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事件は紅茶と共に  作者: 枯竹四手
少女の色
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少女の色 1

 事件が事件だったのでしばらく護衛が付く事になり、フィリップは総司令部を動けなくなってしまった。が、レオンの事もラウラの事も気になってしょうがない。三日経ってついに我慢出来なくなった彼は、決裁を待つ書類が山脈を作っている執務室と彼に制され戸惑う護衛の兵を置き去りにして、総司令部の北棟へ向かった。呆れた顔のレイムズが他の課員に適当な指示を出し、自分は後ろを着いて来た。

「何する気なんですかぁ?」

「会いたい人がいる」

 簡潔にそれだけ伝えると、フィリップの歩調は早まった。

 北棟にある王立第三空軍参謀課は、その昔フィリップが在籍していた部署で、レオンが居た部署でもあった。現課長のギデオン=アルモント大佐は、狐のような目をさらに細め、薄い笑みを浮かべて彼を迎えた。面長で泰然自若とした貴族風の風貌と物腰を持つ、その通り侯爵の血筋の彼は、部下を呼びつけ紅茶を持ってくるように言った。

「聞きましたよ、レオンのところで災難だったって」

 部屋の隅にあった応接用のソファを勧め、くつくつと笑いながら、彼は部下の持ってきた紅茶を呷った。彼はシェリルの夫で、つまりレオンの義兄にあたる人物である。

 目の前で湯気を立てる紅茶を見て、フィリップは三日前の事を思い出した。アルモントは自分の紅茶を飲み干すと、カップを自分の机に置いて、それからフィリップの向かいに座った。

「愚弟がご迷惑を?」

「いえ、とんでもないです」

「でもケガ人はいなかったのでしょう?」

「ええ、何とか」

「で、この件に直接関わりのない僕にどんなお話で?」

 へりくだった感じで矢継ぎ早に繰り出される「質問」は、彼の得意技のようなものだった。

 紅茶に口を付けながら、血は繋がっていなくても兄弟なのだな、とフィリップはちょっと可笑しくなった。レオンも、軍属時代から「質問」を得意にしていたのだ。

「実は、貴方の」

「妻ですな?」

 分かっているのに聞くあたり、あるいはレオンより質が悪い。フィリップが答えないでいると、アルモントはふふん、と鼻で笑って肩をすくめた。

「当然でしょう。僕とレオンを繋ぐ線は、まず僕の妻ですからな」

「シェ、いえ、奥様が東部に旅行に行ってらっしゃったとお聞きしまして」

「ああ、のどかで良いところだったって言ってましたよ。ほう、それをお聞きになるという事は、ラウラの事ですな?」

「お察しの通りです」

「ふむ、彼女が何かしでかしましたかな?」

 フィリップは、軽快なアルモントの口調に陰が差したのを感じた。

「……それは、彼女が何かしでかす、とお考えだったからですか?」

 そう尋ねると、彼はまた肩をすくめた。

「その通り。妻が連れ帰って、元は養子にするつもりだったようなのですが、私の父に反対されて、彼女付きのメイドとして使っていたのですな。ところが他のメイド達から何やら毛嫌いされまして、居辛そうなのを妻が察し、色々思案した結果、愚弟のところに送ったのが大体十日前、という次第です」

「毛嫌い、ですか」

「ほら、悪く言ってしまえば無愛想でしょう?」

 良く言っても無口、である。フィリップは、一瞬だけ聞いた、彼女の厭世的な沈んだ声を思い出していた。

 アルモントは口をへの字に曲げ、フィリップを狐目で見つめながら話を続ける。

「メイドとは女性ですからな。他の女性から見たら、まず「お高く止まっている」という扱いをされるのでしょう、ああいうタイプは」

 そういうのが無かったから僕は妻と結婚したのです、と彼はにやける。

 フィリップは、それを見て後ろでにやつくレイムズにちらっと眼をやり、それから、小さく咳払いをした。それに気づいたアルモントは、気恥ずかしそうに目を逸らした。

「ああ、失礼。ラウラについて知っている事をお話しすればよろしいのですな。妻から聞いた以上の事はお話し出来ませんが?」

「構いません」

「でしょうな。本来詳しいところは愚弟に聞けばよろしい、が、今は護衛諸々で動けないでしょう。ならば手の届く縁者から出来るだけの情報を得ておこうというのは、当然の帰結ですからな」

 本当に聡い、とフィリップは思う。それから、自分が分かりやすいだけか、と考え直し、何も言わずにアルモントを見た。

「ええと、東部に出かけた妻は、何とかいう古城で彼女を見つけたそうです。村で迫害を受けて、そこに一人で住んでいたとかで。それで、妻お得意の正義感が疼いて、結果的に救い出してきた、ということですな。全く、我が妻ながらあの行動力には驚かされます」

 そう言う彼の目は、とても誇らしげだった。

 シェリルは至って行動的な女性であり、特に射撃の腕前に関しては軍人顔負けの実力を持っている。多分、いや確実に、貴族軍人の夫人としてはあまり推奨されないような方法を採ったのだろう。

 しかし、ギデオン=アルモントは彼女を誇っている。椅子の肘掛けを指で撫でている彼の目は、とても愛おしげだった。話が途切れた事に気づくのに少し時間がかかって、彼は貴族的な小さい空咳を一つした。

「……失敬、ラウラの事でしたな。妻が連れ帰ってきた時はまあ酷いものでした。ひどく痩せているし、顔色も良くなかったし、何より倒れそうでしたから。一応主治医に健康診断はさせたのですが、とにかく栄養状態は悪かったようです」

 まったく、と彼は小さく言った。小狡い風を装っているが、根は熱いのだ。

「妻に助けられた時から、素性はほとんど喋っておらんようです。村の者も『ラウラは魔女だ』としか言わなかったようで。まあ、それで妻は不審がって、古城に行ったようなのですが」

 魔女。

 フィリップは、彼の背後で、レイムズが居心地が悪そうにもじもじしているのを感じていた。

 あるいは、魔女かも知れない。ちらっとそんな考えがよぎったが、フィリップは頭を振ってそれを打ち消した。それから、あの暗い赤色の瞳を思い出していた。

 何か分かれば伝えますよ、と言って、アルモントは部下の持ってきた書類の山との格闘に戻った。

 彼に会釈して部屋を辞し、執務室へ延びる廊下を歩きながら、フィリップは考えた。『魔女』とは一体どういう意味なのだろうか。いや、意味は分かっている。

 分かるわけも無く、彼は結局部屋に戻るまで一言も発しなかった。執務室に戻り、護衛の兵のやりきれなさそうな表情に多少申し訳無い風な目をやると、フィリップは一直線に自分の椅子に向かい、静かに腰を下ろして息をついた。

「なぁんにも分かりませんでしたねぇ」

 レイムズはそう言って、コーヒーの入ったカップを机に積まれた書類の上に置く。危なっかしい事極まりない。

 そう思いながら、フィリップは、書類の山と山の間にある空間をぼんやりと見ていた。

「砂糖はどうしますかぁ?」

「自分で入れる」

 上の空ながら即答する。この間のような事態はごめんだ。特に今は。

 そんな彼の気持ちに気づいているのかは分からないが、彼女は何も言わず、自分のために用意したコーヒーをブラックのまま飲んで、首を傾げた。

「で、どうするんですかぁ?」

「……どうする、とは?」

「ラウラちゃんの事ですよぅ」

「……………」

 確かにどうしようというのだろう、と彼は唐突に考えた。

 あの少女の事を知り、それをどうするのだろう。理由などというものが、果たしてあるのだろうか。

 野次馬根性なのかも知れない、いや、野次馬根性なのだろうと思った。その証拠に、理由などというものは一切思いつかない。

 急に恥ずかしくなって、フィリップは眼を伏せた。

「……本業務に戻ってくれ。この件は一旦棚上げだ」

「はぁい」

 あっさりそう返答したレイムズは、仕事に戻るべく自分のデスクに向かった。

 これが最良なのだ、と自らに言い聞かせ、フィリップも仕事に戻る。

 書類の上からコーヒーを取り上げ一口飲んで、砂糖を入れ忘れた事を思い出す。その苦みの所為なのか分からないが、暗褐色の液体に映る自分の顔は、いつもより歪んで見えた。

 枯竹です。宜しくお願いします。

 連載六話目の投稿になります。


 第二部、なのですがいまいち章構成のやり方が分かっていません(笑

 時間がある時に、再編集すると思います。

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