬は醜いですよ?」
「………さて、銃はどこにしまっていたか」
「有栖 茜さんです!」
「…………」
「あれ、先輩? いきなり固まってどうしたんですか?」
「……ふぅ、仕方ないな」
「仕方ないって、え? いきなり銃を抜いてこっちに向けるとか冗談キツイっすよ。冗談ですよね?」
「なあ、マフィアのボスの愛人に手を出した馬鹿の首持って土下座と即時逃亡、どっちが生き残れる可能性が高いと思う?」
無表情に馬鹿へ問いかける。さすがに冗談じゃないと理解した馬鹿が顔を青くしているが、そんな事で面倒事が回避できるならば、俺は一生青い顔で過ごすだろう。
ただ、やはりこの馬鹿は世界に愛されていて、俺は嫌われているらしい。
――ピンポーン
場違いなまでにのん気なチャイム音。それが響いた瞬間、俺も後輩も即座に玄関の扉が見えない位置に退避した。
それと同時に俺は思う。また巻き込まれた、と。
銃弾の雨が降るまであと三秒。たった二人と街有数の大規模組織による戦争が始まる。
「ああ、全く。面倒事は須らく後輩が持ってくるな、おい」