事件の解答 2
フィリップは真剣な無表情で、レオンを見据えた。
レオンは目をぱちくりさせ、俯いた。それから肩が震えだした。ついに堪えきれなくなったようで、大きな声で笑い出した。セバスティアンは呆気に取られて、高笑いする主を見ている。
フィリップはラウラを見た。ラウラもこちらを見ていた。
その表情には何の変化も無かったが、笑っている気がした。
ようやく笑い声が収まり、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、レオンは大きく深呼吸をした。
「あー、あー、なるほど、そういう解釈もアリだ。ひひっ、しかしあれだな、お前も意外とロマンチストだな。ひひひっ」
まだ笑い足りないらしく、彼はひいひいと荒く息をしていた。不思議と馬鹿にされている気はしなくて、フィリップの暗い興奮はゆっくり沈静化していった。
「……失礼しました」
「いやいや、そう考える事も出来るさ。俺もそこまでは思いつかなかった。笑っちまって悪かったな」
「いえ。それで、本当のところはどうなのですか?」
「うーん、実は、お前の解釈はある意味正解なんだよ」
「ある意味、ですか」
「そうだ。つまり『ラウラ』はある意味で『不老不死』なのさ。肉体的にじゃなく、もっと概念的にな」
「概念的?」
「そうだ。ああ、ん?」
レオンは話をぴたりとやめて、黙り込んだ。それから、地図や地形図が載ったテーブルを引き寄せて書類を掻き回し、一枚の古い紙を取り出して、数秒目を通していたかと思うと、満足げにそれを放り出した。
「うん、納得いった」
書類は投げられた途端に煽られてめくれ、一目でそれがローズロット伯について書かれた古い書類である事は分かったが、一体何が分かったのかはさっぱりだ。
「……何がです?」
フィリップが静かに尋ねると、レオンは紅茶を一口すすって、それからにやりと笑った。
「不老不死について、さ。それは後で説明してやる。……さて、この話の頭に戻るぜ。ラウラは古城の小部屋に一人きり、そこに同居する保護者の存在感は無い。じゃあ、ラウラはここまで育つまで、一体誰に保護されてたんだ?」
……確かにその通りだ。フィリップの頭脳は、可能性を模索する。
「すでに亡くなっているのではないでしょうか?」
「なるほど、そいつは全くありえる話だ。だがそれにしたって、ラウラはせいぜい十二、三歳だ。自活出来る歳には見えないね。つい最近亡くなったんだとしたら、保護者の存在感がまるで無い理由が分からない」
「では、保護者はあの城に通っていた、とか」
「するとなんで一緒に住んでないのか、という話になる。ラウラが忌避されるなら、ラウラの家族も忌避される可能性が高い。ラウラだけ嫌われてるのは不自然だろ。まあ、一人だけ忌避される理由として伝染性の疫病持ちの線があったが、それだとおかしい事になる」
「おかしい事、ですか?」
「ああ。あのガキがラウラを狙っていた事は確実だ。ラウラが疫病持ちだと仮定するなら、追ってくるはずがないだろ。だって、疫病持ちの方から勝手に出て行ってくれたんだぜ? 今回の事件が起こるはずが無いってこった。まあ、それでも可能性はゼロじゃなかったんだが、ローシュがこの通り、きっちり否定のお墨付きをくれたんでな。その線は完全に無くなったわけだ」
彼はそう言って、先ほど渡した診断書をテーブルから拾い上げて、ひらひら振って見せた。なるほど、確かに切欠だったのだ。
「さあ、問題だ。誰がラウラの保護者なんだ?」
レオンは大きく両手を広げた。フィリップはテーブルに目を落としてみたが、解答はどこにも無い。
「そんなに難しく考える事じゃないさ。城の近くに、候補者が腐るほどいるだろ?」
彼は笑みながらそう言って、二杯目の紅茶を飲み干した。フィリップは、執事が丁寧に注ぐ赤い液体をじっと眺めていた。
フィリップは考える。候補者とは一体誰か。
「……あの古城の近くには、ローズロット村しかありません。つまり、ローズロット村の住人しか」
「正解。あの村の連中だ」
あっさりとレオンがそう言ったので、フィリップは驚いて顔を上げた。
「しかし、あの村の者は皆ラウラを」
「忌避していた、だな。さあ、矛盾が生じたわけだ。村全体が忌避するような奴を養う、奇特な村人がいるだろうか?」
フィリップは首を横に振る。そんな事は、考えるまでもない。
「そうだ。お前が見てきた通りだ。そんな事をするような奴はあの村にはいない。が、ラウラは誰かに育てられていたはずだ。距離的に考えて、ローズロット村の誰かにだ。いや、まったくラウラはローズロット村に育てられていたんだよ」
完全に混乱して、フィリップは眼を閉じた。いよいよ訳が分からない。
「しかし、矛盾が」
「矛盾するってことは、どこかで間違えているはずだ。今回俺達は、前提条件を間違えてたんだよ。「ラウラは村人に忌避されている」という前提が、まず間違いだったんだ」
「それじゃあ、いえ、しかし……」
「おかしいところはそれで全部解決する。ラウラは村人に忌避されていない、とすると村人がラウラを保護しない最大にして唯一の理由は無くなった」
「ですが」
頭の中で銅鑼が鳴っているような、奇妙な音がフィリップの耳に響いていて、脳の芯が麻痺していく感覚を覚えていた。目の前のレオンは冷静そのもので、声からは抑揚が消えつつあった。
「さっき言っただろ。『魔女』の肩書きはフェイクだ。村人はこぞってラウラを忌避するフリをしてたんだ。そしてその印象を余所者に植え付けて、ラウラの実態を隠したんだ」
「実態?」
「そうだ。さあ、状況は出揃った。村人はラウラを保護していた。ただし村の中に住まわせていない、つまり住まわせられない理由があるはずだ。それはなんだ?」
フィリップは答えられない。まるきり混乱して、考えがまとまらない。そんな彼の頭の中に、レオンの声がおごそかに響く。
「出自? 違う。さっき嫌って言うほど否定した。疫病持ち? 違う。さっき証拠は出たし、何よりわざわざ追ってくる理由が無い。厄介払い出来たんだからな。ここから導きだされる答えは、多分一つきりだ」
レオンは言葉を切って、優雅に紅茶のカップを傾ける。その沈黙に耐えられなくて、フィリップは必死に言葉を発した。
「ラウラは、何なんですか」
セバスティアンが息をのむ音が聞こえた。レオンがカップを受け皿に置く音が、やけに大きく響く。
「村人の眼が届く村の外に置くという事は、村にとって必要だが一緒には置いておけないってことだ。つまりラウラを村人として扱いたくないが、置いておく意味はある。それが意味するところは『秘匿』だ。余所者にはラウラを村人の一人だと思われたくない。だからわざわざ『魔女』という肩書きを付けて、村にとって『危険なもの』である事をアピールした。という事は、ラウラは村の痛いところ、もっと言ってしまえば『秘部』であるということだ。そう、それが根本だ。ラウラは忌避されていたにも関わらず、城からいなくなった途端に襲われた。近くにいて欲しくない奴を生かしておいたにも関わらず、それによそ者が近づかないように見張りを立て、出て行ったら慌てて殺しに来た。こいつはどう考えてもおかしい。さて、何故だ?」
そんなつもりは無いのに、フィリップの顔はゆっくりとラウラに向かっていた。
彼女はレオンを見ている。白磁めいた顔は、そこにある赤い両目を際立たせていた。その視線に恐怖を覚えて、フィリップは救いを求めるようにレオンを見る。
レオンの顔には、いつもの豊かな表情が無かった。
「まるで宝を隠してるみたいじゃねぇか。だが、ラウラが宝なのだとしたら、秘匿する理由こそあれ、あんな待遇にする理由は無い。ラウラはあの待遇をされてしかるべきと、村人は考えているわけだ。あるいはおこぼれをくれてやってるような気分だったかもな。奴らの感覚で言うなら、ラウラは生かされている。その代償を払って、生きていたんだよ。つまり、ラウラは奴らにとって卑しいものだったわけだ。卑しいと思ってる癖にそれを生かす。言い方は悪いが、ラウラにはそういう扱いをされる「使い途」があったという事さ」
救いの無い、無機質な声が部屋を支配する。フィリップは、何かが胃から食道にこみ上げてくる感覚を覚えていた。
そして、レオンは感情の無い声で、ゆっくりと言った。
「ようやく結論だ。恐らく『ラウラ』は、あの城で、村人に、身体を売って、生きていた」




